第21話 アルブクーク動乱

 ピンだけが引き抜かれた、小さなシルエット。

 それが、艦内通路からドアの奥へ投げ入れられた。

 投げ入れたものは、もういない。

 それは天井近くまで高く放りあげられてから、放物線を描いて床へ落ちた。

 衝撃で、安全把がはずれる。

 かすかな白煙を上げはじめてから、正確に三・五秒。






 ブリッジに、底から突き上げるような衝撃とともに、爆発音が轟いた。


 その瞬間、艦内のだれもが、ぎょっとしてその場に立ち止まった。何が起こったのか、瞬時に理解したものは、ただのひとりもいなかった。

 無論、これが何の音か、なにゆえの衝撃なのか、戦い慣れした彼らに、わからぬはずはない。だが、理性がそれを否定した。この絶対の聖域たるアルブクークに、そんなことは、起き得るはずが――


「……左舷、低圧ガス区画が爆破されました!」


 オペレータの声は、悲鳴に近かった。


「消火剤散布!……減圧確認、隔壁を下ろします!」

「ねずみは、まだ捕まえられんのか!」


 ネルガは苛立たしげに叫んだ。もう任せておけんとばかりに、手元の端末を使ってオペレータたちのコンソール操作へ割り込み、ブリッジの窓に艦内映像をつぎつぎと呼びだしていく。監視カメラを切り替えて、執拗に侵入者の姿を捜す。

 ほどなく、相手を見つけだした。


「……こいつらっ!?」


 ネルガは驚いた。窓に投影された敵が複数だったからだ。レアーレとかいうガキもたしかに映っているが、他のものたちは、初めて見る顔ばかりである。

 全員が黒髪であったことで、ネルガは誤解した。


「モナルキアの生き残りか? こんなにいたのか? 馬鹿な、奴らはたしかに絶滅したはず……!」


 ネルガは数瞬思考をめぐらせたが、すぐにやめた。始末をつけてから考えればよいことだ。


「左舷中央に警備班を投入しろ! 奴らをあと五分も生かしておくな! 全員死体に変えて、わたしの前に持ってこい!」






「そこ、上にあがって!」


 探知機を持つ結衣ゆいが懸命に叫ぶ。その声を背中で聞きながら、レアーレは懸命に走っていた。貴音たかねたちがそれにつづく。

 艦内には、先ほどからけたたましく警報が鳴り響いていた。ブリッジも、ようやく侵入者が複数であるのに気づいたのだろう。


 艦内通路を、彼らは全速力で駆け抜けていった。正面きってぶつかれば、いかに強化されていようと、数で圧倒的な彼らに、たちまち押し潰されてしまう。スピードで敵を上まわり、撹乱しつづけなければ、勝利はない。


「結衣、まだなの?」


 気を高ぶらせて、貴音が叫んだ。彼女の防護服は返り血に濡れている。

 すでに何人も敵を倒していた。大半は男たちが片づけてくれたが、彼女もその手で私掠しりゃく軍の戦士を斬ったのだ。気密バリアで一瞬止まった敵の体に、目をつむって袈裟掛けに斬り下ろす。金属すら断ち切る高周波ブレードなら、人体なぞ豆腐を切るほどの感触もない。


 だが、かえってその簡単すぎるおぞましさに、貴音は胃液が逆流しそうだった。一度はリーチェを撃とうとした自分なのに、体の震えが止まらない。殺さなければ殺されるのだと必死で自分にいいきかせ、レアーレの背中を追いかける。


「もう近いです、そんなには……!」


 結衣の声にも、焦りの色が見えていた。

 階段を跳ぶようにして駆けあがると、行く手は一本道の通路だった。通路の片側にはいくつか出入口があり、そこから光が漏れている。


「いたぞ!」


 通路の向こうから声が聞こえた。はっとして見ると、数名の敵が刀を振りあげ、こちらへ向かってくる。貴音は舌打ちした。


「そこへ入れ!」


 丈昭たけあきが叫び、彼らは出入口のひとつへ駆け込んだ。

 最後に入ろうとした嘉一よしかずが、手榴弾を一個とり、ピンと安全把をひきぬいて敵に投げつける。突っ込んできた敵は、見事に吹きとんだ。


「なんだこりゃ、サッカー場か!?」


 内部を見まわして、哲夫てつおは叫んだ。

 驚くほど大きな空間だった。たしかにサッカーの試合くらいはできそうだ。天井からは、リフトやクレーンが何本もぶら下がり、プラットホームが縦横無尽に走っている。

 彼らがいるところも、プラットホームの一部のようだった。下の床までは、ビルの三階分くらいはありそうだ。


 下では、作業員たちと武装した戦士たちが、二〇人ばかり入り交じり、警報にぴりぴりしながら周囲に気を配っていた。とつぜん聞こえた爆発音に、なにごとかと貴音たちを振り仰ぐ。


「ここは貨物場だ。ネフリートがある!」

「貨物艇か?」


 レアーレの声に、丈昭は視線を走らせたが、とたんにその目が大きく見開かれた。


「レアーレ!! あれに砲弾は入ったままか!」


 丈昭が叫んだ。ネフリートのとなりに、彼の一〇式戦車が鎮座している。


「え!? ああ、全部セットにしてるほうが高く売れるからな、そのはずだぜ」


 丈昭は、後ろの慶太けいたと嘉一を見た。彼らも、丈昭の顔を見返す。ふたりとも、丈昭の考えに思い至ったようだ。

 下では、彼らを指差して戦士たちが何か叫んでいた。艦内通話機を使って、どこかと連絡を取っているものもいる。


「どうする気!?」


 貴音が、丈昭の顔を見やった。


「このまま固まっていても、戦力を集中されて力尽きるだけだ。ここで大暴れして敵を引きつける! リーチェと破砕砲は頼む!」


 丈昭は、自分の拳銃と予備弾倉を貴音へ投げた。ポーチから手榴弾をとり、敵の集団めがけて投げつける。手榴弾が爆発して、何人か吹き飛んだ。


葉山はやま川内かわうち! あれを動かすぞ、ついてこい!」

「了解! てっつぁん、援護頼んだぜ!」


 慶太も、拳銃を哲夫へ放った。哲夫は手をのばし、あわてて受け取った。

 手すりを乗り越え、丈昭は下へ飛び降りた。慶太もそれにつづく。嘉一は、一瞬結衣を見てぐっと奥歯をかみしめると、迷いを振り切るように下へと身を投げだした。

 貴音と結衣は、思わず身を乗りだして三人をみた。防護服がなければ、両足骨折は疑いのない高さである。


 敵の吹き飛んだあとに着地すると、三人は戦車めざして走りだした。周囲にいた戦士たちが、見るまに四方から群がりよってくる。結衣が悲鳴をあげた。

 彼らは、追いつかれまいと全力で走り抜け、立ちふさがる敵は刀を振りまわして手当たり次第に斬り倒した。慶太が左右に手榴弾を投げつけ、迫ってくる敵どもを吹き飛ばす。貴音と哲夫も、追いすがる敵に銃撃して三人を援護する。


 慶太が最初に戦車へたどりつき、装甲へ駆けあがった。あがってくる敵の首を刎ね、体を蹴落とす。


「葉山、なかへ入れ! エンジンを始動して走れ!」


 戦車の足元で、丈昭が敵と切り結びながら叫んだ。拳銃を撃ち放つ嘉一と、死角をかばいあう。戦車を壁にして背後を守るとはいえ、相手は一〇人以上もいる。一度に全員攻め寄せてこれるわけではないが、広い場所での戦いはきわめて不利だ。


 だが、慶太は車内へは入らなかった。代わりに、砲塔の一二・七ミリ重機関銃に取りつき、安全装置を外した。


「ふたりとも伏せろお!!」


 慶太の絶叫に、丈昭と嘉一は反射的に床へ伏せた。と同時に、ドドドド! と腹に響く音がして、重機関銃が火を噴いた。

 彼らを囲んでいた敵が、頭や上半身を爆砕されて吹っ飛んだ。血と臓物が大量に床へ飛び散り、赤黒く染めていく。


「ざまあみろっ!」


 慶太は快哉を叫んで操縦手用ハッチを開け、車内へとすべりこんだ。丈昭と嘉一も各自のハッチからあとにつづく。


「葉山、エンジン始動!」


 キューポラをロックして、丈昭が叫んだ。新たに戦車の上へあがってきたのか、外からがんがんと叩く音がする。


「了解、エンジン始動!」


 慶太が復唱して、セルモーターを回した。八気筒の水冷四サイクルディーゼルエンジンは、不機嫌そうに唸っていたが、すぐに息を吹き返した。

 配属直後、慣れるまでが大変だった耳朶を打つ激しい音と振動が、いまはこの世で最高のサウンドだった。


「前進! ひっかきまわしてやれ!」


 久しぶりに車長席にすわり、丈昭は心が踊った。

 戦車は、ゆっくりと動きだした。取りついていた戦士たちが、驚いてしがみつく。まさかこれが動くとは思っていなかったのだろう。戦車は増速して急旋回をくりかえし、そのたびに敵は振り落とされた。前に転がり落ちたものは、すぐさま履帯の餌食となった。


「川内、砲弾はあるか!」


 ペリスコープで外の様子を確認しながら、丈昭が叫んだ。新手の敵が続々と集まりつつある。

 嘉一は射撃管制モニターに電源を入れ、弾薬ステータスを確認した。成形炸薬弾と徹甲弾が三一発、たっぷりと納まっている。


「はい、あります!」

「よし、砲に装填しろ! こいつらの度胆を抜いてやる!」

「了解!」


 丈昭の怒声に、嘉一は給弾装置を作動させた。成形炸薬弾が滑腔砲に装填され、尾栓が閉じる。


「装填完了! いつでも!」

「よし! 仰角水平、方位はそのままで固定!……撃てっ!」


 嘉一は主砲の発射ボタンを押した。衝撃とともに一二〇ミリ砲弾が発射され、すぐさま貨物場の壁に命中した。隔壁と付近にいた敵が粉微塵に吹き飛んだ。

 戦車のなかは、歓声でわきかえった。

 上から見ていた哲夫は、ぴゅう、と口笛を吹いた。


「無茶しやがるぜ、遊佐ゆざの旦那も」

「ぼうっとしてないで。敵が引きつけられている間に、一気に奥までいくわ」


 貴音は、撃ち尽くした拳銃を放りだすと、みなをせきたてて貨物場から飛びだした。

 前方に、ふたたび敵が姿を現す。貴音の、刀の柄を握る手に力がこもった。


 実際に戦ってみると、命のやりとりの恐ろしさに血も凍る思いがする。地球と私掠軍との戦いがはじまるまで、自分が誰を殺すことになろうとは、夢にも思っていなかった。それまでは、自分はどこにでもいる、平凡な女にすぎなかったのに。


 だが、すでに両手は血で染まっている。引き返すことはできない。

 もはや、失って惜しいものなど何もなかった。


 貴音は烈迫の気合を放ち、敵につっこんでいった。






「こいつはなんの騒ぎだい?」


 艦内の一室。灯の消された部屋で、外の様子をうかがいながら、リーチェはつぶやいた。

 艦全体が騒然としはじめているのを、彼女は肌で感じていた。先ほどの艦の揺れは、偶然かと思っていたが、どうやらそうではないようだ。


「!?」


 鋭い金属音が通路のむこうから響いてきて、リーチェは耳をそばだてた。甲高い音がぶつかりあい、争っているような怒号が聞こえる。


「……なんだか知らないけど、うまい具合になってるようだね」


 リーチェは、暗やみのなかでうすく笑った。艦内での反乱か、あるいは違う部署どうしの乱闘か。いずれにせよ、これで自分が脱走したことへの対応は遅れるだろう。この隙に、もういちど砲撃管制室へいけるかもしれない。


 だが、つづいて聞こえた声に、リーチェは驚いて顔をあげた。


「レアーレ!?」


 まさか!? だが、もしそうだとしたら、なんて向こう見ずな行動を!

 ふたたび、今度はリーチェを呼ぶ声が聞こえた。もう間違いない。


「……ンの馬鹿! 世話焼かすんじゃないよ!」


 リーチェは部屋を飛びだした。見ると、左手の通路のむこうで、多くの人影が刀を振るっている。敵の数のほうが多そうだ。加勢しなければなるまい。

 リーチェは、舌打ちしてサーベルを抜いた。敵の後ろから、猛然とつっこんでいく。


「いけぇっ!」


 ザッ!


 リーチェが念じる。攻撃心に感応したサーベルが、刀身を三つに裂いた。そのひとつひとつが自在にうごめくさまは、まるでサーベル自体が独自の意志を持っているかのようだ。

 リーチェがサーベルを振りおろした瞬間、敵の体はズタズタに斬り裂かれていた。


「姐さん!」


 レアーレが顔を輝かせた。


「レアーレ!……他も!?」


 リーチェは愕然とした。地球人まで、レアーレとともに戦っているではないか。


「いったい、どういうことだい!?」

「あなたを助けにきたのよ!」


 貴音が、刀を振るいながら叫んだ。ほとんど乱戦にもつれ込み、目につく敵を遮二無二斬り倒すだけになっていた。なんとか結衣をカバーしたいが、理性が沸騰しそうでうまくいかない。無我夢中で刀を振るう。まるで自分の体でないようだ。

 横から哲夫がすべりこみ、結衣に襲いかかろうとした敵の胴を断ち割った。


「大垣さん!」

「わかってる! 目の前に集中しろ!」


 哲夫がカバーにまわってくれたらしい。貴音は、バリアを突破してつばぜり合いになった敵を必死に蹴り飛ばし、刀でとどめを刺した。


「助けにきたって、あんたがかい?」

「来ちゃ悪いの? 少しは感謝してみせたらどう!」


 別の敵を斬り倒し、貴音は肩で荒々しく息をして、リーチェに言葉を叩きつけた。

 疲れたのではなく、修羅場に逆上しかけている。そんな自分を感じるが、激情を止めることができない。


(これくらい……! 地球では、もっと酷いものを見てきたんだ!)


 貴音は、必死で自分を鼓舞しようとしたが、目の端に涙が浮かぶのを押さえることができなかった。動きの止まりかかる貴音へ、敵がつっこんでいく!


「くうっ!」


 彼女は夢中で刀を横に薙いだ。胸を真横に裂かれた敵がどうと倒れる。返り血が防護服のバリアに噴きかかって、視界が真っ赤に染まる。

 猛烈な嫌悪感に、本当に胃液が逆流して、貴音は口元を押さえて膝をついた。


「あ……」


 だが、まだ戦いはつづいている。貴音はあわてて立ち上がろうとした。

 組しやすしとみたのか、別の敵が貴音へ刀を振りあげる。貴音は防御しようとするが、今度は体がおびえてしまって、うまく動けない。

 リーチェがサーベルをのばし、代わりに防ぐ。敵は、目にもとまらぬ速さで動くサーベルに、横から頭蓋を粉砕され、床へ崩れた。


「馬鹿、何やって……!」


 リーチェが、貴音を抱き起こそうとした瞬間、新たな敵が背後からリーチェへ斬りかかった。

 飛んでくる殺意にリーチェはふりむいたが、そのときにはもう、背中を後ろから貫かれていた。

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