再会

再会 1

「エレナさん!? なんだってこんなトコに――」

「あれれ? ホンモノのエレナさんですよね? えーと……とにかく、おかえりなさい!」

「ただいま。長らく留守にしてしまって申し訳なかった」


 訳が分からないという顔をしているさいたちに軽く頭を下げ、エレナは遠子とおこ、それから再びマリーへと目を向けた。


「ただいま、わが姫君ひめぎみ。いつもの華やかなドレスも素敵だが、そういった素朴な装いも、君という素材の良さを際立させてくれるのだね」

「……そ、そうかしら?」


 しばらくぼんやりしていた彼女はそう言ったあと、我に返ったかのように首を振る。


「じゃなくて! 何故ママがこんなところにいるの? 突然いなくなったりして、今までどこに行ってたの!? 一年も待ってたのよ……ずっと、心配してたのに……!」

「ああマリー、我が姫君。どうか泣かないでおくれ……私もずっと会いたかったよ。君のことを思い出さない日はなかった」


 次第に震えていく声に、エレナはあわてて娘へと近寄り抱きしめた。

 マリーはその体に顔をうずめるようにしながらも、強い口調で言い返す。


「な――泣いてなんかないわ! わたしはもう子供じゃないし、ママがいない間だって、ちゃんとお仕事もしてたんだから。大体、そんなに会いたいのなら、さっさと帰ってくれば良かったのに!」

「ふふ、強くなったんだね、マリー。それに美しくなった。少し、背も伸びたかな」

「一年の間、色んなことがあったんだから……!」


 抱き合う二人を、優しいまなざしが静かに見守る。

 他の皆にとってもエレナはマリーの母というだけではなく、仲間だ。無事な姿を見られたことは素直に嬉しかった。

 しかしそこに、大きなため息がひとつ。


「感動のご対面に水を差すようで心苦しいのですが。戻ってきたのならば、早く報告を済ませて欲しいのです」


 マリーは急いで体を離し、声の主と母を見比べる。


「報告……って、まさかママ、無垢むくの魔女に何かさせられていたの?」

「『調』が仕事を依頼するのに、何か問題でもあるのです?」


 被せるような言葉には迫力があった。エレナは肩をすくめ、少し顔をこわばらせた娘に笑ってみせる。


「ま、そういうことだね。私は彼女から依頼を受けて動いていた。極秘だったから、皆にも事情を言えなかったんだ。あの時は時間もなかったし、簡単なメッセージを残すので精一杯だった。――ここで報告をしても?」

「かまわないのです。いずれ知らなければならないでしょうから」

「では、結論から言おうか。あちらにも『兆候』があった」


 無垢の魔女はそれを聞き、再び長い息を吐いた。


「あなたが旅立った後、こちらでも大きな兆候があったのです。――『大干渉だいかんしょう』が起こるのは、間違いないようですね」

「大干渉だって!? 冗談だろ!?」

「残念ながら才くん、冗談ではないのだ。それも恐らくとても近く――下手をすると一年も経たないうちかもしれない」

「マジか……いや、って言われてもあんまピンと来なくて。でもマジなのか……」

「あのー……ダイカンショウって、何なんですか? 何か大変なことが起きるっていうのは分かったんですけど」


 そこで、理沙りさが申し訳なさそうに手をあげた。

 エレナはうなずくと、両の手で拳を作り、体の前でゆらゆらと動かし始める。


「君たちもよく知っているように、この世界とは異なる世界というものが、数多く存在している。それらは例えるなら宇宙そらの星々のように漂っている。異世界同士は『ゲート』などを通じて繋がることはあっても、基本的に交わることはないと言っていいだろう」

「もしかして――!?」

「察しがいいね、さすが我が姫君」


 彼女はマリーに向かって左手の指先をパチンと鳴らし、まだ握ったままの右手へと勢いよくぶつけた。


「だが稀に、異世界同士が直接『衝突』してしまうことがある。それが『大干渉』だ」

「こんなの、当たって褒められても嬉しくないわ……とんでもないことじゃない!」

「その通りだ。だから、私達で回避しなければならない」

「そんなこと出来んのかよ!?」

「出来る――はずだ。そのために私は駆けずり回っていたのだからね」

「『大干渉』が起こった例というのは、過去にもあるのです」


 無垢の魔女が、ぽつりと言う。


「と言っても、それなりに長い生をすごしているわたくしからしても、伝説みたいなものなのです。『大干渉』が起こった結果、両方の世界はめちゃくちゃになり、ほとんどの生物は息絶えてしまったのです。その際に向こうの世界から渡ってきた人々が、どうやら魔女の祖先のようなのです」

「それは私も初耳だわ」


 それまで黙っていた遠子が声をあげた。小さな魔女は珍しくさみしげな顔をする。


「実はわたくしも、最近になって知ることとなったのです。ふとしたことから『原初げんしょの魔女』が記したものを発見したのですが、そこにあった『大干渉』が起こるまでの記録と、近年急に増えた現象とが符合することに気づいたのです」

「急に増えた現象ってのは何なんだ?」

「あなたがたも身に覚えがあるはずです。――『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』なのです」

「身に覚えがあるってまさか、大きな兆候――『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』に遭遇したのは君たちなのかい?」

「そうなんですよ! そのせいで『アパート』はめちゃくちゃになっちゃうし、遠子さんはいなくなっちゃうしで、あたしたちも大変だったんです!」

「……ママの本もほとんど燃えてしまったの。守れなくてごめんなさい」

「ははっ、何を言ってるんだ。本なんかより愛しの姫君の方がずっと大事だよ。無事で良かった」


 しゅんとするマリーの頭をぽんぽんと叩きながらエレナは笑った。それから少し表情を引き締め、遠子の方を見る。


「トオコ、君がいなくなったというのは、どこかへ飛ばされたということなのかい?」

「ええ。ちょっと私とこの棒人間ぼうにんげんちゃんだけ、異世界に行くことになってしまったの。みんなのおかげで、こうして帰ってこられたけど」

「マリーちゃんさんのママさん、はじめましてだっピ! ボクは棒人間なんだっピ! よろしくお願いしますっピ!」

「おやこれは不思議なご友人、ご丁寧にどうも。こちらこそよろしく」


 ずっと話に入れずにいじけていた棒人間が、ここぞとばかりに飛び出てきて、ぴょこんとお辞儀をした。

 エレナも軽く頭を下げてから、すぐ本筋に戻る。


「それで、トオコが行ったという異世界は、『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』の来た世界かい?」

「いいえ。その人たちは『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』がきっかけで、こっちに渡ってきたみたいなのだけれど……それから自分たちの世界へと『ゲート』を開いてしまって、私もそれに巻き込まれたような形になったの」

「やはりか!」


 彼女は急に声を大きくし、手を叩いた。


「私もずっと調べていたんだ。ロシアやブラジル、オーストラリア――小規模なものではあったが、稀な現象であるはずの『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』が、様々な場所で観測されていた。そのかすかな痕跡を追う中で、ついに別の世界の『ゲート』を経由し、その世界へとたどりつくことが出来た」

「エレナさんちょっと待ってくれ、じゃあ『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』は全部、同じ世界から来てるってことか?」

「サイ君、良いところに目をつけたね。私が調査に向かったものに関してはそうだ。恐らく、君たちが出会った存在もね。現代の地球人と同じような姿ではなかったかな?」

「はい、そこら辺の男の子って感じでした!」


 理沙の答えに、確信を深めたうなずきが返ってくる。


「いいね。――そして向こうの世界にも、同じように地球から『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』がやって来ていた。私たちお気に入りのデザイナー、ジョルジュ・ディーの服を着た者もいたんだよ。でもね、お互いの世界にこれだけ密なかかわりがありながら、どこかいびつだ。通常ならば登場してもおかしくないはずのものが欠けている」

「……もしかして、『ゲート』ってこと?」

「その通りだ姫君。これだけの条件が揃っていながら、『ゲート』が開かれない。まるで会いたくても会えない、愛し合いながらも引き裂かれた者同士の渇望のようではないかい? もしその二人が合うための手引きが出来れば――『ゲート』を開くことが出来たのなら、『大干渉』は回避される可能性が高いと私は踏んでいる。そこで話を少し戻そうか」


 エレナは興奮をしずめるようにひとつ呼吸をし、今度は無垢の魔女の方を向いた。


「分かるだろう? 計画には優秀な転移能力者が必要だ。ショウタロウ君と言ったかな? その身柄、この私が引き受けよう」

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