第11話 経営の授業

 次の日、木曜日はのぞみにとって2回目の特技科の特殊授業の日だった。のぞみは火曜日は全体を見て回ったので、今回はいくつかに絞ってもう少し詳しく授業を見てみようと思っていた。


「桜ちゃん、温室にもう一度行きたいんだけれども、一緒にいい?」

 のぞみが桜に尋ねると桜は頷いてくれた。

「のぞみちゃんは薬学に興味が持てそう?」

 桜の問いにのぞみはあいまいに頷いた。今のところ、どちらかと言えば興味があるかな、程度の興味だった。ただ単に温室の植物の中にいると癒される気がするのだ。それを授業選択の理由にするのは、あまりに安易すぎて少し恥ずかしい気もしていた。


「経営の授業もお勧めだよ」

 松が突然横からのぞみに話しかける。

「経営?そんな授業もあるの?」

 のぞみは首を傾げた。

「そうだよ。経済学とか商業とか……え~と……」

 松は良く分かっていないようだった。

「経営か……特に興味は」

「とりあえず見るだけでもどう?」

 のぞみが断ろうとすると、松はのぞみの言葉にかぶせるように勧めてきた。

「面白いのかな?」

「うん!是非!」

 松がなぜそんなにも勧めるのかわからないまま、のぞみはまず経営の授業を見学することにした。どうやら今の時間帯は松のおすすめの人心掌握術の授業があるらしい。経営には人心掌握術の授業もあるなんて、すごいな、と思いながら、のぞみは松についていくことにした。


 松君も将来は何かお店を経営したいと考えているのかな?


 授業は図書棟の5階で行われるようだった。図書棟の5階の目的の教室に着くと、松が意気揚々と扉を開けた。よほど楽しみなのだろうか、と思いながらのぞみは続いて部屋に入った。

その瞬間、どうして松が勧めてきたかを理解した。とっさに松の方を見ると、松はびくっとし口笛を吹き始めていた。


 また誤魔化してる!


 松が誤魔化したいときに口笛を吹くのは、もう間違いないようだった。


「のんちゃん」

 清三がのぞみの名前を呼ぶと近寄ってきた。のぞみは仕方なく清三と話し始める。

「清三さんは経営の勉強に興味があるのですか?」

「あぁ」

 清三はこくりと頷く。


 忍者の流派でも経営ってあるんだな。弟子をまとめたり、とかかな。

 

「清三様はすでにいくつかの店を経営されているんだ」

 松が誇らしげにのぞみに話しかけてくる。

「え?でも……まだ……高校生」

 のぞみは理解できずに清三を見上げてしまった。清三の眉間にしわがよる。

「のんちゃんのために……」

「え?」

 のぞみのために会社経営?まったく意味が分からず、首をかしげてしまった。のぞみとの将来のために勉強している、と言いたいのだろうか。

「それはいいんだ。のんちゃんは経営は?」

「私はあまり……」


 そう言ったところで、授業開始のチャイムが鳴った。のぞみは清三と隣同士で席に座ることになった。どうやら自由席らしい。

 授業中はおしゃべりすることなく、先生の話を真面目に聞いた。のぞみには難しい話で正直良く分からなかった。


 授業を終えると清三は用事があるらしく、のぞみと会えて嬉しかったと告げると教室を後にした。清三を見送ったのぞみは松の方を見る。

「松君」

「どうしたの?のぞみちゃん?」

 松も授業の意味がわからなかったのか、ぼけーっとした表情でのぞみを見返してきた。

「清三さんがいるから、この授業を私に勧めたでしょ」

 のぞみが松に問い詰めると、松が驚いたように目を見開き、口笛を吹き始めた。どうやら図星らしい。

「いや……」

「清三さんに何か言われたの?」

「いや……その……昨日のぞみちゃんが玲さんに会って、自分は会えなかったから悔しいって清三様が」

 松はぽろりと白状した。どうやら清三に本当に頼まれたらしかった。昨日玲に会ったのは偶然だし、大した話もしていない。それを悔しいとかって……。のぞみはため息をついてしまった。

「のぞみちゃん、とても想われているのよ」

 桜が松をフォローした。


 正直、どうして清三さんが私のことを思ってくれているのか、わからない。


 これがのぞみの本音だった。のぞみは悩んでしまう。清三に一目ぼれされるほど、外見が良い、と思うほどのぞみは能天気ではない。見た目は十人並みなのだ。しかも一目ぼれするのであれば、一緒に良くいた麗華の方に目を奪われるのが普通だ。



 その日、のぞみは温室にも行き、植物の授業を見学したが、もやもやした気持ちは晴れなかった。

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