第23話 龍の試練 

はぁはぁ…。


はぁはぁはぁ…。


ダメだ…体力が死ぬ…。


…ど、どこだここ…ああ、まだ坂の途中か…。


この坂のゴールがどこまで行ってもまだ全然見えてこない件。

それはもしかしてどこかでループしちゃってるんじゃないかって思うくらい。

特別な聖域なのかテレポートも出来ないし…詰んだ。


体力に勢いのある時は走っていられたんだけど…キツイね、坂だから。

10分も走ったら徒歩に変わってたよ。トホホ…。


山歩きとか普段からして自力をつけていれば良かったな。

連日の見えないちゃんとの旅でそれなりに鍛えられたとは思うけど

まだまだ鍛え方が全然足りなかった。

鍛えたところで相応しい筋力がつくかどうかはまだ別問題だけど…(汗)。


しんどくてもとりあえずは歩き続けないとね…少しずつでも近付くし。

小さな事からコツコツと…。


この場所は全体が溶岩に囲まれていていかにもモンスターとか出て来そうな感じ。

でも一応そんな異形の生物には今のところ出会ってはいない。

って言うかそもそもここは生き物の気配すら全くない。

本当にこの先に龍がいるのかも疑わしい位だった。


何も考えずに上るのもいい加減心が折れそうになって来たので今後の為にあの子が教えてくれたイメージを反芻するように思い出していた。


龍は厳しいけれど決して意地悪じゃないの…

その人の心を試しているだけ…

その心が認められれば彼も力を貸してくれる…

どうか素直で純粋な心で居続けて…


ふぅ…


今までの旅がキツイながらも頑張って来れた理由が分かった。

それはひとりじゃなかったからだ…。

ひとりで頑張るのがこれだけキツイなんて…久しく忘れていたよ…。

目的に夢中の見えないちゃんは話しかけても聞いてくれなかったり愛想は良くなかったけどそれでもただ側に居てくれるだけでどれほど心強かった事か…。


僕はこの長い坂を上りながら見えないちゃんの事を思い出していた。

ただそれだけで肉体的疲労も少し緩和されるような気がしていた。

まだまだ先は長い…こんな所でバテる訳にはいかないな…。


僕が誰かと一緒にいる大切さ、孤独の辛さを再確認している内に段々周りの状況が変わって来た。

言葉ではうまく表現出来ない感覚なんだけどとにかく何かが変わって来たのだ…。

今まではへたる度に後ろを振り返って自分の歩いて来た距離を見て心を落ち着かせていたけれど今からは何故かそうしてはいけない雰囲気になったと感じていた。


(もう振り返っちゃいけない…ゴーストが囁いてる…!)


きっとこの坂を上る修行?もレベルが上がって来たんだ。

ただの思い込かも知れないけど僕は勝手にそう決めてそれを実行していた。


そう思って歩き始めると急に上から何かが飛んでくる気がした。


ゴゴゴゴゴゴゴ!


あれは…でっかい岩石だ!


嘘だろ?今までそんな物が落ちてくる雰囲気なんて全くなかったのに。

もしかしたらこれはさっきの雰囲気が変わったのと何か関係しているのかも知れない。

しかしこんな時は一体どうしたらいいんだ…頭の中はぐるぐる考えが回るもののこんな時にどうすればいいか適切な行為は結局思い浮かばなかった。

それにそもそも考える時間がなさ過ぎる!岩石はもの動い勢いで僕に迫って来る。

物質透過!…は封じられているしここは避けるしかない!

避けられなくても…振り返っちゃいけない!


ドンゴロローン!


うおっ!間一髪!

僕は一歩も動けないまま岩石は僕の側を通り過ぎそのまま転がり落ちていった。


それはまさに試練が始まった事を意味していた。



最初の岩石を合図にその後は様々なものが上から落ちて来た。

休火山がいきなり目覚めて噴火を始めたみたいにそれは賑やかに色んな物が僕に襲いかかって来る。


小さいものは小石から大きい物は岩石。

噴煙のような煙…鼻をつまむような悪臭。


これは試されているな…そう感じた僕はただその試練に黙って耐えていた。

つまりこの長い長い道のりもかなりいいところまで来たって言う事なんだろう。

この場の主の龍がついに僕に興味を示した…ここさえ乗り切ればきっと…。


ドンドコドンドコ!

ドンドコドンドコ!


それはもう祭り囃子のようにリズム良く色んな物が転がり落ちて来る。

そしてそれは恐れなければ全て自分を避けていく。

つまりそれはただ僕の心を試されているだけなんだ。

それに気付いてからは踏み出す一歩にも自信が溢れてくる。

そうなると何かが転がり落ちてくる度に聞こえるこの轟音もまるで祝福の音のようにも聞こえてくるから不思議だ。


一歩ずつ

一歩ずつ

確実に進んでいく


ゴールはやがて目の前に現れる


様々な試練を経てどうやら坂道の終わりが見えて来た。

これでこの試練は終わるだろうか。


そうして僕は最後の一歩を踏み出す。ようやく僕はこの坂の頂上に辿り着いた。


「やったどー!」


僕は両手を上げてやり遂げた達成感に打ち震えていた。

生まれてここまで本気で物事に取り組んだ事があっただろうか…いやない!(反語)

さあ、これから感動の龍との御対面だ!


…あれ?


辿り着いたもののそこに龍の姿はなかった。

目の前にはあったのは小さな祠だけ。

僕は恐る恐るその祠に近付いた。


ある程度近付いた瞬間…急に目の前に宇宙空間が広がった。


(これは…幻術?)


息が出来る宇宙空間、そう言うのは昔から物語の世界じゃ幻術と相場が決まっている。

しかしリアルで遭遇するとやっぱりビビってしまう。

この幻はきっと龍が見せているんだろうな…きっと最後の試練がこれなんだ…。


ごくり…。


僕は息を飲み込んで今後の展開に備えていた。


何も起こらない…。


時間だけが流れていく…。


比較対象がないからもうどれくらい時間が流れたのか分からない。

かなり時間が経ってしまったのか…それとも全然時間が進んでいないのか…。

こう言う展開も物語とかでは定番のお約束的展開だよね。


目の前に広がる広大な宇宙は僕に何も訴えてはくれない。

危険はない…けれど、優しさもない…。

僕はこのままこの宇宙をただ彷徨っているだけなのか…そんなのは…嫌だ!


「龍よ!見ているのならどうか答えて欲しい!時間がないんです!」


いつの間にか僕は思いっきり叫んでいた。

ありったけの思いを込めて叫んでみた。

その声にこの宇宙の果てまでも届くくらいの思いを込めた。


…けれど、何の反応もなかった。


時間があるならこっちもこの試練に最後まで付き合おうとも思う。

ただ今はそんなに時間の余裕は許されていない。

こうしている間にももしかしたら制御塔は攻撃されているかも知れない。

見えないちゃんたちが危険にさらされてしまっているかも知れない。


「どうか話を!一刻を争うんです!」


…一体何が足りないんだろう。

ここまで来られたって事はそれなりの合格ラインには乗っているはずなんだ。

それに世界を見通している龍の事だからきっとこの状況も分かっていると思う。

それでも姿を表さないのは後ほんの少しの何かが僕に足りないだけ…。



その答えを導けないまま…僕はこの宇宙をただ漂っていた。

何も出来ない自分がすごく歯痒かった。

今、外の世界は一体どうなっているんだろう。

まだみんな無事だといいんだけど…。


「お願いです!どうか…」


僕はただ祈るように懇願していた。もうそれだけしか出来なかった。

自分の無力さを噛み締めながらこの世界の主にそう訴え続けるしかなかった。


「そんな言葉で龍に届く訳ないでしょ!」


聞き慣れた声が聞こえて僕は振り返る。

そこには見えないちゃんがいた。幻覚じゃ…ないよね?


「あんまり遅いから見に来たのよ!本当にグズなんだから!」


見えないちゃん手厳しい…けれどこれ本物だ!本物の見えないちゃんだ!

僕は彼女を見て緊張で固まっていた全身の力が抜けて行くのを感じていた。


「み、みんなは?みんなはまだ大丈夫なの?」


「今のところはね…でも時間がないって言うのは変わらない…巻いていくよ!」


見えないちゃんのこの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす。

どうやらまだ最悪の事態にはなっていないらしい…。

いくらあの男子共が生意気だとしても僕のせいで怪我とかされたら寝覚めが悪いし…。


でも相手はこの地球を司る偉大な龍…見えないちゃんと言えどすぐに話を聞いてくれるとは…。


「久しぶりだな…姫よ…」


その声と共に目の前の広大な宇宙空間がぐにゃりと歪んだかと思うとやがて見慣れた姿が浮かび上がる。

それは威厳に満ちた巨大な龍の姿だった。

その突然の現象に僕は驚いて声を出せないでいた。


いきなり龍キター!

な、なんで?ニンジャナンデ?


さっきまで僕の言葉ガン無視だった龍が見えないちゃんが現れただけで姿を現しちゃう?

どう言う事これ?僕がここまで頑張った意味って一体…。


それに姫って?見えないちゃんってお姫様だったの?

久しぶりって言ってるから前からの知り合いみたいだし…見えないちゃんって一体…。

僕の頭の中はまたしてもぐるぐる混乱するばかりだった。


そんな見えないちゃんは龍をじっと見つめながら話しかける。


「宝玉がちょっと必要になったの、貸してよ!」


ちょ、見えないさん?相手はこの星を司る超偉大な存在なんですよ?

そんな偉大な龍相手にそんなに軽い態度って…。


「仕方ない…大事に使えよ?」


(ええーっ?!)


僕の心配を他所に龍はそう言って見えないちゃんに宝玉を手渡した。

あまりにもあっさりと…まるで友達から漫画を借りるみたいに。


「ありがと!」


宝玉を手にした見えないちゃんは龍に向かって微笑みかける。

そうして目の前に広がった宇宙空間はゆっくりと消えていく。

あの…僕の…僕の今までの頑張りは一体なんだったんだろう?

流石にこの仕打ちには心身共にダメージがかなり大きかった。


元の世界に戻った僕は両手両膝を地面に当てて悲しみのポーズをとっていた。


「結局僕は何のために…」


「なーにヘコんでるのよ!」


見えないちゃんはそう言って僕の肩をバシン!と叩く。


「痛いよ!容赦ないなぁ…」


「君がここまで頑張って来たからこそ龍も信用して宝玉貸してくれたの!もっと自信を持って!」


「そ…そうなん?」


それが見えないちゃんなりの励ましかどうかは分からなかったけど、その言葉で僕は少しは救われたような気がした。

そう話しかけた時の見えないちゃんの笑顔を見ていたら細かい事はもうどうでも良くなっていた。


「さあ帰るよ!みんな待ってる!」


見えないちゃんの跳躍で僕らは制御塔に戻った。

僕がここに飛ばされてからもうすぐ1時間が経とうとしていた。

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