騎士と姫君 11

 その城は、確かに禍々しい空気に覆われていた。

 黒く漂う霧の合間から、時折白い尖塔が顔をのぞかせる。周囲から一段高くなった彼の地だけを包み込む異様な光景は、見るものの不安を掻きたてた。


「あれが、白珠城はくじゅじょう……」


 リドレーフェが震える唇で呟く。エフィーゼも隣で顔を強張らせた後、慌てて周囲へと視線を動かした。

 敵の姿は、ここからは見えない。しかし不思議な力でここまで移動してきたことで上がった解放軍の士気は、再び一気に下がってしまったかのようだった。


「しっかし一日……二日? でこんな状態になるなんて、尋常じゃないな」

「イディスがこれほどまでに力を蓄えていたとは……面目ない」


 祥太郎しょうたろうの言葉に、エフィーゼは唇を噛み、硬い声で答える。


「イディスの国って、元々こんなに強かったんですか?」


 続く理沙りさの無邪気な問いには、周囲から呻きにも似た声が上がった。悔しげな表情を浮かべながらも、誰も反論できない。

 エフィーゼも顔を曇らせたまま、ゆっくりと首を振った。


「……いえ、イディスは新興の国ですから」

「急に、強くなったってことよね?」


 続くマリーには、縦に頭を動かす。


「はい。戦うということはありませんでしたが、情報は入ってきます。国力は貧弱。最近になって不穏な動きをしているとの噂もありましたが……正直申し上げて、侮っておったのです」


 だからこそ、王女の生誕を祝う大事なイベントにも招待することが決められた。オウンガイアだけではない、近隣諸国の代表が集まるその場で、何事かを起こすことなど不可能だと思われたからだ。当然、問題がなければ、親交を深めていく心づもりもあった。


『――皆の者、待たせたな!』


 その時、城の方角から、周囲を震わすような大声が聞こえてくる。


『これより、オウンガイア国王、並びに王妃の処刑を執り行う!』


 二度目の動揺。予定の時刻よりもずいぶんと早かった。エフィーゼたちは鎮まるように合図をしたが、それでもさざなみのような声は収まる気配がない。

 そしてそれは遠方――白珠城を挟んだ反対側、街の方角からも聞こえてきていた。


「街のヒト、わざわざ連れてきたみたい。ラクシュミーなショーね」

「悪趣味、でしょ。同感」

「――姫様!」

「姫さま! 大丈夫かよ!?」


 呟くザラたちの背後では、リドレーフェが蒼白な顔で、今は薄墨色に汚れた城を見つめていた。彼女は震える手で、騎士たちの支えを優しく振りほどく。


「大丈夫です。……それより、これは好機です」


 思いがけない言葉に、絶望的な態度を示していた人々が顔を上げる。


「両陛下はまだ、ご存命ということがはっきりしました。彼の者たちはこちらが何もできないと思い上がり、お二人を見世物にしようとしている。付け入る隙は、十二分にあるということです」


 消えようとしていた希望の光が、ふっと戻ってくる。それぞれに頷きを返しながら、リドレーフェもまた、自らを鼓舞していた。

 小さく聞こえた口笛に顔を向けると、ザラがぐっと親指を立てている。


「プリンセスの言うトーリよ。コッチには、まだまだお年玉があるのネ! テキをコッペパンにやっちゃって、国民の皆々さまにアンシンしてもらうのヨ」

「隠し玉と、コテンパンね」

「だ、だけど、あんたらもそんな強そうには見えねぇし……」


 城での惨状を目の当たりにした男が震える声で言う。勇気を出して一緒に来たものの、あの城の有様を見てしまうと、また恐怖がよみがえってきたようだった。


「別に怖いなら、ここで寝ててもよろしくてよ? わたしたちでちゃっちゃと片づけちゃうから。ね、リサ?」

「皆さん思い出してください! これだけの人数が、祥太郎さんの力で移動してきたんですよ。すごくないですか? あたしたちには、えっと……精霊のご加護ってやつがあるんです」

「そーそーそー」


 気のない相槌を打った祥太郎を見て、皆はあの時の高揚感を改めて思い出した。


「わたくしたちなら出来ます。どうか皆、力を貸してください」


 小さな希望は、若きリーダーのもとで、確かな力へと変わっていく。寄せ集めの解放軍の中に、再び士気とも呼べるようなものが生まれていた。


 ◇


 鈍色の空へと、花火があがる。

 オウンガイアの国民は、不安のまなざしで空を見た。ある者はイディスの兵に無理やり連れてこられ、ある者は国王と王妃のことが心配でここへとやってきた。

 処刑場になるというバルコニーを見上げても、黒い霧が邪魔をして見えない。あの場に立ち、国民へと手を振る気さくな王らを思い出し、涙を流す者もいた。少し離れたこの広場まで時折漂ってくる異臭のもとへと目を向ける勇気を持つものは、誰もいない。

 そんなことはお構いなしに、鮮やかな光は音を放ちながら踊る。まるで己の無力さを嘲笑われているかのようで、人々の気分はさらに暗澹たるものとなった。


「どういうことだ!?」


 しかし、それはイディス側にとっても不測の事態だった。


「はっ。――皆目、見当もつかず」

「馬鹿者! 誰があの花火を打ち上げとるかと聞いておるんだ!」

「いえ、ですから……打ち上げられている場所はそう遠くないと推測されるのですが、その場には誰の姿もなく」

「そんなことが――」


 言いかけて、男は口をつぐむ。思い当たる節があったからだ。何もない国イディスにもたらされた、強大な力の源。


「ルディアス卿はどこだ?」

「はっ。玉座の間にいらっしゃるかと」

「すぐに報せを。処刑場の警備も怠るな!」

「ははっ」

 

 兵士の背中は、すぐに闇へとまぎれていく。漂う黒い霧のせいで、城内は昼間でも暗い。それを眺めていると、略奪の興奮を冷ますほどの寒気がした。


「しかし……」


 男は呟きかけ、慌てて口をつぐむ。誰も近くにはいない。だが、聞かれているかもしれない。そんなことを思わせる圧倒的な力が、ルディアスという奇妙な客人にはあった。


「すべて順調だ。問題ない」


 男は、そう自分に言い聞かせる。

 あの花火を、門出の祝いとしてくれよう。


 ◇


 花火の音は鳴りやまない。赤、青、白、黄――様々な色で空を彩り、陽気な線を描く。

 ざわめきが大きくなった。不穏な空気を感じ取ったからだ。華やかな光に照らされながら、突如現れた汚い身なりの者たちが動き回っている。


「おい、あれ見ろよ!」


 その影はあろうことか、イディスの兵たちを次々となぎ倒していた。


「めちゃくちゃ強いぞ!」


 特に先頭を走る小柄な人物。目深なフードで顔は見えないが、常人とは思えない身のこなしで兵士たちを翻弄している。


「やった! またやったよ!」


 人々は色めきだつ。それは明白に、救けだった。


「あれ……姫様じゃないか?」

「まさか――!?」


 誰かの言葉に呼応するかのように、フードがはらりと取れる。――そこから現れたのは、この国の住民、誰もが知る顔。リドレーフェ王女、その人だった。


「ほんとに姫様よ!」

「生きておられた!」

「姫様!」

「――皆さん聞いてください!」


 どよめきを押しとどめるように、彼女は声を上げる。


「あたしはこの通り無事です! 王――えっと、お父様とお母様は、あたしたちが必ず助けます! だから皆さんは、そこにいる人たちの指示に従って、慌てないで避難してください!」


 近くの兵士に蹴りを入れつつ、指さした方には小柄な少女と長身の女――マリーとザラの姿。

 顔を見合わせながらもゆっくりと移動し始めた人々に、物陰から黒い影が迫った。その魔手は、躓いて転び、母親の手を放してしまった子供へと伸びる。


「危ない!」

「あっち行け!」


 それをすんでのところで押しとどめたのは、細く白い光だった。次の瞬間、男の体は遠くへと飛び、城壁に当たって動かなくなる。


「大丈夫か?」


 女の子は少しの間目を瞬かせてから、差し出された手を取った。


「うん、お兄ちゃんありがとう」

「おいらはジンメイ騎士ガルデだ! 王さまもお妃さまも、姫さまのこともちゃんと守るから、みんな安心してくれよな!」


 人々の中に、希望が急速に広がっていく。たとえ幼く見えようとも、その名を持つ騎士の存在は、この国では大きい。


「ハイハーイ! なごなごしたトコロで、みんなさっさとヒナンしてちょネ!」


 ガルデも手伝い、広場にいた人々は一箇所へと集められた。捕虜となったイディスの兵も縛られ、近くに転がされる。


「で、これからどうするんだ?」

「ガルデたちは、ここでみんなを守っててね。一歩も動いちゃだめよ?」


 返事を待たずに、マリーは扇を取り出し、素早く詠唱を始める。


「『静謐なる臥籠アンアジテイテッド・ケイジ』!!」


 放たれた『綻びの言葉ヒドゥン・スレッド』に応え、地面から立ち上った幾筋もの光。やがて絡み合い、人々を囲む籠を編み上げていく。それを見て言葉を失い、中にはパニックに陥りそうな者もいたが、解放軍のメンバーが鎮めた。


「すげー!」


 ガルデもつい感嘆の声を上げる。見守る中、光の籠は完成した。眩い輝きは次第に落ち着き、淡い光となる。


「ハーイ、ここでイリュージョン!」


 ザラの掛け声で、それはあっという間に巨大な岩へと変わった。中にいる人々の姿も声も、もう確認することはできない。


「ザラ、こんなに大きな岩、不自然じゃない?」

「ときどき、ビックリなものがアラワれる。それが、大自然の珍味なのネ」

「大自然の神秘ね」

「わぁ、おっきな岩!」


 そこへリドレーフェが駆け寄ってきて、巨大な岩を見上げた。


「すごーい、感触もちゃんと岩です! しっかり街への道もふさげてるし、流石マリーちゃんとザラさん!」


 にこにこしている彼女に、マリーはため息をつく。


「あなたね、もうちょっと似せようとか思わないの?」

「あっ、ついうっかり。……ごめんなさいあそばせ」

「もう遅い」

「マーマー、とりあえず何とかなったし、結果良ければあをによし、ネ!」


 ザラがステッキを振れば、リドレーフェの姿は瞬時に理沙へと戻った。


「全てよし、よ。――さて、あちらは上手くやってるかしら」


 三人は揃って、黒い城を見上げる。

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