第33話


****


「え!? 聖夜さん、ホスト辞めるんですか!」


昼下がりの少し落ち着いたカフェ店内に声が思った以上に響いて、僕は慌てて口を押さえた。


「声デカすぎ」


向かいに座る聖夜さんが苦笑した。


「ほ、本気なんですか?」


今度は気持ち声を顰めてたずねた。


「ああ、本当だ」

「……やっぱりこの間の件のことですか?」


あの竜鬼さんとの騒ぎから一ヶ月半経った。

竜鬼さんはあの騒ぎで仕事を辞めた。

ホストの業界ではお店や他のホストに迷惑をかける行為を『爆弾』と呼んでおり、彼の行為もそれとみなされたのだ。

爆弾行為をした場合、一回目なら厳重注意で、二回目はクビ、となるのだけれど、あんなに大騒ぎになった手前居づらくなったのだろう。

竜鬼さんはその日の内に辞めてしまった。


「聖夜さんは何も悪くないじゃないですか。それに聖夜さんの人気は相変わらずじゃないですか!」


あの一件で、女性客の彼への夢が壊れ指名が少なくなるのではと懸念されたがそれは杞憂だった。

聖夜さんのアニメ好きな面はお客さん達に衝撃は与えたものの「可愛い!」と意外にも好評だったのだ。

しかも、アニメの話が出来るホストとして噂が広がり新しく指名も増えている。

仕方ないとはいえ、僕がフラキュアの歌を披露した時とえらい差だ……。


「別にあの一件が原因なわけじゃねぇよ。単なるきっかけだ」

「きっかけ……?」


首を傾げる僕などお構いなしにマイペースに聖夜さんはコーヒーを口に運んだ。


「……実はさ、声優の養成所関係の人から声優をやってみないか、って言われてるんだよ」

「え!?」


思いも寄らない言葉に僕は目を丸くした。


「声優ってアニメや洋画の登場人物に声をあてる仕事ですよね?」

「ああ、うん、まぁ……」

「……っ、すごい! すごいじゃないですか!」


僕は興奮して身を乗り出した。


「うわぁ、すごい! テレビや映画の向こう側の世界にスカウトされるなんて、本当にすごいですね!」


これからエンドロールに聖夜さんの名前が載ると思うとわくわくが止まらなかった。

いい歳してはしゃぐ僕に呆れるように聖夜さんが小さく笑った。


「興奮しすぎ。それにすぐにデビューってわけじゃない。養成所で勉強して可能性があればって話だ。まぁ、向こうとしては元ホスト声優、みたいな感じで売り出したいんだろうけど」


興奮する僕に反して、当の本人である聖夜さんは冷静だった。

けれど、その目は夢を抱く若者の輝きを湛えていた。


「でも、やってみたいって思った。せっかくのチャンス、頑張ってみたいと思うんだ」


力強くそう宣言する聖夜さんはあまりに眩しく、そして微笑ましくもあり、僕の口元に自然と笑みが浮かんだ。


「……それなら僕が聖夜さんを引き留める理由はありません。頑張ってくださいね」

「ああ。……本当にありがとうな。アンタのおかげだ」

「え? 僕は何もしてないですよ」


唐突にお礼を言われ僕は戸惑った。

全て聖夜さんの実力で得た未来だ。

それでも聖夜さんは静かに首を横に振った。


「いや、アンタのおかげだ。きっとアンタに出会ってなかったら、俺はこんな風になれてなかった」

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