第31話
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桜季さんに話をきいてもらった翌日、いつも通り少し早めに来て、トイレの掃除をしていると、桜季さんに「ちょっといいかなぁ」と呼びだされた。
掃除道具を仕舞って、厨房へ向かうと、そこには意外な人物がいた。
「れ、蓮さん……!」
僕は桜季さんの横に立つ蓮さんの姿に、目を丸くした。
売れっ子ホストの彼がこんな時間に店に来ていることにも驚いたが、何よりびっくりしたのは、彼の頬がりんごを彷彿させるほど赤く腫れていたことだ。
腫れのせいか、彼はむっすりと口を結んでいた。
「だ、大丈夫ですか! あ、冷蔵庫に確か保冷剤が……」
「いいよぉ、レンコンにそんな気を遣わなくてもぉ」
冷蔵庫へ向おうとする僕を、桜季さんが手を振って制した。
「でも、すごく痛そうですよ……」
ちらりと蓮さんへ目を遣ると、彼は顔を歪めて舌打ちした。
「誰のせいだと思ってるんだよ、ったく……!」
ギロリと睨まれ思わず居竦む。
すると桜季さんが勢いよく蓮さんの頭を叩いた。
傍から聞いてもいい音がしたので、相当な強さだったのだろう。
蓮さんは叩かれた箇所に手を当てながらしゃがみ込んだ。
「いっ、てぇ……!」
「こらぁ、だめでしょぉ。青りんご恐がらせたらぁ。レンコン全然反省してないねぇ。もう一発いっとこうかぁ?」
柔らかな笑みの横で、拳を握る桜季さん。
ゴツゴツとした指輪がギラリと光る。
その剣呑な光に怯んだのか、蓮さんは不承不承といった様子で口を噤んだ。
そして、立ち上がると僕の前まで来てこちらを見下ろしてきた。
身長も高い上、不機嫌な表情なので威圧感がすごい。
半分尻ごみながら彼を見上げていると、むすっと閉ざされた唇が億劫そうに開かれた。
「……この前は、悪かった」
ぼそりと蓮さんが呟いた。
プライドの隙間から何とか絞り出したような苦々しい声だった。
思わぬ謝罪に目を丸くしていると、蓮さんは眉を顰め視線をふいと逸らした。
「全然誠意が足りなぁい。やり直し~」
「ぐわっ」
桜季さんが蓮さんの頭を押さえつけ、無理矢理頭を下げさせたので、僕は慌てて止めに入った。
「あ、あの、蓮さんが謝る必要はないです! 蓮さんの言ったことはその通りですから! なので頭を上げさせてください」
「えぇ~。まぁでも青りんごが言うなら……」
唇を尖らせつつ、桜季さんは蓮さんの頭から手を離した。
蓮さんは顔を上げると「テメェ、髪のセットが崩れるだろうが!」と目を尖らせ桜季さんに詰め寄った。
「あ、あの、蓮さん!」
「あ?」
額に青筋を立てた状態で振り返られ一瞬怯んだが、それでも何とか持ち堪えて口を開いた。
「蓮さんが言った通り、僕は指名がないので蓮さんのように売れている方たちの売り上げからお給料を頂くことになります。だから蓮さんが僕のことを不愉快に思うのは仕方ないことだと思います。でもっ、だからっ」
真っ直ぐ蓮さんの目を見詰めた。
僕の決心が少しでも伝わるように、目に力を込める。
「だから、僕は僕のできることを精一杯がんばらせてもらいます! それで、少しでもお給料に見合った仕事ができればと思っています。なので、あの、よろしくお願いします!」
頭を深く下げたが、返ってくるのは沈黙ばかりだった。
鬱陶しかっただろうか?
恐る恐る顔を上げて蓮さんの様子を窺い見ると、彼はぽかんと口を開けていた。
てっきり顔を露骨に顰めていると思っていたので、その表情に僕は少し驚いた。
しかし僕と目が合うと蓮さんはすぐに顔を顰めさせ、そっぽ向いてしまった。
「おっさんの決意表明なんて見苦しいんだよ。せいぜい俺の足だけは引っ張るなよ、おっさん」
吐き捨てるように言い捨てて、蓮さんは厨房から去って行った。
「あ~可愛げがないねぇ。これはまたお仕置きが必要かなぁ」
「や、やめてあげてください!」
桜季さんが呟いた不穏な言葉に、僕は慌てて首を振った。
「ふふふ、冗談だよぉ、冗談。まぁ、ドロップキックくらいはお見舞いするかもだけどねぇ」
「それもやめてあげてください……」
「まぁ、その話は置いといてぇ。はい、青りんご」
桜季さんが調理台からりんごをひとつ取って僕に投げてきた。
反射神経の鈍い僕だが、何とかまごつきながらもそれをキャッチすることができた。
「ウサギりんご作ってフルーツの盛り合わせの準備しといてねぇ。客を呼ぶだけが仕事じゃないんだって分からせてやろうよぉ」
桜季さんがにやりとピアスが光る口端を持ち上げた。
「……っ、はい!」
僕は桜季さんから受け取ったりんごをぎゅっと握った。
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