第9話 秘密の場所?

 3人は一般棟へ戻ると1階にある食堂へと入った。食堂は一般棟に1つ、そしてそれ以外にもプール棟、図書棟にも入っているらしかった。何とも至れり尽くせりである。

 一般棟の食堂が一番普通で、普通科の食堂とほとんど同じらしい。のぞみがメニューを見ても、普通科の食堂と同じメニューだった。ちなみにプール棟の食堂は量が多いことで有名で、図書棟は創作料理が日替わりで出ることが有名らしい。次はそこに行ってみたいな、と思いながら、のぞみはA定食を頼んだ。

 A定食はごはんとお味噌汁、そして焼き魚や煮物がついた、ごく一般的な和定食だ。桜は洋食であるB定食を頼み、松はラーメンとチャーハン、そしてから揚げ定食を頼んでいた。


 松はのぞみと比べてそれほど身体が大きいわけではないが、よく食べるようだった。運動をたくさんしているので、日頃からすぐにお腹がすくらしい。そして成長期だから、としきりに言い張っていた。男子生徒の中では身長が低めであることを気にしているのかもしれない。



 食堂の定食は相変わらずおいしかった。この学園の食堂のごはんは、のぞみにはとても好きな味なのだ。世間ではあまり食堂のメニューにはないけれども、のぞみが大好きな揚げ出し豆腐やぬか漬けまでサイドメニューにある。のぞみは高校の食堂のメニューが大好きで、毎日弁当は持ってこず、昼食は食堂で食べるようになっていた。

 もちろん、今日の和定食にもぬか漬けが添えられている。

「このぬか漬け、うちにあるのと同じ味で、本当に美味しい」

 のぞみはついほわっと微笑んでしまう。のぞみの家ではおばあちゃんがぬか床を管理していて、良くぬか漬けが出てくるのだ。そしてそれが近所でも評判なくらい美味しい。

「あぁ、それはのぞみちゃん家の…っ!」

 松が何かを言いかけて、慌てて口をつぐんだ。

「うちの?」

 のぞみは首をかしげて松を見つめる。松は口笛を吹き始めた。


 ???


 のぞみは桜の方を向くが、桜は黙々とB定食のハンバーグを食べていた。


 気のせいかな?


 のぞみは気のせいだと思うことにして、食事を再開した。なんとなくもやもやしたものが心に残ったが、ぬか漬けをもう一口食べたころには忘れてしまった。ごはんで幸せを感じていたのだ。


 松の食事のスピードは速かった。のぞみや桜の2倍以上の量があったにもかかわらず、食べ終わるのは一緒だった。のぞみや桜は食べるのが遅いわけではない。松がそれくらい食べるのが早い、ということだった。


「松君、食べるの早いんだね」

 のぞみは松に感心していた。のぞみの家には男性はおじいちゃんしかいないため、早く食べる男の人を見ることはあまりない。のぞみの言葉に松は照れたように頬を赤くしていた。



 のぞみは午後からは芸術棟など、運動以外の授業を見て回ることにした。芸術棟はその名のとおりで、絵を書く授業や音楽の授業、そして華道や茶道の授業まであるようだった。3人がふとダンスの部屋を見学していた時、のぞみは最近テレビで見たアイドルを見つけてしまった。


 ……あーりんだ!……ここの生徒だったんだ。


 あーりんとは今話題のアイドルで、可愛らしい外見とぶりっ子キャラながら、演技が上手という実力派アイドルだった。のぞみはこの学園の生徒だとは知らなかったが、松や桜の様子を見る限り、周知の事実だったのかもしれない。特に二人が驚いている様子はなかった。


 芸術棟の次には工業棟へ行った。工業棟はモノづくりに特化した授業が多いらしい。実験施設や大型の機械などもそろえられており、桜曰くモノづくりをしたい人にとっては理想的な道具がそろっているのだとか。のぞみは一つ一つを見ても、何に使う道具なのかいまいちピンとこず、壊したらいけないと思うと触ることもできなかった。桜は熱心に工業棟の素晴らしさについて語っていた。本当にモノづくりが好きらしい。


 最後に温室へ行った。特技科の授業の中には薬学の授業があり、実際にハーブなどの薬草になるような植物を温室で育てているらしかった。のぞみが見た温室は、温室と言っていいのかわからないほどの大規模な施設だった。まさに植物園のようだった。


 のぞみはどの棟でも圧倒されてしまっていた。本当に高校なのか、と思えるほどの高レベルな施設なのだ。普通科にいた時にはほとんどわかっていなかったが、特技科は本当にすごいんだな、と実感するばかりだった。


「のぞみちゃん、1週間でゆっくり決めたらいいから、今日はここで終わりにしましょう」

 温室を出たところで桜がのぞみに声をかけた。のぞみも正直いろいろと見て回って疲れていた。何よりも敷地が広すぎるのだ。足もくたくたになっていたので、素直に頷いた。


「じゃあ、一般棟へ……」

 のぞみはそう言おうとしたときに、ふとある建物が視界に入った。特技科の敷地は柵で区切られているが、柵の向こう側にも建物が見えるのだ。もちろん普通科とは反対方向にある建物だった。


 あの建物は、学園の施設じゃないのかな?


「あの……建物って」

 のぞみが柵の向こうの建物を指さながら、松と桜に聞いた。松はびくんと体を震わせると口笛を吹き始めた。


 のぞみは今日1日で松の性格がわかってきていた。どうやら松は何か誤魔化したいときには口笛を吹くのが癖なようだった。


「松君、口笛を吹いてるってことは何かあるの?」

 のぞみはすかさず松につっこんだ。

「え!?」

 松はびくんとして更に挙動不審になっている。どうやら何かあるらしかった。

「いや……」

 松は口ごもってしまって何も言わない。しょうがなくのぞみは桜へと視線を移した。桜はのぞみを見つめると無言で首を振った。どうやら桜も何も言えないようだった。

 のぞみはあの建物が何なのか気にはなったものの、深追いする理由もないので、これ以上二人に聞くことは諦めることにした。


「わかった。じゃあ、帰ろうか」

 笑顔でのぞみが告げると松はあからさまにほっとしたような顔をした。



 

 のぞみが家へ帰るとママが笑顔で寄ってきた。どうやらプリンを一緒に食べたくて待っていたらしい。桜は後で食べると言って、課題をしに自分の部屋へ戻ってしまった。


「のんちゃん、今日は特技科の授業だったでしょう?楽しかった?」

 ママはにこにこしている。

「うん、普通科と全然違うからびっくりしたよ」

 のぞみはママに出されたプリンを食べる。相変わらずおいしい。とろとろしていて、口の中に入れると、すぐに溶けてなくなってしまうのだ。このプリンはショッピングモールに入っているケーキ屋さんのもので、のぞみも大好きなプリンだった。

「そう、よかったわ。のんちゃん、もう一つプリン食べる?」

「え?」

 ママが持っているプリンの箱を見ると、あと10個も入っている。

「どうしてこんなに?」

 いつもプリンを買うときは、家族の人数分5個しか買わないのだ。のぞみは不思議に思った。

「清三さんのお遣いの方がどうぞってくれたのよ」

「え!?」

 ママの言葉にのぞみは驚いてしまう。

「どうしてお遣いが?」

「なんだか、今日のんちゃんが興味を持っていた機械は本当に欲しくないのか、ママに確認して欲しいんですって」

 ママは首をかしげている。機械と言われても良く分からないらしい。

 のぞみはセルフコントロールの授業を思い出し、清三の手回しの良さに驚きと共に呆れてしまった。

「ママ、いらないって言っておいて」

 のぞみははっきりと伝えた。

「そう?わかったわ。のんちゃんはいらないって伝えるわね」

 ママは笑顔で頷いた。


 ……機械が欲しいかって……プレゼントしたいってことは、好かれてるってことなんだよね、たぶん。

 のぞみはそんなことを考えながら2つ目のプリンを食べた。2つ目のプリンもやっぱり美味しくて、のぞみは食べ物であれば何でも受け取ってしまいそうな予感を感じていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る