騎士と姫君 12

「ええい、一体何が起こっている!?」


 国王の部屋からは本来、広場も、処刑が行われるバルコニーも見渡すことが出来る。しかし今は皮肉にも、城を守るために張り巡らされた黒い霧に遮られて状況を把握することができない。

 男はその苛立ちを、近づいてきた足音へとぶつけた。


「遅い! ルディアスはまだか!!」

「そ、それが玉座の間にはおられず……」

「ならばさっさと他の場所も探さんかこの無能が! 早く連れてくるのだ!」

「ははっ!」


 あのパーティーの日、リドレーフェ王女と神器ばかりか、特殊な武器を持たせた精鋭部隊を失ったことは大きな誤算だった。だが混乱に乗じ、転送装置とやらで兵を引きいれることができたし、その後放たれた黒い霧の力は圧倒的だった。味方にも被害は出てしまったが、想像よりもずっと早くにもたらされた勝利。それが今、何者かによってかき乱されようとしている。

 男は窓へと近寄る。ここからオウンガイア国王と王妃の処刑をゆっくりと見届けるはずだったのに、硝子には自らの怒る顔が映っている。最悪の気分だった。


「大帝陛下! 申し上げます」

「今度は何事だ!」


 その迫力に、兵士はぴくりと身を震わせてから、慌てて報告を続ける。


「そ、その……処刑場にいた兵が」

「まさか、やられたと申すのではないだろうな?」

「は――はい、いえ……き、消えてしまい……」

「消えただと!?」

「君は相変わらずうるさい男だね。エルード。拡声器なしでも国中に声が響きそうだ」


 その時、のんびりとした声とともに、部屋へと人が入ってきた。


「ルディアス卿!? 今までどこにおられたのですか!?」

「静かなところで昼寝」


 男はぼさぼさの黒髪を手で撫でつけながら、大きな欠伸をする。


「何を呑気なことを!」

「素晴らしい発明には良質な睡眠が必要だ。城は奪い取れたんだから良いじゃないか」

「それどころではないのですぞ! ――ルディアス卿、曲者に襲われているというのに、この黒い霧は一体何をしておるのです! 転送装置とやらは!?」

「何度も説明した。前提として、材料が足りない。ひとまず首都を制圧し、侵入者を防いでいるのだから十分だろう。しかし、惨状を知りながら恐れずにやってきたとは、その蛮勇を称えるべきなのか」

「そのようなことを言っておる場合か! 城内への侵入を許してしまったのだぞ!?」


 その言葉を聞いた途端、ルディアスの表情が変わった。


「ほう、侵入してきたのか。しかし、何の反応も起こってはいない。となれば……転移能力者」

「何をぶつくさ言っておる!」

「これは面白い。いいだろう」


 言って彼はニヤリと笑う。


「この私が直々に出よう」


 ◇


 二人とも一様に、信じられないという目をしていた。やがて一対は優しく細められ、もう一対からはとめどなく涙がこぼれる。


「……お父様、お母様」


 つられて泣きそうになるのをぐっと堪え、リドレーフェは柱の一本へと乱暴に縛り付けられた二人へと近づく。広いバルコニーには、すでに敵の姿はない。彼女の両脇をエフィーゼとティダウが守り、祥太郎は少し離れてあたりを見ていた。


「リドレーフェ」

「リドレーフェ、よく無事で……」

「お父様も、お母様も……今、縄をほどきますから」


 足が自然と速まった、その時。

 リドレーフェの体が、ゆらり、と揺れた。慌ててティダウがその背を支える。エフィーゼはすぐに剣を抜き、構えた。


 ――小柄な男だった。いつの間にか目の前に立っている。いつか見たのと同じ、フードのついた黒い服を着ていた。そこから伸びる細い手には、黒く光る物が握られている。禍々しい植物のような形の、絡み合う茎の先についた開きかけの花の先は、目を見開いたまま動けずにいる、王妃の顔へと向けられていた。


「――お母様!」

「動かない方がいい。この銃の一撃で、王妃と王だけではなく、広場にも大きな穴が開く」

「貴様――!?」

「何と卑劣な……!」

「ああ、君か」


 男――ルディアスは憤怒の表情を浮かべる騎士たちには目もくれず、その先にいた祥太郎を見つけると嬉しそうに笑った。


「見た目は地味だが、中々優秀な転移能力者のようだね。いいかい――」

「誰が地味じゃぁぁぁぁっっ!!! やかましいわボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」

「――へっ!?」


 そして大したことも言えぬまま、怒れる祥太郎によって吹き飛ばされる。


 ――その後、牧場の藁に頭から突き刺さって身動き取れなくなっているところを発見、無事捕獲された。


 ◇


「盛大なパーティー、というわけにはいかないのだけれど、せめてお茶とお菓子でも召し上がって」


 言ってリドレーフェが皆の前に盆を置く。その上には湯気の立つカップと、パンのようなものが載せられていた。


 彼女の私室だという部屋は、それなりの広さはあったものの、特段華美ということもない。時代を感じさせる家具の上から、たくさんのぬいぐるみがこちらを見ているのが微笑ましかった。


「わぁ、おいしそう! でもお姫様におもてなししてもらうのって、不思議な感じ」

「今はこんな状況ではあるし……お友達だからというのは、駄目かしら?」

「そういえば、もう友達だから気にしないでいいですね。いただきまーす! ……うーん、おいしい!」


 遠慮がちに言った言葉をあっさり肯定され、彼女は少し照れたように視線を動かす。


「うわ、めっちゃ旨い! 体にしみる」

「ワタシも、おなかボコボコだったネ」

「ペコペコでしょ。ちゃんとした食事が中々できなかったものね」


 異界派遣の際には携帯用の食料も持ってはくるが、よほどの非常時でないと食べることはない。少し甘めの茶も、さわやかな香りのする菓子も、戦いの疲れを癒してくれた。


 柔らかな風が、薄いブルーのカーテンを揺らす。それは賑やかな声も運んできた。窓の外を覗けば、城と街をつなぐ道を行き来する人々の姿が見えた。どの顔も明るいというわけにはいかない。城の周囲には、白い花が沢山置かれている。リドレーフェも少しの間、祈るように目を閉じた。


「とっても綺麗ね、メレスティラの町。森も、海も」


 マリーの言葉に、リドレーフェは微笑む。


「でしょう? 秋には光蝶祭こうちょうさいというお祭りが行われるの。国中に蝶の形をした色とりどりの灯りがともって、とても綺麗なのよ」

「すごーい! あたしも見てみたいです!」

「わたくしも、見てもらいたい。――ああ、そろそろ行かないと。オウンガイアの国民も、毎年光蝶祭を楽しみにしているの。そのためにも、今はやるべきことをやらないといけないわ。皆はここでゆっくりしてらしてね」


 各国の代表を始め、生きたまま捕らえられていた人々もいた。しかし凶行の犠牲となり、身元すら判明していない人々も多くいる。城内や町も荒れ、やらなければいけないことは山積みだった。収穫の祝いと同時に慰霊の祭りでもある光蝶祭を例年通り行うことも、皆の心の慰めとなることだろう。


「わたしたちも、あまりゆっくり……という訳にはいかないのよね。また犯罪者捕まえちゃったし」


 振り返った先には、黒い結晶がずらりと並べられていた。一つにはルディアス、他には彼が設置した装置や武器などが入っている。


 この世界にも飽きたと言うルディアスは、それなりに協力的ではあったが、石化や昏睡状態に陥った人々を戻す術は持たなかった。そのため、『アパート』に帰ってから、解術チームへ依頼もしなければならない。


「本当最悪。自分で解けない術をまき散らすなんて」

「あの装置もバラバラにするの、面倒だったよなぁ」

「わたしとザラで念のため魔力のチェックして、ショータローとリサに分解してもらって……あんなに結晶作ったの初めてよ」

「あたしは大丈夫だったよ。バラバラにしてストレス発散!」

「術をイパーイ使うのも、シュギョーなのネ。初めての共同作業ヨ!」

「はいはい、二人はポジティヴで素晴らしいこと」


 そんな四人を見て、くすくすとリドレーフェは笑う。


「だけど、凄かった。魔法みたいで。お父様とお母様も、しばらく固まってたわ」

「魔法みたいじゃなくて、魔法なのよ」

「ふふ、そうだった。……改めて、心からお礼を。あなた方のおかげで、オウンガイアだけではなく、この世界が救われました」

「これはドモドモ、ごていねいに」


 深々と頭を下げるリドレーフェに、ザラがおどけたように返す。


「そういうのはもう、何回もやったからいいのヨ。オトモダチは助け合いネ。リドレーフェもいそがしーデショ?」


 部屋の外からも、慌ただしい音が聞こえてくる。


「ワタシたちもテキトーに帰るネ。んで、またお気楽に会えばいいヨ」

「……そうですね。では皆、気をつけて。お帰りになる時は、良かったらまた声をかけてね。ガルデとエフィーゼも挨拶をしたがっていたし」

「ええ、またね。リドレーフェ」

「またな、リドレーフェちゃん」

「また! リドレーフェさんも体に気をつけてくださいね」


 皆に見送られ、名残惜しそうにしながらも、彼女は部屋を後にする。


「さ、ワタシたちも、ソロソロっと帰るのヨ」

「あ、見てください! 蝶がいますよ!」

「Oh、ウワサの、オウンガイアシラユキね!」


 いつの間に入ってきたのか、真っ白な蝶が一匹、部屋の中を飛んでいる。

 それはまるで挨拶をするかのように、皆の周りをぐるっと一周し、再び青い空へと飛び出していった。


 ◇


「姫様、またここにいたのか。エフィーゼが探してたよ」

「ええ、すぐ行くから、あと少しだけ」


 バルコニーには心地の良い風が吹き、朝の日に照らされた白い石の表面に、薄い青の色が差す。広場を通る人をじっと見ていると、こちらに気づき、手を振る者もいた。それに軽く応えてから、今度は森の方を見る。


「別にその人、この世界にはいないかもしれないんだろ? それならそんなに毎日頑張んなくても」

「でも、いるかもしれないじゃない。いつもここから景色を眺めていたんですもの。その時間を少しあてるくらい、苦ではないわ」

「まあね、ここからの眺めはサイコーだし。おいらも気をつけてみるよ」


 ガルデも笑って、同じように景色を眺めた。


『リドレーフェ、お願いしたいことがあるの』


 去り際、マリーがそう言って、一枚の写真を手渡してきた。


『もし。万が一なんだけど、この人を見かけたら、教えて欲しいの』


 リドレーフェは何も聞かず、ただ頷いた。国中に触れを出そうかと提案したが、それはしないで欲しいと彼女は言った。あくまで内密に――というよりも、本当に万が一出会ったらで良いという。

 妙な話だとも思ったが、そもそも彼女ら自体、こちらの世界の常識には縛られない存在だ。縁があれば会うのだろう。その時には、すぐにわかる自信があった。写真の女性が、マリーによく似ていたからだ。


「あっ、もしかしたらさ、普通に歩いてないで、空飛んでるかもよ?」

「あり得るわね。色んなところを見ないと」

「姫様、ここにおられたのですか! ガルデまで。そろそろご公務の時間ですが」

「エフィーゼも一緒に探そうぜ! エフィーゼは川の方な!」

「貴殿はそろそろ騎士らしい振る舞いをですね――今、何か光りましたよ?」

「やだエフィーゼ、あれは魚が跳ねただけよ」


 少しずつ日常を取り戻そうとしている国の中。

 騎士と姫君は、こうして遠い異国の友を想う。

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