35歳にして、初のるーむしぇあ
第1話
月日が流れるのは早いもので、晴仁と同居、今風に言えば〝るーむしぇあ〟を始めてから一ヶ月が経つ。
携帯電話のバイブ音が朝の静寂に響く。
時刻は朝五時半。
居候の身であるため、家主より一足先に起きて朝食とお弁当の準備をする。
……のだが、その前にやらなくてはならないことがある。
「よっこいせ」
小声で掛け声を漏らしながら、腰に絡みついた腕を解く。
隣で眠る腕の主、晴仁を起こさないように慎重に。
晴仁は同居する際「生活に必要なものはほとんど二人分あるから身一つできてくれていいよ」と冗談交じりで言ってくれた。
以前、同棲していた彼女が使っていたものが残っているとのことだ。
少しでも生活費の足しになれば、と僕は家のものをほとんど売り払ったり処分したりし、下着や服など最低限必要なものを持って言葉通り身一つで彼の家にやってきた。
彼の言う通り、家にある生活用品は、二人で暮らすのに不便のない量であった。
それらは、僕が持っていたものより洗練された上質なものであり、タオルの柔らかさに包まれた時は、自分が使っていたものは雑巾だったのではないかと思ったほどだ。
しかし、ひとつ問題が起こった。
彼の家には寝具が二人分なかった。
あるのは、彼の部屋にある大きなダブルベッドだけだった。
恋人と同棲していたなら仕方ないことだ。
僕はじゃあソファで寝かせてもらおうかな、とのん気に考えていたのだが、身一つで来ていいと言った手前、申し訳なく思ったのか、晴仁はそのことに気付くと、夜にもかかわらず、「すぐ買ってくる」と財布を持って家を飛び出した。
僕は慌ててそれを制した。
住まわせてもらう身で寝具まで買ってもらうなど、申し訳ない気持ちを通り越してあまりに情けない。
ソファで寝ると言うと晴仁は「ソファは固いから」と言ってなかなか首を縦に振らなかった。
正直に言えば我が家で長年愛用していたせんべい布団よりはるかに柔らかかったし、むしろ彼の家のソファの方が寝具としてふさわしいほどであった。
遠慮と気遣いの堂々巡りで話はもつれたが、最終的にダブルベッドに一緒に寝かせてもらうことになった。
新しい布団を買うお金もないし、何よりダブルベッドは寝心地がいいので、そのまま一緒に寝させてもらっているが、少し問題がある。
それは、こうして晴仁が寝ている間に抱き枕よろしく抱きついてくることだ。
男の僕に抱きついてくるなんて、彼女と別れてよっぽど人恋しいのだろう。
この間なんかは、舌を口に入れてくるという僕には馴染みのない濃厚なキスをかましてきた。
抱きつくくらいなら同情心から何も言わなかったが、これには驚き、体をジタバタと動かし彼を叩き起こした。
話をきくと寝惚けて夢に出てきた彼女と間違えたとのことだ。
赤面して平謝りする晴仁を見ていると何だかこっちまで申し訳ない気持ちになり「いや、こっちも紛らわしくてごめん」とわけの分からない謝罪をした憶えがある。
まだ彼女に未練があるのだろう。
完全無欠な彼が、夢の中で別れた彼女と束の間の逢瀬を重ねていると思うと何ともいじらしい。
僕はなるべく逢瀬の邪魔にならないよう、そっと腰に絡む腕を解いた。
これが起床時の日課となっている。
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