第6話 分身の術ですか?
のぞみの席は桜の隣に用意されていた。桜と知り合いということで、考慮されたらしかった。
「桜ちゃん、よろしくね」
のぞみは個性的なクラスメートから解放され、桜の顔を見てほっとしていた。
「大丈夫、護衛は任せて」
桜の言葉に、のぞみはやっぱり桜もこのクラスの一員なんだな、と思っていた。
「護衛って、そんな大げさな」
「大げさでもないの。護衛はあと一人いるけれども、今は教室にいないから後で紹介するね」
桜の顔は真面目だった。のぞみは何が危険なのか良くはわからないが、とりあえず桜の話に頷いた。
のぞみがクラスを見渡すと、どうやら生徒は15人くらいいるようだった。普通科よりも少ない。委員長と熟女としかまだ話していないけれども、他の人も個性的なのだろうか、のぞみはそんなことを考えていた。
その日の授業は普通科と特に変わらなかった。各科目ごとに担当の先生が来て、黒板の前で授業を進めるのだ。
しかし、明日からの授業は違うらしい。
特技科の授業は、月、水、金が一般教養と言って、いわゆる普通科と同じ授業をこなす。国語や社会などがそれにあたる。そして、火、木、土は特技科ならではの授業になると言うのだ。しかも、クラスメートの中には、この一般教養の授業を免除されている者もいるらしい。
今日は月曜日なので、明日からのぞみは特技科の特殊な授業を受ける、ということだった。
のぞみは特殊な授業というものが良く分からず、明日はもっとたくさんクラスメートに会えるかな、とそんなことを呑気に考えていた。
次の日の朝、のぞみが桜と共にクラスへ行くと、昨日のクラスメートの倍の生徒がクラスにいた。30人くらいはいるだろうか。どうやら一般教養の授業を免除になっている生徒は思いのほか多いらしかった。
のぞみはそわそわと自分の席に着く。周りをぼーっと眺めながら、まだクラスメートに慣れていないので、しばらくは様子を見ようと思っていた。
「のぞみちゃん、おはよう」
桜の声にのぞみは横を向いた。
……桜ちゃんが男の子になっちゃった
隣にいたはずの桜は、なぜか男子生徒の制服を着ていた。心なしか声も少しだけ低い気がする。
「さ……」
「俺は松、よろしく」
???
のぞみは首をかしげてしまった。松って?何?
「のぞみちゃん」
反対の方向から、自分を呼ぶ声を聞き振り返ると、そこには桜がいた。
ん???
のぞみはきょろきょろと左右を何度も見比べてしまった。
桜ちゃんが二人いる!!!
「……まさか、分身の術?」
のぞみはつい口にしてしまった。桜ちゃんも忍者だったのかな、と思ってしまったのだ。
「のぞみちゃん、違うよ」
とっさに桜が否定をした。
「そう、俺と桜は兄妹なんだ」
もう一人の桜が続ける。
「え……っと、つまり……分身の術ではないってこと……」
のぞみは、やっと理解できた。
「双子なの?」
のぞみはつい聞いてしまう。それくらい二人の顔はそっくりだった。ドッペルゲンガーかと思うくらいなのだ。
「三つ子だよ」
松が答えた。
松と桜はどうやら、三つ子らしかった。
「もう一人、兄妹がいるんだね」
のぞみが首をかしげると、桜が頷いた。
「そう。クラスは違うけどね」
松がのぞみに答えた。
のぞみはその言葉を聞いてうらやましくなる。のぞみも兄妹がいたらいいな、と何度思ったことか。
「うらやましい」
のぞみはつい口に出してしまった。
「そう?」
桜が首をかしげている。
「うん。兄妹欲しかった。」
のぞみは応えた。
「う~ん……清三さんと結婚したら兄弟はできるけど……」
松が唸っている。
「あまり楽しい雰囲気にはならないと思います」
桜が続いた。
のぞみは清三さんの兄弟のことよりも、松がのぞみと清三が婚約していることを知っていることに驚いた。
「どうして……知っているの?……その、婚約のこと」
のぞみは恥ずかしくて、つい小声になってしまった。
「え?クラス全員知ってるよ?」
「え!?」
まさかの松の台詞に、のぞみは教室を見渡してしまった。
教室にいた委員長と熟女が笑いながらのぞみに手を振っていた。
……知ってるんだ……どうして……。
のぞみは机に顔を突っ伏してしまった。
のぞみが机に顔を押し付け、ため息をついていると、チャイムが聞こえた。
カラーンコローン
変なチャイム音だった。昨日はそんなチャイム鳴っていない。
のぞみが時間を見ると、授業開始まで10分というところだった。
チャイムが鳴ると同時に教室にいたクラスメートが次々と教室を出ていく。
「じゃあ、のぞみちゃん、今日の事だけど」
桜が話しかけてきた。
「うん……あの……」
「のぞみちゃんは、1週間は見学だってさ。興味ある事ある?」
松が反対側から話しかけてくる。
どうやら先ほどのチャイムは授業開始のために移動時間を知らせるチャイムだったらしい。火・木・土の特技科の特殊授業では、選択制の授業となり、それぞれが自分にあった授業を受ける。その移動のためにチャイムを鳴らしている、ということだった。
「10分前の予鈴って早いね……」
のぞみが素直に感想を口にしてしまう。
「移動距離があることも多いから」
桜の応えに松も頷いている。
特技科の敷地は普通科とは比べ物にならないくらい広いらしい。グラウンドだけでも3つある。一番普通科に近いサッカーグラウンドにしか行ったことがなかったのぞみは、桜と松の話に驚いてしまった。更には体育館も2つ、そしてプールや芸術棟、工業棟、図書棟、果ては温室まであるらしい。
特技科恐るべし……と、のぞみが思ってしまったのも無理はないだろう。
「のぞみちゃん、1週間は自由にいろいろな教室を見て、選択授業を決められるけれど、何か興味ある授業ある?」
松の問いかけに、あまりの敷地の広さに圧倒されていたのぞみは我に返り、考え込んでしまった。どうやら1週間の間、松と桜が一緒に来て案内してくれるらしいのだ。
「う~ん……」
何かやりたい事、得意な事、あっただろうか……。
「料理とかはどう?」
松が嬉しそうに言う。
「清三様も喜ぶんじゃない?」
「特に……」
ここで清三が喜ぶからといって、料理を選択するのはなんだか違う気がした。清三ともいつまで婚約者でいるかわからないし、なんだか清三の嫁になる気満々と喜んでいるように見られることも恥ずかしかった。
「そっか……」
松はがっくしと肩を落としている。
なぜ……松君が肩を落とすんだろう?
「とりあえずのぞみちゃん、セルフコントロールの授業は受けた方が良いから、その授業をまず見に行こう」
桜がのぞみに言った。
セルフコントロール?何の授業だろうか。
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