第二十四夜 暗がりの陰謀―最後の蓋―

 沫倉まつくら綾見あやみがいま、本当に沫倉綾見のままでいるのか。倉狩くらがりにとっての最大の疑問点とはつまりそこだ。彼女が<真昼の暗黒>であることを思い出したのなら、何故、その本能に従って行動を起こさないのか。何故、沫倉綾見で居続けるのか。倉狩にとって一番計算外の出来事とは、つまりそこだ。


 倉狩の遂行する計画の中で、綾見の、いや、<真昼の暗黒>の占めるウェイトは大きい。わざわざ長い間、ヒュプノスに潜伏していたのだって、かの夢魔に関する計画を正しく実行に移すためだ。しかし、十数年の時を経て目覚めた夢魔は、少なくとも倉狩の知る<真昼の暗黒>ではない。



 いつものように抑揚の薄い平坦な声。だが、語調はいつになく鋭く引き締まっているような印象を受けた。


「沫倉ちゃんのお友達は無事だよ。今んところはね」


 使っている携帯電話は、沫倉綾見のクラスメイトである高梨たかなしユミのもの。持ち主は今、倉狩の足元でぐっすりと寝息を立てている。直接的な危害は一切加えていない。そう、今のところは。


「沫倉ちゃん、これからどうしたい?」

『ユミを助けに行きたい。倉狩さんの今いる場所を教えて』


 はっきりとした声には迷いもなく、何かを偽っているような雰囲気もない。


 やはり妙だと、倉狩は思った。まぁ、これを確かめるための誘拐でもあったので、それはそれで構わないのだが。すると、何故彼女の精神が人間であり続けるのか、今一度<真昼の暗黒>としての本性を引きずり出すにはどうすればいいのか。そこを考える必要が出てくる。


 ひとまずやれることを全部試すか。


 倉狩は、ひとまず綾見に対して今いる場所を教えてやることにする。


「ところで、鷹哉たかやは連れてくる?」

『わかんない。私は連れて行かない方が良いと思うけど、本人次第かな』

「そっかそっかー。まあ楽しみに待ってるよー」


 ニコニコと笑いながら通話を切る。


 こっちの方は順調だ。まぁ、凌ノ井しののいがまだ廃人になっていないことだけが気がかりではあるが、そっちだってもう時間の問題だろう。念入りに準備を施し、それをすべて壊してきたのだから、あと少しの仕上げで彼は完全に壊れる。

 倉狩は、足元に転がる少女を眺めて、また小さく薄ら笑いを浮かべた。




「……俺も行く」

「まぁ、言うと思った」


 通話を切った後、凌ノ井と<悪食>に事情を説明する。すると、凌ノ井は声を震わせながら、しかしはっきりした声でそう言った。


『マスターは、こういう時にじっとしてることができない人ですからね』


 と、<悪食あくじき>も呆れたような声を出す。


『でも、私は反対ですよ。どう考えても罠ですし。そもそも綾見さんが行くのだって反対です』

「私は行くよ」

『ですよね。まぁ、そこを無理やり引き留めることは流石にできないですし……』


 倉狩の目的が、結局なんなのかわからないのが不安の種だ。何をするつもりなのかさっぱりわからないが、ユミが少なくとも彼女の手の中にある以上、綾見に選択肢はない。


「……ずいぶん、落ち着いてるんだな」


 焦燥しきった顔の凌ノ井が、綾見に言う。


「その、ユミって子は、おまえの友達なんだろう」

「うん。大切な友達」

「なのに、焦ったり、怒ったり、不安になったり、しないのか」

「………」


 綾見はぼんやりと顔をあげ、じっと凌ノ井の顔を見る。


 浮かびあがてきた答えはいくつかあった。『きっと、そうするのが正しい反応なんだよね』とか、『そんなことをしてユミが助かるなら、やってみる』とか。だが、思い浮かんだだけでそれが口をついて出ることはない。

 自分には感情があるつもりだった。腹立たしいことがあれば怒るし、楽しいことがあれば笑う。今だって怒っているし、不安になっている。ちょっとだけ焦ってもいるかもしれない。だがそれは、人間が知覚できる範囲で形として浮かび上がることは、決してないのだ。


 ここでこのまま無為に時間を過ごしていれば、倉狩がユミに何をするかわからない。綾見はユミを助けたいと思っている。だから助けに行く。行動目的は実にシンプルだし、自分ではそれを疑いようもない。


 今、大事なのはそこだ。


「……凌ノ井さんは、結局、来るの」


 彼の質問には結局答えず、綾見は別の質問をぶつけた。


「……行く」

「どうして」


 正面からじっと、凌ノ井の顔を見つめる。疲れ切った表情に生気はない。瞳は濁り、光を失ってひどく虚ろだ。綾見の目から見ても、はっきりとわかる『壊れかけた人間』のそれである。そんな彼が、綾見について『行く』と宣言したこともまた、彼女にとって大きな不安の種になった。


 凌ノ井の目から視線を逸らさないようにしたまま、綾見は尋ねる。


「どうして、来るの」

「どうしてって……」

「私はユミを助けに行く。凌ノ井さんが来る理由は、なんだろう」

「………」


 くしゃりと、凌ノ井の表情が歪む。今にも泣きだしてしまいそうな、子供の顔だった。


 綾見にはもうわかっていた。凌ノ井が綾見について来る理由。そんなものはないのだ。

 あるいは<悪食>がいった、『こういう時にじっとしていられない』という、ただそれだけの理由。何か目的があるわけでもなく、何もできない自分の無力をうやむやにするために、綾見について来ようとしている。

 綾見の性格はそれすらも許容し、容認するが、今回ばかりはそうはいかない。凌ノ井の精神は壊れかけだ。<悪食>を制御することすらままならない。そんな彼を連れていくのは、無茶だと考える。


「だから凌ノ井さん、私は凌ノ井さんを連れて行きたくない」

「………」

「なんだか、いつだかとは立場が逆転しちゃってるけど」


 1人で行くこと自体が、倉狩の罠であるかもしれない。それでも綾見に取れる最善の選択肢はこれだ。凌ノ井を連れていかず、1人でユミを救出しに行く。算段ならば幾らかある。倉狩とまともにやり合うつもりは、最初からない。


 凌ノ井は、何かを言おうと口を開き、しかしそれをすぐに閉じて目を伏せた。

 泣き言も、恨み言も、何を言ってもただ空しいだけだと、自覚したのかもしれない。


「……というわけで、<悪食>さん。凌ノ井さんを、よろしくね」

『ええ。どうかお気を付けて』

「うん」


 綾見は、呆然と立ち尽くす凌ノ井に視線を向ける。だが、すぐに進むべき方へと視線を向け、彼女は公園を後にした。




 倉狩の指定した場所は廃工場だ。ベタな場所だな、と思いつつ、結局倉狩鍔芽つばめという人間のパーソナリティは、綾見の知っている彼女そのままなんだろうな、と納得した。凌ノ井やヒュプノスを裏切り、欺き続けていた倉狩だが、必要以上の演技をしていたわけではない。倉狩鍔芽は、おそらく、ああいう人間なのだ。


 まぁ、人間であるかはともかく。


 キープアウトのテープをまたぎ、綾見は敷地内に入る。雑草が茂り荒れるに任せた工場跡。探し求める姿は、そうしばらくもしないうちに見つかった。


「やっほー、沫倉ちゃん。こっちこっちー」


 能天気な声に、視線を向ける。コートの裾を地面につけた背の低い女性が、笑顔でぶんぶんと手を振っていた。綾見も片手をあげて振り返す。おおよそ、緊張感のないやり取りだった。


「倉狩さん、ユミは」

「無事だよー。そんな心配しなくって良いって」


 にこにこと笑いながら、倉狩が親指で指し示した先。縛られるでもなく、ただ地面の上に無造作に転がされている高梨ユミの姿があった。綾見は不吉な予感を覚え、顔をしかめる。倉狩はけらけらと笑った。


「大丈夫。生きてるって」


 自分の目で確かめるまでは安心できない。それでも綾見は、倉狩の言葉を受けてひとまず視線を戻した。


「結局、鷹哉は連れてこなかったんだ」

「とても連れてこれる精神状態じゃなかったから」

「まあ、そうねぇ」


 連れてきていたら、このまま倉狩に食ってかかっただろうか。凌ノ井がいない今、すぐさま倉狩は綾見に対して敵対行動を取ろうとはしていない。しばらくの間、膠着状態になる。

 いまだに倉狩の目的が不透明なのが、はなはだ不気味だ。


 沈黙が少しあって、その後先に口を開いたのは、倉狩の方であった。


「沫倉ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだろう」

「沫倉ちゃんは、?」


 観念的な問いかけだが、言わんとしていることはわかる。だからこそ、綾見は躊躇なく首を縦に振った。

 それを見て、倉狩は目を細める。軽薄な笑みを浮かべたまま、頭を掻く。


「そっかぁ……。おかしいなぁ……」

「倉狩さん、私からもひとつだけ、聞いておきたい」


 綾見は既に、倉狩の言動に違和を覚え始めていた。彼女の中にあるひとつの前提条件が、倉狩の前では機能していない。事態を複雑化させる問いかけだとはわかっていても、まず聞いておかなければならなかった。


「私はまだ記憶が完全に戻っていない」

「うん。そうよねぇ」

「これは倉狩さんの仕業ではないの?」


 尋ねられた倉狩は、もう一度目を細めた。


「違うのよ。だから、困ってるの。わかるでしょ?」

「まぁね」


 はっきりした。倉狩が求めているのは、<真昼の暗黒>としての自分だ。だが、その記憶を封印したのは倉狩ではない。何者かが<真昼の暗黒>の記憶を封じ込め、そしてその夢魔は『人間:沫倉綾見』として育てられることになった。

 倉狩は、綾見の記憶が戻ることを望んでいる。記憶が戻った時、綾見は綾見でいられるのかわからない。今、自分が抱いている価値観でさえ、戻った記憶の前では塵芥に過ぎないのかもしれない。


 倉狩は、<真昼の暗黒>の復活を目論んでいる。


「ひとまず」


 彼女は笑顔のまま、コートの内側に手を伸ばした。


「色んなことを試してみよう」

「……!!」


 黒光りする銃口が、地面に転がされた少女へと向けられる。引き金に指が伸びる。一切の躊躇がない。綾見は目を見開いた。銃声が響くより早く、綾見は『それ』を実行する。自らの肉体を中心点として、夢の世界を、外側に向けて


 ぶわ、と広がった空間が、廃工場の敷地を飲み込んでいく。その瞬間、倉狩の意識は現実世界から遮断された。


 白昼夢デイドリーム


 <違崎恭弥ちがさききょうや>が行ったそれを、綾見は忠実に再現する。自分が夢魔ならばできるという確信があった。倉狩の意識を現実側から遮断できれば、ユミに危害を加えられない。ユミを抱えて安全に逃げる為の、綾見の考えた方策というのがつまりこれだ。倉狩と戦うつもりなど、毛頭ない。


「おお、すごいや!」


 夢の中で、倉狩は満面の笑みを浮かべる。


「彼女を殺せば、キミを沫倉綾見に留めているよすががひとつ潰れると思ったんだけども……」

「………」

「夢の中での対峙がお望みなら、それも悪いことじゃあない」


 ずず、という音がして、倉狩の足元からゆっくりと〝何か〟が這い出てくる。


 以前、見たことがある。それは目がなく、口が大きく裂けた蛇のような生き物。蛇とは言うが、太さは倉狩自身の胴を3つ束ねたよりも太く、顎の中には歯も見当たらず、ただ舌があるだけだ。ぬらぬらとした光沢のある皮膚には、鱗すらなかった。


 <丸呑みオロチ丸>と、倉狩は呼んでいたか。


 あれが彼女の夢魔だ。


 とは言え、レベル3。綾見はもちろん、<悪食>と比べても格下の夢魔だ。今まで何人もの人間を喰らってきた<真昼の暗黒>には、その力、及ぶべくもないはずである。それでも、倉狩に一切の焦燥は見られない。むしろ、余裕すら醸し出しているように見えた。


「(……まともにぶつかろうなんて考えちゃ、ダメだ)」


 倉狩の余裕が、根拠のあるものにせよハッタリにせよ、それに付き合ってやる理由は綾見にはない。綾見の目的は、ユミを救出してこの場を離脱すること。そして、ここで得た幾らかの情報を凌ノ井と共有することだ。


「いけっ! <丸呑みオロチ丸>!!」


 倉狩がぱちん、と指を鳴らすと、不気味な大蛇は大地を這うようにして綾見に向かって伸びる。車ひとつ飲み込んで余りあるような大顎が、ぱっくりと開かれた。

 綾見は大地を蹴り、避ける。両顎はばくん、と虚空を齧り取るに終わる。


 綾見は意識の半分を現実世界側にシフトさせる。夢の中で倉狩の攻撃をさばきながら、現実世界側ではユミを救助する。複雑だがやってできないことではない。

 夢世界は綾見の精神世界を具現化したものだ。混乱を防ぐため、現実世界と同じ情景を保つ。現実世界側の倉狩もまた、夢の世界と連動して動いている。綾見が白昼夢を展開した段階で、その手からは銃を取り落としていた。綾見は、現実世界側で障害物をよけ、夢の世界では<丸呑みオロチ丸>の攻撃をよけ、まっすぐに倒れ込んだユミへと駆けつける。


「ユミ!」


 肩を抱いて揺り動かすが、返事はない。綾見が展開した白昼夢は、周囲にいる人間を無条件に巻き込む。彼女の意識も夢世界側にあるのだ。

 とは言え、夢世界側の方でも、やはりユミの意識は動かない。彼女を抱きかかえたまま、早急にこの場を離れる必要がある。<丸呑みオロチ丸>が大口を開けて綾見とユミに向けて突っ込んでくる。いくら現実世界側でユミが無事でも、夢世界側でダメージを受ければ彼女の精神には傷が残る。こちらでも、綾見はユミを守らなければならない。ここまでは織り込み済みだ。


 綾見はユミを抱え込んだまま、まず夢世界で<丸呑みオロチ丸>の対処に動く。

 それまで現実世界側に即していた夢世界を変容させる。綾見が大地に手を置くと、雑草の合間を砕くようにして巨大な壁がせり立つ。突っ込んできた大蛇を阻み、綾見とユミがその場を逃げる為の時間を稼ぐ。


「逃げ腰だね、沫倉ちゃん!」


 壁の向こうで、倉狩が叫んだ。挑発にしては安い。綾見は無視した。


 思った通り、<丸呑みオロチ丸>は綾見に抗しうるほどの力を要していない。今のままであれば、容易に逃げおおせることができるはずだ。それにしては倉狩の余裕ぶった態度が気になるが、足を止める理由にはならない。

 夢世界側で、綾見は壁を作りながら逃走する。ある程度距離を稼げば、白昼夢を解除して良いはずだ。問題は、距離を稼ぐための手段。現実世界側でもユミを抱えて移動しなければならないのだから、逃げおおせるのはかなり難しい。現実世界側で入り組んだ場所に入り、倉狩が追いかけてこられないようにするしかない。


「そう簡単には逃がさないわよぉ!」


 背後から声が聞こえる。直後、背後から伸びてきた何かが、鋭く綾見の背中に突き立てられた。


「……っ!」


 飛び散った思念体に、痛覚が反応する。その瞬間に綾見が見せたわずかな遅れは、倉狩が差を縮めるに十分すぎるものだった。

 見れば、綾見の立てた壁を貫くようにして、1本の細い槍が伸びている。壁はぼろぼろと崩れ落ち、それを砕きながら<丸呑みオロチ丸>が追いすがる。ゆっくりと歩く倉狩の背後には、槍を手にした鎧甲冑の騎士が、亡霊のようにたたずんでいた。


「あれは……」

「油断したわねー、沫倉ちゃん」


 ニコニコ笑いながら歩く倉狩の周囲に、小さな光の粒子が集まっていた。それは一つにまとまって、大きな1振りの刀になったり、あるいは炎を纏うトカゲになったり、小さな少女の姿になったり、白くしなやかな虎の姿になったりしていく。


 綾見は瞬時に理解する。


 あれは夢魔だ。


 倉狩の周囲に浮かび上がる1つ1つの粒子が、夢魔そのものだ。通常であれば感知できないほどに小さな、いわばレベル1の夢魔の姿。綾見は見たことがある。田中たなかの夢の中。綾見が初めて夢の中に入り、そして凌ノ井が危機に陥ったあの時だ。

 あのとき、田中にとり憑いていたレベル3夢魔の周囲に浮かび上がっていた、小さな粒子。あれとまったく同じものなのだ。


「沫倉ちゃん、夢魔ってどこから来ると思う?」


 ニコニコと笑いながら、倉狩は近づいてくる。


「人間の精神にだけ寄生して、思いのままの夢を見せ欲望を吸い取る。そんな生き物が果たして自然発生すると思う?」

「倉狩さん、あなたは……」

「まぁー、こんな問いかけをしてもあまり意味はないなって思ってるんだけど」


 倉狩の周囲を取り囲む光の粒子、すなわちレベル1の夢魔は、互いに喰らいあって徐々に大きな姿に変わっていく。それがすなわち、鎧甲冑の騎士であり、1振りの刀であり、小さな少女の姿であり、あるいは白くしなやかな虎である。


 すべての夢魔が、であるのかはわからない。


 だが今この時、彼らは倉狩の手によって生み出され、そして互いを喰らいあうことで急速な成長を見せていた。


 綾見は、ユミの身体を、意識をぎゅっと抱きしめる。


「……さて、もう逃げられないわよねー」


 相変わらずのニコニコ顔で、倉狩が言った。


「……ユミのことを殺さないで欲しい」

「えー? どうしよっかなー」


 倉狩がわざとらしく空とぼける。すると、足元から伸びる<丸呑みオロチ丸>がずずず、と伸びて、綾見とユミの周りを取り囲む。大口をぐぱぁ、と開けて、ちろちろと舌が伸びる。


「まぁ、その子を殺して、沫倉ちゃんが記憶を取り戻すという確証もないもんねー」


 綾見は、他者の欲求に対して敏感だ。


 だからこの時、倉狩が何を求めているのか、正確に読み取ることができた。できてしまった。何をどうするのが、倉狩にとって一番理想的な展開なのか。どうすれば、倉狩はユミを殺す必要がないと判断するのか。綾見はそれをわかっているし、倉狩は、


 綾見の心の奥底で、最後の蓋がこじ開けられようとしている。


 それを開いてしまったとき、綾見は、自分が自分でいられるか自信がなかった。あえて封印されていた最後の記憶。倉狩でもない、何者かが、どんな目的で封印していたのかもわからない、<真昼の暗黒>としての記憶だ。


 綾見の葛藤を眺め、倉狩は小さく鼻を鳴らす。そして、綾見とユミ、そして<丸呑みオロチ丸>に視線をやってから、最後にぽつりと、こう言った。


「やっぱり殺すか」

「!!」


 ぐぱ、と大きく開かれた<丸呑みオロチ丸>の咥内を覗き込む。


 その時、沫倉綾見が選び取れる選択肢は、既に残されていなかった。たったひとつ、悪趣味に取り残された最後の札を、その手で叩き砕く。直後、沫倉綾見の意識は、闇の中に飲まれた。

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