第5話 転科の日
のぞみの転科は清三と会った次の日、月曜日にすぐに行われることになった。あまりにも早い手の回しように、のぞみはただ翻弄されるばかりだった。
「麗華ちゃん!」
のぞみが自分の教室で、最後にお別れとばかりに麗華に抱きつく。ずっと幼馴染で一緒にいた麗華と離れるのが辛かった。
「のんが突然転科だなんて、悲しいわ」
麗華も寂しそうな顔をしている。のぞみは麗華の表情を見て、寂しいけれどあたたかい気持ちになっていた。
「私も特技科に行こうかしら……」
「え?」
麗華がぼそっと聞き捨てならないことを言うので、のぞみは驚いて聞き返してしまった。
「なんでもないわ!のん!転科しても放課後遊ぼうね!」
麗華はそう言うと、のぞみをもう一度抱きしめた。
のぞみはクラスの子にも別れを告げた。高校に入学して3か月しかたっていないが、それなりに仲の良い友達もいる。そして、クラスメートの中には同じ中学だった子もいるのだ。一人ひとり、とくに仲が良かった子には挨拶をした。とはいえ、同じ学校にはいるので、会おうと思えば会えるのだが……。
のぞみはその日の午後には特技科のクラスへ荷物を持っていくことになった。
事前に桜に言われていた通り、特技科の校舎にたどり着くと、のぞみは自分が入る予定のクラスの教室の前に立った。
「1-N」
扉の上にはそう書かれた美しいプレートが飾られていた。普通科に比べると、明らかに質が良い、とわかるプレートだった。
なぜこんなところにのぞみが一人で来ているのか。普通は先生に案内されるのではないか。それは特技科が少し特殊な授業形式であることが関係していた。
特技科は毎日のホームルーム(HR)がない。土曜日の最後の授業に1週間分まとめてHRを行う時間があるのだ。それゆえに月曜日は午後になったらそのままクラスに行くように桜から言われていた。
担任の先生にも会っていないけど……どんな人なんだろう……。大丈夫かな?
のぞみは一度大きく深呼吸すると、扉をたたいた。
――コンコン
「どうぞ」
すぐに教室の中から男性の声が聞こえた。のぞみは意を決して扉を開け、教室の中に入った。
あ!桜ちゃん!
のぞみは教室に入った瞬間に桜を見つけ、ほっとしてしまった。事前に聞いていたように、桜と同じクラスに入れてもらえたようだった。
「こんにちは、松葉さん」
のぞみは突然話しかけられ、驚いて横を見ると、そこにはにこにこ笑顔を浮かべている男子生徒が立っていた。身長はのぞみより少し高いくらいで、髪は今流行りの茶髪で少しパーマがかかっている。そしてたれ目が特徴的で、笑っていると人懐っこい印象を受ける。
「こ、こんにちは」
のぞみは慌てて頭を下げた。
「僕は、このクラスで学級委員をやっている、明神誠、よろしくね」
そう言うと、男子生徒はまた人懐っこそうに笑った。
のぞみはほっとしていた。良い人そうだ、と思ったのだ。委員長と呼ばせてもらおう、のぞみは頭の中でそう考えていた。
「はい、松葉のぞみです。こちらこそよろしくお願いします」
のぞみがもう一度頭を下げると、くすり笑い声が聞こえた。
「あんら~ん、かわいいじゃない」
のぞみが声の方へ顔を向けると、そこにいたのは……フェロモン垂れ流しの熟女、いやいや女子高生だった。制服を着ているのだ。胸はメロンのように大きいのが2つ、シャツのボタンははじけそうだった。唇なんかは肉厚でつやつやしている。蜜でも塗っているのだろうか。
う……うらやましい……
のぞみが一度はなってみたい、女性像がそこにはあった。
「う~ん……」
いきなり熟女が抱きついてくる。
のぞみは、柔らかい感触にどきまぎしてしまった。
……幸せ……とってもいい匂いがする~
「うん、抱き心地がいいわよ、のぞみちゃん」
熟女はのぞみを離すとウィンクしてくれた。
……熟女さんも、抱き心地すばらしかったです!
と言いたかったけど、黙っておいた。
「あの……」
「あら~、私は花森優華よ、よろしくね」
熟女が名乗った名前は、熟女にぴったりの名前だった。
「あはは、花森さんは相変わらずだね」
委員長が楽しそうに熟女を見つめていた。
「松葉さん、困ったことがあったら何でも聞いてね。正直、近づいたら命の保証がないような場所もあるからさ」
委員長のさらっと言った言葉が聞き捨てならない。
「え……っと……」
「ははは、冗談だよ」
委員長が目を細めて笑っていた。
のぞみには委員長の言葉が決して冗談には聞こえなかったのだ。
……なんだか個性的なクラスかもしれない
のぞみは、これからの学園生活が少し不安なような、それでいて楽しみなような、不思議な気持ちを感じていた。
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