第3話

 ご飯を食べようという実夏の誘いを、お金がないとは言えず、バイトがあるとごまかして部屋に帰ると、幽霊はいつもの場所に座っていた。

 弾むような気持で、私はサークルでのみんなの反応を報告した。

「褒められちゃいました。友達にも好評だったし、頑張った甲斐がありました。幽霊さんのおかげです。で、高木先輩にまでかわいいって言われちゃったんです。もう嬉しくて。舞い上がりそうになりました」

「見てた」

 ぴしゃりとそう言われた。

「へ?」

「どんなもんか気になって、見に行ったから」

 ……保護者ですか、あなたは。

「まあ、それはいいけどさ」

 幽霊はなんだか不機嫌だ。

「何か不満でもあるんですか? あなたの言ったとおりに、化粧と服装を考えて、先輩に見直してもらったのに」

 てっきり一緒に喜んでくれると思ってた私は、ちょっと戸惑った。

「あいつ、やめといたほうがいいわ」

「え? 何を突然……」

「あれは、自分のことが一番大事なタイプね」

 決めつけるような言い方に、ムカッときた。

「先輩のこと、今日、見ただけなのに、なんでそんなこと言うんですか?」

「見ただけでわかるわよ。まだ青二才のくせに、女のくどきかたがうまいもん。あんたとの距離、恋人同士かってくらいの近さだったじゃない。あれ、わざとだと思うわ。あんたが自分に気があるってのをわかってる」

「まあ、バレてないとは言わないけど……」

 先輩の前で赤面するのは日常的だし、高校時代から熱いまなざしで見つめてたもんね。

 鉄吉にだって言われてしまったし、それは否定できない。

「そこよ、そこ。相手が自分のことを好きだと自覚してるのに、あの男ったら、もし伝われば、絶対にあんたが傷つくようなことを平気で言ったんでしょ。事実、あんたは外で聞いてたわけだし。それだけでも酷いのに、ちょっと可愛くなったと思ったら、急に手のひらを返すようなことをする。最低な男だわ」

「さ、最低って、そこまで言うこと、ないと思います」

 ずっと好きな人のことを、ここまで悪く言われて、反論せずにいられない。

「幽霊さんは先輩がどんなに優しいか、知らないからそんなふうに思うんです。友達思いだし、生徒会会長とかやっちゃうくらい、人望もある人なんですよ」

「それは外面がいいだけ、とも言えるでしょ。あんただって、彼のこと、全部わかってるわけじゃないもの。とにかく、あいつは駄目。あんたを幸せにする人を見つけなさい」

「でも、そんな簡単にあきらめられないよ」

「とにかく、あいつから誘いがあってものっちゃ駄目よ。絶対に、あんたが泣くことになる」

「そんなこと、わからないじゃないじゃないですか。幽霊さん、私の恋を応援してくれるんでしょ? 先輩のことが好きだから、私だって頑張ったのに……」

 そこまで言ったとたん、涙が出てきた。

 一緒に喜んでもらえると思ったのに。

 なんでそこまで先輩を否定するんだろう。

 さっきまでの舞い上がるような気持ちが、ずぶぬれになった布団みたいにずしりと重くなってしまった。

「ごめん。頭に血が上ったみたいね。……しばらく消えるわ」

 そう言うと、幽霊はすっと姿を消した。

 ティッシュに手を伸ばそうとして、積んであった雑誌を蹴っ飛ばしてしまった。

 足の小指に激痛が走る。

 呻いて床に突っ伏すと、零れ落ちた涙がカーペットに染みを作った。

 幽霊にお礼を言うどころか、喧嘩をすることになるなんて。

 じんじんする小指の痛さよりも、心のほうがはるかに痛かった。



 翌日は、幽霊に言われたことが頭を離れなかった。

 ついつい、考え込んでしまい、バイト先で忙しい昼時に二回もミスをして、怒られてしまった。

 四時で上がりだったが、部屋に帰り辛く、本屋で時間をつぶす。

 でも、それも二時間程度で限界だ。

 帰ったら、気まずいなあ。

 そう思いながら、日が落ちかけた薄暗い道をとぼとぼと歩いていると、耳に覚えのある声がしたような気がした。

 目をやると、高級そうな車の横で、男女がなにやら言い合っている。

 清美の声に似てるなと思ったら、本当に清美だ。

 服装がいつもより大人びた感じだし、髪もセクシーさ満載のアップにしているけど、眼鏡をかけたときの私の視力は、なかなか優秀だったはずだ。

 これまた高級そうな服装の男が清美をなだめるように抱き寄せようとしたとき、パチンと音がした。

 清美が平手打ちをしたのだ。

 初めてみました、生平手打ち。

 されたほうの男は、唖然とした表情を浮かべている。

「さよなら」

 叫ぶように言った清美が、こっちへ駆けてくる。

 咄嗟にどこかに隠れようとしたけど、ちょうどいい場所がない。

 あせって、傍らにあった木にかかった札を読むふりをする。

 ふむふむ。さるすべりね。ほんと、木の肌がすべすべだわ。

 ……あきらかに不自然だわ。

 車が走りさる音とともに、私の後ろをヒールが立てる硬い音が通り過ぎた。

 男は清美を追いかけなかったようだ。

 と、通り過ぎた足音が止まった。

 つかつかと、こちらに足音が寄ってくる。

「のりちゃん」

 声をかけられて、私はどういう表情をしてよいかわからず、迷ったすえに、何事もなかったように返事をすることにした。

「あ、清美。偶然だね、こんなとこで」

「変なとこ、見られちゃったね」

 清美が顔を伏せた。

 やっぱり、見てたってばれてる。

 気、気まずいわ。

 清美は何も言わず、ただうつむいている。

 胸元がざっくりあいた黒のワンピースに、白の透け素材のカーディガンを羽織った清美は、いつもより数倍美しく見えた。

 プライベートにかかわることを聞いていいのかどうかがわからない。

 でも、ここで、じゃあねと言うのも友達としてどうかと思うし、この重い沈黙にこれ以上耐えられそうもない。

「あの人、彼氏なの?」

 どう言うのがスマートか考えてもわからず、結局、直球を投げてしまった。

「あたしは彼だと思ってた。でも、違ったみたい」

 その声に泣き出しそうな気配を感じて、なんだか焦ってしまう。

「あの……私でよかったら、話を聞くよ。恋愛経験ゼロで、何の役にもたたないかも知れないけど、口は堅いです」

 清美がふふっと小さく笑った。

 公園のベンチに並んで腰をかける。

 何から話そうか迷っているのか、清美はなかなか口を開かない。

 カレーの匂いが、漂ってきた。

 公園のすぐそばにある、家の窓に明かりがともる。

 そこにふわりと見慣れたスカートが重なった。

「幽霊さん!」

「幽霊?」

 清美が怪訝そうに聞き返した。

「いや、なんでもない。夕闇が濃くなってきたなあ、とか言おうと思って」

「そういえば、暗くなってきたね。もう七時半過ぎたもんね」

 清美が腕時計を見る。

 その頭の上に浮いている幽霊が、険しい顔つきで私に話しかけてきた。

「ちょっと、清美ちゃんと一緒にいたあの男、誰っ!」

 興奮しているようだ。

 昨日の言い合いのことはすっかり忘れているみたい。

 私ばっかり悩んでいたのかと思うと、腹立たしい。

 こっちはどうやって仲直りしようだとか、高木先輩について言われたことを考えたりで、店長に怒られる羽目になったというのに。

「ねえ、清美ちゃんとあの男の関係は?」

 しつこく聞いてくるので、頭の中で答えてやる。

 ――いちおう彼氏だったみたいですよ。

「やっぱり彼氏! あんなのが彼氏!」

 幽霊は頭を抱えて身もだえした。

「あいつ、やばいよ。憑いてるよ」

 ――え? 運がいいってことですか?

「違うわよ。運がいいとかそういうツキじゃなくて、憑いてるの。あたしみたいのが!」

 ――ええっ! て、ことは、幽霊が?

「そうよ、そうよ。幽霊って言っても、あたしと違って、あっちはがっつり悪霊よ。絶対そうよ。死んだことも気がついていないみたいで、ただ恨めしげに、じっと見てるの。こうやって……」

 幽霊は手をだらーんと下げて、下を向き、首を妙な角度に曲げながら、こちらに顔を向けた。顔のあたりはいつもどおりよく見えないのだが、たぶん睨んでいるのだろう。

 顔が見えないにしても、冗談ではなく怖い。全身鳥肌が立つ。

 ――うわっ。めっちゃ怖いです。嘘でしょ、そんなホラー映画みたいなの。

「あたしもさ、初めてみたわ。意識をちゃんと持った幽霊になってから、そんなに長いわけでもないしねー。幽霊の世界のおきてとか、まだよくわかんないんだけど、あの幽霊はまずいわ。男を不幸にする、もしくは自分の世界に連れてこうとするオーラがバンバン出てたもん」

 ざわざわと鳥肌が立つ。

 そんなザ・怪談みたいなこと、本当にこの世界にあるだなんて。

 いらん事を知ってしまった。この先、心霊スポットには死んでもいかないことにしよう。

「幽霊が憑いているってことなら、あんたもまあ、おなじようなもんだけど、あいつの場合は、何か悪さをしたから恨まれてるってことでしょ。しかも女よ。さすがに殺したってことはないとは思うけど、自殺させたかも知れないわ。清美ちゃんもなんかトラブってるみたいだし、絶対、つきあっちゃ駄目な男よー! それどころか二度と会っちゃ駄目!」

 幽霊は一人で言って、一人で身もだえし、私にぐいっと迫ってきた。

「いいこと? 清美ちゃんに、あいつとは付き合わないように言うのよ。今にあいつには、ものすごく悪いことが起きる。それどころか、あの女の幽霊が、清美ちゃんに悪さする可能性だってあるんだから」

 ものすごい剣幕に押されて、あたしはぶんぶん頷いた。

「のりちゃん?」

 清美が怪しい動きをする私を警戒したのか、おそるおそるというように声をかけてきた。

「な、何でもないの。蚊がよってきたみたいで。私の血って美味しいのかな、あはは」

「……ごめん。時間かかっちゃって。のりちゃんをつきあわせてるのに」

 そう言って、ベンチから立ち上がった清美は、何かを吹っ切ったように話し始めた。

「うちの家ね、こどものころから貧乏だった。友達と同じものを買えなくて、仲間外れになったり、好きな子とデートするお金が出せなくて、別れちゃったり。そんなことが、いっぱいあった。きらびやかな世界に行きたいし、何にも心配しなくて済む生活をしたい。生活のためにバイトしながら、本当にそう思ったわ。それで、友達の紹介で、時給の高いホステスのバイトすることにしたの。そしたら、あたしの知らない世界がそこにはあった。華やで、お金があって。でも、あたしには、合わなかった。一応、高級な店だったから、柄の悪い客はこなかったけど、指名を得るために、際どいことを求める人もいてね。先輩は上手にあしらっていたけど、あたしにはそこまでスキルもなくて。そんなとき、彼に出会ったの。優しくて、お金があって、あたしにホステスを辞めて、彼女になってくれって言ったの。何不自由させないからって。夢を見てるみたいだった」

 清美は本当に夢を見ているかのように、遠くに視線をやって微笑んだ。

「それで、会ったその日に彼と寝たの」

 寝た?

 私は自分で自分に問う。

 普通にぐーぐー寝たわけじゃないよね。それは、その、つまり男女間の最終的ないろいろを行ったというアレでしょうか。

「清美! それ、早くない? 普通はお互いに好きだってわかってから、なんだかんだあって、で、それは最後の最後の出来事でしょ」

 つばを飛ばす勢いで言うと、清美は困ったように首をかしげた。

「断りきれなかったの。彼はあたしを好きだというし、大切にするって言ったわ」

「で、大切にしてくれたの?」

 そう聞くと、清美は目を伏せた。

「彼に嫌われたくなかった。お金も地位もある人だもの。そんな人に選んでもらえるなら、ちょっとくらい我慢すればいいと思ったの」

 清美の目に涙が光った。見る見るうちに盛り上がった涙は、目の端から零れ落ちる。

「でも、違ったの。彼はあたしのことを何も尊重してくれない。いつ会うのか、どこに行くのか、何をするのか、何を食べるのか。全部自分の思うとおり。そのくせ、口だけは優しかった」

「清美……」

 私は立ち上がり、そっと清美の背をなでた。

「お金は全部出してくれるし、たまにはプレゼントもくれる。最初は喜んでたのに、だんだん自分が惨めに思えてきたの。あたし、お金で自分を売ってた。そう気がついた。馬鹿だよね、あたし」

 震える肩をそっと抱きしめる。

「馬鹿じゃないよ。私、恋愛について、よくわかってないけど、清美はさっき、別れる覚悟でビンタしたんでしょ? それはお金より自分が大事だって、ちゃんと気づけたからじゃないの? だったら、自分で自分を守った。馬鹿じゃないと思う」

「でも、まだ未練があるよ」

「彼に? お金に?」

 少し考えて清美は小さく言った。

「お金」

 不謹慎だけど笑えてしまう。

「なら、大丈夫だよ。お金は、彼しかもってないものじゃないもん。清美は可愛いし、頭もいい。これから就職したら、頑張り次第で、いくらでもお金を稼ぐことができるんじゃないかな。今回痛い思いをしたのなら、今度はきっと間違わない」

「そうかな?」

「そうだよ。あと、これはとっておきの情報だけど……」

 私は清美の耳の側に口を寄せた。

「彼、悪霊がついてるよ。私ね、たまに霊感がはたらくの。一緒にいないほうがいいよ」

「うそっ?」

 清美が目を見開き、口に手を当てた。

「マジなの? 今まで一緒にいたよ。うつってない? あたし、連れてきちゃってない?」

「ないない。清美にはついてない。車に乗って、一緒にあの男と行っちゃったよ」

「本当? あたし、幽霊って、大嫌いなの。そういうことなら、もう会わない。あの人と、絶対会わない」

 清美がぐっとこぶしをにぎりながら宣言した。

「よし! 一件落着!」

 満足げに幽霊がそう言った。


 家に帰ると九時を回っていた。

 清美から濃い話を聞いたせいか、頭がくらくらする。

 なんだか食べる気がしない。

 冷蔵庫から出したカロリーゼロの飲み物を手に、文机の前に座る。

「ご飯、食べないの?」

「暑くて食欲がないから食べなくていいかな」

 髪をいじっていた幽霊がばんっ、と机を叩いた。

 実際に音が出て、びっくりした私はひっくり返った。

 ペットボトルのふたを開けてなかった自分を褒めたい。

「い、いまの、ポルターガイストですか? なんか、すごい音しましたけど」

「そうかも。びっくりしたわ、あたしも」

 幽霊が自分の両手をしげしげと見つめている。

「前にやったときより、ずいぶん、うまくできるようになったみたい」

 どんどん、幽霊としてのスキルをあげてきてるのかも知れないと思うと、ちょっと怖い。

「で、なんで机をたたいたんですか?」

「そうだった。あんた、その食生活はいただけないわ。言おう、言おうと思ってたけど、今言う」

 鼻息荒く、幽霊は私の持つ飲み物を指差した。

「食べ物は身体を作るの。あんたが口にするものは、全部あんたの一部になる。そのみょうちきりんな飲み物は、みょうちきりんな身体を作る」

「別に変な飲み物じゃないですよ。ちゃんと大手メーカーのやつだし、どこのコンビニでも置いてありますし」

「そういうことじゃなくて、栄養があるかないかってことよ。栄養は大事なの。不足すると、しみ、しわの原因になることもあるのよ」

「そうなんですか」

 話し半分に聞きながら、ペットボトルのふたをひねると、幽霊がドスの効いた声で言った。

「そんなのでおなかを膨らませていると、美人度が下がるわよ~」

「美人と食生活と関係あるんですか?」

「おおありよ」

 幽霊は指を一本立てた。

「食べ物ををきちんと取ると、体全体が綺麗になるのよ。食物繊維をたっぷりとると、トイレですっきり爽快でしょ? それは体の中から不要な毒素が消えたから。そうすると、お肌が自然に綺麗になってくる。脂肪や砂糖を採り過ぎないようにすると、余分なお肉も減ってくる。だから、変な食生活をしてると、くすんだ不美人になっちゃうの」

 幽霊はわたしをびしっと指差した。

「不健康生活イコール不美人よっ!」

「そ、そんなに不健康かな」

 幽霊は大きく頷いた。

「服装も化粧も、だいぶよくなってきたと思います。つきましては、次は食生活改善といってみましょーっ!」

「ええ? 時間もお金もないのに?」

「何を言うか。努力と根性があれば、なんでもできる。まずは味噌汁にご飯でもいいから始めること。手に持ったその飲み物は、今日だけは許してあ・げ・る」

 やる気だ。めっちゃやる気だ。これはさからえん。

 私はため息をついた。

 ジュース。買い置きしていなくて良かった。

「ところで、今日の清美ちゃんの話、彼女には悪いけど、あんたの勉強になるわね」

「衝撃的だったよ。えーと、その……会ったその日に」

 口にするだけでも恥ずかしくて、頬が火照ってしまう。

「か、体の関係とか……。大学生ともなれば、恋愛とそういうのは、セットなのかな?」

 そう言うと、幽霊は大げさに首を横に振った。

「そんなの、個人の自由よ。早い子もいれば、遅い子もいる。でも、マスコミなんかが流す情報の印象は、大学生くらいの年齢なら、みんなやってます、みたいになってるわね」

「ですよね。なんか、そういうのを聞くと、焦るような気分になるけど」

「チッチッチ」

 幽霊が顔の前で手を振った。

「愛され女子はそんな簡単に、関係を結んではいけない」

「どういうことですか?」

「ここは大事よ。蛍光ペンでラインを引いたほうがいいレベルよ」

 幽霊が身を乗り出してくる。

「男の人は、最初の男になりたがる」

「……」

 もったいぶって言う割には、どこかで聞いたことのある台詞だ。

「で?」

 先を促すと、幽霊はこほんと一つ、咳払いした。

「あんたたちくらいの年頃の男の子は、その人の人格を本当に好きなのか、そういうことがしたいのか、良くわかっていない子も多いの。いい大人でも、そういう男はいるけどね。だから、君が好きだって言われても、即、いいわって言っちゃだめなの」

「付き合ってても?」

「そうよ」

「でも、男の人にしたら、付き合ってるのになんで駄目なの、ってならないですか?」

「そうよ、それよ。逆に、好きならどうして待てないのってことなのよ」

「確かにそうだけど……。そんなこと言ったら、気まずくなっちゃいそう」

「ほら。清美ちゃんもたぶん、そんな気持ちだったんだよ」

 なるほど。

 そういうことか。

 清美は自分から望んで、そういうことをしたわけではなくて、相手と気まずくなりたくなくて、そうなっちゃったのかも知れないんだ。

「もちろん、男の人とそういう意味での仲良しになることに幸せを感じる女の子もいるし、その子が幸せなら、悪くないと思う。でも、あんたには、愛されて、大切にされる女の子になって欲しい。それなら、自分を大事にしなくちゃ。自分を大事にしていない女の子は、男からも大切に扱ってもらえないことが多いんだから」

 幽霊の口調が柔らかい。

 なんだか、思春期のこどもを心配して諭しているお母さんのようだ。

 まだ二十台前半と思しき幽霊には、失礼な感想だろうけど。

「愛され女子になりたければ、出会って三ヶ月は応じちゃ駄目。三ヶ月あれば、自分も相手を良く見ることができるでしょ。もちろん、相手が好きだという気持ちは、そのほかの態度でみせなくちゃいけないけどね」

「そのせいで相手が離れていったら?」

「その程度の人だから、別れられて良かったって思うことね。二十歳も過ぎてくれば、男の人だって待てるようになってくるわ。大切にしたい子の、心の準備ができるまで」

 ふむむ。面倒なことだ。

「恋愛するのって大変なんですね」

 しみじみそう言うと、幽霊が笑った。

「そうよ。でもそんだけ大変な思いをして、自分の半身みたいな人に出会えたときの喜びは、相当なもんよ」

「幽霊さんは? そういう人に出会ったことがあるんですか?」

「…………」

 急に黙ってしまった幽霊の首筋が、見る見る赤くなっていく。

「出会ったんですね」

「内緒。あんたに素敵な彼氏ができたら、教えてあげる」

 そう言って、幽霊はふっと姿を消した。

 それにしても、と私は思う。

 高木先輩に、もしもせまられたら。

 いや、そんなことは天地がひっくり返ってもないんだろうけど。

 でもでも、仮に、そうなったら、私はちゃんと断れるのかな?

「断りなさいよ!」

 姿を消したはずの幽霊の声がして、ぎょっとした。

「……だから、思考を読まないでくださいよお!」

 文句を言っても、返事はなかった。

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