わたしの小さな世界

鳴海

第1章 現実《げんじつ》を視る

第1話

 どうしてわたしがこんな目にあっているんだろう。


 そんな幾度とも考えたことを繰り返し、わたしは制服のまま夜道を走っていた。夜空に浮かぶ大きく丸い月、その周りを囲むように散らばっている星々、そして道の端に点々と設置された街灯だけが、夜道を照らしていた。今がいったい何時であるかを確認したいが、残念ながら携帯電話を持っていないし、腕時計も修理に出していた。わかるのはそれだけしか夜を照らすものがない時間ということだ。


 夜道にはわたししかいない。

 わたしだけが、こうしてなにかから逃げるように走っていた。


 そうじゃない。

 それは嘘だ。


 夜道にはわたしと、わたしを追いかけている《なにか》がいる。逃げるようにではなく、本当に逃げているのだ。


 深夜の静けさを壊すように、わたしの靴とアスファルトの地面が止まることなく音を鳴らし続ける。『たっ、たっ、たっ』とそんな足音が鳴っているといいな、と思う。今のわたしに足音を確かめる余裕はない。聞こえるのは、わたしの荒くなった息使いくらいだ。


 それほどわたしにとって今の状況がよろしくないということだ。


 わたしだけではない。

 誰だってこんな状況がいいとは言えないだろう。知らない《なにか》に、見えない《なにか》に、追いかけられるというのは気持ちが悪い。わたしだって、できることなら今すぐにでも倒れ込んでしまいたい。この疲労感から解放されたい。


 家に帰りたい。ご飯が食べたい。お風呂に入りたい。


 だけど、どれも叶わないことだ。《なにか》が家に来てしまえば家族に迷惑がかかるし、それに怯えながらご飯を食べたくない、お風呂にも入りたくない。


 わたしにはこれしかなかった。

 追ってくる《なにか》から逃げ切ることしかできない。


 誰かに相談できればよかった。そうすればわたしは救われたのかもしれない。けれどそれも叶わないことだ。


 見えない《なにか》に追われています。

 知らない《なにか》に追われています。


 そんなことを言って、誰が信じてくれるのだろう。そんな信憑性のないことを容易く信じてくれる人がいるのなら紹介して欲しい。


 わたしはまた考えてしまったことを払拭しようと頭を振った。今はそんなことを考えている暇はない。とにかく逃げなければならなかった。

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