*糸口の先端
翌日の昼近く──街は相応しい喧騒をまとい、新たな一日が流れていた。
昨日はあれからウイスキーを一本あけ、いい感じに酔っぱらいモーテルで寝ていた泉のスマートフォンが早く起きろとばかりにナイトテーブルで震え続けている。
精神的な疲れからか、着信の振動で木製のナイトテーブルが嫌な音を響かせていても伸ばした手が目当てのものをなかなか掴んでくれない。
「んあ~」
寝ぼけながらもようやく手にして、相手が誰だか解った途端にくそ面倒な予感を覚えて寝起きからげんなりした。
「なんだよ」
今日一日はゆっくり寝て過ごすつもりでいたのにと、ご機嫌斜めを目一杯声に乗せる。
<いいから来てくれ!>
「解ったから怒鳴るな」
泉の主張も虚しく一蹴されてしまい、未だ覚め切らない頭を振ってやむなく出掛ける準備を始める。とは言っても、そのまま寝たので身なりを整える程度で部屋をあとにした。
途中でタクシーを拾い、あくびをしながら行き先を指定する。捜査協力をすると言った記憶もないのに、なんだってこき使われなきゃならないのか。
──爆弾が設置されていたレストランから数百メートル離れた場所にあるカフェの前には、数台のパトカーがランプだけを点灯させて無造作に駐められていた。
出入り口は例の黄色いテープで囲まれ、数人の警官が野次馬を牽制するように立っている。当然だが刑事もいて、何やら物々しく会話を交わしている。
「いつまで寝てる」
「今度はなんだよ」
入り口で待っていたブランドンは、不機嫌な泉の背中に手を添えて中に促した。
カウンター席が多いと言った方が正しいのか、コーヒーくらい飲ませろとごねる泉を、とにかく奥に行けとせきたてる。
顔をしかめて細長い店内を進み、トイレへと続く木製の扉の前にいた警官がブランドンに軽く挨拶をして扉を開いた。
「やあ」
「よう」
先日に見知ったエイムズとベックが口元をほころばせ、泉はそれに軽く手で応えた。その向こうでは、アーロンが少々不機嫌な顔つきで壁にもたれかかっている。
「爆弾は解除した。見てくれ」
ブランドンがトイレの壁を示す。
「あん?」
なるほど、アーロンの機嫌が悪いのは解除したあと手を付けるなと言われているせいか。俺が指示した訳でもないのに睨まれるのは理不尽だと視線を外して肩をすくめた。
「お前が言ったように複数犯の可能性が出てきた」
「だろうな」
昨日捕まえた男がこっちにも仕掛けていたとは考えにくい。
「予告の方法は?」
腰よりやや下に貼り付けられている解除済みの爆弾を眺める。前回と同じく、電光掲示板のような黒い板が付いていた。
「今回もギリギリで解除したように見せかけるため、まだ解除したことにはなってない」
言ったあと、予告についてはそこら辺にいる子供に小遣いを渡して手紙を警察署に持っていくように指示したらしいと答えた。
「前回は女の子、今回は男の子だ」
駄賃をくれた人の特徴を聞くと、二人ともよく解らないと答えた。
「だろうな」
男か女かの区別はつくだろうが、初めて会った人間の細かな特徴に気付いて、なおかつ覚えている方が珍しい。
「で、どうなんだ」
立ち上がった泉に尋ね、壁から爆弾を取り外す作業にかかるアーロンたちの邪魔をしないようにと二人は少し離れた。
「昨日の奴じゃないとすれば、模倣している相手がいるな」
「一体、誰を……」
「さあな。ブラックリストに載っている中にいるかもしれんし、新しい奴かもしれん」
これくらい簡単な造りだと、複数で作成したとしても各々の特徴は見えづらい。倣う相手がいるならば、複数でも同じようなものは出来上がるだろう。
どういった意図でそうしているのかは図りかねるが、この集団の中で爆弾の製作に詳しい人間が一人だけだとすれば、ぼんやりとだが見えてくる。
「一つ訊くが、判明したそいつがかなり厄介な奴だったらどうする」
泉は数秒ほど思案するように眉を寄せ、嫌々ながら発した。その問いかけに、ブランドンは泉を見つめてしばらく考えたあと、
「お前に頼む」
「言うと思ったぜ」
勘弁しろよと頭を抱えた。警察の依頼は大した額にはならない。せめてFBIなら違うのだろうが──
「心当たりでもあるのか?」
泉の言葉に怪訝な表情を浮かべる。
「まだわかんねえな」
ブランドンはそれに、残念そうな溜息を吐いてアーロンに目を移した。
「何か解ったら知らせてくれ」
泉の肩を叩き、用事は済んだから帰っていいぞと暗に示す。気持ちよく寝ていたところをたたき起こされ、確認するためだけに呼ばれた方としては納得がいかない。
とはいえ、相手は警察なだけに文句も言えないと不満げにカフェをあとにする。今回は見回しても怪しそうな奴はさすがにいない。
現場から離れるとバックポケットからスマートフォンを取り出し、ドルフにつないだ。
「泉だ」
<よう、どうした?>
「調べて欲しい奴がいる。出来ればオープナーもつけてくれ」
<詳細を頼む>
いつもとは異なる要請に、ドルフは思わず声を低くした。
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