第20話 刀振るう戦士たち・その2
「うぅっ!」
レアーレが、いきんだ声をもらした。揚陸艇の操縦桿を倒して、モナルキア号を急激に転舵させ、アルブクークのビームの砲撃をかわす。
衝撃が艇内を襲い、なかのクルーは身体をしたたかに壁へぶつけた。
「どうしたんだ、レアーレ!」
「撃ってきた! ちくしょう、撃ってきやがった!」
レアーレが叫んだ。
ということは、やはりリーチェは失敗したのだ!
「ちくしょう、姐さんに何かしてやがったら許さねえ!」
レアーレは、スロットルを全開にした。船のエンジンが全力運転に入る。
その瞬間、まるで武者震いのように、モナルキア号はその身をぶるるいと揺すった。
モナルキア号は増速し、一気にアルブクークとの距離を縮めにかかった。
「無茶しないで、レアーレ!」
「わかってる! みんな、しっかり席について体固定しろ! 舌噛むなよ!」
レアーレは、網膜に映るアルブクークの映像に、全身の神経を集中させた。
「ベスティアめ、レアーレさまの腕前を見せてやる!」
「敵船、まっすぐ突っ込んできます」
ソナーを見ていたオペレータがいった。
「減速しません、このままだと衝突します!」
「躱せばよかろう」
ネルガは面倒そうにいったが、ソナー手のあわてぶりが気になった。衝突とはどういうことだ?
「今からでは、まにあうかどうか!」
「なんだと!?」
ネルガは、あわてて左舷を見やった。窓からも、遠くにモナルキア号の姿が見える。
彼女は愕然とした。有視界に入られるまで、ブリッジの誰も敵の接近に気がつかなかったのか? まだ距離はあったが、まったく無防備の状態で、敵の船にこれほど近づかれたということが、彼女には信じられなかった。
「ソナー、何をしていた! どうしてこんなに近づかれた!」
「大きな粒子流が、こちらに流れこんできつつあります。影響で反応が乱れていて……」
ソナー手が、遠慮がちにいった。
「まだ減速の気配がありません、いや、速度が増しています!」
別のオペレータが叫んだ。
「体当たりでも仕掛ける気かっ」
ネルガは、激昂して立ち上がった。
「たかが奴隷の戦法が……! 砲撃戦用意! 左舷の火力を全部集中しろ、粉微塵にしてしまえ!」
「ハッ!」
オペレータたちは、ただちに左舷各砲座へ命令を伝達しはじめた。
だがソナー手は、伸びてきたネルガの髪に、あっという間にからめ捕られていた。
他のオペレータたちが気づいたとき、すでに彼はシートごと体を輪切りにされ、真っ赤な血をあたりに撒き散らして、単なる人体のスライスと化していた。
「アルブクークに無能は必要ない!」
驚愕して艦長席を振り仰ぐオペレータたちへ、ネルガは怒鳴った。
彼らは、この首領の妹の残虐性に今さらながら震えあがった。これは、なんとしても撃沈しなければ自分たち全員の命が危ない。
彼らは死体を見ないようにして、次々と担当部署への戦闘配置を告げた。
「きた! 集中砲火!」
レアーレの緊張した声が飛ぶ。ゴーグルを通して、レアーレの網膜へ、アルブクークがさかんに荷電粒子砲を撃ち放つ映像が送られてくる。ビームの輝きが、いっせいにモナルキア号へ襲いかかって――!
「くそおっ!」
レアーレは操縦桿をひねった。モナルキア号の舵が反応し、船体を大きく横へ流す。ビームの閃光が紙一重でそれた。
だが、ビームは続けざまに飛んでくる。次弾をくらって、船体が激しく振動した。
もはやこの距離では、すべてをかわすことは不可能だ。艇内では、みな体を支えるのに必死である。
「ちっ」
ここが限界だ、とレアーレは判断した。もともとが、船というのは小回りの効かないものなのだ。これ以上接近すれば、ビームのほぼ全弾をその身に浴びて、撃沈は免れない。
レアーレはゴーグルをむしり取ると、手元のスイッチを切り替え、操縦系を艇に取り戻した。外部に接続されていた通信ケーブルが、いっせいにカットされる。
この瞬間から、モナルキア号は惰性でアルブクークへと猪突しはじめた。ビームの弾幕が降り注ぎ、船殻を撃ち抜いていく。ブリッジが直撃を受けて吹き飛び、甲板が大破して炎をあげた。船体が煙に包まれ、猛爆を起こしていく。
「あばよ、モナルキア号……!」
最後の別れの言葉を口の端にのせ、レアーレは、船底の発進口から揚陸艇を脱出させた。バーニアを全力で逆噴射させて、モナルキア号の底部を仰ぎ見るように、後方へとすり抜けていく。キャノピーの向こう側で、モナルキア号はビームの光条を一身に浴びて赤く輝いていた。そのまま、最大速力でアルブクークへ突進していく。
つぎの瞬間、目もくらむ閃光とともに、モナルキア号は大爆発を起こした。あたり一面をまばゆく照らしだし、爆烈する。
シートにハーネスで身体を固定しながら、貴音たちもその光景を凝然と見守った。
一月のあいだ共に暮らした船が、目の前で轟沈していく。
仲間たちと過ごした記憶が、彼らの脳裏をよぎった。
「船が……沈む……!」
艇内の誰かがいった。
「さあ、いくぜ!」
レアーレはエンジンを全開にして、なお光芒の残る海域に揚陸艇を突っ込ませた。
モナルキア号が沈んだ直後のいまなら、小さな揚陸艇の動きは、ソナーでも捉えられないはずだ。その隙にアルブクークへ一気に突撃をかける。リーチェが失敗していた場合、アルブクークに乗り込んでリーチェを奪還するための苦肉の策だった。
アルブクークの巨体が眼前にせまる。迎撃はない。
いただきだ! とレアーレは思った。開きっぱなしの荷電粒子砲の扉を、少し軸線をずらして下方から突っ込んでいく。
つぎの瞬間、揚陸艇は砲座を突き破って、アルブクークの艦内に突入していた。
「あ……あたしはさ、どうなるんだい?」
相手の同情でも買おうというのか、リーチェは弱々しい声で、男に問いかけた。
見あげた瞳は怯えきって、無残に震えていた。
「どうなるってお前、助かるとでも思ってんのかよ?」
男が、馬鹿にしたように応えた。
「お前は明日、ネルガさまと戦うんだ。少しは長引かせてくれよ、俺はお前が四〇秒は保つほうに賭けてるんだからな」
もうひとりが、リーチェを嘲笑う。
なんと恐ろしいことか。彼らの間では、リーチェが何秒でネルガに殺されるか、賭けが行なわれているのだ。
リーチェは、恐怖に悲鳴をあげることもできず、いっそう身をすくませた。まるで、母親から引き離された子鹿のような目をしている。
引ったてていく女のあまりの怯えように、彼らは、にやにや笑いながら互いの顔を見やった。
弱いものは徹底的になぶり、痛めつけてすべてを吐きださせてから殺す。それが彼ら私掠軍のやり方だ。
「へっ。まあ、観念してお祈りでも唱えるんだな。明日はお前、悲劇のヒロインなんだからよ。せいぜい、ていねいに肉片に変えてもらいな」
身体が震えるのをどうしようもない様子のリーチェに、ふたりはげらげら笑った。
突然、衝撃音とともに通路が揺れた。
彼らはよろめき、リーチェもバランスを崩して、床に片膝をついた。
「なんだ?」
「さあな。問いあわせてみろ」
男たちは言いあい、ひとりがそばにあった艦内通話機に向かおうとした。
「おら、立てよ、このアマっ」
もうひとりがリーチェの肩をつかみ、立たせようとする。
刹那、リーチェのブーツの爪先からナイフが飛びだした! 裂帛の気合とともに右脚を跳ねあげる!――ナイフは、男の喉笛にぐさりと突き刺さり、頚動脈までかき切って止まった。ぱっくりと割れた切り口から血飛沫が吹きだし、通路じゅうを赤く染めあげていく。
「き、貴様!」
残るひとりが、背後からリーチェに組みつこうとする。リーチェはふりむいた。同時に、踵からもナイフが飛びだす。
「ハアッ!」
リーチェは、左脚を軸にして体をひねり、男の頭へ後ろ回し蹴りを放った。ドガッと音がして、ナイフが男のこめかみに根元までめり込み、脳髄をえぐる。
男は、あんぐりと口を開けて白目をむいた。
くたくたと床へ倒れこみ、四肢を死の痙攣で震わせる。
「残念だったね、あんたたちの取り分はなくなったよ」
さっきまでの怯えようはどこへいったのか。リーチェはつぶやいて、にやりと笑った。踵のナイフを高周波振動させて、後ろ手の拘束具を切断する。
そして、男が差していた自分のサーベルを引き抜くと、通路を走りだした。
ズズズズ……ン
ブリッジの床も、かすかに揺れた。
「なにごとだ!?」
ネルガが怒鳴った。
「敵船の破片が、艦に衝突しています……いえ、左舷中央に小型艇が接触!」
「小型艇だと?」
ネルガは眉をひそめた。しかし、すぐに笑いに変わる。
「馬鹿め……子供ひとりで何ができるつもりだ。ついでだ、リーチェともども地獄へ送ってやる。警備班を送れ! ただし、殺すなと伝えろ。かならず生け捕りにするのだ。……わたしの愉しみが減るからな?」
「ハッ!」
オペレータが、担当部署へ指示を送った。
ネルガは、満足そうにシートへ身を沈めた。
「まったく、モナルキアの連中は、死に絶えてしまってもまだ懲りんとみえる。ふたりだけになっても、まだ無駄なあがきを……」
だが、これで明日の処刑はさぞかし面白くなるだろう。ひとつの『世界』で、たったふたり生き残ったものたちが、互いに庇いあいながら仲良く死んでいくのも一興である。いやいや、かえって慈悲深い『狩り』方ではないだろうか? 親切にも、滅んだ同胞と同じところへ送ってやろうというのだから。
(わたしにも、お姉さまのように慈悲の心があるようだな……)
自分の考えに気をよくしたネルガは、愉快そうに、くくっと喉を鳴らした。
しかし、侵入者はひとりではなかった。
膨らんでいた高分子風船がしぼんでいく。突入のショックをやわらげるために備えつけられていたエアバッグだ。
体を押さえつけられていた貴音たちは、すぐに自由を取り戻してハーネスを外した。
「急げ、すぐに敵がくる!」
レアーレは、右手のレバーを倒した。コクピットのキャノピーが大きく上に開き、そこから艇内の全員が飛びだしていった。崩れかかった砲座をぬけ、通路を走りだす。
「居場所はわかってるの!?」
先頭を走るレアーレに、貴音が叫んだ。
「だいじょうぶ、これがあればっ」
レアーレは、ポケットから薄い板を取りだした。ふたつに折り畳まれた、十センチ四方ほどの端末だ。開くと、なかにある極薄のパネルに、かすかな光がともる。
「探知器だよ。姐さんのバンダナに反応するんだ。……そんなに遠くない、いける!」
彼は喜んだが、そのとき、前方から警備班が押し寄せてきた。数は一〇人ほど。
「きたなっ」
慶太が歯を剥きだして言い捨て、刀を抜いた。
「
レアーレは探知器を結衣に投げると、自分も刀を抜いた。
「は、はい!」
「みんなためらうな! バリアで止まった瞬間に斬れ!」
「
貴音もみなにつづいて刀を抜く。人を斬るなぞ想像もしていなかったが、ここまできて足手まといにはなりたくなかった。覚悟を決めて、高周波ブレードのスイッチをオンにする。
「いくぞおっ!」
レアーレと並んで、丈昭も敵に突っ込んでいく。慶太と
戦意をむきだしにして向かってくる彼らに、警備の戦士たちは驚いた。敵はひとりではなかったのか!?
だが、さすがに彼らは戦い慣れていた。すばやく状況を読み取ると、すぐさま腰から刀を抜く。向こうがやる気なら、こちらも相手を皆殺しにするまでだ。
そして、戦いがはじまった。
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