第24話 命の危機?
「つ……疲れた……」
のぞみの脚はふらふらだった。毎週こんな授業だったら、ダイエットにはいいかもしれないが精神的にはかなりきつい。今日は足首のねん挫に響かない程度ということでの手加減した授業だったが、みんなが頑張っているところで呑気に休んでいるのも気が引けて、のぞみは結構真剣に走ってしまった。正直、軽くねん挫した右足首は今日は痛まないのだ。
第2グラウンドから一度一般棟の教室に戻った時の階段が特につらかった。いつもの段数の倍くらいに感じるのだ。
「あ……図書棟で借りた本……」
教室でバッグを取った後、階段を下りていた途中で、のぞみは自分が教室に本を置いてきてしまったことに気が付いた。
「桜ちゃん、先に行っていて。教室から本を取って来るから。」
のぞみは先を歩いていた桜にそう告げた。桜はきちんと授業をこなしたため、足を引きずるくらい疲れ切っていて、もう一度階段を上るのに付き合わせるのはかわいそうだと思ったのだ。
「でも……」
「すぐそこだから大丈夫」
そう桜に告げると、のぞみは桜に元気そうに見えるようにきびきびと意識して階段を上がった。本当は体に鞭を打っていたけれども。
本はのぞみが思った通り、教室のロッカーに置いてあったので、それをかばんに入れるとすぐにのぞみは教室を後にした。
ドン!!
い…痛い……。
のぞみは気が付いたら階段の中央の踊り場に倒れていた。
のぞみが階段を降りようと差し掛かったところで、突然背中を強く押されたのだ。とっさにのぞみは足を踏ん張ることもできずに、階段を転がり落ちたのだった。
「のぞみちゃん!!」
桜の悲鳴が聞こえる。桜がのぞみに近寄ってきたのが足音で分かった。
「桜……ちゃん……なんだか……」
身体が痛い、息が詰まってその言葉が口から出ることはない。
「大変だ!」
のぞみが視線をずらすと、階段の下に第2グラウンドで別れた松が顔を真っ青にして立っていた。
「せ……清三様に……」
そう言うと、松はすごいスピードで走り去っていった。
何分たっただろうか。右腕の痛みがじくじくと響くようになった頃、保険医と共に清三が現れた。清三の顔は今日もまた般若のように険しかった。
「のんちゃん!」
清三は隣の保険医に指示を出している。
のぞみは階段から落ちたせいか全身が痛くてまだ起き上がれていなかった。
「頭は打ちましたか?」
保険医がのぞみに問いかける。
「い……いえ」
のぞみの答えに保険医はのぞみの頭をそっと触った。頭を触診しているのかもしれない。のぞみはぼーっと保険医の動きを目で追った。保険医が頷いたかと思うと、清三がのぞみをゆっくりと抱き上げてきた。俗にいうお姫様抱っこだったが、清三は重そうな表情は一切見せないのだ。
「のんちゃん、病院へ行こう」
そうのぞみに告げると、のぞみの身体がリズムよく揺れ始めた。清三は歩き始めたようだった。
のぞみは昨日お邪魔した病院に、今日もまたお邪魔していた。担当してくれたのは、昨日と同じ先生だった。どうやらこの先生は清三とも知り合いのようだった。
骨のレントゲンを撮ったり、打ち身を全身チェックしたりなど、先生は今回はかなり綿密にのぞみの身体を診察してくれた。念のため頭のCTスキャンまでされたのだ。
落ちた拍子に身体を支えようと腕をついた際に、腕にひびが入ってしまったらしい。右腕にギブスをはめることになってしまった。ただ、めまいや吐き気などの症状はないため、大丈夫だろうということで、その日は家に帰れることになった。
診察をしている間に清三がママに連絡してくれたようで、診察室から出てすぐ、のぞみは涙を流したママに抱きつかれた。
「ママ……」
昨日、今日とママに心配をかけてしまい、のぞみは申し訳ない気持ちになっていた。
「のんちゃん、清三さんのお屋敷に住んだ方が良いわ」
ママの声はいつもよりも真剣な声だった。
「でも……」
「のんちゃん、背中を誰かに押されたんだろう?」
清三の声もいつもよりも低い。
「はい……」
それは事実だった。あの時のぞみは誰かに背中を押され、階段から落ちたのだ。
「危険だから、護衛を厚くしたい。屋敷に一緒に住んでほしい」
清三の言葉に、今回は流石にのぞみも強くノーとは言えなかった。
「命を……狙われたのでしょうか?」
のぞみは少し寒気を覚えながら、清三に問いかける。
「むぅ……その可能性は否定できない」
清三の言葉に、ママの顔は更に強張った。のぞみは清三に頷くしかなかった。
「一緒に……住みます」
清三はのぞみの言葉を受け、軽く頷いた。
「よろしくお願いします」
のぞみはそう言って清三に頭を下げた。冗談ではなく、本当に命を狙われたのだとしたら、と考えるとのぞみも怖かったのだ。今回は事故というよりも明らかに人為的な事件だったから。
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