新春の幻 3
「……マジ? どうしてそうなんの?」
皆が納得顔の中、やはり祥太郎だけ一人腑に落ちない。
すると、マリーがいつものように溜め息をつきながらも説明を始める。
「いい? そもそもあのアパートは、『ゲート』が発生しやすい場所に建っているわけでしょう?」
「そうなの?」
「そうなの! 突如異世界との道がひらけてしまうのが『ゲート』、特に『ゲート』が発生しやすいエネルギースポットに設置されているのが『ゲートキーパーズ・アパート』、そもそもそれだけ不安定な場所なのだから、こういう不可解な事態が起きた場合、大体は異世界のせい。――理解できて?」
「あー、なるほどー」
「多分、さっきの雷の時よね」
腕を組み、思いを巡らせていた遠子が、ぽつりと言った。
「シミュレーターの不調が『ゲート』を開くきっかけになったのか、『ゲート』が開いたから環境が不安定になったのかはわからないけど」
「でも、あんまり変な感じしなかったですよね。『ゲート』が開いてるあたりって、ちょっと独特の雰囲気あるじゃないですか」
理沙の言うことは祥太郎にも理解できる。アパートの『ゲートルーム』の先にある奇妙な扉も、その先に広がる空間も、異世界の影響で様々な形状になると聞いた。
「今は閉じてしまっているからなのかもしれないけれど……何も感じられないのは、わたしたちの力が封じられてしまったこととも関係があるんじゃないかしら」
「この家に結界が張ってあるってことだよね?」
マリーは少し考えてから、首を小さく振る。
「わたしたちが何も気づかなかったのは、最初からでしょう? だから多分、この村全体。もっと広い範囲かもしれない」
「そんなに強力な結界を、誰が張ったっていうんだ?」
今度は祥太郎の質問にも、溜め息は返らなかった。他の者も、彼女の答えを待っている。
「『
「妙って?」
「わたしたちの能力をこれだけ徹底して封じ込めるような結界だもの。能力者じゃなくても心地よさを感じないから、住みにくいはずなのよ。動植物も元気がなくなるし。ここ以外に定住できるような土地がないのかもしれないけれど」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、祥太郎の目は才へと向けられる。
「お前、予知能力者だろ!? こんなことになるって何でわかんなかったんだよ!」
「そ、それは……ほとんどのリソースは通常の業務に割いてるだろ、今回は特に危険はないと思ったし、ちょっとした気の緩みっつーか」
「早い話が忘れたってことだろ!? 使えねーな!」
「サイのコントロール力の高さが仇となったわね。予知能力者の多くは勝手に入ってくる情報に苦しむことも多いわけだから」
「だけどさ、身の危険が迫ってんだから、ピンと来たりするだろ? フツー」
「そういうことなんじゃない?」
ヒートアップする祥太郎の背にかかった遠子の声は、また普段どおりのんびりとしている。
「遠子さん、そういうことって?」
「きっと、ここから無事脱出できるってこと」
その言葉の直後。――どこからか音が聞こえ、皆慌てて身構えた。
少しの間を置いて扉がぎっと軋み、ゆっくりと開き始める。そこから覗き込んだのは、見覚えのある顔だった。
「君は……さっきの」
驚く祥太郎に、現れた少女ははにかむような笑みを見せる。
「はい、ニコと言います。助けに参りました。わたしと一緒に来てください」
「でも――」
「急いでください。もう見張りの人たちが戻ってきてしまいますから」
少しの迷いはあったが、ここにいたところで仕方がない。外へと出るということで、全員の意見がすぐに一致した。
まずは祥太郎が外を覗いてみると、確かに誰もいない。後ろに手招きをしつつ、丸太に切り込みを入れただけの梯子を慎重に降りていく。全員が降りきった後、梯子は外して地面へと置いた。
「こちらです」
ニコは入ってきた門とは逆方向へと向かう。足下と周囲に気を配りながらついていくと、そちらにも小さな出口があるのが見える。彼女は何度か左右を確認してから、そこをすり抜けた。
その先にも誰の姿も見当たらない。早足で進む背中を追い、祥太郎たちも緩やかに上る坂道を急ぐ。来た時に見たと思しき家が遠くにあり、今は丘へと向かっているのだということがわかった。
「丘に登ったら見つかっちゃうんじゃないかな?」
「こちらの道ならお屋敷からはあまり見えないんです。今は村のみんな、長のお屋敷にいますから」
隣に並び、小声で尋ねた祥太郎に、ニコも小さく返してくる。振り向いて確認しても、彼女の言う通り、気づかれた様子は今のところない。
屋敷へと向かった時よりもずっと速いスピードで進んだため、丘の上までたどり着くまでにそれほどはかからなかった。息を整えながら周囲を見回すと、右手の方向、木の隙間から、あの大木の隆々とした枝が姿を覗かせている。
「こちらへどうぞ」
「家……みたいですね」
示された方を見て理沙が言葉を漏らす。周囲の景色に溶け込んで一瞬わからなかったが、村で見たのと同じ、茅葺の住居が木の中にたたずんでいた。
「はい、私の住まいです」
「あ」
祥太郎は小さく呟き、もう一度大木の方を振り返る。この場所は、初めて会った時、ニコが走り去った方角に当たると気づいたからだ。
「お入りください。粗末なところで申し訳ありませんが」
彼女は言って、木で囲まれた小さな入り口へと入っていく。
「足下にはお気をつけて」
背を屈ませながらついていくと、下が斜めになっていた。慎重に下りた家の中は意外に広々としていて、半地下になっているため天井も高く感じる。
「ひとまずは安心……だと思います。みんなあまりここへは来ませんから」
客人が周囲を観察してる間に、主は中央にある炉で火を起こし終えていた。光が隙間風に揺れ、円錐形の屋根にゆらゆらと影を投げかける。
「しっかし酷い目にあったなぁ……どうして急に閉じ込められたりしたんだろう」
「ごめんなさい。きっと、わたしのせいなんです」
「どういう意味?」
炎を見つめながらのぼやきに意外な反応が返ってきて、祥太郎は驚く。
「長や、村を守れなかったからです」
「もう少し、詳しく話してくれないかしら?」
遠子がそう言うと、ニコは言葉を探すようにしながら話し始めた。
「……わたしはこの村の巫女を務めています」
「おおっ、やっぱホントに巫女ちゃんなんだ!」
「話が進まないから、ミコ太郎くんは少し黙っててね」
「ミ……」
絶句した祥太郎に微笑み、遠子は話の先を促す。
「同じく巫女だったお祖母さんから聞いたことがあるんです。『神の山が赤く光る時、災厄が訪れる。だが燃えぬ雷とともに降り立つ人々がそれを祓うだろう』。……少し前のことでした。山のてっぺんが、突然赤く光り出し、それからしばらくして、長が病にふせられて……他にも、日照りや大雨が続いてるわけでもないのに作物の育ちが悪くなったり、獣の姿も見えなくなりました」
「どうして頂上が赤く光ったんだろうな?」
才の疑問には、ニコは小刻みに首を振る。
「その光景がとても恐ろしくて……まだ誰も確かめられていないと思います」
しかし、それから表情を少しだけ明るくして彼女は言った。
「でもその後、燃えない雷と一緒に、皆さんがいらっしゃって」
「だからニコちゃんは、私たちのことを『神様』って呼んだのね」
初めて会った時のことを、遠子は思い出す。ニコは頷き、それからまた申し訳なさそうな顔をした。
「みんなも、おもてなしをすると言っていたのに、あんなところに閉じ込めるなんて……言っても聞く耳を持ってもらえませんでした。災厄を鎮める力がわたしにはなかったから、信用してくれていないのだと思います。そのせいで……ごめんなさい」
「そんなのミコ――ニコちゃんのせいじゃないって! あいつらが酷いってだけなんだし」
しばらく無言で俯いていたが、堪えきれず励ました祥太郎に、彼女は力なく首を振る。
「皆、悪い人たちじゃありません。わたしたちはこの村で、力を合わせて生きてきました。ただ、災厄のせいで苛立っているだけなんです」
「……長殿は、今は?」
「お体の調子が優れないとのことで、御簾の向こうから出ていらっしゃらないそうです」
遠子は答えを聞き、小さく頷くと呟いた。
「なるほど、ね」
その時、火のはぜる音に、別の音が混じる。微かに聞こえるのは、複数の人の声のようだった。
「私たちが逃げたの、ばれちゃったみたいね。ニコちゃん、神の山ってここから近いのかしら?」
「ええ、ここがもう山の入り口なので」
「申し訳ないんだけど、頂上まで案内してくれる?」
ニコは少し不安げに顔を曇らせたものの、すぐに決心したように眼差しを遠子へと向けた。
「――はい」
それからすぐに火を消し、こっそりと外へ出る。村人の声はまだ遠く、ここにいることは勘付かれてはいないように思えた。
「こっちです! 家を背にしながら向かいましょう」
彼女の指示に従い、皆、少し腰を屈めた状態で進む。それから間もなくして木が密集した場所へと入り込んだ。
ニコは一見でたらめに動いているようにも見えるが、実際に後をついてみると、他の場所よりもずっと歩きやすいのが理解できる。
「もう! ドレスが汚れちゃう!」
そんな中、ひらひらとしたドレスの裾をぐるぐると体に巻きつけ、まるで蓑虫のような姿になったマリーの顔がどんどん曇っていく。
「マリーはいつだってそんな感じのドレスじゃんか」
呆れたように言う祥太郎に、彼女はぷっと頬を膨らませた。
「いつもは結界でコーティングしてるんだもの。今日だって安心してたのに、無効化されちゃったし!」
それほど険しい山ではなかったが、和装の才と遠子も、やはり動きにくそうにはしている。
景色を楽しむ余裕は流石になく、しばらく黙々と進んでいると、遠ざかったはずの村人の声が、先ほどよりも大きく聞こえた気がした。
振り返っても、その姿は見えない。しかし、確実に近づいているという感覚がある。
「ニコさんの家のあたりまで来てるのかも」
「ええ、そうかもしれません。でも、災厄のこともあって皆にも迷いがあるはず。――今のうちに急ぎましょう」
そう理沙に答えたニコの顔にも、沢山の汗が浮かんでいる。彼女は唇を舌で湿らせると、細い山路を踏みしめて登った。
背後の気配を気にしながらも、再び無言の時が流れる。微かな息遣いや、落ち葉が潰れる音が耳元でするかのような錯覚に陥ったが、鳥の声は聞こえなかった。
それから二、三十分は経っただろうか。
「……あそこです」
ニコがふと足を止める。ささやかに発せられた声であったが、無言に慣れた耳には少しだけ刺激が強い。
彼女が指差す方向には、大地の切れ目と空が見えた。じっと見ていると、時折空がうっすらと赤くなるのがわかる。まだ茜に染まる時刻には早く、そもそもこんなに明滅するはずもない。
「あれか」
才の言葉に、彼女はこくりと頷く。その表情は硬く、体も小刻みに震えていた。
「何があるかわからないから、ニコはここで皆と待ってて」
「あっ、あたしも行く」
マリーと理沙が斜面を登り、慎重にそちらへと近づいていく。
光っているものの正体は、地面に埋め込まれた小さな石だった。その表面に、葉脈のように張り巡らされた模様が赤く脈動し、光を放っている。
「マリーちゃん、どう?」
「……これ、マジックアイテムだわ。多分、ここ一帯のエネルギーの流れを変えて、力を奪ってる」
「あたしが取ってみようか?」
「駄目。普段のリサならともかく、力を失ってる今は、何が起こるかわからないもの」
とりあえず何があるのかは確認できたが、現時点ではどうしようもない。一旦二人は、皆が待っている場所へと戻ることにした。
「……こうなったら直接、災厄の元凶を叩くしかないわね」
マリーたちから話を聞いた途端、そう言ったのは遠子だ。
「遠子さん、元凶って?」
「決まってるじゃない。御簾の向こうから出てこない長よ。……でもその前に、突破しなきゃならないわね」
振り返ると村人たちの姿は、小さいながら認識できるほどに近づいている。向こうから気づかれるのも時間の問題だろう。
「……さて、どうする?」
「あたしは強行突破でもいいですけど」
「つーか、それしかねーじゃん」
祥太郎の問いかけに、理沙は指を鳴らし、才は溜め息をつく。
「わたしは手荒なことはしたくないんだけど、仕方ないわね」
マリーはそう言いながらも、まだ蓑虫形態を解く気はないらしい。
「あの、わたしが皆を説得しますから……!」
慌てて口を挟むニコの肩を、背後からとんとん、と叩く手。
「私にいい考えがあるわ」
遠子は言って、悪戯っ子のような笑みを見せた。
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