第21話 清三さんは心配性
結局、桜に押し切られてのぞみは病院で診察を受けたが、結果は擦り傷と右足首の軽いねん挫で日常生活に問題があるものではなかった。シップと念のため痛み止めをもらって病院を後にする。帰りも桜の勧めでタクシーに乗った。
「ただいま~」
のぞみが家の玄関の扉を開けると、ドタドタという足音が近づいてきた。
「のん!」
「のんちゃん!」
廊下の先から走ってきたのはママと清三さんだった。
……どうして清三さんがいるの?
ママは涙目で、清三はいつも以上に眉間のしわが深い。
「あ……あの」
のぞみは二人の様子に何かあったのかと慌ててしまった。
「のん!」
ママがいきなりのぞみに抱きついてきた。
「命を狙われたって!」
ママの声は少し涙声だ。
「え……」
「のんちゃん!罠にかかったと聞いたが」
清三の声も険しかった。
どうやら大きな誤解があるようだった。
「あの……穴に落ちただけです……」
あまりに盛大に心配されるので、のぞみはただ単に穴に落ちて足をすりむいたと説明するのが恥ずかしかった。なんだか、ママと清三さんの中では罠にはまって命を狙われたような、スケールの大きな話になっているようなのだ。
ママは本当に?という顔をしながら、のぞみから身体を離して上から下まで眺めている。
「むっ!」
清三はうなると、さっとのぞみを抱き上げ、居間へ連れて行ってくれた。突然のことにのぞみはびっくりしてしまった。
居間のソファに座ったところで、のぞみは状況をきちんと説明した。とはいっても、ただ単に掘ってあった穴に躓き、落ましたという話なのだが。
清三はどうやら豪から話を聞いたらしく、聞いてすぐにのぞみの家に来たらしい。ママは、桜から病院に寄ってから帰るという連絡をもらっていたことと、清三が来たことで、大きな怪我だと勘違いしてしまったようなのだ。
「良かったわ~。のんちゃんが無事で」
ママは落ち着いたのか、紅茶を皆に出しながらニコニコしている。そして紅茶のお供は先日清三にもらったクッキーだった。清三はお菓子ならのぞみが受け取るとわかったのか、良くこうして遣いの人にお菓子やアイスを届けさせるのだ。
「むぅ」
清三は相変わらず眉間にしわを寄せながら唸っていた。のぞみは清三を見ながら、クッキーに手を伸ばした。
清三さん……また何か大げさなこと考えているのかな……うぅ、このクッキー美味しい。
のぞみはクッキーのあまりのおいしさに顔がほころんでしまう。チョコのマーブルクッキーなのだが、チョコの配合が絶妙でバターの味もリッチで上品で、いくらでも食べられそうなくらい美味しいのだ。
だめだめ。こんなに食べたら太っちゃうよ~……でも、おいしいなぁ
のぞみはクッキーのおいしさに、足首が痛いことも忘れていた。
「のんちゃん、やはり一緒に」
「住みません」
のぞみは清三の言葉にかぶせるように告げた。ママが目を丸く見開き、タイミングがぴったりね、と言っている。
のぞみの前では相変わらず清三が唸っていた。
結局のぞみの怪我は軽く、しかも命を狙われた、というような大げさな話でもないので、清三はしぶしぶ諦めて帰っていった。居間を覗いていたおじいちゃんが、清三が帰った後ガッツポーズをしていた。どうやら一緒に住まない、と告げたのぞみを見て、うれしかったらしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます