新春の幻 2

「わぁ……古そうな鳥居。もう少し綺麗でも良かったんじゃない?」


 マリーはそびえ立つ鳥居を見上げながら言う。巨大な木製のそれに色はなく、所々朽ちたりささくれ立ったりしていた。


「でも歴史を感じる佇まいよね」


 遠子の言葉にも彼女は、曖昧に頷く。


「それもわかるけど……何だかちょっと不気味」

「オバケでも出そうってこと?」

「そういうのやめてよ!」


 つい大きな声を出してしまったマリーは、少し顔を赤らめてそっぽを向いた。


 おせちを全て平らげた後、神社に行ってみようという話になり、皆でここまでやってきた。歴史を感じるというよりは、打ち捨てられたかのような寂れた空気が漂っている。


「おい、巫女ちゃんはどうなったんだよ」

「おっかしーな、少し調子悪いんかな?」


 祥太郎に肘で突かれ、才は首を捻った。しばらく落ち葉を踏みしめながら石畳を進んでも、誰の姿も見当たらない。


「見てください! あの木!」


 その時、理沙が声を上げ、小走りにそちらへと向かう。


「近くで見ると、本当に大きいですねぇ! きっと御神木なんでしょうね」

「本当。樹齢何年くらいなのかしら」


 先ほどの鳥居を凌ぐ巨大さに、マリーも圧倒されたように声を漏らした。


「そういうのは適当だからなー。詳しければ細かく入力出来っけど、とにかくでっかい木をイメージすりゃ、後は勝手にやってくれるし」

「まぁ、誰でも使えるということを考えれば、その方が便利よね」

「……楠ね。樹齢は二、三千年ってところかしら」


 のんびりと歩いてきた遠子が幹に触れて言う。少しうろうろとしていた祥太郎もようやくやってきた。


「二、三千年!? 木ってすごいんだなぁ。遠子さん、物知りなんですね」

「植物には少しだけ詳しいの」

「ああ、だから薬草とか……」


 言っているうちにあのスープの味が思い出され、祥太郎の声は尻すぼみになっていく。

 ――その時。

 不穏な気配を感じて、遠子は上を見る。そこにはいつの間にか黒い雲に覆われた空があった。


「みんな危ない! 木から離れて!」

「え? どういう――」


 ぽかんとした才の腕は、遠子がつかんで引っ張った。他の皆はいつも前線へと赴いているだけあり、反応が早い。

 各々がある程度木から距離を取り、振り向いた瞬間――眩い閃光が走った。


「うわっ」

「きゃっ!」


 思わず漏れた悲鳴は空気を振動させる音にかき消され、誰のものだかわからなくなる。


「みんな無事?」


 遠子がまだ少し煙る視界の中、呼びかけると、向こうに小さく見える三人が手を振った。


「遠子さんと才さんも大丈夫でよかった。雷……だったんですよね?」

「それにしては、何ともなってないみたいだけど」


 祥太郎が辺りを見回しながら言う。爆発とも呼べる衝撃の後にしては、焦げ跡の一つも見当たらない。

 特に危険がなさそうなのを改めて確認しながら、三人はこちらへと移動してきた。その間にある大木も、変わらぬ姿のまま立っている。


「ちょっとサイ、どういうことなの? これ」


 マリーが才へと詰め寄った時のことだった。


「かみ……さま?」


 背後で上がった小さな声に、皆、慌てて振り向く。


 そこには知らない少女の姿があった。一気に注目されたためか、色白の頬は上気し、大きな目が少し泳ぐ。


「おおっ、巫女ちゃんだ!」


 祥太郎が近寄ると、少女はぴくりと体を震わせ、少し後ずさった。


「マジだ、可愛い! ――けど何か違くね?」


 同様ににじり寄ってきた才を見て、彼女はもう一歩後ろに下がる。その姿は白衣に緋袴ではなく、不思議な模様の入った貫頭衣だ。


「確かに馴染みの巫女装束でイメージしたと思うんだがなぁ。やっぱバグかな? ――いてっ!」


 頭から足先まで舐め回すように見る彼の後頭部に、硬い物が命中する。マリーの扇だった。


「怯えてるでしょうが変態!」

「あっ。悪い、つい。――ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 才が振り向いた隙に、少女は小さく頭を下げ、急いでその場から走り去ってしまう。


「ああ、お前のせいで逃げちゃったじゃんかー!」


 そちらを指差しながら怒る祥太郎にも、何度目かの冷たい視線が向けられた。


「ショータローが近づいた時も迷惑そうな顔だったわよ」

「ぼ、僕は才とは違って友好を深めようと――」

「あら、貴方だってずいぶん巫女にご執心だったじゃない」

「あのな、俺様も問題を報告するためにじっくり見てただけだからな!」

「静かに! 誰か来るみたいですよ」


 理沙の一言で、三人は言い争いをやめ、彼女の示した方を見る。数人の男女がこちらへと向かってくるところだった。どうやら丘のふもとに集落があるようだ。


 やがてたどり着いた一行は、こちらへと深々と頭を下げる。それから先頭にいる年配の男が、少しかすれた声で言った。


「ようこそおいでくださいました。心より歓迎をいたします。どうぞ、こちらへといらしてください」


 彼の言葉にあわせて、背後の男女も再び頭を垂れる。


「才くん、どうするの?」

「へ? 俺?」


 遠子に尋ねられ、才は目をぱちぱちとした。


「あ、そうか。ええと……とりあえず行ってみよう」

「サイ、大丈夫なの? 変な人はどんどん出てくるし、何だか寒くなってきたし」

「一応シミュレーションにも流れってモンがあってさ。今回ならピクニックに行って、のんびり遊んで帰ってくるっていうストーリーな。それが何らかの原因で狂っちまったんだと思う。申し訳ないんだけど、これも点検だから付き合ってくれよ。どうにもなんなくなったら、その時は俺が強制終了させるから」

「……そういうことなら、仕方ないけど。少なくとも家の中に入れば少しはマシよね」


 マリーは自身の腕を抱きながら、寒々しい色に変わった空を見る。


「僕も別に構わないぜ」

「先が見えないっていうのも、何だかワクワクしますね!」

「では、こちらへ」


 意見がまとまったのを見て取り、年配の男は言ってくるりと踵を返すと、丘を下り始める。皆もその後へと続いた。


「……イメージの具現化能力、天候や気温の設定等も問題あり、と」


 才は歩きつつ、巾着から取り出した手帳にメモを取っていく。

 今回は点検への影響を最小限に抑えるため、電子機器や能力は出来るだけ使用しないということになっていた。


「才って意外に仕事熱心なのな」

「うるせーよ、書き間違えただろ! ――くそっ、手書きめんどくせーな!」

「たまにはそういうのもいいじゃない」


 遠子がそれを面白そうに眺めながら言う。


「あまり書かないと、字も下手になっちゃうのよね。私なんかこの前、書庫にあった魔道書整理のお仕事頼まれて書き写してたら、どういうわけか本棚だけが綺麗に消滅しちゃって。うふふ」

「トーコ、それ笑い事じゃないわ……もしかしたら、この前の爆発音もあなた?」

「あっ、マリーちゃんが聞いた音は、あたしだと思う。トレーニング中、勢い余って壁が吹き飛んじゃったから」

「なんという職場でしょう……」

「お前がいうなクソ太郎。どっかに飛ばした俺のPC、さっさと弁償しろよ」

「だから、次の給料入ったら――って誰がクソ太郎だ!?」


 騒がしい五人とは対照的に、先導する村人たちは黙々と先を急いでいる。周囲には他の者の姿はなく、点在する茅葺の家々もしんと静まり返っていた。


「村の人たちは、お仕事ですか?」

「いえ、皆様をお迎えするために、おさの屋敷で準備しております」


 遠子の問いには、近くにいた若い女が静かに答える。

 やがてたどり着いたのは、他の住居からは少し離れて立つ建物だった。塀越しに見える屋敷の大きさは、主の権力の大きさを物語っている。


「こちらです」


 門を入ってすぐ右へと曲がり、しばらく塀沿いに歩くと、床が高くなった家が建っていた。木でできた簡素な佇まいではあるものの、これまで村の中で見た家と比べれば十分立派だ。


「後ほど呼びに参りますので、しばらく中でお待ちください」

「思ったよりキレイ」


 理沙が素直な感想を述べたが、中は壁も床もきちんと磨かれ、冷たい風も入ってこない。


「では、失礼いたします」


 全員中へと入ったことを確認すると、男たちは恭しく頭を下げてから扉を閉め、部屋を出て行く。


 扉はやけに重そうに閉まり、それから少ししてごとり、と音がした。


「今のって……鍵、かけた?」


 祥太郎の呟きに、皆はっとなる。


「そういえば……」


 理沙がすぐに扉へと近づき動かしてみるが、びくともしない。


「開かないです!」

「どういうことだ? 閉じ込められたってこと? 何で?」

「いや、俺に聞かれても……」


 困惑した表情でこめかみを掻く才に、祥太郎は畳み掛ける。


「僕がちょっと外見てくる。この状況じゃ能力使用NGって言わないよな?」

「……ま、仕方ないな」

「よし」


 答えを聞くが早いか、彼は意識を集中する。――が、その表情はすぐに曇った。


「……あれ?」

「どうした?」

「転移できない」


 自身だけではなく、試しに他のものに意識を向けてみても、全く動く気配がない。こんな経験は初めてのことだった。


「あの、あたしも能力使用します!」

「あ、ああ――頼むよ」


 理沙も挙手と共に宣言してから、自らの手に意識を集中し、力を込めて扉を叩く。

 通常なら、扉どころか家ごと崩れる――はずなのだが。


「全然何ともない……」


 何度叩いても、扉だけではなく壁も床も、何の影響も受けていないように思える。顔を向けると、マリーと遠子も首を横に振った。それから視線は自然と一方向へ集まる。

 そこには青ざめる才の顔があった。


「……ダメだ。強制終了できねぇ」

「一体これって、どういうことなんだよ!?」

「だから俺に聞かれてもわかんねーって!」

「二人とも、落ち着いて」


 遠子の声も、普段よりは幾分硬い。


「考えられる可能性が一つ、あると思わない?」


 その言葉で、祥太郎以外の全員が、顔を見合わせた。一人事態が飲み込めない彼は、呆然とそれを眺めている。


「じゃあ、ここってもしかして――」


 理沙の言葉を引き継ぐようにして、マリーが言った。


「……異世界」

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