第5話 福寿草駅
四 福寿草駅
私が、音楽学者の薄荷さんに出会ったのは、時計草の花咲き始める頃の穏やかな夕暮れ時で、飼っていたインコを、サボ・ブレスに連れて行った時だった。
サボ・ブレスを知ったのは、まだ高三の学生時分で、女友達と大勢の人が行き交う、混雑した福寿草駅の広告柱に寄り掛かり、二人で話をしていた時、柱裏手でチャリチャリと音を鳴らし、古めかしい横分けヘア-で、蝶ネクタイ、スーツで決め込み、デスクに座るビッキーさんに紹介されたのが、最初だった。
デスクといっても青空デスクで、初めは、奇妙な占い師かと思った程、ユニークな人で、その座っているデスクには、真鍮のネームプレートに「ビッキーコンサルティング」とあり、大きな文字の日付けカレンダーに、アンティークなレジスターと思いきや、それはカバーで、中にはパソコンが設置されていた。
レジスターに付いたレバーを引くと、レジ表には、
「只今、お待ちのお客さま、一名様、次ぎの方お気軽にどうぞ。ご案内致します。」
と、待機している人数が表示された。
ビッキーさんは、丸顔でぽっちゃりとした、気の良さそうな切れ長の垂れ目紳士で、私達は一体どんな人がお客さまとして現れるのか、柱裏から、こっそりと様子を眺めていた。
ビッキーさんは、厚い本を片手に持ち、定規を使い細かく書類にチェックをし、パソコンへの入力作業を繰り返している。その間、四、五人のグループが、ビッキーさんの前を通り過ぎ、立ち止まると、再び、こちらに向かい、ビッキーさんに話し掛けて来た。
「A5番出口ですね。」
お客様?
ビッキーさんは、パソコン作業を止め、地上への道案内を始めた。
蝶ネクタイを整えると、名刺なのか数枚カードを手渡しながら、ざわざわと、多数の人が行き交う交差点に立ち、見送っていた。
「御年配の方々五人だったわね。次はどんな人かしら。」
「友人の一人、
「あの人が次の人。」
「え?」
「一人予約している人がいるのよ。」
「そうかなぁ、会社の偉い人みたい。」
「あー通り過ぎた。」
「
あの人達、ほら、ほらっ、見てるわよ。」
「さっきの人と似てるじゃない。」
「来た!来たわよ。」
三人組のお年寄りは、ビッキーさんのデスク前で古民芸家具歴史博物館のちらしを広げ、道順を尋ねていた。
「パゴダ塔の分院を過ぎて、暫く歩いて行くと火鉢屋がありまして、2軒先に「甘味処・矢文」がございます。
その向かいが博物館になりますから。お気を付けていってらっしゃいませ。」
ビッキーさんは、名刺にサインを残し、その三人組に「古民芸歴史博物館で係りの職員にお渡しして頂ければ、お話出来ますので。」と丁寧にご挨拶し、見送っていた。
デスクのイスに腰掛ける際、少し私達に気付いたのか、にっこり笑うとレジスターから翡翠色の勾玉を取り出し、デスクに転がすと書類を一回り。再び本とパソコンを操っていた。
「占いもするのかしら。占い師?」
「蝶ネクタイで?違うわよ。」
古民芸歴史博物館へ向かうのに、パゴダ塔分院の前を歩いて行くのは、少し遠回りになるはずだけれども、何故なのだろうか。
大通りを行けばすぐに解る所にあるのに。
私は、思い立って柱から離れると、美柑を呼んだ。
「聞いてみようか。美柑もこっちに来て。」
「え!?だって、ちょっと、ええ!!」
少し離れた場所から、ビッキーさんを伺い、向かおうと決心したものの、何を聞いたら良いのか頭にはまだ浮かんではいなかった。
美柑は
「テストの範囲でも聞いてみる?教科書あるし。当たるかしら。」
「違うわよ、えっとぉ、あーっデスクの前を通ってみよう。」
ビッキーさんの前を一度通り、少し進んで振り返ると「どうぞ。」
「えっ、あー、ちょっとお尋ねしますが、えーと、、、、
どこか面白いお店無いですか?」
「お店?」
「はい。面白いお店です。」
「ブックマークにあるのでは?
アプリケーションとかね。」
「いくつかありますけど。楽しいサイト。」
「面白いサイトは非現実?!持っているのに持っていない。あら不思議。」
「ビッキーさんは、何処でご飯食べるんですか?」
「私?私はウキウキする場所で食事しますよ。」
「そこ教えて下さい。」
「ブックマークのごちゃごちゃとアプリのごちゃごちゃ、と。
求める所は、気体、期待と浮っきウキってね。
憧れヒロイズムとheroismだったら、どちら?」
「えー!どういう事ですかぁ。」
「ふふふ。少し駅から歩きますが、フィジカルトレーニングになりますか。
休日など、イベントもありますので、宜しければこちらのお店へ。」
ビッキーさんからソーダファウンテン・サボ・ブレスを紹介された後、私達は、
そのまま改札口へ歩いて行ったのだが、スラッとした髪の長い女性がビッキーコンサルティングに訪れると、レジスターの表示がゼロに変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます