*獲物はどっちだ

 ──空はくれないから夕闇に、昼間の喧騒は夜の華やかさに彩られていく。

 泉が宿泊しているモーテルは街の中心からやや離れた場所にあった。モーテルに到着すると、受付カウンターに立ち寄る。

 とはいえ場末のモーテルにある受付など高級ホテルとは違って雑なもので、事務所のドアを開いてすぐ視界にカウンターテーブルが飛び込んでくる。

 さして広くもない室内にあるカウンターの向こう側には、安っぽいオフィスにあるようなデスクが二つと、木製棚のなかにファイルや書類が乱雑に詰め込まれている。

「夜中にちょっと騒がしくなると思うが気にするな」

 ガタイの良い男にそう言って、百ドル紙幣を数枚テーブルに乗せた。男は無言でそれを手に取り、部屋に戻る泉の背中を見送る。

 部屋に戻った泉は武器の手入れをしたりテレビを見たりと時間を潰し、午後十一時をまわったあたりで灯りを消してベッドに潜り込んだ。

 ──静かになってから一時間ほど経過した頃だろうか、七つの人影が息を潜めてモーテルに近づく。

 目的の部屋の前にたどり着くと、数人が懐に手を突っ込んだ。影は無言で頷きあい、二人がドアを蹴破る。

 獲物が寝ているであろうベッドに銃口を向けて何度も引鉄ひきがねを絞った。しかし、その手応えのなさにシーツをめくった瞬間、暗闇から足が伸び影の一人を蹴り飛ばした。

 驚いた他の影が引鉄を絞ると窓ガラスが割れて外の明かりが差し込み、部屋が薄暗くなる。僅かな光のなか、影は目的の相手を探すも、泉はその間に三人ほどを倒す。

 あと三人と思った矢先に、さらに数人が部屋に駆け込んできた。

「くそ面倒だな」

 仲間の弾が当たるのを避けているのか、男たちは銃口を向けずに銃身を手にした。鈍器にするとは、なかなか考えるじゃないかと感心しもって泉はどいつから倒そうかと暗い視界を見回す。

 その動きから、訓練されている奴らじゃないと解ったがこの空間でこの人数は不利だ。相手が複数である時点で狭かろうが広かろうが不利であることに変わりはない。

 これが訓練されている輩であったなら、確実に泉が不利だったろう。それでも勝てる気ではいる。

 ──そのとき、入り口の方から鈍い音と共に悲痛な声があがる。暗がりのなかに輝く緑の双眸に泉は口角を吊り上げた。

 突然、新たな敵が現れた事で男たちは戸惑い、慌てて正しい銃の持ち方に変えるものの素早い動きに引鉄を絞れずにいた。

「てめえ!」

 男は銃口を向けたがしかし、両肩を泉とベリルに掴まれて力任せに背中から床に叩きつけられる。

「げはっ!?」

 息も出来ないほどの痛みに悶絶し、そのまま気を失った。

「く、くそ!」

 なんなんだよこいつら!? この数で負ける訳がない、楽な仕事だと思っていたのに、どうしてか初めから形勢不利だ。

 仲間はまだ三人残っている。なのに、勝てる気がしない。

 程なくして、ドタバタと騒がしかった室内の音はぱたりと止み、いた電灯の下に立っているのは泉とベリルの二人だけになっていた。

 ぱっと見、倒れている男たちはそこら辺にいる若者のようだ。しかしその風体は、ひと癖もふた癖もありそうな面構えをしていた。

「こいつはマフィアか?」

「だろうね」

 マフィアもピンキリで、イタリアマフィアよろしくな重厚なものから、街のチンピラに毛が生えたようなものまである。

 今回は毛の生えた方だ。

「お前の案が功を奏した」

「それは皮肉か」

 しれっと発して伸びている青年たちを拘束しているベリルに眉を寄せる。

「何か知ってると思うか?」

「さて、どうだろうね」

「それじゃあ、目が覚めるまでイイことし──なくてもいいです」

 ギロリと睨まれ、両手を肩まで上げる。相変わらず隙がないとベリルの背中を見やり、唸っている青年に視線を移した。

「おはようさん」

 ぶっきらぼうに見下ろす泉と、視線を合わせるようにしゃがみ込んでいるベリルを見て目が覚めた青年はギョッとする。

「な、なんだよおまえら」

「それはこっちのセリフだろうが」

 泉は威圧するべく足を踏みしめてダンと音を立てた。

「組織の名は」

「言うわけねえだろ」

 元々、彼らが依頼主を知っているとは考えていない。行動部隊はうえからの命令に従っているだけだ。しかれど、依頼した人間は確実に存在する。

 ふと、ベリルは青年の襟元にあるバッジを目にして手に取った。

「返せよ!」

「ちょっとは黙ってろ」

「いてぇ!? くそが!」

 容赦なく泉からゲンコツをお見舞いされ、頭をさすることもできずに低く唸る。そのやり取りをまったく意に介さず、ベリルはバッジを眺めた。

 何も言わずに立ち上がり、バッジをポケットに仕舞う。

「おい! ほどけよ!」

 青年たちをそのままにして部屋から出て行くベリルのあとを泉はバックパックを背負い追いかけた。

「悪かったな」

 様子を見に来ていたモーテルの男と目が合い、ついでに今日の分の宿泊費を修理代込みで手渡す。青年たちは呼ばれた警察にでも連行されていくだろう。

「解ったのか」

「最近、組織化された集団だ」

 名前は確か「メタリック・ベルズ」──そのバッジには、ベルの模様と「M・B」という文字が刻まれていた。泉はそれに、騒がしそうな名前だなと顔をしかめる。

 情報屋に組織の詳細を調べるように要請をかけているベリルを見つめて、泉は次の宿をどうするか思案した。

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