第10話
肝試しの参加人数は十八人、九組で、男女のペアもいれば、同姓のペアもいた。
峰川先輩と実夏の姿が見えないのが意外だ。
てっきり参加すると思ったのに。
肝試しは、二〇二号室のある二階の部屋を、廊下も含めて真っ暗にして行うということで、私たちはスマホか携帯を持ってくるように言われた。
それが懐中電灯代わりらしい。
二人一組になって、まず、二〇一号室に置いてあるお線香を取る。
次に二〇三号室で火種から火をつけ、二〇二号室の真ん中に設けられた祭壇に備えて、そこにある札を取ってくるのがミッションだ。
……かなり悪趣味な内容だ。
鉄吉は、二〇二号室の幽霊を怒らせるようなことをしなければ大丈夫って言ったけど、この企画は、幽霊に見過ごしてもらえるんだろうか。
持ち時間は一組五分で、順番がくるまでは三階で待機することになっている。
階下からは、何度も悲鳴が聞こえてくるが、運営側が慌てていないところを見ると、想定内のことらしい。
とすれば、二〇二号室の幽霊が何かをやらかした、ということでもなさそうだけど、肝試しを終えた人は一階に下りてしまうので、何が起きての悲鳴なのかわからないのが怖い。
私たちの前の組が出発する。
「お前らで最後だし、俺、宴会場のほう見てくるから、五分後に出てくれる?」
鴨居先輩が言い置いて、さっさと階段を降りていく。
待機場所には私たち二人だけとなり、下から聞こえる悲鳴が余計大きく聞こえた。
私は唾をごくりと飲み込んだ。
どうか二〇二号室の幽霊が、怒りませんように、と心の中で祈る。
「のりちゃん、怖いの?」
「あ、えと、はい」
怖いのは事実なので、素直に頷くと、高木先輩がそっと手を出した。
「いいよ」
「?」
どういうことだかわからず、先輩を見上げると、ぎゅっと手を握られた。
「つかまってていいよ。そのほうが、怖くないでしょ?」
どひゃー!
頭の中が真っ白になる。
先輩と、手、手、手をつなぎましたー!
頭の中で大絶叫だ。
さらっとして、温かい先輩の手に、湿った私の汗ばんだ手が包まれてるっ!
恥ずかしいやら、嬉しいやらで、そわそわしているうちに、五分が経っていたらしい。
「行こうか」
先輩に促され、私はぎくしゃくしながら、階段を降りた。
二階は非常灯以外が消されているうえに、廊下側の窓は雨戸が閉めてあるため、先輩が持つスマホの明りだけでは心もとないほどに暗かった。
ちなみに、私の携帯はほとんど光源として役立たずなので、ポケットから出してもいない。
先輩に手をひかれるようにして、二〇一号室の前を通り過ぎる。
「あれ? 先輩、二〇一号室は……」
「しっ。ちょっと黙ってて」
先輩の歩調が速くなり、私は半ば小走りでついていく。
二〇一号室ばかりか、二〇二号室も通り過ぎ、先輩は先に進んでいく。
このまま行くと、突き当たりは非常階段だ。
外に出るのかなと思ったとき、先輩の足が急に止まった。
止まり損ねて、先輩の背中にどんとぶつかる。
「いたた……」
鼻をさすりながら、先輩が見つめる先を見ると、スマホの弱い光に照らされた二〇五号室のプレートが浮かび上がっている。
素早くドアをあけた先輩が、私の手を強く引いた。
反動で、転ぶようにして室内に入ってしまう。
「あの、先輩、ここ?」
立ち上がり、わけがわからずに、私は高木先輩を見上げた。
室内は暗くて、先輩の表情がよく見えない。
「二〇一、二〇三号室には峰川たちがいてね。みんなを脅かしてたんだ。肝試しだから、怖い出来事が必要でしょ」
「私たちは行かなくていいんですか?」
「いいさ。からくりを知ってて行ってもつまらないだろ? そもそも、二〇二号室の幽霊騒ぎ自体、捏造なんだから」
「え? どういうことです?」
そんなはずはない。鉄吉は幽霊がいるって言ってた。
私の声が、少し非難めいて聞こえたのか、先輩が弁解するように続ける。
「まあ、女の人が死んで、気持ち悪いから開かずの間にしたってのは本当みたいだけど、それを怪談に仕立てて、肝試しに利用したのは、鴨居先輩や峰川たちだ」
「どうしてそんなことを……」
「山水荘のオーナーは鴨居先輩の親戚だ。経営不振なのを相談されて、目玉になる何かを探してたんだって。肝試しはなかなか面白いだろ?」
なるほど、そういうことか。料理はまずい、設備は古いでは、琵琶湖で泳げる時期以外は苦戦しそうだ。
幽霊も季節ものだけど、年中楽しめるなら、需要はあるのかも知れない。
腑に落ちたが、それと私がこの部屋にいることとは関係ない気がする。
「で、どうしてここに?」
先輩が一歩踏み出した。
なんとなく圧迫感があって、私は少し後ずさる。
「のりちゃんと少し話したかったからね」
また一歩、先輩が近づくから、私は少し下がった。
「のりちゃん、俺のこと、ずっと見てたでしょ。高校時代から、ずっと」
「は……はい」
やっぱりバレてた。
羞恥心で顔が熱い。
「俺ね、のりちゃんのこと、正直趣味じゃなかった。でもさ、最近、どんどん可愛くなって、ほっとけなくなった。他の男のものになる前に、俺のものにしたいって思うようになってきたんだ」
信じられない言葉に私は呆然と先輩を見つめた。
これは喜ぶべきことなんだろうか?
私が先輩を好きな気持ちが通じていたと、先輩が答えてくれたと、そう思っていいのだろうか。
だけど、なんか、しっくりこない。
どこか、何かが違うような気がする……。
月明かりが窓から差込み、先輩の顔を青白く浮かび上がらせた。
見たことがない先輩の顔だった。
いつものように整った顔なのに、そこにあるのは優しさではなく、飢えた獣のようなすごみだ。
怖い。
何故だか、そう感じた。
後ろへ再び下がる。
「どうしたの? 何で逃げるの? 俺のこと、好きなんでしょ?」
「先輩のこと、素敵だと思ってます」
緊張で口の中がからからだ。
つばを何度も飲み込みながら答えると、先輩は満足そうに笑った。
「でしょ? だったら、問題ないじゃん。俺のものになってよ。人目を気にしてるなら大丈夫。この階には、最低一時間は誰も来ない。そういうことにしてあるから」
その言葉に、これから先輩が何をしようとしているのか、私はおぼろげながらもようやく悟った。
と同時に、大混乱が襲ってくる。
心の準備が出来ていない。
勝負下着じゃないとか、今日はまだ風呂に入ってないとか、そういう初歩的なこともだけど、それは別として、先輩とそういう関係になるなんてことは、考えたことがなかった。
だって、世界がひっくり返っても、こんな展開になるとは思ってなかったんだもん!
「先輩、ちょっと、待ってください」
あわあわしながら顔の前で両手を振ると、先輩に腕をとられ引っ張られた。
抗いようもなく、抱きしめられてしまう。
嬉しいと思うどころか、恐ろしさがこみあげてきた。
「先輩。いきなりこんなの困ります」
「誘ってきたのはのりちゃんでしょ? 思いを寄せてる男と二人で暗闇に行こう、なんてさ」
もがく私の耳元で、先輩が囁く。
香水の匂いに、全身が包まれた。
きつい香りのせいか、目がちかちかした。
「違うんです! 私、恋愛経験値ゼロで、初心者なんです。だから、そういうこととか、全然わからなくて」
「わからなくて誘うんだ。危ないな。相手が俺でよかったよ。俺、優しいから」
ああ、伝わらない。
うまく言えない。
「高木先輩のこと、好きだと思ってました。でも、いきなりこういうのじゃなくて、もっとゆっくりと、お互いのことを思いあえるような、そういうのがいいんです」
半分涙声になった私に、先輩が笑いかけた。
「そういうまっさらなところがたまらないね。他の奴に、絶対先を越されたくないって思う」
「彼女は? 彼女がいるって聞きましたよ!」
「ああ、いるよ。でも、それはのりちゃんとは関係ないよ。今はのりちゃんがいい」
ふわっと体が持ち上がり、あっという間に布団の上に倒される。
先輩には、私の気持ちが伝わらない。
言ってることを理解しようとしてくれない。
先輩に悪気がないように見えるのが、私をさらに絶望させた。
違うのに。
こういう好きじゃないのに……。
そんな自分の思いに、はっと気がつく。
そうだ。
私は先輩とこうなることを、本当は望んでいなかった。
私が先輩に抱いていたのは憧れだ。
こんな人で、きっとこうしてくれるという思い込み。
私は先輩のこと、自分の思うように美化していて、本当の先輩を何も見ていなかったんだ。
こんなところで気がつくなんて、私って、馬鹿だ。大馬鹿だ!
月光を受けた高木先輩の目が、爛々と輝いて見えた。
恐怖に身がすくむ。
のしかかってきた先輩の手が、ブラウスの中に入り込もうとし、もうだめだ、と思ったときだった。
「お前か、私を裏切ったのは……」
地の底から響くという形容がぴったりの、おどろおどろしい声が部屋に響いた。
高木先輩の手が、ぴたりと止まる。
「今の声、のりちゃん?」
私はぶんぶんと首を振った。
「私というものがありながら、他の女に手をだすとは……」
低い声が響いた瞬間、突如として、床から女性の顔がにゅるりと出てきた。
「ぎゃー!」
先輩と私の声が重なった。
二〇二号室の幽霊だ。
なんで二〇五号室に出てきたのかはわからないけど、絶対二〇二号室の幽霊だ。
頼子さんはこんな顔じゃない。
こんな、ほぼ白目で、口から血をたらしたようなものすごい顔じゃないーっ!
「な、な、なんだ、こいつ?」
身体を押さえつける先輩の力が弱まったすきに、なんとか身体を起こしたものの、足が震えて立つことができない。
「み、峰川なのか? 脅かすなよ! 悪ふざけするな!」
高木先輩があたりを見回しながら大声で言った。
「先輩、違います! これ、本物ですよ」
幽霊は上半身まで床から抜け出ており、何かを求めるように、手をせわしなく動かしている。五本の指が白い芋虫のように、床を這いまわった。
相変わらず、目は白目に近く、どこを見ているのかわからない。
それが一層不気味さを増していた。
「そんなわけないでしょ。幽霊なんていないよ。いるはずないんだから」
高木先輩の顔がひきつっている。
その視線は、幽霊に釘付けだ。
本当は先輩も、これがいたずらじゃないとわかっているはずだ。
だけど、それを認めると、恐怖のあまり、正常な自分を保てなくなりそうなんだ。
先輩は急に立ち上がると、脱兎のごとく、ドアに向かって突進した。
勢いあまったのか、ドアに体当たりした先輩は、ドアノブをがちゃがちゃ鳴らしている。
すぐにでも部屋から出て行くはずだが、様子がおかしい。
「おいっ! 誰かいるのか。ドアを開けろ! 開けてくれっ!」
どんどんとドアをこぶしで叩き、叫びながら、最後には蹴りまで入れている。
まさかっ!
全身の産毛が逆立った。火事場のなんとやらなのか、足が急に動いた。
私は幽霊を見ないようにして、全力で窓へと走った。
作りは私たちの部屋と同じで、鍵をあければ簡単にあくはずの窓。
震える指で鍵を開けて、窓を開こうと腕に力を込める。
窓は一ミリたりとも動こうとしなかった。
鍵は確かにかかっていないのに……。
幽霊を振り返る。
ドアに張り付いた先輩も、同様に幽霊を振り返っていた。
幽霊がゆっくりと床から全身を現していく。
黒と思しき長袖の上着、厚ぼったそうなスカート。
ああ、この人は寒い時期に亡くなったんだ。
そんなどうでもいいことを考える。
音もなく、ふわりと宙へ浮上した幽霊は、一瞬のうちに、先輩の前に移動した。幽霊の影になった先輩は、私からは見えない。
「ぎょえあー!」
情けない悲鳴をあげた先輩が、はいはいの姿勢で、幽霊の下をくぐってこようとしている。
その頭上、幽霊が先輩の首に、ぺたりと手をかけたように見えた。
「私がどんなに、悲しく寂しかったか、お前にわかるか? 裏切られ、それでも信じていた私を、お前は手ひどく捨てた。あの女ともども、呪い殺してやればよかった。お前を許さない、許さない、許さないイイイイっ!」
くるりと振り向いた幽霊が、くわっと口をあけ、先輩にのしかかる。
幽霊は先輩を誰かと勘違いしてるんだ。復讐を果たすべき相手だと思っている。そうじゃないとわかってもらわなくちゃ!
「お、落ち着けえ。違うんだ。俺は悪くないんだあ!」
床に這いつくばった先輩が絶叫した。
先輩も気がついたようだ。誤解を解けばいいことに。
私はこぶしを握り締めながら頷いた。
そうよ、高木先輩が幽霊に襲われる理由はないんだもん。
幽霊を傷つけ、失意のどん底に落としたのは、私たちと関係のない、はるか昔の男性なんだから。
「いいか、良く見ろ、あの女だ。あれが、俺をたぶらかした。俺はお前を裏切ってない。悪いのは全部、あの女だ。あの女こそ、すべての元凶だ!」
先輩が私を指差した。
「え?」
私はあまりのことに絶句した。
先輩の震えすぎた指先は、どこを示したいのかわからないほど大きく揺れていたが、指をさされる対象は私しかいない。
幽霊がゆっくりと顔を上げる。
「そ、そ、そんなっ!」
幽霊の白目に、今、ロックオンされたような気がするんだけどっ!
先輩をつかんでいた手を離した幽霊は、ふわりと再び宙へ浮かんだ。
やっぱめっちゃこっち見てるー!
あんまりだ。
先輩は自分が助かりたい一心で、私を売ったんだ。
わざわざ、誤解を利用して、恨みをこっちに向けさせたんだ。
そのほうが、早く幽霊から開放されるとふんだんだわ。
同じ女性として、少しはわかる。
ほれた男に、女性ははやっぱり弱い。怒りは普通、浮気相手に向くもんだ。
ほら。もうしっかり、彼女は私を狙ってるもん。
「ち、ち、違うー!」
叫んだ私めがけて、幽霊が飛んでくる。
「許さない。今度こそ、逃さないぞオオォ!」
幽霊の目がぐりんと回転して、一転、洞穴みたいに真っ黒になった。
もう駄目だ!
私は顔を両手で覆って、しゃがみこんだ。
そのとき、部屋にドンと大きな音が響いた。
続いて強烈な光が、私と幽霊を照らし出した。
「う、あ……。まぶしい……」
幽霊がうめく。
「のりちゃん、大丈夫?」
光の向こうから、私がよく知る幽霊、頼子さんの声が聞こえた。
声が出せず、ただ頷く。
「消滅させるか?」
続いて聞こえたのは鉄吉の声だった。
「待って。まだ間に合うかも。それ、消して。あたしにも辛い」
「猶予は一分だ。それでもダメなら、容赦しない」
光が消える。
あたりの暗さに目が慣れてくると、私の目と鼻の先で、二〇二号室の幽霊が固まっているのがわかった。
両手をすとんと体の横に落とし、気をつけの姿勢で宙に浮いている。
頼子さんが、ふわふわと側に飛んできた。
「
幽霊の指先がぴくりと動いた。
「和美ちゃん、正気に戻って。悪霊になっちゃったら、消されちゃうよ!」
頼子さんが、幽霊の手をとる。
「ぐあっ!」
吼えた幽霊がさっとその手を振り払った。
「待って!」
鉄吉が動こうとしたのを手で制し、頼子さんは幽霊にぎゅっと抱きついた。
「和美ちゃん。あたしよ、頼子よ」
もがく幽霊を押さえつけるように、腕に力を込めている。
「お願い。戻ってきて。あんたの憎い敵はやっつけた。もういないわ」
幽霊が動きを止めた。
「もういいの。終わったんだから。あんたは随分長いこと、頑張った。もう終わったのよ」
刹那、幽霊の体から、力が抜けたように見えた。
見る見るうちに、幽霊の口のまわりの血の跡が消え、目が普通の人間のそれに戻っていく。
頼子さんと二人して、幽霊はペタンと床に落ちた。
「頼子さん……私、どうして……」
少しハスキーな女性の声が聞こえた。
「間に合った。良かった!」
頼子さんが、万歳のポーズをしながら、後ろにひっくり返った。
なにがなんだかよくわからない私のそばに、鉄吉がよってくる。
「大丈夫か?」
「あ、うん。何とか」
そう言った私は先輩の姿が見えないことに気がついた。
私を囮、いや、生贄にして、逃げおおせようとした先輩を気遣ってやる義理はないけど、いったいどこに行ったのか気にはなる。大丈夫だったのかな?
「高木先輩か?」
キョロキョロしている私に鉄吉が言った。
「うん。無事に逃げたかな?」
鉄吉が黙ってドアを指差した。
「俺がドアを蹴破った。そして、奴はその前にいた」
見ると、倒れたドアは斜めになっている。
下に挟まっているのは――先輩だ!
「大変! 助けなきゃ!」
「しばらくほっとけばいい。死にはしない」
「でも……」
鉄吉の目線に気がついて、私は口を閉じた。
視線をたどって、自分の胸元を覗き込むと、ブラウスのボタンが外れて、下着が大きく見えている。
「見、見、見たわね!」
急いでブラウスのボタンを留めなおすと、私は鉄吉を睨んだ。
鉄吉がすばやく目を逸らす。
「お前にそういうことをしたやつを、俺は介抱してやる気はない。ドアの下でしばらく伸びてるくらいでちょうどいい」
鉄吉は苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。
「そういうことって……」
私は慌てた。
鉄吉は私と先輩がどこまで、何をしたと思ってるんだろう。まさか、結ばれちゃったとか、勘違いしてないよね?
「み、未遂だから。まだ、何もされてないからねっ!」
「……何が未遂だ。人気のない場所に連れ込まれただろ?」
「へ?」
そういうことって、そっちですかっ!
紛らわしい言い方するから、いらんことをカミングアウトしたわ、恥ずかしい。
「俺は、お前と男が暗い部屋に二人きりでいるのは嫌だ。それが誰であっても、たとえお前が望んでいても」
鉄吉の声は真剣で、私はその言葉の意味をどう取ればいいのか混乱した。
その台詞を素直に受け取れば、鉄吉は、私のことを好きだと思っているということになるような気が……。
でも、でも。
ぶんぶんと首を横に振る。
鉄吉は高木先輩の彼女が好きなはず。
それに、下村先輩ともキスをしてた!
いかん、いかん。
自分に都合いいように考えちゃいかん。
「和美ちゃん、どうしたの?」
頼子さんの慌てた声が聞こえた。
見ると、二〇二号室の幽霊の全身が淡く光っている。
「成仏するんだ」
鉄吉が落ちついた様子で言った。
「私……成仏できるんですか?」
「和美ちゃん、良かったね」
頼子さんがバンバンと和美さんの肩を叩く。
「頼子さんが来てくれなかったら、私、ずっとあの部屋に憑いていたはずです。意識ははっきりしていなかったけど、とても寂しかった。頼子さんのおかげで、こうして意識を取り戻して、成仏までできるなんて……」
「まさかあんたの成仏条件が浮気男への復讐だったなんて、びっくりしたど、一石二鳥じゃん! あたしたちも助かったし、あんたも成仏できる。終わりよければ、すべてよし、よ。ありがとうね、和美ちゃん!」
「こちらこそ、ありがとうございました。頼子さんも、急いで下さいね」
微笑む和美さんを包む光が、輝きを増した瞬間、その姿がふっと消えた。
「おお、成仏するときって、こんなふうになるのね。初めて見た」
感心したように言う頼子さんに声をかける。
「頼子さん、説明して。いろいろ聞きたいことがあるの」
びくりと身体を震わせて、頼子さんが振り向いた。
「怒ってる?」
上目遣いに聞くから、私は大きく頷いてやった。
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