第二十八夜 反撃開始―呪詛か、祝福か―

 ヒュプノス本部にたどり着いた倉狩くらがりは、まず真っ先に鳥輿とりこしの執務室を訪れた。そこにはドレスを着た鳳透ほおずきの姿もあり、軽く挨拶を交わす。鳳透の切れ長の瞳が、じっと倉狩を見つめてきていて、やっぱりこの子はちょっと苦手だわ、と感じた。


 鳥輿黒鵜くろうの弟子は、鋸桐のこぎり怨堂えんどう、鳳透と3人いるが、この鳳透凰華おうかだけは妙に底が知れないというか、得体が知れない。自分が謀反人であることを真っ先に気取るなら彼女であろうと踏んでいた。


「い、いやぁ倉狩さん。その、早いご到着ですな……」

「その、『面倒くさい先輩が来たなぁ』みたいな反応、やめてくんないかなぁ……」


 鳥輿の反応を、とりあえず的確に形容する。


 隔離エリアに入った病本やまもとはどうなっているのか、と聞くと、鳥輿は鋸桐を行かせたと答えた。


「(鋸桐くんかぁ……)」


 正直なところ、倉狩的にはあまり喜べるような人選ではない。彼は単純だから、病本の言い分を信用する可能性があった。他の職員も一緒に行ったのだから、そのままさっくりと丸こまれてしまうわけではないだろうが、病本が自由なまま出てきたりすると、かなり困る。

 倉狩として一番面倒くさい事態になるのは、病本が鳥輿、鳳透と接触して、彼の知る情報を話すことだ。そうなる前に処分できるのが理想だが、あまり大っぴらにやると、やはり鳥輿たちに疑われることになる。


 となると、やはり一番確実なのは<真昼の暗黒>が復活するまで時間を稼ぐことだ。そうなってしまえば、ヒュプノスの一員という立場に固執する必要はもうない。堂々と裏切り者を名乗って、ここを出ていってしまえばよい。まぁそれはそれとして、病本はやはりさっくり殺しておいた方が、後々困らないだろう。


 うん、そうだ。それが良い。


 思えば長い計画だった。最初にこの計画を立案した人間も、それに協力してくれた人間も、もうこの世にはいない。自分だけが延々、彼らの寿命の数倍の年月を生きて、やっとここまでこぎつけたのだ。

 自分の存在意義が、生まれてきた意味が、思想が歪んでいく末に摩耗して、それでもようやく報われる感覚。これを分かち合える相手は、もはや誰ひとりとしていはしない。<真昼の暗黒>であっても、きっとそれを理解してはくれないだろう。


 まあ、わかって欲しいだなんて、甘えたことを言う気も、ないけど。


 それでも、再会は楽しみだ。


 さすがにこれが終わったのなら、今の主人には少し休暇をもらいたいところである。ほとぼりが冷めるまでは休ませてもらって、その後、面識者のいないどこか別の場所へ飛ばしてもらおう。


「倉狩さん、どうなさいましたの? ぼーっとなさって」


 鳳透が小首を傾げながら、そう尋ねる。


「ああいや、物思いにふけっていてね。歳を取るとやっぱりダメよねぇ」

「しっかりしてくださいまし。次の本部長は、あなたか師匠のどちらかなのですから」

「いやあ、あたしは人の上に立つ人間じゃないよ。鷹哉たかや千羽朗せんばろうも問題起こしてるんだから」


 ソファの上、鳳透の対岸にどっかりと腰を下ろす。


「それに、どうせ総本部から次の棺木が送られてくるんじゃない? 前回も前々回もそうだったじゃん」

「まったく関係ない疑問なのですけど、どうして総本部はブエノスアイレスにあるんですの?」

「昔はヨーロッパにあったのよ。ドイツだったかな? 大戦の影響で、いろいろあって移転したのね。なんでアルゼンチンなのかは知らないけど」


 あのころのゴタゴタがあった時点では、倉狩は別の名前でアメリカにいた。当時、ヒュプノスの最高幹部の1人は合衆国政府と強いコネクションがあって、戦後、日本に新しい本部を開設する際、スムーズに事が運んだのはそのためだ。極東本部の開設に伴って、倉狩はアメリカから日本へと送り込まれた。


 なお、これは組織内でも別に隠し立てしていることではないが、倉狩には戸籍が存在しない。だからパスポートは作れないし、運転免許も偽造だ。各所に根回しをしているから、問題にはなっていないだけで。

 まっとうな人間として登録されていれば、世界最長寿としてギネス登録もされてしまうだろうし、それはちょっと困る。


 鳥輿や鳳透たちと他愛のない談笑をしながら、倉狩は意識を〝端末〟に傾けた。

 凌ノ井しののいの思考と行動は、現在まだ読み取れる。沫倉綾見の夢へとダイブ。相変わらず精神状態は不安定。あとは放置しておいてもこちらの予定通りに事が進む。できれば、後で端末の回収をしておきたい。<真昼の暗黒>との合流は、その後になるか。

 病本の反応はまだない。隔離エリアから出てきていないということだ。こちらの端末は、まぁ放置で良い。病本本人を処分すれば、回収する必要もない。


「倉狩さん、いま、鋸桐くんから連絡がありまして」


 汗を拭きながら、鳥輿や倉狩に語り掛ける。


「病本くんの確保に成功したそうです。これから、こちらに出てくると」

「お、りょーかい」


 いよいよか。倉狩は、いくつかの端末をそっと放ち、この後への布石を作る。あまりたくさん用意すると疲れるのだが、今回ばかりは、そんなことも言っていられない。


「ひとまず、あたし行っていいかな。鳥輿くんも来るよね?」

「まぁそうですな。病本くんにはいろいろ話を聞かねばなりませんし……」


 ソファから立ち上がって、大きく伸びをする。伸びをしながら、倉狩は硬直した。

 端末から送られてきた情報は、彼女にとって、想定外の事態が起きていることを示していた。




 屋上への道を探すのは、そう難しいことではなかった。凌ノ井と<悪食>は、途中何人かの知り合いとすれ違って、ようやく建物の上に出る。天高く太陽の昇る青空が、どこまでも広がっていた。


 ぽっかりと穴が開いたように、黒い闇が浮かび上がっている。沫倉綾見は、その闇の中に


 裸のまま、膝を抱えて胎児のようにうずくまっている。そんな彼女を、何本もの鎖が取り巻いて雁字搦めにしていた。これは綾見自身の夢の中だから、これは彼女の望んだイメージの姿だ。自分の中にある何かを、必死に抑え込んでいるように見える。

 だが、そんなのは意味のないことだと、凌ノ井にはわかっていた。わかっていたというよりは、見当がついていた。


「よう」


 凌ノ井は片手をあげて挨拶する。


「元気なさそうだな」

『凌ノ井さんもね』


 目を閉じ、うずくまったままの綾見の言葉が響く。


「あの、マスター……」


 あまり落ち着かない様子で、<悪食>がそわそわしている。凌ノ井は、そんな相棒を片手で抑えた。


「それでおまえ、俺に殺して欲しいって?」

『うん。まぁ、一応。そういうことになるのかな』


 綾見の反応は平坦なものだ。相変わらず、声に抑揚がなく感情がほとんど滲み出てこない。可愛げのないやつだな、と凌ノ井は思った。


『全部思い出したんだ。<私>の記憶を全部。だから、このまま起きるのが怖いんだよ。凌ノ井さんを急にいたぶりたくなるだろうし、次は、ユミを苦しめるんじゃないかなって思う。<私>ってそういう奴だからさ』

「知ってるよ。嫌と言うほどな」


 沫倉綾見の意識の中に<真昼の暗黒>が眠っているというような、両者を分けて考えられるような問題ではない。2つの存在は同一だ。シームレスですらない。だから、綾見は綾見のままに、<真昼の暗黒>に戻る。彼女が恐れているのは、つまりそこだ。


『たぶん、凌ノ井さんじゃ勝てないと思うんだ。今の凌ノ井さんはボロボロだし、<私>はとても強い』

「それもまぁ、知ってる。わかってる。おまえ本当に遠慮なく言うのな」

『ごめんね』


 綾見が何を思い出したのかわからない。きっと、本人が全部と言うからには、全部なのだろう。目の前にいるのは、あの夢魔だ。嬉々として一之宮いちのみやすずめを殺し、そして高笑いして去っていった、あの夢魔に違いないのだ。

 そいつ本人から、まさか殺してくれと言われる日が来るなんて思っていなかった。願ってもないことだった。できることならそうしてやりたかった。


 だが、


「ご期待には沿えねぇな。今の俺は木偶の坊なんだ」

『………』

「この状態で<悪食>みたいなパワーのある夢魔を使ったら、俺の方が死んじまうよ。そんなの嫌だろ」

『じゃあ、<悪食>さんは?』

「え、私ですか!? ええと……」


 いきなり話を振られて、スーツ姿の美女が如実に狼狽える。なかなか見られない光景なので、凌ノ井はちょっぴり愉快だった。


「私はその、できれば、綾見さんを消してしまいたくはないので……」

『でも<私>、<真昼の暗黒>だよ。とても悪い夢魔だよ』

「そ、そうかもしれませんけど! ええと……。ど、どうにかならないんですかマスター!」


 とうとう、凌ノ井の方を見て、すがるような目つきになってしまう。凌ノ井は頭を掻きながら答える。


「なるかならないかは、おまえの方がわかってるんじゃないの。<悪食>」

「うぐ……」

「どうにかなるなら、俺はあんなに荒れなかっただろ。沫倉綾見と<真昼の暗黒>は、『不可分の存在』と表現するのだって妥当じゃねえ。沫倉綾見が、<真昼の暗黒>なんだ。こいつが雀を殺したのは変わらない。こいつの罪は消えない。永遠にだ」


 そう言って、凌ノ井はじっと綾見を見る。

 夢の中でも口元が寂しく、煙草が欲しくなる。手持ち無沙汰な手で、ごしごしと髪を掻きながら。


 <悪食>はがくりと項垂れて言った。


「どうしようもないんですか……」

「そりゃあ、どうしようもないだろうよ」

「じゃあ……」


 顔をあげて、<悪食>は凌ノ井を睨む。


「綾見さんが、自分の衝動を抑えきれるって信じてあげれば良いじゃないですか! これまでやってきたことが消えないなら、綾見さんとして過ごした時間だって消えないんですよ!」


 はっきりと、<悪食>は綾見が消えるのを嫌がっている。この夢魔がどれだけ沫倉綾見のことを気に入っていたのか、凌ノ井も知っていた。だが、この言葉だけでは、きっと綾見は納得しないだろうとも思う。


『<私>だって、自分がそんな酷いことをするなんて思いたくないんだけど』


 案の定、綾見はそう言った。


『でも、もしそうなってしまったら、取り返しがつかないと思うんだ。<私>はそれが怖いんだよ』

「なんでもっと自分を信じられないんですかー!」

『自分を信じるには、やってきたことが、ちょっと重すぎるかなって……』


 まあ、そろそろ、いいか。


 凌ノ井は頭を掻き、空を見上げる。2人を苛めるのもこの辺にしておこう。今、この夢の中においては、自分の時間は有限だ。


「そろそろ、俺がここまで来た理由を話す」


 凌ノ井の言葉に、<悪食>がぴたりと動きを止める。綾見の方は同じ姿勢のまま浮かんでいたが、明らかに意識をこちらに傾けるのがわかった。この、場の主導権を握る感覚というのは、ずいぶん久しぶりな気がした。


『来た理由?』

「さっきも言ったけど、俺はお前を倒せないんだ。世間話をするために来たんじゃない。だいたいそんな話は、後でいくらでもできる」

「マスター……!」


 ぱっ、と、<悪食>の表情に笑顔が戻る。いつもこれだけ可愛げがあればいいのだが。


 反対に、少しばかり不機嫌な態度を見せるのが綾見だ。表情こそ変わらないものの、明らかに空気に棘が生えてくる。


『凌ノ井さんも、<私>を信じるとか、言うつもりなの』

「信じたくねぇんだが」


 凌ノ井は頭を掻きながら答えた。


「端的に言えば、信じるってことになるのかなぁ」

『どうして?』


 綾見の言葉は、かすかに震えているように感じた。


『<私>が凌ノ井さんにしたことを、忘れたわけじゃないでしょう。<私>は酷いことをした。きみの恋人を殺した。それだけじゃない。もっとたくさんの人を酷い目に合わせてきたんだよ。どうして<私>を信じるって言えるの?』

「まぁそう焦るなよ。良いか、まず俺の話を聞いてくれ」

『………』


 とは言え、どこから話したものか。これは<悪食>にもずっと黙って、思考が漏れないように隠していた。倉狩の能力を警戒してのことだ。そもそも確証がある話でもない。でも、ここで話しておかねばならないことだった。


「おまえが記憶を失った件についてだ。これについて思いだせたことはあるのか?」

『ううん。そこだけよくわからない。でも、記憶の中に抜け穴がある感じでもないんだ』

「おまえが<真昼の暗黒>としての記憶を失って、人間として育てられるようになったきっかけだ。こいつのせいで、倉狩師匠はずいぶん迂遠な真似をしてくれたし、俺や<悪食>も面倒くさいことになった」

『でも<私>は、記憶を失くしていてよかったと思っているよ』

「そうか」


 その言葉を、特に追及するつもりはない。自分や<悪食>、それに高校の友達と過ごすことができて良かったという、それ以上の意味の言葉ではないだろう。

 凌ノ井は話を続ける。


「こいつは俺の仮説だ。だが俺には、おまえの<真昼の暗黒>としての記憶を封印した人物に心当たりがある」

『え、誰? どうやって?』


 <悪食>も、きょとんとした顔して横に立っている。どうやら、心当たりがまったくない様子だった。


「俺に話してくれたことがあっただろう。物心ついたころから、ずっと心に残ってる言葉があるって」

『え……』

「幸せの生きなさいと、人の悪意に折れない、強い人間として生きなさいと、そう言われた記憶があるんだろう」

『いや、でも、凌ノ井さん。それは……』

「だから仮説だ。それに確証がない。だが、少なくとも矛盾もない」


 凌ノ井は、闇の中に浮かぶ沫倉綾見の姿をじっと見据えて、はっきりと自分の答えを掲げる。


「<真昼の暗黒>の記憶を封印したのは、沫倉綾那あやなだ」




 それは果たして、呪詛か、祝福か。


 17年前、沫倉綾那を襲ったのは突然の不幸であった。正体のよくわからない〝何か〟にとり憑かれ、じきに生まれる予定であった娘さえ失う。毎日悪夢を見せられ、精神が削り取られていく。おそらく、今までどれだけいたかも知れぬ<真昼の暗黒>の被害者と、同じ宿命をたどるであろうと思われた。当の夢魔自身も、それは信じて疑わなかっただろう。


 だが、沫倉綾那には適正があった。強力な精神体マナスを持ち、本来であればエクソシストエージェントとして夢魔を従えるに足るだけの強い高我エゴがあった。

 綾那がその道を辿らなかったのは、病院からの情報遮断があったからだ。夢現境会むげんきょうかいによる仕業であり、それは、綾那を<真昼の暗黒>の肉体として利用する為だったのか、あるいは単に<真昼の暗黒>をヒュプノスに感知されたくなかっただけなのか、そこまではわからないが。


 とにかく綾那には適正があった。そして、彼女は精神を失っていく過程で最後にある願いを抱いた。自らの精神すべてを代償にして、宿る何者かにその願いを叶えさせたのだ。


 幸せに生きろ。

 人の悪意に負けないよう生きろ。

 強い人間として生きろ。


 人間として生きろ。


 それは底抜けの慈愛からくる祝福であったのか。

 自らを理不尽に貶めた何者かに、十字架を背負わせるための呪詛なのか。

 あるいは、狂気に堕して亡き我が子へ託そうとした願いなのか。


 いずれにせよ、それは成ったのだ。最凶最悪の夢魔であった<真昼の暗黒>は、沫倉綾那の望んだままの子として、この世に生まれ直した。幸せに生きる為に。強い人間として生きる為に。事実、生まれた子供は幸せに育ち、そして、強い人間に育った。


「仮説だ」


 凌ノ井は繰り返し、3回目の言葉を吐いた。


「正直、気分の良い話じゃねぇ。これを話しておまえが幸せになれると思っちゃいねぇ。俺だって、こんな話冗談な方が良いなと思ってるよ」

『………』

「でも、実際どうなんだ。おまえ、今は俺やクラスメイトの子を傷つけたいとか、思ってんの?」

『……思ってない』

「じゃあ、そういうことなんだよ」


 そして、仮説が事実なら、沫倉綾見はもう一度立ち上がる。

 彼女は、人の悪意には決して折れないからだ。倉狩鍔芽つばめという存在がぶつけてきた、最大級の悪意に対しても、沫倉綾見はまだ折れていない。立ち上がることができる。できてしまう。


 そしておそらく、自分の中の悪意にも、負けることはない。


 沫倉綾見は、決して自らの悪意に屈しない。そうなるように、生まれ直してしまったのだ。


「本当は」

『うん』

「そうじゃない方が良いんだ。俺にとっても。お前にとっても」


 折れることを許されない生き様なんてバカげている。もしそうであるとすれば、人間として育ち、人間であるように育った彼女は、それでも人間ではない。夢魔でもない。もっと強くて、おぞましい何かだ。

 そんなものであるくらいなら、極悪なだけの夢魔が正体であってほしかった。でも凌ノ井はもう、自らの願望には縋れない。


『酷いお母さんだね』

「自分の母親のことをそんな風に言うもんじゃない」

『うん。感謝してるんだ』


 ぴしり、と、暗闇にひびが入る。


 ああ。凌ノ井は目を伏せた。結局はそうであったか。

 綾見を縛り付けていた鎖がいくつもいくつもはじけ飛び、しかし最後の一本だけは切れずに残る。闇はやがて砕け散って、腕に一本の鎖を縛り付けた少女が、屋上にふわりと降り立った。これはきっと、二度目の生を受けた時からずっと、少女を縛り付けている鎖そのものなのだ。


「ただいま、凌ノ井さん」

「おかえり、


 その名前で呼んでやると、綾見ははっとしたような表情になって、しかしすぐにほほ笑んでみせる。


「凌ノ井さんは、<私>を許してくれるの?」

「どうだろうな。なんとも言えん。愛憎渦巻いてるってところだ。どっちも100倍だな」

「そうなんだ」


 綾見はぼんやりとした顔で頷く。この仕草も久しぶりな気がした。


「<私>はね。いつか、報いを受けた方が良いと思うんだ」

「でも、今じゃなくても良いだろ」

「そうだね。今じゃなくても良い」


 そう言って、綾見は凌ノ井を見上げる。


「凌ノ井さん、<私>の思い出したことを話すよ。倉狩さんのこととかね。いろいろ知っておいた方が良いと思う。知るのは知るでリスクがあるんだけど、知っておかないとどうにもならないことだから」

「含みがあんなぁ。でもまぁ、一度夢を出るわ。話は病室で聞く。良いな?」

「今、<私>病室にいるんだ……」


 目的は果たした。とすると、これ以上、夢の中に留まり続けるのは得策ではない。


「綾見さんっ……!」


 凌ノ井を突き飛ばすようにして、<悪食>が綾見にとびかかった。とびかかるというよりは、抱きついた。スーツの美女が裸の少女に飛びつくのだから、はた目から見るとかなり危ない。が、突っ込まずに放っておくことにした。

 ここまで来るのに、<悪食>にはそうとう世話になった。まだ安心できる段でないとは言え、ここで無粋な野暮は言いたくない。


「綾見さん、お帰りなさい……!」

「うん。<悪食>さん、ただいま」

「良かったです! 無事で、ほんとに!」

「うん。まあね」


 これでひとつ、倉狩の考えを潰した。あとは彼女がどう出るか。それは、綾見からいろいろ聞いてからになるだろう。


 反撃開始だ。

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