第3話


*****


晴仁の部屋は相変わらず、隙のないほど綺麗だった。

リビングのソファに横並びになり、僕は嗚咽を交えながら、今までの経緯、そして仕事が見つからない現状について話した。


「そんなことがあったんだね、辛かったね」


気遣わしげに僕の背中を擦りながら、晴仁は労わりの言葉を掛けてくれた。


「ご家族には話したの?」


僕は首を振った。

決して家族仲が悪いわけではないのだが、僕の家庭は少し複雑なのだ。

僕が十歳の時、母が再婚して、僕の家族は五人になった。

義父はもちろん、三歳上の義兄も、六歳下の義弟もとてもいい人で仲良くやっていた。

僕が十五歳の時、母が死んで、僕の家族は四人になった。

三人がいい人なのは変わりなく、大学卒業まで面倒を見てくれた。

血が繋がってなくとも大事な家族だ。

けれど、やはりほんの少しだけど遠慮もある。

今回のリストラの件だって、恥ずかしいのもあるが、心配させたくないということもあり、まだ話せていない。


「そうなんだ、話していないんだね。他には? 誰か話した?」


再び首を振る。

すると、そっか、と呟いて、晴仁は背中にまわしていた手を僕の頭に持ってきた。


「ずっと誰にも言えなかったんだね。すごく辛かったよね。でも、不謹慎だけど僕に一番に話してくれたっていうのは少し嬉しいな。これからは僕には何でも言ってくれていいからね」


顔を覗き込みながら、優しく頭を撫でてくれる。

僕は本当にいい友人、いや親友を持ったものだなぁと、自分の幸運に感謝するばかりだった。

彼の優しさはこれだけに留まらなかった。


「ねぇ、もしよかったら仕事が決まって落ち着くまで一緒にうちで暮さない?」

「え!」


思いもよらない提案に、顔を跳ね上げた。


「一緒に暮らそうよ。それの方が経済的な負担も軽くなるし、それに、傍にいたら何か僕にもできることがあるかもしれないし」


な、なんてできた人なんだ……っ!

照れたように笑う晴仁に、僕は感動した。

けれど、そこまで甘えていいものなのか。

感動一色の脳内に冷静な考えが滲む。

親友とはいえ、やはり彼のプライベートな空間に住みつくのは躊躇われた。


「けど、晴仁は仕事忙しいのに帰ってから人がいるって疲れない?」

「全然疲れないよ。むしろ、こーすけならいてくれた方が癒される」


そう満面の笑みで返され、戸惑ってしまう。

仕事で疲れて家に帰ったら無職の友人が待ち構えている状況のどこに癒しがあるのか……。

彼は本当にいい人なのだろう。


「家賃って結構お金とられるだろう? この時期の就活は長期戦になるだろうし、少しでも出費は抑えた方がいいと思うけどな」


「そ、それはそうだろうけど……。でも、晴仁のマンションの家賃を折半したとしても、僕のアパートの家賃とそう変わらないと思うし」


ぐるりと部屋を見渡す。

独り暮らしには広すぎる、高層マンションの2LDK。

安くても僕のボロアパートの倍はするだろう。

すると、晴仁は苦笑しながら手を振った。


「いやいや、家賃を折半してもらおうなんて考えてないよ。もし、どうしても気になるなら出世払いでもいいし。とにかく細かいお金のことは気にしないで、こーすけは就活に専念して」


ね? と顔を傾けてくる晴仁に、もはや同じ人間とは思えない優しさを感じ、またもや感動の涙が滲む。

エリートでかっこいい上に性格までいいとくると、彼が結婚していないのが不思議でたまらない。

いや、結婚どころか、恋愛に関する話もあまり聞いたことがない。

恋愛のれの字もない僕を気遣って、そういった類の話を避けていただけかもしれないが……。


「……それに、この部屋に一人でいるのが、今少し寂しいんだ」

「え?」


ぽつん、と呟いた言葉に目を瞬かせる。


「実は話してなかったんだけど、ここ最近まで彼女と同棲していたんだ」

「ええ!」


初めて彼の口から聞く恋愛話に驚愕する。


「でも向こうに好きな人ができたみたいで、出て行ってしまったんだ」

「えええ!」


またもや驚愕の叫びを上げてしまった。

この完全無欠な人間を振るだなんて……!

彼の元恋人の目は節穴なのか?

親友のひいき目なしで本当にそう思った。


「そんなにびっくりすることじゃないよ。よくある話だよ」


そう言って、おどけるように笑うけれど、その顔はどこか寂しげだ。

僕は、おもむろに、彼の頭へ手を伸ばしそっと撫でた。

突然の行為に、晴仁は目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべた。


「はは、慰めてくれてるの?」

「あ、うん、一応。効力があるかは別として……」


効力は無に等しいだろうが、他に慰めの方法も知らないので、とりあえず撫で続ける。

すると、突然、腰に腕を巻かれ抱きつかれてきた。

予期せぬ行動に構えられていなかった僕は、そのまま仰向けに倒れた。


「えっと、これは、僕の慰め方に対する抗議?」

「まさか。その逆。すごく嬉しい」


そう言って僕のお腹に顔を埋めてクスクス笑う。

その振動が少しくすぐったい。


「……これで、一緒に住んでくれたらもっと嬉しいなぁ」


にっこりと笑って晴仁が見上げてきた。



こうして三十五歳にして無職生活に加え、居候生活が始まった。

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