第23話 愛の鞭
おかま先生はスパルタでした。
小休憩を終え、実践に移ってからのおかま先生の指導は愛の鞭の連打でした。
「ち~が~う~わっ!!こんなんじゃ可愛くないじゃない!人相変えるにはこうするのよ!」
おかま先生は自分もメイクをし終え、可愛い顔のまま野太い声で注意して回る。のぞみは一生懸命自分の顔を麗華に近づけようと頑張ってみた。のぞみの身近にいる、一番美人で、そして顔を何度も見て詳細まで把握しているのが麗華だったからだ。
う~ん……麗華ちゃんに……な~れ!!
のぞみは心の中でそう唱えながら、メイクの筆を動かした。
「松葉さんね!そう!ここはいいわ!!……ここは違うわよ!こう!こう!こうよ!」
おかま先生の指導は熱い。
「はい!先生!」
のぞみもいつも以上に返事に熱が入ってしまった。
授業の終盤になると、のぞみはかなり疲れていた。なによりも教室の熱気がすごく、暑いくらいなのだ。すべてはおかま先生の熱のある指導のせいだった。のぞみが息を吐きだし隣を見ると、妖艶な美女がいた。
……楊貴妃がいる……
その美女は、いつか歴史の教科書で見たことがあった楊貴妃に似ていた。口元にあるほくろも色っぽい。
「のぞみちゃん」
「え??…………桜ちゃん?」
「そうです」
なんと楊貴妃は桜ちゃんだった。きっと町中で会ったら桜とは気づかずに素通りしてしまうだろう。のぞみは桜の顔を見つめながらそんなことを考えていた。
「のぞみちゃん」
名前を呼ばれて今度は振り返ると、そこには小さい清三さんもどきがいた。
「松君?」
「良く分かったね!」
松君は興奮している。清三さんに憧れているのか、松のメイクは眉間にしわが2本入れられていた。しかし、残念ながら似ていないのだ。弱そうなチンピラにしか見えない。
清三さんの顔は……もっと眉毛の毛がしっかりしていて、もう少し唇も分厚いし……
弱そうなチンピラの松を前にのぞみはう~んと悩んでしまった。
「のぞみちゃん、俺に惚れちゃだめだよ」
松は何を勘違いしたのか、顔を赤くしてそう言うと、自分の席に戻っていった。
「なんだか、授業で一気に体力を使っちゃった感じだよ」
のぞみは授業を終えると、そう言いながら松と桜と食堂へ向かって歩いていた。もちろん3人ともメイクは既に落としている。
「そうですね、桂先生の指導は熱いのでついついこちらも力が入ってしまいます」
のぞみの言葉に桜が頷いていた。横で松も顔を縦にこくこくしている。
「今日はたくさんお昼を食べなきゃな~」
どうやら松はいつも以上にお昼をたくさん食べる気満々らしかった。
3人が図書棟の食堂に着き、松が頼んだメニューは特大ハンバーガーだった。今日のフェアはアメリカ料理らしく、食堂の中をポテトの油のようなにおいが充満していた。のぞみもお腹がすいていたので、ボリュームのあるハンバーガーなどのメニューがあるアメリカ料理フェアは嬉しかった。
松は早速特大ハンバーガーにかじりついている。特大ハンバーガーは高さが明らかに普通のハンバーガーの5倍以上あり、肉やベーコン、そして目玉焼きやレタスなどがこれでもかというほど積み上げられている。のぞみは以前テレビで見た大食い選手権を思い出していた。松のハンバーガーを見るだけでもお腹がいっぱいになりそうだった。
のぞみと桜は松の横でチーズバーガーセットを頼んだ。チーズバーガーはお肉がジューシーで野菜もたっぷり、松の特大バーガーほどではないが、のぞみたちには十分食べごたえがあり、とても美味しかった。
「午後の授業は……」
のぞみがそう言いながら桜を見ると、桜はのぞみから目を反らした。
「走るんだよ!」
横で松が嬉しそうに言う。
走る……って体育ってこと?
「さくらちゃん……」
「のぞみちゃん、残念ながら午後は逃げるために脚力を鍛える授業です」
桜はため息をつきながら言った。
のぞみはあまり運動は得意ではないので、心配になってしまう。とりあえず食事を終えると着替えをもって、第2グラウンドに行くことにした。
松君は、あんなに食べて、走れるのかな……?
のぞみが松を見ると、松は今にも走り出しそうな様子だった。
大丈夫そうだね……。
第2グラウンドの更衣室で着替えを済ませると、のぞみは桜と共にグラウンドへ出た。変装術の授業と同じメンバーで、ほとんどの生徒が既に集まっているようだった。
この時もあーりんと目が合ったが、またプイッと顔を背けられてしまった。
私……あーりんに何かしたかな?
のぞみはテレビのアイドルであるあーりんに顔を背けられるたびに、なんだか悲しい気持ちになっていた。
脚力を鍛える授業は、かなり厳しいものだった。担当の先生は「元気ですか~!」と顔が言っているようなエネルギッシュな先生だった。元気先生は逃げるときのコツを説明してくれる。そして今日は体力増強ということで、持久走をやることになったのだ。
まさか初めての授業が持久走だとは、とのぞみは自分の運命を呪った。横を見ると桜も顔が若干青ざめているように見える。のぞみは桜を見て、なんだか運命共同体のような気持ちになっていた。
この授業で目立ったのが松だった。あれだけ昼ご飯を食べて、お腹が痛くならないのか不思議なくらい、ずっと早いスピードで走り続けていた。授業は運動が比較的得意な人と不得意な人がいた。
耐久レースの後先生が言った言葉は、自分の持久力を知っておくことが逃げる上で一番大事なことだ、ということだった。その言葉にのぞみは少し納得してしまった。
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