ヨウコソ、ワガヤヘ 2

「マリーちゃん、どうしたの?」


 理沙りさの声が背後でし、我に返る。ドアのところからこちらを見る二人へ、マリーは急いで手招きをした。


「サイが居なくなっちゃったの!」

「いなくなったってどういう――あれ? ほんとだ、いないね」

「どっかに隠れてるとかじゃないのか? って、そんなことする意味ないか。倒れてたら……分かるよなぁ」


 祥太郎しょうたろうは言って、置かれていたブランケットを捲ってみるが、当然何も出てこない。


「だってPCもつけっぱなしなのよ? わたしは部屋を出てすぐに戻ったから、その間にドアから出ていくのは不可能だし、この見通しの良い部屋じゃ、どこかにいればすぐ分かるでしょう?」

「じゃあこれって、いわゆる密室ってやつなのかな? 出ていくのは不可能なのに、消えちゃって――あっ」


 そこで理沙は小さく声をあげ、祥太郎を見た。


「ん? ――いやいや違う違う、僕は飛ばしてないから」

「でもこの前もあなた、うっかり花瓶をどこかに飛ばしてたでしょ? ボーっとするとそういうことあるもの」

「マリーまで……だって考えてもみてよ。才は僕の視界にはいなかったじゃないか。さすがにボーっとした状態じゃそれは無理だから。あとそんなに僕、ボーっとしてないから」

「なるほど。ここはまず、祥太郎さんがほんとにボーっとしてなかったかの検証から始めるべきなのかも」

「理沙ちゃんひどくない!?」

「ひとまずショータローはボーっとしてなかったということで話を進めるわ。何かサイが消えるきっかけになったものとか、証拠になるようなものがあるかもしれない。探してみましょう」


 それから三人は、テストルームの中をくまなく探し始める。

 その結果、分かったことがひとつ。


渾櫂石こんかいせきがなくなってるの、怪しいよね……」

「『魔王』が中に入ってるみたいにさ、才も中に閉じ込められちゃったとか?」

「そうね……」


 マリーは二人の意見へと曖昧に答えてから、少し考えをめぐらせた。


「サイの分析が正しいならば、渾櫂石自体にサイを閉じ込める力はないと思うの。仮に秘められた力があって、そういうことが起こったのだとしても、渾櫂石も一緒になくなっているのは違和感があるわ」

「確かにそうかもなぁ。じゃあ渾櫂石が光って、一緒になって才を消しちゃったとか?」

「祥太郎さん、それだと部屋のものが全部残ってるのって、ちょっと変じゃないですか?」

「あ。そっか」

「ただ、その力が限定的なら、サイだけが消えるってことはあるのかもしれない。たとえばこう――ビームみたいに魔法の光が出てサイを狙ったとか、サイ自身がちょうど渾櫂石を手に持っていたとか」


 そこで彼女はひとつ、息を吐く。


「でもやっぱり、サイの分析がそこまで的外れだとも思えないのよね。わたし自身がアーヴァーで見聞きしたことを考慮しても。となると、もう一つの大きな可能性の方になるんだけれど……」

「それって――ああ」

「やっぱそれかぁ」


 理沙も祥太郎も、言わんとするところをすぐに理解した。


「そう――『ゲート』よ。けれど問題は、そんな気配は一切なかったってこと」

「才さんも何も言ってなかったし、大体はまずコントロールルームの監視システムに引っかかるもんね」


 理沙は言って、もう一度テストルームの中を見回す。


「何も感じなかったし、あたしたちのあとにマリーちゃんがこの部屋を出て、それから戻って……本当にちょっとの間だよね。そんな『ゲート』ってあるのかな?」

「わたしの記憶にはないけれど……」

「この前、知らないうちに侵略されてたのを考えると、何でもアリって感じはするよなぁ」


 祥太郎の言葉で、『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』の記憶が、皆の中によみがえった。

 マリーはそれを振り払うかのように軽く身震いをすると、腕につけた『コンダクター』に触れる。


「とにかく、もうわたしたちだけの手には負えないわ。マスターに報告して、判断をあおぎましょう」

「それがいいね、じゃあマリーちゃんお願いします! ――祥太郎さん、その間あたしたちで、もう少しだけ現状を再確認しておきません?」

「そうだね、何か見つかれば追加で報告できるし」


 それから異変に気づいたのは、すぐのことだった。当然聞こえるはずのものが、聞こえなかったからだ。


「マリーちゃ――」


 二人は同時に振り返る。そこにマリーは、居なかった。


「は? ――えっ? なんでマリーまでいなくなってんの!?」

「ドアは――閉まってますね。ごめんなさい、あたしが余計なこと言わなければ……」

「いや、でもあんな一瞬の間にいなくなるなんて、僕も思ってなかったし」

「報告するって言ってから、マリーちゃんの声、全くしなかったですよね……? 通信をつなげる前に消えちゃったのかも」


 理沙は自らの『コンダクター』を見る。通信が入った痕跡はない。祥太郎も確認するが、同じだった。


「確かに、何か変な通信記録があれば、僕らの方に連絡来てもおかしくないよな。――よし、直接コントロールルームに行こう。もしマスターが居なくても、スタッフの誰かはいるはずだから」


 それから返事を待たず、転移を開始する。

 景色はぐにゃりと歪み――すぐにまた通常へと戻った。しかし普段とは違い、着地の際に少しバランスを崩してしまう。


「うわっと。……あれ? みんなは?」

「祥太郎さん! ここ、テストルームですよ!」

「マジだ。なんで?」


 その問いに答えられる者はいない。改めて見まわしても、向きが変わっただけで、先ほどと同じ部屋の中にいる。


「もう一度――いや、やめた方がいいのか」


 原因は何であれ、何か妙な力に邪魔をされているのは間違いなさそうだ。祥太郎は少し迷ったあと、部屋のドアを指差した。


「理沙ちゃん、普通に走っていこう」

「そうですね。はぐれないように気をつけた方がいいのかも。才さんもマリーちゃんも、誰も見てない時に消えてますから」

「そうだな。――あっ」

 

 理沙は祥太郎の手を取り、少し戸惑う彼を引っ張りながら外へと向かう。ノブに手をかけ、扉を開いた。

 ――そこには、ぽっかりと口を開けた闇が待っていた。


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