ヨウコソ、ワガヤヘ 3

 まぶたを開くと、闇が見えた。次第に目は慣れてきて、自分が薄暗い部屋の天井を見ているのだということに気づく。

 そこで今までの記憶が一気によみがえった。祥太郎しょうたろうは注意深く首を動かし、周囲を確認する。


「おう、気がついたか」

さい!?」


 思わずがばりと起き上がった。目を凝らしてよく見ると、近くには理沙りさも、マリーもいるようだ。それ以外、狭い部屋の中には何もなさそうだった。


「えーと……」


 頭の中には、様々な疑問がぐるぐると回る。その中からとりあえず一つを選び出し、口に出した。


「ここ、どこ?」

「わからん。――が、思い当たることはないでもない」

「サイ。四人そろったし、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」


 マリーが呆れたように言う。


「どちみちリサたちも来るだろうし、それまでに考えをまとめておきたいからって、教えてくれないんだもの」

「それって、予知ってことか?」

「うんにゃ、ただのカン。マリーちゃんもここに来た時点で、そうなるんじゃねーかなって思ったわけ。俺ら一応、ワンセットみたいなとこあんじゃん? チームとして。遠子さんがいたら、同じように巻き込まれてたかもな。……んで、もう一人いるじゃんか。『アパート』のシステムでも捉えられねぇ、怪しくて、謎なヤツ」


 才は言って、誰もいない部屋の隅の方を見た。


「サイは、ここがあの時消えた『ゲート』だと言いたいのね?」

「ああ。ここを『ゲート』と呼んでいいもんかどうか迷うとこではあるけどな」

「あの時のって?」

「棒人間が『アパート』に来た時の『ゲート』だよ。どっかに消えちまっただろ?」


 そう言われ、祥太郎もようやく思い出す。その結果、棒人間は帰れなくなり、皆と一緒に生活するようになったのだ。


「でも、何で誰にも気づかれないまま、あたしたちを閉じ込めることが出来たんでしょうか? あの時は確か、才さんの予知に引っかかりましたよね?」

「思うに、どっかへ消えちまったんじゃなく、ずっと近くに潜んでたんじゃねーかな。あの時はこっちの世界と初めて繋がったわけだろ? それだと観測できるエネルギー量も相当変わるしな」

「しかしホント、『ゲート』っていうよりは『部屋』って感じだよな……僕はそんなに沢山の『ゲート』を知ってるわけじゃないけどさ」

「実際、あいつの『部屋』っつーか、『家』っつーか、そういう感じのとこなのかもな」


 才はもう一度、周囲を見回す。


「あいつ、ひとりぼっちだったって言ってたじゃん。こんな何もねぇ狭い場所で、どのくらいの時間なのかわかんねーけどさ、ひとりで居たってのを考えると……何だかな。想像もつかねーというか、レベルが違うっつーか」


 彼が言葉を切ると、沈黙が流れた。

 四人でこうやっていても、ともすれば不安があたまをもたげてくる。


「だけど、今はひとりぼっちじゃないですよね」


 そんな空気を、理沙の声が明るく照らした。


「向こうではきっと遠子さんと一緒ですし、こっちに戻ってくれば、みんながいますし。そういえば、シロちゃんとも意外に気が合うみたいですよ」

「あいつ結構ゲームが上手くてさ、対戦すると面白いんだよなー」

「そういや、完コピあまなちゃんも披露してもらわねーとな」

「ボーニンゲンが帰ってきたら、わたしも今までよりは優しくするわ」

「……だから、安心して大丈夫ですよ。棒人間さんはもう、あたしたちの大事な仲間なんです」

「リサ、どうしたの? 突然」


 何故か天井に向けて呼びかけ始めた彼女に、皆が首をかしげた時――部屋の中が急に揺れ始める。


「おいおい、今度は何だよ」

「転移――は、やっぱ出来ないか。どうしよう」


 しかし、迷いは一瞬のことだった。文字通り、光が見えたからだ。

 現れた光は急速に拡がり、目の前を覆いつくしていき――気がつくと、そこは見知った場所だった。


「ここ――テストルームか」


 才はあたりを見回す。置きっぱなしだった道具もそのままで、よく似た別の場所だということもなさそうだ。


「結局、何がどうなってあんな場所に連れてかれたんだろ……?」

「俺に聞かれてもさっぱり分からん」

「そうだリサ。あの呼びかけは何だったの? 何か分かったの?」

「えーとね……」


 問われて理沙は、ふっと笑う。


「才さんの話を聞いててあたし、師匠のこと思い出しちゃって。あの部屋が棒人間さんを送り出したけど、棒人間さんのことが心配で、今までもこっそり隠れて様子を見てたとしたら、何だかお母さんみたいだなって……だったら、あたしたちが本当に信用できるかどうかを知るために、ああいうことをしたんじゃないかって思ったの」

「なるほど。部屋がそういう行動を取るというのも奇妙だけれど、実際、わたしたちは解放されたものね」

「でも、やっぱりあたしの言葉だけじゃ説得力がなかったと思う。みんなの熱い思いがあったからこそだよ!」

「いや、熱いかと言われると、わたしは別に……」

「ま、そこらへんはいいじゃねーの。無事認められて、こうして出してもらったわけだしさ……ん?」


 才は言って何気なくポケットへ手を突っ込み、違和感を覚えた。


「そういや渾櫂石こんかいせきポケットに入れたの忘れてたな。――んんん!?」

「なんつー声出してんだ才。――んん!?」


 取り出したものを見てほぼ同じリアクションをした祥太郎に、何事かと理沙たちも寄ってくる。


「どうしたんですかこれ!? ……うずまき?」


 才の指に挟まれている小さな石の中には、あのオパールのようなきらめきの代わりに、いつの間にか黒い渦が居座っていた。といってもそのシンプルな曲線は、ナルト巻きの模様を思わせる。


「マジックアイテム化してるんだわ。おそらく、あの部屋の力を取り込んだのね。――そうだ! これを使えば、ボーニンゲンとトーコを召喚できるんじゃない?」


 しばらくじっと見て、そう口にしたマリーの顔がにわかに輝く。

 他の三人にも、その希望はすぐに伝染した。


「マジで!? すごいじゃん!」

「あの部屋が、探すのに使って欲しいって力を分けてくれたのかもしれないですね! 才さん、出来そうですか?」

「ああ。すぐには無理かもしんねーけど、また分析してみて……もうマジックアイテムになってんなら、マスターのツテで、ちゃんとした召喚術師を紹介してもらうのもいいかもな」

「こういう時こそ、意地張ってないで源二さんに頼めないのか? 人脈広そうじゃん」

「うるせーよ。ま、それも考えとくが、立場上、色々ややこしくなる可能性も高いからな。この前みたいなこともあっただろ?」

「あ、そうか。ごめん」

召渾術しょうこんじゅつみてーに簡単にいけば楽なんだけどなー。なんだっけ? 来たれ! 棒人間と遠子! って感じでさ」


 すると。


「呼んだっピ?」

「いたっ。おしり打っちゃった。……あら、ここテストルームね」


 石がにわかに輝き、中からでろん、と棒人間と遠子が出て来た。


「………………」


 あまりの出来事に思考停止し、何も言えなくなる一同。

 才は何度かまばたきをしたあと、つかつかと二人に歩み寄った。それから棒人間の手を握り――空中へと投げる。


「ひょぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 棒人間はそのまま壁に激突し、びたんと床へ落ちた。


「し、師匠! 何をするんだっピ! 感動のサイカイが台無しなんだっピ!」

「うるせー、感動もクソもあるか! 『呼んだっピ?』じゃねーわ! てめー、俺らがどんだけ苦労したと思ってんだこのバカ!」

「り、理不尽だっピ……!」

「遠子さん……本物だ」


 一方で、理沙も遠子の手をおそるおそる握り、その感触に、笑顔を取り戻していく。


「ええ、ちゃんと本物よ。棒人間ちゃんが急に、呼ばれたって言って手を引っ張るから、私も驚いちゃった」


 あくまで飄々としたその態度は、皆の記憶に残る彼女そのものだった。

 感情が、ようやく追いついてくる。マリーは無言で抱き着き、祥太郎のひざからは力が抜けて、その場に座り込んだ。


「聞きてーことも言いてーことも色々あるけどさ。とにかくまー、何つーか……おかえり」

「遠子さんも、棒人間さんもおかえりなさい!」

「おかえり」

「……おかえりなさい」


 顔を伏せたまま、小さく言ったマリーの背中を撫で、遠子は改めて部屋の中を、そして仲間たちを見る。


「前にね、マリーちゃんが、ここが私の居場所だって言ってくれたでしょ? ……一度離れて、こうやって戻ってくると、やっぱりそうなんだなって思う」


 それから、いつものおっとりとした笑顔を浮かべた。


「ただいま」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る