ヨウコソ、ワガヤヘ 2
「マリーちゃん、どうしたの?」
「サイが居なくなっちゃったの!」
「いなくなったってどういう――あれ? ほんとだ、いないね」
「どっかに隠れてるとかじゃないのか? って、そんなことする意味ないか。倒れてたら……分かるよなぁ」
「だってPCもつけっぱなしなのよ? わたしは部屋を出てすぐに戻ったから、その間にドアから出ていくのは不可能だし、この見通しの良い部屋じゃ、どこかにいればすぐ分かるでしょう?」
「じゃあこれって、いわゆる密室ってやつなのかな? 出ていくのは不可能なのに、消えちゃって――あっ」
そこで理沙は小さく声をあげ、祥太郎を見た。
「ん? ――いやいや違う違う、僕は飛ばしてないから」
「でもこの前もあなた、うっかり花瓶をどこかに飛ばしてたでしょ? ボーっとするとそういうことあるもの」
「マリーまで……だって考えてもみてよ。才は僕の視界にはいなかったじゃないか。さすがにボーっとした状態じゃそれは無理だから。あとそんなに僕、ボーっとしてないから」
「なるほど。ここはまず、祥太郎さんがほんとにボーっとしてなかったかの検証から始めるべきなのかも」
「理沙ちゃんひどくない!?」
「ひとまずショータローはボーっとしてなかったということで話を進めるわ。何かサイが消えるきっかけになったものとか、証拠になるようなものがあるかもしれない。探してみましょう」
それから三人は、テストルームの中をくまなく探し始める。
その結果、分かったことがひとつ。
「
「『魔王』が中に入ってるみたいにさ、才も中に閉じ込められちゃったとか?」
「そうね……」
マリーは二人の意見へと曖昧に答えてから、少し考えをめぐらせた。
「サイの分析が正しいならば、渾櫂石自体にサイを閉じ込める力はないと思うの。仮に秘められた力があって、そういうことが起こったのだとしても、渾櫂石も一緒になくなっているのは違和感があるわ」
「確かにそうかもなぁ。じゃあ渾櫂石が光って、一緒になって才を消しちゃったとか?」
「祥太郎さん、それだと部屋のものが全部残ってるのって、ちょっと変じゃないですか?」
「あ。そっか」
「ただ、その力が限定的なら、サイだけが消えるってことはあるのかもしれない。たとえばこう――ビームみたいに魔法の光が出てサイを狙ったとか、サイ自身がちょうど渾櫂石を手に持っていたとか」
そこで彼女はひとつ、息を吐く。
「でもやっぱり、サイの分析がそこまで的外れだとも思えないのよね。わたし自身がアーヴァーで見聞きしたことを考慮しても。となると、もう一つの大きな可能性の方になるんだけれど……」
「それって――ああ」
「やっぱそれかぁ」
理沙も祥太郎も、言わんとするところをすぐに理解した。
「そう――『ゲート』よ。けれど問題は、そんな気配は一切なかったってこと」
「才さんも何も言ってなかったし、大体はまずコントロールルームの監視システムに引っかかるもんね」
理沙は言って、もう一度テストルームの中を見回す。
「何も感じなかったし、あたしたちのあとにマリーちゃんがこの部屋を出て、それから戻って……本当にちょっとの間だよね。そんな『ゲート』ってあるのかな?」
「わたしの記憶にはないけれど……」
「この前、知らないうちに侵略されてたのを考えると、何でもアリって感じはするよなぁ」
祥太郎の言葉で、『
マリーはそれを振り払うかのように軽く身震いをすると、腕につけた『コンダクター』に触れる。
「とにかく、もうわたしたちだけの手には負えないわ。マスターに報告して、判断をあおぎましょう」
「それがいいね、じゃあマリーちゃんお願いします! ――祥太郎さん、その間あたしたちで、もう少しだけ現状を再確認しておきません?」
「そうだね、何か見つかれば追加で報告できるし」
それから異変に気づいたのは、すぐのことだった。当然聞こえるはずのものが、聞こえなかったからだ。
「マリーちゃ――」
二人は同時に振り返る。そこにマリーは、居なかった。
「は? ――えっ? なんでマリーまでいなくなってんの!?」
「ドアは――閉まってますね。ごめんなさい、あたしが余計なこと言わなければ……」
「いや、でもあんな一瞬の間にいなくなるなんて、僕も思ってなかったし」
「報告するって言ってから、マリーちゃんの声、全くしなかったですよね……? 通信をつなげる前に消えちゃったのかも」
理沙は自らの『コンダクター』を見る。通信が入った痕跡はない。祥太郎も確認するが、同じだった。
「確かに、何か変な通信記録があれば、僕らの方に連絡来てもおかしくないよな。――よし、直接コントロールルームに行こう。もしマスターが居なくても、スタッフの誰かはいるはずだから」
それから返事を待たず、転移を開始する。
景色はぐにゃりと歪み――すぐにまた通常へと戻った。しかし普段とは違い、着地の際に少しバランスを崩してしまう。
「うわっと。……あれ? みんなは?」
「祥太郎さん! ここ、テストルームですよ!」
「マジだ。なんで?」
その問いに答えられる者はいない。改めて見まわしても、向きが変わっただけで、先ほどと同じ部屋の中にいる。
「もう一度――いや、やめた方がいいのか」
原因は何であれ、何か妙な力に邪魔をされているのは間違いなさそうだ。祥太郎は少し迷ったあと、部屋のドアを指差した。
「理沙ちゃん、普通に走っていこう」
「そうですね。はぐれないように気をつけた方がいいのかも。才さんもマリーちゃんも、誰も見てない時に消えてますから」
「そうだな。――あっ」
理沙は祥太郎の手を取り、少し戸惑う彼を引っ張りながら外へと向かう。ノブに手をかけ、扉を開いた。
――そこには、ぽっかりと口を開けた闇が待っていた。
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