迷宮ショッピング

迷宮ショッピング 1

「でー、遠子とおこさんさんがキッって見て、手をサッってやると、みーんなカエルになっちゃうんだっピ。ケムリ人間はいっぱい、いーっぱいいたケド、遠子さんさんは、あっという間に全部をカエルにしちゃったんだっピ! スゴイっピ。強いっピよー!」


 棒人間ぼうにんげんは、細い手足をぶるんぶるん振り回しながら、熱く語った。


「あっという間に全員カエルになっちゃって、そのあとはどうしたんですか? 遠子さんと棒人間さんが戻ってくるまで、ひと月くらいありましたよね?」

「理沙ちゃんさん、それはえーと……ノンビリしてたっピ」

「はい?」

「遠子さんさんのアットウテキなチカラにひれ伏したケムリ人間たちはー、ココロを入れ替えて、ボクたちにも優しくなったっピ。それからイタレリツクセリのおもてなし生活だったっピ」

「彼らは肉体を得た時のためにずっと準備をしていたから、すぐに私たちが滞在する家を建てて、お料理も作ってくれたりして。カエルの身体も慣れれば悪くないらしくて、肉体を持てたことに感謝されちゃった。そのうち頑張って人型に進化するって意気込んでたわ」


 飲み物を運んできた遠子もにこやかに口を挟む。マリーは盛大なため息をついた。


「わたしたちの悩みと苦労はなんだったのかしら……」

「あら、だからちゃんと生き残る自信はあるって言ったじゃない。それにこんなに早く戻れるとは思わなかったから、とっても助かったわ。棒人間ちゃんのおかげもあるわね」

「デュフフ、遠子さんさんに褒められちゃったっピ!」


 棒人間は照れ臭そうに、ふるふると揺れる。


「私と棒人間ちゃんも仲良くなれたものね。レーナさんたちとも和解はしたけど、やっぱり一人じゃないのは心強かったもの。――はい、あーん」


 最後の言葉は、棒人間に対して発せられたものではなかった。


「どう? 今日は桃のムースを作ってみたの」

「……ああ、とっても美味しいよ。腕を上げたね」

「嬉しい! 早苗さなえさんに特訓してもらったのよ。もう一口どう?」

「いや、しかし……やっぱりもらおうかな」

「ふふ。じゃあ、あーん」

「――おい、誰かあのバカップル何とかしろよ」


 すっかり二人の世界に入っている遠子とマスターの方は見ず、さいはぼそりと言う。


「職場でイチャイチャイチャイチャと。色々バレたのをいいことに開き直りやがって」

「まあまあ才さん、仲がいいのはいいことじゃないですか」

「よし、じゃあ理沙ちゃん。俺たちもイチャイチャするか」

「えー」

「いや、そうやってマジな感じで引かれると……」

「ししょー! ボクがイチャイチャしてあげるっピよ? はい、あーん――って、ケーキ全部取らないで欲しいっピ!」

「だいたいな、あの二人見た目は若いけど」

「誰がBBAばばあですって?」

「ぶっ!」

「ぎゃー! きたないっピ!」


 いつの間にか近くにいた遠子に驚き、噴き出されたムースは棒人間に直撃した。

 じたばたして周囲に残骸をまき散らしそうになったため、マリーの結界により素早く封印される。


「いやいやいや遠子さん、俺はそこまで言ってねーし」

「口は災いのもとよね。――えいっ」


 遠子が指をぱちんと鳴らすと、才の姿は一瞬にしてカエルのぬいぐるみへと変わってしまう。

 それを見た彼女の顔から、いつもの微笑みが消えた。


「やっぱり。……申し訳ないんだけど、ティータイムが終わったら、みんなに付き合って欲しい所があるの」



「トーコが来たかったのって、本当にここなの?」

「ええ」


 マリーはぬいぐるみになった才を抱えたまま、もう一度そちらを見て首をかしげる。その先には道がある。管轄区と外をつなぐ道だ。


しんちゃん。まだここには対魔女用結界が張ってあるのよね?」

「ああ。ここに関しては一応、以前の設定が保たれているよ」

「ここに来ると思い出しちゃいますね……色々。あれからものすごく時間が経ったみたいな気がします」


 理沙りさが珍しくしんみりと言う。

 突如現れた『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』。彼が呼び出した『千の顔を持つ貴婦人レディ・サウザンド』が消滅したのは、この場所だ。その時には居なかったマスターと棒人間も、黙って結界の方を眺める。


「それで? わたしたちをここへ連れてきて、トーコはどうしたいのよ?」

「それはね。――こうするの」


 意外すぎる行動に、誰も動けなかった。

 彼女はいきなり走り出したかと思うと、結界へと突っ込んだのだ。


「と――」


 誰かが意味のある言葉を口から出す前に、遠子とおこの体は結界をすり抜けていた。勢い余ってごろんと地面へ転がり、尻もちをつく。

 少し痛そうにしかめられた顔は、自分でも信じられないというような表情へと変わった。


「ね、見た? 私、ここを通れるようになったのよ! つまり――ってこと!」


 そんな彼女の様子を見て、マスターは長い息を漏らす。


「いきなり何をするかと思えば……肝を冷やしたよ。そういうことを試したいなら相談してくれ。君の悪い癖だ」

「そうよ。トーコってすぐ一人で決めて、勝手にやってしまうんだから」

「ごめんなさい。つい」

「まあ、遠子さんらしいといえばらしいのかも!」

「リサ、そのフォローって雑すぎない?」


 しかし自然と笑いが起こり、そのおかげで場の緊張はほぐれた。


「でもトーコ、魔女じゃなくなったっていうのは本当のことなの? 結界が確かに反応を見せなかったとはいえ、にわかには信じがたいのだけれど……」

「ちょっとごめん。そもそも魔女だっていうのはどうやって決まってんの? 魔力がとてつもなく強い人ってことじゃなく?」

「祥太郎君の解釈は、半分正解ってところかな。魔女かどうかというのは、その者が『因子』を持つかどうかで決まる」


 その問いには、マスターが答えを返す。


「因子……ですか」

「ああ。それがあることにより、魔力が非常に高まる。対魔女用の結界も、その『因子』に反応するものだからね。ただ……ある日突然、隠されていた超常の力が覚醒するように魔女となった人の話は数あれど、魔女でなくなった話というのは私も聞いたことがない」

「そうね。実際には、私は魔女のままなのだと思う」


 先ほどの意見をあっさりと覆した遠子に、祥太郎の頭はさらに混乱した。


「えぇ……結局どっちなんすか」

「けれど、魔女としての要素――新ちゃんの言った『魔女因子』ね。それが外から隠された状態になってるのだと思うの。源ちゃんの組んだ、優秀な結界を騙せるくらい」

「なんでまた、そんなややこしいことに?」

「それはやっぱり……棒人間ちゃんの力の影響かしら」

「ええっ!? ボクのせいなんだっピ!?」


 急に名前を呼ばれ、ぼんやりとしていた棒人間が大げさに驚く。


「私たちを実際に召喚したのは才くんよね? だったら才くんのせいもあるのかも。召喚術ってほら、術者の力量にも左右されるから。強大な存在の力を借りたくて召喚した結果、マスコットキャラにしかならなかった話はよく聞くもの」

「デュフフ、師匠と連帯責任なんだっピ。……でも、せっかく強かった遠子さんさんを弱っちくしちゃったのは、ごめんなさいなんだっピ」

「それは気にしないで欲しいわ。むしろ感謝してるくらい。だって魔女として認識されないってことは、今までみたいにこそこそ生活しなくていいってことなのよ」

「それなら遠子さん、あたしたちと一緒に管轄区外にお出かけも出来ますね!」

「理沙ちゃんそうなの! ……それでね、早速なんだけど私、行ってみたいところがあって」


 言って遠子は、どこからか一枚の紙を取り出した。そこには『新規OPEN!』という文字がでかでかと描かれている。


「えーと、新感覚の体験型ショッピングモール。ダンジョンをさまよいながら楽しくお買い物。……なんだこの不安しかないコンセプトは」

「わたしも予知能力者じゃないけれど、トラブルの予感しかしないというか……」

「えー、そうかなぁ。あたしは楽しそうだと思います! だって、ちゃんとしたお店ですよね?」

「ええ、あのジョルジュ・ディーも出店してるの」

「やっぱりわたしも楽しそうな気がしてきたわ。――というか、ここのところ忙しかったとはいえ、出店どころかショッピングモールの話も全く知らなかったんだけれど」

「サプライズで、オープン直前まで情報が伏せられてたみたいよ。ね、これからみんなで行ってみない?」

「ボクも行ってみたいっピ! お邪魔はしないで、おとなしくしてるっピよ!」

「私は仕事があるから行けないが、皆で楽しんできたらどうだね?」


 ぬいぐるみ状態の才は一言も発しない。そこまでして断る理由も見いだせなかった祥太郎もうなずき、ショッピングモール行きは決まった。

 ――その先で、不安が現実のものになるということを、彼らはまだ知らない。

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