第22話 スペシャル授業は、

 次の日にはのぞみの足首の痛みは殆どなかった。脚の擦り傷には一応絆創膏は貼っている。

「今日は運動は控えた方がいいですね」

「そうだね、念のためね」

 朝の食卓でのぞみは桜とそんな会話をしていた。とはいえ、今日はスペシャル授業の日なのだ。

「あの……桜ちゃん、今日はスペシャル授業だけど」

「そうですね、少し早めに家を出ましょう」

 桜はそう告げると、のぞみに早くご飯を食べるように促した。のぞみは朝ごはんを食べるのに一生懸命で、結局スペシャル授業について聞くことはできなかった。


 


 学校に着いて桜と共に向かったのは芸術棟だった。芸術棟の5階の教室に入ると、すでに30名くらいの生徒が集まっていた。


 あーりんだ……


 のぞみは緊張していたことも忘れて、アイドルのあーりんに見入ってしまう。テレビで見るよりも顔が小さくて可愛かった。


 脚も細いし……ウェストなんて……はぁ


 のぞみはあーりんを見た後、自分の身体を見てため息をついてしまう。ため息をついて顔を上げたところで、あーりんとばっちりと視線が合った。


 ふんっ!


 あーりんはのぞみと目が合うと、キッとにらみつけ、ぷいっと横を向いてしまった。

 のぞみでもわかるくらいあからさまな態度に、のぞみは悲しくなった。


 何か……悪いこと……見つめられたのが嫌だったのかな。そうだよね、芸能人だもんね。


 のぞみはそう自分に言い聞かせながら、自分を慰めた。


 その時、チャイムが教室に鳴り響き、のぞみは桜の隣の席についた。教室の前方には委員長の後ろ姿が見える。


 


 ガラッ!

 

 扉が開く音が響き、先生が来たのかとのぞみが視線を向けると、そこには熟女が立っていた。

「あんら~ん」

 熟女は一度くねっとすると、空いている席に着いた。もちろん熟女が先生の訳はないのだ。



 ガラッ!

 

 もう一度扉が開く音が教室に響く。のぞみが見ると、そこには可愛い顔の女性が立っていた。身体は適度に筋肉がついて引き締まっており、背は高いようだった。しかし顔は女性的でとても可愛いのだ。


「始めるわよ~!」

 のぞみはその声を聞いた瞬間にぎょっとしてしまった。聞こえた声は男性の声だったのだ。目の前の可愛い女性が出している声とは信じられず、きょろきょろと教室を見回してしまう。

「今日の変装術の授業についてだけれど、メイクの仕方について勉強するわよ」

 やはり野太い声は、目の前の女の先生から出ているようだった。先生を良く見ると喉ぼとけが見える。どうやら女性に見える可愛い教師は男性のようだった。


 ……おかま先生と呼ばせてもらおう。ところで……変装術って何かな?


 のぞみは疑問に思いながら桜を見た。桜はのぞみが自分を見ている気配に気づいたのか、のぞみの方を向くと、口で「あとで」と声に出さずに言ってきた。のぞみは一度頷くと、前を見て授業に集中した。


 おかま先生は、いかに自分が可愛い見た目をしているのか、を力説している。そして、おもむろにメイク落としシートを取り出すと、メイクを落とし始めた。



 結果、メイクを落としたおかま先生は完全な男でした。


 す……すごい……魔術師みたい!


 のぞみはおかま先生のメイク技術の素晴らしさに興奮してしまう。それはもうすでに、ただのメイク技術を通り越した、特殊メイクのレベルのものだった。


「じゃあ、私がメイクの仕方を説明するから、よく聞くのよ。その後、実践してもらうわ」

 おかま先生はそう告げると、理論を説明し始める。眉毛の書き方と印象の違い、そして目元の陰影のつけ方などなど。

 のぞみはその話を聞きながら興奮していた。この技術を使えば、女優並みの顔になれるのだ。一度は誰もが振り返るほどの美人顔になってみたい、とのぞみだって考えたことがある。


 麗華ちゃんみたいに可愛くなってみたいなぁ……この授業嬉しいなぁ、取って良かった。


 のぞみはにこにこしながら授業を聞いた。


 講義が終わり、実践前に一度休憩をとることになった。早速のぞみは隣にいた桜に話しかける。

「桜ちゃん、この授業とって良かった」

「そう、良かったです」

 のぞみの様子に桜も嬉しそうにしている。

「スペシャル授業って、綺麗になるための授業なのかな?」

 

 その割には男子生徒も多いけれども


 そう思いながら、のぞみは桜が言いづらそうにしていたスペシャル授業の答え合わせをしようと思っていた。

「いえ、忍術です」


 ???


 桜の答えは思いもよらないものだった。

「忍術?え?……でも」

「スペシャル授業は忍者のための授業の事です。なので、あまり人前では言えませんでした。このクラスにいるのは全て神鬼流の忍者の関係者です」

 桜の説明にのぞみは驚いて教室を見回してしまう。教室には松や桜はもちろんのこと、委員長に熟女、そして1-Nのクラスメートもたくさんいる。そして、あーりんも。

「あの……」

「忍者の活動に必要な変装術や、潜入に失敗した時の退路の確保などの逃げる技など、忍者に必要な技能を身に着けます」

 桜の説明にのぞみは机に突っ伏してしまった。


 神鬼学園は、忍術学校だったんだ……


「皆が……忍者ってわけじゃないよね?」

 のぞみは恐る恐る桜に話しかける。

「はい。特技科の生徒の半分以上は一般の生徒です。N組は神鬼流の関係者が入るクラスなので、基本的にはスペシャル授業を取っています」

「そうなんだ……」

 のぞみはそこでハッとしてしまった。すごいことに気付いてしまったのだ。

「もしかしてクラスのNって……忍者のNなの?」

「そうです」

 のぞみの質問にこともなげに桜が答えた。


 Aから始まってないのは、特技科だからかと思っていたけれど、そんな裏事情があったなんて。


 のぞみが知らない神鬼学園の裏事情はまだまだたくさんありそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る