ヨウコソ、ワガヤヘ
ヨウコソ、ワガヤヘ 1
「ショータロー、お願い!」
「よしきた!」
マリーの声に応え、
『ゲートルーム』の一角。そこにはアクアブルーに揺らめく空間が広がっている。大小さまざまな色の魚影が行きかう様子は、巨大な水族館に迷い込んでしまったかのような錯覚を、見る者たちにもたらした。
「また来るわ!」
バラバラに泳いでいた魚の動きが、示し合わせたかのように止まる。サメに似た魚たちは、こちらへと向かい一斉に口を開いた。
再びマリーの結界がそれを防ぎ、祥太郎が能力で押し戻す。先ほどから一進一退の攻防が続いていた。
「リサ、まだなの!」
「ごめん! お待たせ!」
言ってずっと気を練っていた
「マリーちゃん、祥太郎さん、よろしくお願いします!」
そして彼女の手から金色の光が放たれた。
それは解除された結界の一部をすり抜け、祥太郎の能力によって加速する。
「『ライトニング手のひら.net』!」
空間を覆う網となった光は、あわてて逃げようとする魚たちを根こそぎ捕らえた。あれほど沢山あった魚影は、はるか彼方へと飛ばされ、見えなくなっていく。
それから少しの間を置き、『コンダクター』が華やかな音を奏でた。浮かぶ"Complete!!!"の文字を見て、三人はこの『ゲート』での攻防戦が終わったことを知る。
「お疲れ様でした! あたしたちの必殺技、ばっちり決まりましたね!」
「ちょっと待って、ドットコムにわたしを巻き込まないでくれる?」
「マリーちゃん、ドットコムじゃなく、『ドットネット』だよ! 網とネットをかけた、いいネーミングだと思わない?」
「全く思わない」
「そんなー! ――祥太郎さんはどう思います?」
「あー。えーっと……そ、それより、
話を振られないように大人しくしていたものの、キラキラとした瞳を向けられてしまい、祥太郎は急いで話題を変えた。
「また徹夜したって言ってましたね。才さん、ここのところずっとテストルームに寝泊まりしてるみたいです」
「ちょっと行けば自分の部屋があるのになぁ」
「それはもっともな意見だけれど、少しの兆候も見逃したくないんじゃないかしら。ショータローみたいに一瞬で移動できるわけでもないし」
テストルームには、先日『魔王』の研究をした際に使っていた機材などがそのまま置かれている。アーヴァーから持ち帰った
「ねぇ、このままテストルームに寄ってみない? 何か進展があるかもしれないし。わたしも時々アドバイスをして欲しいって頼まれてるの」
「メンバーの中だと、魔術に関してはマリーちゃんが一番詳しいもんね。あたしは構わないけど、祥太郎さんはどうですか?」
「僕もいいよ。今回は終わるの早かったから、そんな疲れてないし」
「ショータローもすっかり仕事に慣れたわよね。……あ、すぐだから、歩いていきましょ」
それから少し雑談をしながら向かったテストルーム。
「うわぁっ! ――なんだ才か。ビックリした」
ノックをし、しばらく経っても返事がないためドアを開けようとしたところ、目の下にくっきりとクマを作った才が無言で出てきた。
「サイ、大丈夫なの?」
「ちゃんと寝ないと体に毒ですよ」
「寝てるっちゃ寝てるんだが……まあ入れよ」
促されて中へと入ると、入り口近くにテーブルやパイプ椅子、寝具などがごちゃっと置いてある。大き目の機材は脇へとどけられ、テーブルの上にはノートPCと渾櫂石、ペットボトルや食事の残骸などが載っているだけだった。
祥太郎たちも隅に立てかけてあったパイプ椅子を持ってきて、思い思いの場所で座る。『魔王』を調べていた時とは違って部屋のだだっ広さが目立ってしまい、何だか落ち着かない。
「それで、何か進展はあった?」
「んー……」
マリーが尋ねると、才は眠そうにうなりながらPCのキーをポチポチと叩いた。それから渾櫂石をつまみ上げて眺める。
「この石さ、色々と手を尽くして調べてみたんだが……」
「分からなかったのか?」
「いや、そうじゃなく――これって、ほぼほぼ『賢者の石』なんだよ」
「賢者の石!? あの伝説に出てくる!? そんなのアーヴァーにゴロゴロあんの!?」
「ちげーよ。『賢者の石』って商品があんの」
「マジックアイテムを作る時の媒体にするのよ。教材としてもよく使われてるわ」
「紛らわしいわそのネーミング! っていうかアリなのかよ?」
「確か
「……僕なんかが口を挟んで悪かったよ。そういう夢のない情報はいいから、さっさと次に行ってくれ」
「ということはつまり、儀式か何かを行わないと、渾櫂石は力を発揮しないってことよね?」
「ああ、恐らくな。俺が今んとこ調べられる限りじゃそうなる。となると、石に特別な力があるっつーよりは儀式とか、アーヴァーの環境そのものの方が大事なんかなって」
「それならルフェールディーズさんたちに、詳しいこと聞いてみたらどうでしょうか?」
吐きだされた溜め息に、理沙が明るい声で返す。
「だけど、儀式のことを教えてくれたとしても、それって『魔王』や『天使』の力を借りるためのものなのよね。わたしたちが召喚術師のオーディションをしたのも、異世界から人を召喚できる能力を欲したのであって、色々と事情がわかった今となっては、
「そうなんだよなー……ま、何かのヒントにでもなるかもしんねーし、聞いてみるのもアリかもしれねーけどな」
そうして少し重くなった空気を破ったのは、またしても理沙だった。
「……あのー、みんなで食堂にご飯食べに行きません? おいしいもの食べたら元気が出て、いいアイディアも浮かぶかも!」
「いいね! 僕もそろそろ何か食べたいなーって思ってた」
「そうよね。さっきお仕事終わったばかりだものね」
皆の視線が才へと集まる。彼も少し笑ってうなずいた。
「だな。俺もここんとこちゃんとしたもん食ってねーし。……ちょっとここ、かたしてくから、三人は先に行っててくれよ」
「分かりました! 先に何か注文しておきますか?」
「でも
「はーい!」
「じゃ、先行ってるな」
三人とも部屋を出て、一番後ろにいたマリーがドアを閉める。
そこでふと思い出したことがあり、再びドアを開けた。
「ねぇサイ、もしアーヴァーに行くなら渡航申請――あら?」
勘違いかと思い、部屋の中へと足を踏み入れる。
「サイ?」
照明もテーブルの上のPCも電源が入ったまま。背後のだだっ広い空間にも、変化は見られない。
才の姿は、跡形もなく消えていた。
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