第3話 7つの星を持つ男?

 日曜日の午前中は忙しかった。のぞみは久しぶりに着た着物が苦しくて、婚約者が来る前にはすでに疲れきっていた。それに対し、ママはどんどん元気になっているようだった。よっぽど楽しみなのだろうか。


 時計の針が12時を指した瞬間、家にチャイムが鳴り響いた。


 ピンポーン

 

「あら!きっと来たわ!」

 ママはるんるんしながら玄関へ歩いて行った。少しスキップしているようにも見える。のぞみはそれを見送り、緊張し始めていた。正式に男性と会うなんて、お見合いみたいなことは初めての経験なのだ。


「失礼いたします」

 低い声が聞こえ、居間のドアが開いた。



 ……わたしは……もう……死んでいる……


 以前読んだ漫画に描いてあった、7つの星を刻んだ男がそこには立っていた。

 いや、よく見ると7つの星の男を悪人面にしたような男だった。しかも白のスーツを着ている。

 偉い人……きっと仕事はヤのつく自由業なのだろう、とのぞみは震えた。それほどこの男性には威圧感があったのだ。頭が扉の枠の上につきそうなくらいの長身に、筋肉がムキムキの身体、そして顔は強面なうえに眉間にしわまで寄っている。


 怖すぎる……


 のぞみは男性を見て固まってしまった。


 断らなくてよかった……。


 真剣にそう思っていた。断ったら命を取られていたかもしれない、そう考えるとのぞみの背筋を冷たい汗が伝うような気がした。



「とっても素敵な方ね~、のんちゃん嬉しいでしょう」

 部屋にママの呑気な声が響いた。

 のぞみが信じられない気持ちでママを見上げると、ママは目をハートにして頬を染めている。どうやら、本気で素敵だと思っているようだった。

「パパにそっくりよ」

 ママは嬉しそうに言った。


 のぞみは思い出していた。

 小学校に入ってすぐの頃、自分の父親がいないことが原因でクラスの男の子にからかわれたことがあった。のぞみはその場では何も言い返すことができず、家に帰ってママに泣きついた。どうしてのんにはママしかいないの?パパに会いたい、と泣いた。

 ママは悲しそうな顔をしながら、のぞみに1冊の本を差し出した。この人がパパよ、そう言って。のぞみが見たその本は、7つの星を刻んだ男が主人公の漫画だった。そしてママが指さしたのがその主人公なのだ。

 のぞみはそれを見た時、嬉しくてしょうがなかった。写真はなかったけれど、パパの絵がある。何度も漫画のパパを見た。漫画の意味は良く分からなかったけど、パパがかっこいい人なんだということは分かった。

 のぞみは小学校の高学年に上がるまで、それを信じていた。今思えば恥ずかしい黒歴史である。


「パパにそっくりだと思うでしょう?のんちゃん」

 ママは何度もパパにそっくりだと言う。確かに7つの星を刻んだ男には似ているが……。

「ママ……」

 のぞみは何も言えなかった。



「鬼頭清三だ」

 男はそう言うと、のぞみの目の前に座った。

「のんちゃんの婚約者になれてうれしい」


 ???


 聞き間違いだろうか?目の前の、この悪人面の男が自分のことを、のんちゃんと呼んだ気がするのだが。

 のぞみは目の前の男をじっと見つめてしまった。


 ……よくわからない。


「これからよろしく頼む」

 そう言って男は頭を下げた。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 のぞみは男につられて頭を下げてしまった。少し声も震えてしまったのはしょうがないと思う。


「良かった、これでのんちゃんとは正式な婚約者だな」

 男の眉間のしわが少しゆるんだように見えた。


 ……やっぱり、この人、私のことをのんちゃんって呼んでいる……。


「あ……あの……のんちゃんって……」

 のぞみは恐る恐る声に出した。

「むっ!のんちゃんと呼ぶのは早かったか?」

 男はショックを受けたような顔をした。

 それはつまり、男は更に恐ろしい顔になった、ということだった。

「い!いえ!どうぞ、のんちゃんとお呼びください!」

 のぞみは焦ってしまった。男の顔が般若の顔のように見えて恐ろしかったのだ。あまりの恐ろしさに自分の心臓がばくばくしているのが分かった。


「うむ、俺のことは清三と呼んでくれ」

「せいぞうさん、ですか?」

「あぁ」

 男はまた眉間にしわを寄せた。


 ……この人……もしかして……


 のぞみは気になって清三の顔をまじまじと見つめてしまう。


「むっ」

 男は唸っている。


 顔が浅黒くてわかりにくいのだが、心なしか顔が赤い気がするのだ。


 ……もしかして、照れてる?


 のぞみは清三が照れていることに気付き、その瞬間に少し笑ってしまった。清三への親近感が突然わいてきたのだ。先ほどまで恐ろしいと思っていたのに、なぜか清三が少し可愛く見え始めていた。


「あらあら、二人とも仲良しみたいね、うらやましいわ」

 隣からママの呑気な声が聞こえる。

 途端にのぞみは恥ずかしくなって顔を下に向けてしまった。



「清三さんは、のんちゃんと同じ学園に通っているのよ」

「え!?」

 ママの言葉にのぞみは耳を疑ってしまう。どこからどう見ても高校生には見えない。

もしかして職員だろうか?


「はい、3年に在籍しています」

 清三が答える。

 まさかの2つ上、という事実にのぞみは声も出なかった。はっきり言って、老けているとしか言えない。

「これからは学園でも仲良くしてほしい」

 

 仲良く、これほどこの言葉が似合わない男はいない。清三の言葉に、のぞみはそんな失礼なことを考えていた。


「あの、普通科ですか?」

「いや、特技科だ」

 清三の言葉に、やっぱり、とのぞみは思った。道理で見たことがないのだ。このくらい威圧感というか存在感があれば、普通科の校舎ですれ違えば、覚えていてもおかしくない。


「そうなのよ、だから、のんちゃんも特技科に転科することになったのよ」

 突然のママの言葉にのぞみは首をかしげてしまった。なぜ?と思うのは当たり前だ。


「どうして……?」

 のぞみは清三の方を見て首をかしげる。

「むっ!」

 清三はまた眉間にしわを寄せた。また照れているようだった。


「だって、危ないじゃない?清三さんの婚約者になったら、ねぇ?」

 ママは清三に向かって頷いている。のぞみはママの言葉の意味が分からなかった。

「はい。」

清三は頷いた。


 どうやら二人には意味が分かっているようだ。


 ――コンコン

「失礼いたします」

 ノックの音が聞こえたと思うと、扉から桜が入ってきた。


 のぞみは桜の顔を見て、正直天からの助けだと思った。どうもママと清三さんと3人でいては、のぞみにはよく理解できない会話の流れになるのだ。


「さくらちゃ…」

 のぞみが桜に声をかけようとした瞬間、桜が清三の前に正座し、頭を下げた。

「清三様、お久しぶりでございます」


 ???


 のぞみは更に意味が分からなくなった。桜は清三の知り合いなのだろうか。しかも、清三の事を様づけで呼んでいる。

 のぞみは首をかしげてしまった。


「うむ」

 清三は桜の挨拶に対して頷いた。すると、すぐに桜がのぞみのほうを向いた。


「のぞみちゃん、私から説明をした方がいいかな?」

「よろしくお願いします」

 のぞみは速攻で返事をした。桜ちゃんはやっぱり天の助けだ、と思っていた。

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