第10話 玲さんとばったり

 次の日は一般教養の日だったので、朝から教室で普通に授業を受けた。月曜日と変わらず、一般教養の日の生徒は少なかった。今日は委員長はいたが、熟女はいなかった。どうやら何か授業に出られない事情があるらしい。クラスメートが来ていない理由についてはどうやら生徒同士もお互い良く分からないといった感じだった。ただし、委員長は知っているような感じだったが。

 その日の昼は、のぞみは松と桜と図書棟の食堂へ行くことにした。昨日3つの食堂の話を聞いてから気になっていたのだ。図書棟の食堂では、今月は各国の料理フェアというものをやっているらしく、その日によってどの国の料理が出るのかわからないらしい。のぞみは楽しみで仕方なかった。


 さっそく昼休みになり、図書棟の食堂へ行くと席にすぐつくことができた。一般棟の食堂と比べると半分くらいの大きさしかない食堂だったが、それなりに人気があるようで席は大半が埋まっていた。今日はどうやらスペイン料理の日らしい。

 いろいろ食べてみたいのぞみは、松と桜と話し合い、パエリアを頼むことにした。パエリアは2人前からの注文なのだ。松は顔を赤くして、のぞみちゃんと同じ皿で食べるなんて、と遠慮していた。何を想像しているのやら。


「う~ん!おいしい!幸せ!」

 パエリアを口に入れたのぞみはあまりのおいしさに唸ってしまう。かなり本格的な味で、店でも開けるくらい美味しいのだ。

「この食堂の料理は、将来プロの料理家を目指す生徒が授業の実践の場として作っているのです」

 桜の説明になるほど、とのぞみは思ってしまった。この学園の生徒は料理のレベルも高いようだった。のぞみの隣で松がすごい勢いでパエリアを平らげていた。

 パエリア以外にも、スペイン風オムレツやマッシュルームのオイル煮、串焼きそしてデザートにはカタラーナも食べた。松がイカの墨煮を食べたがっていたが、午後も授業があるのでやめておいた。お歯黒で授業なんて恥ずかしすぎるからだ。


「美味しかったね」

 のぞみは大満足だった。毎日この食堂でもいい、と思えるくらい美味しかった。

「毎日でも食べたいな」

 松もそれにこたえる。

「以前、アフリカの国の料理特集の時は、あまり人気がなかったようですが」

 桜の言葉にはのぞみも驚いてしまった。アフリカの料理まで出るんだ、と感心してしまったのだ。以前のぞみもアフリカ料理のレストランに家族で行ったことがあるが、あまり味が得意ではなかった。おそらく日本人と味覚が違うのではないかと思うのだ。

「いろいろな国の料理があるんだね。また来ようね」

 のぞみの言葉に松と桜もうんうんと頷いていた。



 図書棟は、蔵書それだけで棟になっているほど大きい棟である。専門書から大衆本まで様々な本が所狭しと並べられ、上は7階まである建物だった。のぞみは食堂だけでなく、他の階にも行ってみたいと言ったところ、放課後また来ようと言う話になった。桜も松も図書棟にはあまり来たことがないらしかった。

 


 放課後、のぞみは図書棟の中を一通り順番に回っていた。どうやら階によって扱っている本や資料が違うらしく、地下には専用の許可証がないと入れないらしい。許可証がなくても2階から7階までは入ることができるのだが、これだけでもかなりの量だった。きっと町の図書館よりもたくさん本があるだろう、と思ってしまうほどだった。

 松は早々に飽きてしまったのか、つまらなそうな表情を浮かべ始めていた。桜は工作のアイデア出しに使える本があれば、他のジャンルの本にも挑戦してみたい、ということで熱心にきょろきょろとしていた。



「おや、こんにちは」

 3人で歩いていたところで、後ろから声をかけられた。のぞみが振り返ると、そこには眼鏡をかけ、髪の毛を後ろで縛った男子生徒がいた。それは以前会った清三の友達だった。

確か名前は、成木玲。

「玲さん!」

 すかさず松が反応した。目をキラキラさせている。憧れていることが良く分かる表情だった。

「こんにちは」

 のぞみは挨拶をした。隣で桜も頭を下げていた。

「図書棟へは本を借りに?」

「いえ、一通り見てみたいと思いまして」

 玲の問いにのぞみが答えた。玲の手元を見ると、玲は何冊もの本を持っていた。

「良くいらっしゃるのですか?」

「そうだね。ここには一番良く来るかな」

 玲は特に表情を変えずに淡々と答えた。


 頭良さそうだもん……

のぞみは玲の外見とぴったりだと感心していた。


「清三もたまに来るよ」

 玲の言葉にどきりとしたのぞみはとっさに周りを見回してしまう。特に清三の姿は見えないようだ。

「今日は来ていないけどね」

 玲は苦笑していた。

「どうですか」

 のぞみはほっとしたような、残念なような不思議な気持ちになっていた。

 

 特に玲との会話が続くわけもなく、のぞみは早々に玲に挨拶をするとその場を立ち去った。昔から本を読むことが好きなのぞみは、その後も図書棟を見学しながら、図書棟は好きになれそうだな、と感じていた。

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