再会 2

「できるのですね?」


 無垢むく魔女まじょとエレナの視線が交わる。


「……できるのですね?」


 張り詰めた空気の中、念を押すように繰り返された言葉。今度は力強いうなずきが返された。


「ああ。出来る」

「あなたがそう言うのであれば、反対する理由はないのです。あなたはいまや、世界でも屈指の転移能力者なのですから。では……エレナ・フォンドラドルード。祥太郎しょうたろうのことは、あなたにお任せするのです」

「承知した。――心づかい痛み入る」


 魔女の視線は苦笑いを浮かべるエレナから遠子とおこへと移る。彼女は意図をすぐに察し、渾櫂石こんかいせきを差し出した。


「はい、エレナさん。祥太郎君のこと、頼んだわね」

「ああ、まだ会ったことはないが、私にとっても仲間だ。何とかしてみせる」


 それを見届けると、魔女は小さな手をパンパンと叩いて言う。


「これにて一件落着なのです。では皆さんは、今度こそ速やかに帰っていただきたいのです」

「ちょ――ちょっと待って! わたしも手伝うわ!」

「何を手伝うというのです?」

「わ、わたしだって結界師だもの。結界を張ってサポートをしたり」

「渾櫂石の中はエレナがデザインした結界をもとに、異空間が構築されているのです。外側には、わたくしの力で封印をほどこしてあるのです。それを正しく読み取って、干渉を起こさないように強化できるのです?」

「それは……やってみないと分からないわ」

「やってみないとと言われても困るのです。具体的な策もないのに、適当なことを言わないで欲しいのです。それともわたくしや、あなたの母の力を信じられないのです?」

「そうじゃないけど……」

「これだけ周囲が静かなのを、何とも思わないのです? あの眠りの粉で、ここにいる全員を眠らせられたと思うのですか? わたくしが術を解けば、今引き留めているみんなは動き出すのです。ここに留まられても面倒なだけですし、さっさと帰った方が身のためなのです」


 その言葉に驚き、マリーたちは背後を見た。だが自分たちの他に動く影はなく、外からも音は聞こえてこない。

 またこうやって力の差を見せつけられては、嫌でも納得するしかなかった。


「わかったわ、ごめんなさい。……ママ、どうか気をつけて。ショータローを助けてあげて」

「エレナさん、祥太郎さんをお願いします!」

「俺からも頼むよ」

「ボクからもだっピ!」

「任せておきたまえ。君たちも我が姫君のことを頼んだよ。マリー、せっかく久方ぶりに会えたのに残念だ。『アパート』に戻ったら、またゆっくり話をしよう。愛してるよ」

「ええ、ママ。わたしも」


 二人は頬を交互に合わせ、名残惜しげに離れる。マリーの姿は次第に薄れ、空気に溶けるようにして消えた。エレナが視線を向ければ、同様にさい理沙りさも『アパート』へと転移していく。


「ありがとう」


 遠子の言葉が自分へと向けられたものだと気づくと、無垢の魔女は目をそらし、そっけなく言う。


「……別に。お礼を言われるようなことはしてないのです」

「そうかしら? でも、ありがとう」

「スナオじゃないのはタイヘンだっピね~」


 茶化すような声にカチンと来て振り向けば、そこには既に二人の姿はなく、手にした渾櫂石をじっと見るエレナの背中があるだけだった。


 ◇


 ――まだ、夢の中にいるんだろうか。


 目を開いた祥太郎はぼんやりと、そんなことを思った。

 部屋なのか、そういう世界なのか。周囲に色がにじんでいる。色に、囲まれている。虹を溶かしてぶちまけたかのような空間は、もやもやと頼りなく、上になったり下になったり、離れたり近づいたりする。


「いや……何だここ? どうなってん――うぶっ」


 あわてて口もとを抑えた。吐き気がしたからだ。すると急に世界が現実味を帯びてくる。

 頭もくらくらした。どうやら自分は、この奇妙な空間の中を漂っているらしかった。


「ええと……確か『調和ちょうわ聖女せいじょ』と話してて、排除とか何とか言われて、意識がなくなって……これ、もしかして転移を繰り返してるってことか? ――止まれ! 止まれ! 止まりたいんだってば!」


 いつものように念じても、いっこうに転移はおさまる気配を見せない。何度も、何度も意味なく繰り返される。それでもどこかにたどり着くわけでもなく、見えるのは、ただ一面の虹色。


「どうしよう、どうすりゃいいんだ……いやいや、こういう時こそ落ち着かなくちゃいけないぞ。やれるぞ祥太郎、やるんだ祥太郎」


 自分に言い聞かせるように大きな声で言い、周囲に目を向ける。


「問題は二つだ。ここはどこか。それから、能力のコントロールが効かないこと。とにかくまずは止まらないと……なんか目印になるようなものがあれば、そこに意識を集中させられるかもしれないな」


 目まぐるしく動く景色の中、祥太郎は可能な限りあたりを見た。


「くそっ、どこ見ても似たような色ばっかで……転移する時に一瞬景色が歪む感じとは、また違うんだよなぁ。おえっ、ちょっとマジでヤバイ。このままじゃ身が持たな――ん?」


 一瞬、目の端を、今までとは違った色が横切る。

 そこへと必死に意識を向けた。虹色の中に一点、シミのように落ちる黒。

 とにかくすがるような気持ちで、その黒をじっと見た。すると体の向きが安定し、めちゃくちゃに繰り返されていた転移が止まる。


「よし、何とかなったぞ。次は――っと!?」


 しかし今度は、その黒い点へと吸い寄せられるように体が移動し始めた。

 危険があるかもしれないという思いが一瞬よぎったが、さっきの状況に戻るのも嫌だったので、目をそらすことはしなかった。

 謎の黒い色はゆっくり、ゆっくりと大きさを増していく。


「……しかし雑なつくりだな。私が用意しておいた簡易的な結界をそのまま放り込むとは。外から彼女の力で抑え込めば何とでもなるというのは分からなくもないが」


 黒い服を着た人だった。こちらに背を向け、独り言を言っている。

 声をかけるべきか、それとも逃げるべきか。迷いはするが、祥太郎の体は勝手に移動をし続ける。そのうち黒服もこちらへと気づき、振り返った。

 知らない女だった。でも向こうはこちらを待っていたかのような笑顔を見せる。


「やぁ、ショウタロウ君。この中は広いから私も困っていたんだ。そちらから来てくれて助かったよ」


 警戒で体がこわばった。しかし、ゆっくりと近づく動きは止まらない。

 先ほど耳にした言葉を急いで整理する。結界。「私が用意しておいた」と言っていた。

 

「簡易的な……?」


 先も見えないこの巨大な結界が?

 震える気持ちを抑え、せめて精一杯、毅然とした態度を心掛ける。


「あんたは誰だ? 僕をこんなところに閉じ込めた――魔女かなんかなのか?」


 その言葉を聞き、女は少し目を見開く。それから噴き出し、笑い声をあげた。

 呆気にとられた祥太郎の視線に気づくと、彼女は頭をかく。


「すまない。少し驚いてしまってね。――でも良いね。そのプランは魅力的だ。それで行こう」

「は?」

「私は、『きざはしの魔女』。君を始末しに来た」

「な――!? もしかして、『調和の聖女』の命令なのか……?」

「そうだ。ちなみに彼女も魔女だぞ」

「何だって!?」


 階の魔女と名乗った女は、青みがかった目を少し細め、驚く祥太郎を見た。

 それからまるで銃のように、片手の指先を向ける。


「生きたいか? ショウタロウ君。――さぁ、抗って見せろ」

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