第19話 刀振るう戦士たち

 強力無比の私掠しりゃく軍戦士といえども、生物であることに代わりはない。生体としてのリズム、生活のリズムを保つことは、人間と変わらず重要である。


 そのためのもっとも確実な方法は、艦内の光量を調節することだ。

 モナルキア号や、他の私掠軍船と同じく、アルブクークでも艦内時間が設定されており、とくに必要な場所以外では、夜間に入れば照明が落とされるようになっている。


 夜間モードに入り、灯が落とされて数刻。アルブクークの艦内通路に、ひとりの人影があった。


 リーチェである。


 非常灯のみが点けられた、パイプ類のめぐる人気のない通路を、リーチェは足音をたてないよう、周囲に油断なく気を配りながら歩いていた。


 行く先は、艦の前部。正確にいうなら、アルブクークの艦首から、五〇メートルほど艦尾側へ下った、艦の芯央部。

 そこに、空間破砕砲のコントロールデータが集中する、破砕砲専用の砲撃管制室があるのだ。


 暗い通路を、リーチェは進んでいった。……一応は、いまのリーチェとおなじ私掠軍の艦である。リーチェは、いわば身内であった。だから過度に警戒する必要はないのだが、用心に越したことはない。

 ときおり、手首に巻いた多目的端末で、時刻を秒単位で確認する。


(ここから、一〇二区画……あと一七秒で、監視カメラは疑似映像に変わる……)


 タイミングをはかり、時を待つ。

 事前に、監視カメラのサーバにウイルスを仕込んでおいたのだ。リーチェが当該区画へ進むとき、艦内監視要員に気づかれないために。


 いくら夜間モードで人が少ないとはいえ、映像監視中に長時間誰も通る様子がなければ、さすがに不審に思われる。だからタイミングをずらし、艦内を移動する順番に通路の映像をクラックするようにしてある。絶対にタイミングを間違えるわけにはいかない。


(……よし!)


 指定時刻が表示されると同時に、リーチェは前にでて、区画を移動していく。

 いくどか通路の角を曲がり、十字路を折れ、壁に響く当直たちの声を注意ぶかく避けながら、リーチェは砲撃管制室へ近づいていく。


 最後の角を曲がる前に、リーチェは用心しながら、通路の先をのぞき見た。

 砲撃管制室のドアが見える。ついでに、ドアの前に歩哨がひとり。下位戦士だ。


 もういちど手首の時刻表示に目をやり、他には誰もいないのを確認してから、リーチェは通路を曲がって堂々と歩きだした。


 歩哨がふりむいた。だが誰何はしない。アルブクークのなかに敵がいるわけはないのだ。

 それに、問題がある相手ならば、ここに来るまでに監視要員が何らかのアクションを起こしているだろう。


 リーチェは、まったく自然にふるまい、近づいていった。


「……誰だ?」


 ようやく歩哨は誰何した。


「なんだい、だれた口調だねぇ」


 歩哨の目の前で立ち止まって、腰に手をかけ、リーチェは呆れたようにいった。


「だれたくもなるぜ」


 歩哨は、かすかに張った警戒心をあっさりと解いて、頭を掻いた。何日も風呂へ入っていないのだろう、ふけが飛び散った。


「こんなところに張りついてたってな、いったい誰がくるってんだ。ったく、ずっと立ち番だぜ、俺は」

「ふふん。……ならさ、あたしと、いいことしないかい?」

「ああ?」


 歩哨は、リーチェを見つめた。


「あたしもさ……今夜は、なんだか身体が疼いてねぇ、眠れないのさ。……わかるだろう?」


 リーチェは、作業服の胸のあたりに腕を添え、ふくらみを強調するように持ち上げた。意味ありげに流し目を送る。

 歩哨は、またたくまに相好を崩した。


「お、おお、わかるぜ」

「だからさぁ……ねぇ?」

「ああ、いいともよ」


 歩哨はだらしなく鼻の下をのばし、リーチェの肩を抱こうとする。


「馬鹿、およしよ」


 リーチェは、すげなくその腕を払った。


「なんでぇ、おめえから誘ったんだろうが」

「こんなところで抱くつもりかい? 誰が見るかもわからないじゃないか」

「いいじゃねえか、別によ。どうせ誰もきやしねえよ」

「馬鹿。女ってのはねぇ、ムードを大切にするのさ。どこか、ふたりきりになれる場所はないのかい? そら、あの部屋とかさ」


 リーチェはつい、と指をさした。少し離れたところに、この区画を管理する副制御室がある。


「ちっ、しょうがねえな」


 歩哨はしかたなさそうに――しかし欲望の期待に満ちみちた顔で――副制御室のドアへ歩いていった。脇にある電子キーの暗証番号を押す。

 かすかな駆動音とともに、ドアが開いた。


「ほら、開い――」


 ドゴッ、というこもった音が通路に響いた。もちろん、リーチェの拳が炸裂した音だ。歩哨のみぞおちに、手首まで深々と突き刺さる。

 レアーレを気絶させたときと違って、いささかの手加減もなかった。

 歩哨は、声ひとつあげずに昏倒した。


「ふん。あんたなんぞに抱かれるほど、このリーチェさまは安くないんだよ」


 リーチェは毒づいてから、副制御室に歩哨の体を運びこんだ。万一、ほんとうに誰に見られるかもわからない。

 すばやくドアを閉じてから、室内の制御端末に指を走らせる。


 どのみち、歩哨など立っていようがいまいが、部外者が砲撃管制室に入ることなどできないのだ。砲撃管制室のドアは、内側からか、あるいはブリッジからでしか、開けることはできない。


 しかし、そのドアロックは電磁式だ。そしてドア用の電源のカットなら、この副制御室の端末を使えば可能なのである。


 もちろん、この区画のドアロックはすべて死ぬことになるので、部屋の出入りの際に気づかれる危険性は増す。だが、リーチェが砲撃管制室のドアを開くには、これ以外に方法がなかった。夜間モードで、人の動きが少ないことに望みをつなぐしかない。


「……よし!」


 リーチェは、にやりと笑った。電源のカットに成功したのだ。

 ドアを手動で押し開き、通路に誰もいないのを確認して、リーチェは砲撃管制室のドアに取りついた。


 そして、隙間に指をねじこんでから、一気に割り開いた!


 コンソールにすわっていた管制官たちが、あわてて立ち上がった。ふりむいた顔に、驚きが走る。


「だ、誰だ!」


 管制官が叫び、リーチェは突進した。管制室のすべてが視野に納まっている。敵はふたり!

 リーチェはサーベルの抜きざまに、右の管制官の頭を吹っ飛ばした。真っ赤な血が、ちぎれた首からどっと吹きだし、天井を汚す。


 左の管制官が、警報ボタンへ手をのばす。リーチェは返す刀で、サーベルをそいつへ投げつけた。管制官の指がボタンに届く寸前、サーベルがその体を貫き、後ろの壁まで突き飛ばして縫い止めた。

 管制官は、しばらく痙攣していたが、すぐに動かなくなった。


「ふー……」


 リーチェは、深く息を吐いた。

 殺しは久しぶりだ。だが、まだ勘は鈍っていない。

 死体からサーベルを引き抜くと、リーチェは管制室のドアを閉め、コンソールへ駆け寄った。急がなければならない。


 腰のポーチから記憶素子を取りだし、コンソールの上にあるドライブのスイッチを入れる。

 パイロットランプが点灯し、操作可能であることを示した。


(いよいよだね)


 リーチェは、満足気な笑みを浮かべた。

 モナルキアが滅んでから今まで、長いながい五年間だった。仇敵ベスティアに忠誠を誓い、手足となって働きながら、ひたすら行方不明となった祖国を捜しつづけた。


 すべては、この瞬間のために。


(あばよ、ベスティア。あんたの最期のときさ!)


 リーチェは、己の勝利を確信した。記憶素子を、ドライブへ挿入する。






 ――しようとした瞬間、背後のドアが荒々しく開かれた。


「なにっ!?」


 愕然としたリーチェがふりむくのと、おおぜいの私掠軍戦士たちがいっせいに管制室へなだれ込んできたのとは、ほとんど同時だった。


(しまった、罠か!)


 リーチェは、あわててサーベルを抜こうとしたが、遅かった。右手がサーベルの柄をつかんだときには、すでに四、五人の屈強な男たちに捕えられ、床へ引きずり倒されていた。


「ち、ちきしょう!」


 押さえつけられながら、リーチェはなおも身をよじってもがいた。――だが、駄目だった。まったく動けない。

 そのとき、ブーツの乾いた足音が砲撃管制室に響いてきて、リーチェは、はっと顔をあげた。

 戦士たちが、すばやくドアの両脇に整列する。その間を、ひとりの人影が入ってくる。


 人影は、リーチェの前で立ち止まった。


「ハッ。五年も待ったよ、リーチェ」


 隻眼の女が、愉快そうに笑った。






「ベスティア!!」


 リーチェは絶叫した。


「あんた、なぜここに!!」


 ――そう叫んではみたが、リーチェは、心のどこかで、このことを予感していた。

 やはり、貨物場でベスティアを見たときに感じた、あの戦慄は正しかったのだ。どうやって情報をつかんだのかは知らないが、ベスティアはリーチェの行動をすべて見通していたのである。


 ベスティアは高笑いをした。

 リーチェは顔をしかめた。勘に障る笑いだった。


「それをいうなら、お前のほうこそだろう、リーチェ。どうしてこんなところにきたんだい? 艦内を散歩かい?」


 ベスティアは、組み伏せられたリーチェの前で片膝をついた。リーチェの頭に手を乗せ、黒髪をいじる。


「……それとも、空間破砕砲を無力化できるプログラムでも試したかったのかい?」


 今度こそ、リーチェの体がぎくんと震えた。――何故だ!? どうしてこの女がそれを!?


 驚愕して見あげるリーチェの様がよほど気に入ったのか、ベスティアは楽しそうに口の端を釣り上げた。


「お前たちがわたしに対抗して、そういうプログラムの開発にかかっていたのは、わたしも先刻承知のうえだったのさ。お前たちの世界を攻撃した、五年も前からね」


 ベスティアは、リーチェの胸ぐらをつかむと、そのまま立ち上がった。後ろ手に縛られ、身動きできないリーチェの体を片手で軽々と引きずり上げる。

 そして、リーチェのサーベルを引き抜き、床へ投げ捨てた。


「わたしは、そいつが欲しかった。そのプログラムを解析して砲撃コンピュータに組み込めば、空間破砕砲はもはや弱点も防御方法も存在しない、完全無欠兵器になる。そうすれば、わたしの力を全『世界』に知らしめることができる。忌々しい本国の制式軍とも渡り合えるくらいにね。だから、お前たちにはさっさと降伏してもらうつもりだったのさ。

 ……ところがお前たちときたら、頑強に抵抗するものだから、こちらも徹底的に攻撃せねばならなかった……時空連続体の破壊が、『世界』の許容範囲を越えるほどにね。

 おかげで、お前たちはすっかり滅亡してしまった」


 ベスティアは、とつぜん憎々しげな表情になって、リーチェの身体を引き寄せた。息が互いの顔にかかる。


「……あの研究所の機密防衛システムはたいしたもんだったよ。特殊な暗号キーをもっている者しか心臓部へは入れないし、部外者がひとたび足を踏みいれようものなら、どの端末も即座に入り口を閉ざして、どんなウイルスも、どんな命令だって受けつけやしない。おまけに深部データユニットはあの地下室の構造材と一体成形になっていて、無理に切り離そうものなら、とたんに大爆発を起こすようになっている。お前たちの技師に開けさせたくても、死に絶えてしまったのではどうしようもない。……わたしはあの後、すぐに兵をあそこへ送ったけれど、地下室へ入れただけで、プログラムの回収はとうとうできなかった」


 リーチェは、ベスティアの瞳をのぞきこんだ。

 してみると、あの地下室のドアについていた傷は、ベスティアがむりやり開けさせたときにできた傷だったのだ。


「お前が投降してきたとき、お前に開けさせようかとも思ったけれど、そんなことをすればお前は自害していただろう。それに、王室の近衛将校だったお前があっさり裏切るっていうのも、解せない話だった。少しばかり、殺気も感じたしね。お前は、見事にわたしを欺いたつもりだったようだけど」


 ベスティアはほくそ笑んだ。


「ち、ちきしょう……」


 リーチェは、ベスティアをにらみつけた。


「ハッ、くやしいかい? わたしを舐めたお前がドジだったのさ。わたしはお前を泳がせることにした。お前が行動しやすいように、お前の乗ってきた船も好きに使わせてね。そうしたら、どうだい。案の定、お前はずいぶんあちこち、動きまわりはじめたじゃないか。まるで、昔の自分の世界がどこへ行ったのか、捜しだしたいかのようにね!

 だが、わたしは最初から知っていたんだよ、リーチェ。知ったうえで、センサーを設置しておいたのさ。お前があの研究所へたどりついて、プログラムを回収したら、すぐそれとわかるように」


 いい終わると、ベスティアは舌舐めずりをして、リーチェの反応をうかがった。


 リーチェは、衝撃にすっかり打ちのめされたようだった。

 無理もない。彼女が、いつかその手で私掠軍を倒すために、必死になって滅んだ故郷を捜しつづけ、“スクード”を回収したのは、すべてベスティアの予定の行動だったのだ。


 リーチェは、ベスティアの手のひらの上で踊らされていたのである。


 ベスティアは、リーチェの悲痛に歪んだ顔を満足そうに見つめてから、床へ乱暴に放りだした。


「うっ!」

「リーチェ、お前は明日、貨物場で戦わせてやる。ネルガがお前の剣と戦いたがっていたからね。お前がどれくらい生きていられるか、楽しみだよ」

「ちきしょう……このまんまじゃ済まさないよ、ベスティア!」


 リーチェが叫んだ。


「必ず、あんたに吠え面かかせてやる!」

「やってごらんよ。できるものならね」


 ベスティアのあざける声が砲撃管制室に響いた。

 私掠軍戦士に両脇から抱えられ、リーチェはずるずると砲撃管制室から連れ出されていった。






 ミズンマストの下に位置するアルブクークのメインブリッジでは、一〇名のオペレータが、全艦の連絡業務にあたっていた。


 私掠軍の旗艦というだけあって、メインブリッジは広いものだった。連絡用とはいえ、一応は貨物艇であるネフリートが、すっぽりと納まりそうだ。


 巨大な強化窓は壁を覆い、傾斜した天井にも窓が嵌めこまれている。それらは投影パネルをかねており、オペレータの操作ひとつで全艦の状況をリアルタイムに映し出すことができた。艦長席から見ると、そのすべてがうまく視野に納まる。効率的な指揮のための設計だ。


 ネルガは艦長席にすわり、それらの窓から見える、粒子海洋をただよう蛍火を眺めていた。

 ベスティアが不在のときは、ネルガが全艦の指揮を執ることになっている。艦長席はタラップの上にあって、床よりも二メートルは高く、ブリッジ内部を一望できた。


 彼女は、手元のモニターに目を落とした。

 砲撃管制室から、リーチェが連行される様子が映っている。

 ネルガの口元に、うっすらと笑みが浮かんだ。


(お姉さまに、ねだった甲斐があった……)


 先日、彼女は姉との蜜戯にとろけた気だるさのなかで、睦言まじりに囁いたのだ。


「裏切り者を始末するお役目は、ぜひこのネルガにお申しつけくださいませ」と。


 ただの死刑執行人ならば、欠片ほどの面白みもない。だが、リーチェの剣技はよく知っている。少しは楽しめそうな相手だった。


 前から、『獲物』にしたいと思っていたのだ。


(じっくりと楽しんでから……少しずつ、……)


 ネルガは、身体の芯がじんと疼くのを感じた。新たな殺戮の予感に、姉にしか許していない肌が火照っていく。


 リーチェの裂けた肉体からは、真っ赤な鮮血がたっぷりと吹きだし、この素肌にシャワーのように降りかかる事だろう……ネルガは、血で赤く染まりあがる我が身をうっとりと想像した。そのあたたかな血潮を全身で受けとめ、獲物の絞りだす断末魔を心ゆくまで楽しんでやろう。


 そのあと、獲物の胸を切り裂いて、震える熱い心臓に接吻するのだ。あやつが期待どおりの強者だったなら、その心臓をつかみだし、垂れ落ちる何より甘美な蜜液をすすってやろう。このわたしの身を濡らし、養分にまでなれるのだ。これほど光栄なことが他にあろうか?


 細腰が、甘く痺れていく。姉の愛が無性に欲しかった。


「ネルガさま、船が一隻、近づいてきます」


 ヘッドカムを付けたオペレータがいった。


「……どこの船か確認しろ」


 甘美な夢想を邪魔され、うるさそうにネルガは命じた。

 どうせ僚艦のひとつだろう。私掠軍の船は、他にも何隻かある。それぞれが、降伏した『世界』や、すでに滅んだ『世界』からの物資の調達役を担っている。そのうちの一隻が、またアルブクークへ物資を輸送してきたのだ。


 だが、まてよ……と、ネルガは思いなおして手元のモニターを切り替え、航海日程表を呼びだしてみた。今日は、そんな予定があったろうか?


「船名、モナルキア号です」


 しばらくして、オペレータは報告した。

 ネルガは、一瞬ほうけた顔をした。

 それから、小さく吹きだした。……そういえば、たしかレアーレとかいうガキがいたはずだ。

 それにしても、反乱を企てていながら、堂々と連絡をよこすとは!


(しょせん、子供か……)

「いかがいたしますか、ネルガさま」


 問いかけたオペレータに、ネルガは楽しそうにくっくっと喉を鳴らしてから、命令した。


「撃沈しろ」

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