◆-五の章-
*ジャストでナイスなタイミング
「変圧器は元々設置されていたものじゃねえ」
しかも、道路側だけに衝撃が向かうように造られていた。いくら爆弾造りに詳しい人間でも、そうそう出来る芸当じゃない。
人を殺めることに芸術性を持ち込むやり方に泉は舌打ちして宙を睨みつけ、強い嫌悪を示した。
「あれ自体が爆弾だったということか」
メタノールを使用するため、それなりの大きさが必要だったのだろう。それならば工事記録から何か辿れるかもしれない。
もちろん、そこからE・S・ボマーにたどり着くことは不可能だろう。それでも、何も無いよりはマシだ。
因みに、E・S・ボマーは通り名だ。本名はエルミーニ・サヴィニオ、四十五歳のイタリア人で軍にいた過去がある。
当時は地味で目立たない人物だったようだが十年ほどで軍を辞め、そのあと行方が知れなくなった。
よもや、爆弾魔になって戻ってくるとは誰が想像しただろうか。
「名のあるブラスト・マニアと知り合えたのは好都合だ」
ベリルは、改めて挨拶代わりの言葉を投げた。
あの出会いのあと、ベリルは泉の事を詳細に調べ上げた。何かの時にはこちらからコンタクトを取るつもりではいたらしい。
爆発物に関してそれに特化、精通している人物が知り合いに多くいる方が有利なのは確実で、泉は巻き込まれた形にはなれども件に関わっているという事でも心強い。
「あんたも結構な有名人だな」
コニーの店で情報を得たあと、泉もベリルについて調べてみた。かなりの戦闘能力を有し、色んな意味で狙われてもいるし危険人物でもあるようだ。
そのせいなのか、通り名も数多く付けられていた。
悪魔のベリル、死なない死人。とりわけ有名なのが──
「素晴らしき傭兵」
「気に入っている訳ではないよ」
大体において通り名とは勝手に付けられるものだ。多くの通り名が付けられているということは、それだけ高い能力を持ち合わせているということなのだろうか。
ベリルの場合、不死という点でも理由があるようだが。
最も広く知られている、「素晴らしき傭兵」はベリルが二十歳そこそこの頃に付けられたものだ。
当初は皮肉も含まれていたかもしれない。されど、若くして際立つ戦闘センスがその名を導いたとも言える。
「奴については互いに因縁があるようだな」
ベリルは辺りを見回し、バイクを見つけて歩み寄る。
「まあな」
それに苦々しく返して破壊された街を眺めた。同じブラスト・マニアでも、その意識はあまりにも異なる。
とはいえ、サヴィニオをブラスト・マニアと認めている訳じゃない。自ら名乗ることはない俗称ながらも、それなりにプライドというものがある。
奴には等しく「爆弾魔」という名が相応しい。
サヴィニオはテロリストや武装集団に自身の技術を売り渡し、大金を得ている。
それを相手がどう使うのか明らかだというのに、利益になると思えば構わず──否、あえてそれを楽しんでいるようにも見える。
このことから、互いにサヴィニオの行為を容認出来ないといったところだろう。
「奴を何度か追ったが居所が掴めなくてね」
巧妙に隠れているために、なかなか捜し出せずにいた。
多くの人間を敵に回している自覚があってこそのものだが、国際社会が対立していることも、サヴィニオを捕らえられない理由の一つなのは明瞭である。
表向きは各国で連携をとっているように見えてその実、互いが牽制し合い、出し抜く方法を探している。
男はそれをよく知っていて、上手く利用し逃れている。
「まあ、俺も本人て訳じゃねえ」
サヴィニオに近しい人物を見つけ出し、監視させている状態だ。いくら同じ系統に属していても、用心深い相手の足取りを追うのは難しい。
けれども一人で山奥にいる訳ではないかぎり、必ず何かと接触しなければならない。
今回は相手が爆弾に精通しているという事で、泉は少ない足がかりを見つけ出せた。しかし相手が相手だけにこの先、一人ではどうにも出来なかったかもしれない。
「丁度良かったってことだな」
倒れたバイクを起こすベリルを見やり、口の端を吊り上げる。泉にとっては、まさに運命的な出会いとなった。
これだけ興味をそそる奴はそうそういるもんじゃない。逃したくはないが、手を出すにはかなりの注意が必要だ。
「準備をしておく。何かあれば連絡を」
「おい、どうやって」
顔をしかめる泉を一瞥しバックポケットから携帯端末を取り出すと、滑るようにタップした。
「んあ?」
同じくポケットに仕舞ってあった泉のスマートフォンが着信を震動で伝える。見ると、未登録の番号が表示されていた。
「あ? ちょっと待てよ。なんで俺の番号を──!」
にべもなく走り去るバイクに声を上げたが、止まることなく遠ざかっていった。とりつく島もないなと溜息を漏らす。
泉が「丁度良い」と言ったのには理由がある。調べていると、「潰し屋」という言葉がちょいちょい顔を出した。
どうやらベリルなる人物は、犯罪組織を潰して回っているらしい。よくもやると半ば呆れたものの、それを続けているためかスポンサーが幾つかついているようだ。
当然、そのスポンサーだかもベリルの正体を知っているだろう。知っていて知らない振りをしている。
多くの人間にとって、ベリルという存在は必要不可欠なものとなっている。それが見て取れて、泉はなんだか妙な感覚を覚えた。
世の中は曖昧な部分を内包し共有しながらも、それに対立するかのように存在している。今の人類は、そうして成り立つ世界なのだろう。
かっちりとはめ込まれた枠組みでは、何かがはみ出たときにそこから一気に破れ出てしまう。
「柔軟性」とでも言おうか。ベリルからは、まさしくその「世界の縮図」が垣間見えた。もちろんそれは、外から見た見解だ。ベリル本人の意志とは異なる。
とはいえ、そんなことは泉の知ったことじゃない。目的の獲物に近づけるチャンスを獲得した喜びに、ひとまずの満足感を味わっていた。
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