第14話 海底の遺産

次の日の朝、僕は眠い目をこすりながら見えないちゃんを出迎える。

それはもうすっかり見慣れた当たり前の風景。

日数的に言えばまだほんの数日の事なのにすごく濃い時間を過ごしている気がする。


「でさあ…ボリボリ…多分だけど…」


見えないちゃんが遠慮無く僕の用意したお菓子を食べながら話している。

僕はいつものように使われる見込みのない荷物をせっせと詰め込んでいる。


「今日で最後になると思うから…」


「え…っ」


見えないちゃんの口から衝撃的な一言が…。この仕事が今日で終わる?

この危険だけど充実した日々が終りを迎える?

物事に始まりがあれば終わりがあるのは必然だけどまさかその終わりがこんな唐突に来るなんて…。


「準備終わった?行くよ!」


「あ…っ」


相変わらず見えないちゃんは言いたい事だけ言って僕の話を聞いてくれない。

もうその事には慣れていたけど…大事な話は最後まで聞きたかった。


「今日行く所はすごいよ~!見たら笑うよ!保証する♪」


「でも、教えてはくれないんだ…」


見えないちゃんはそう言って悪戯っぽく笑っている。

でもその場所に危険はないのだろうか?昨日死にかけたって言うのに…。

昨日の件で僕の中の期待と不安は不安側に大きく傾いたままだった。


「さ、ぐずぐずしない!」


「わわっ!」


見えないちゃんは強引に僕の手を引っ張って外へ出ようとする。

僕は仕方なくその流れに乗っかる事にした。


(これで最後になるのなら…いいか…)


見えないちゃんの空間跳躍で飛んだ先は初めて見る景色だった。

いや、今までだって僕にとってはみんな初めて見る景色だったんだけど今回はそれに輪をかけてとんでもない場所だった。


そこは…海底神殿だった。


どこの海かは分からない。

けれどそこはしっかり海の底でドーム状の空間の中にその神殿はあって…。


「すごいね…息が出来るんだ…」


「面白いでしょ♪」


僕は神殿の荘厳さとか海底の美しさよりまずここで息が出来るのに関心が行ってしまった。

一体どんな仕組みなんだ…世界にこんな場所があるだなんて…。

見えないちゃんの村の存在も相当だったけどここはそれを上回る凄さだな…。

見上げれば海からの光がここまで届いているから海がとても澄んでいてこの場所がそこまで深くないのは容易に分かった。

けれどそれなら既に誰かに見つかっていてもおかしくはないはず…。

そんなニュース、今まで聞いた事ないけど…。

そんな疑問もあって思わず僕は言葉を漏らしていた。


「何でここはまだ誰にも発見されてないんだろう?」


「え?知られてるよ…隠しているだけ」


見えないちゃんの話によるとこの先史文明の遺産は公然の秘密状態らしい。

極一部の裏組織の人物のみ存在が知らされていて巧妙に隠蔽工作がなされている。

要するにかなりやばい物件だった。


「じゃ、行こっか!」


相変わらず見えないちゃんはいつだって前向きで素晴らしいな!

僕も周りを警戒しながらおっかなびっくりで見えないちゃんの後について行くのだった。


(どうか何事も起こりませんように…)


そんなあてにならない願いを何かに願いながら。



海底神殿はギリシア神殿っぽい感じのものもあればピラミッドっぽいものもあって

よく見れば日本の神殿っぽいものも?


「何か各宗教のごった煮みたいな感じ…」


「でもまだ本殿じゃないからね」


どうにも海底神殿はずっと奥に本当の本殿があるらしい…。

つまり見えないちゃんは過去にここも巡回済みだと…。


「以前にもここに来た事が?」


「今日でここに来るのは2回目かな」


本当、彼女の底が知れません。

今のところ不穏な気配は何も感じられないけど昨日の今日だけに不安が残る。


(ライアンさーん!今日も警護よろしくですよー!)


と、僕は心の中で叫んでいた。

いざとなったら彼だけが頼みの綱だった。


てくてくと僕らは海底神殿を歩いて行く…。

上空を見上げれば魚達が優雅に泳いでいる。

もしさかなクンさんがこの景色を見たらきっと大興奮するんだろうな…。

ぼうっと上ばかり眺めていると面白いお魚ショーが今にも始まろうとしていた。


おおっ!サメじゃ!サメがおった!

他の魚達が急いで逃げて行くわー!

水族館じゃ絶対見られないねこれ。


「あてっ!」


僕は上ばかり見ていて躓いてしまった。うう…何だか恥ずかしいな。

でもそんな僕を見えないちゃんは全然気付いていなかった。

彼女はずっと前だけを見て進んでいた。…まぁね、そんなの分かってたけどね。


「ちゃんと前見て歩いてね…」


えっ?見えないちゃん気付いてた?

やばい…すごく顔が赤くなるのが鏡を見なくても分かる…。

これは見えないちゃんに合わす顔がない…。

僕はしばらく体中がヒートアップしたまま歩く羽目になっていた。


だってこんな光景見ちゃったらちょっとまともじゃいられないよ…。

それほどまでに海底神殿は神秘的で魅力的な場所だった。

主に下から見上げる海の景色についての感想だけど…。

海中都市とか実現したらこう言う光景が日常風景として見られようになるのかな…胸が熱くなるな…。


で、肝心の海底神殿の建物が魅力的じゃないかと言えばそんな事はない訳で。

ずーっと見ていてもすぐには飽きそうにない建造物が僕を惹きつけ続けていた。

でも見えないちゃんが寄り道をするはずがなかったんでね…仕方ないね…観光に来た訳じゃないからね。


(お仕事…お仕事っと…)


神殿の奥へと進んでいくと今までの各地の神殿のような建物じゃない初めて見る…けれど確かに特別神聖そうな建物が目に入って来た。

直感できっとあそこが目的地なんだなって素人の僕でもすぐに分かった。

その建物だけ明らかに”生きて”いたからだ。

この感覚はうまく表現出来ないんだけど…感じてしまったんだからしゃーない。


僕がその建物を見て心を引き締めていると見えないちゃんが急に手を握ってきた。

つまりそれは人の気配を感じたって言う事。

僕らの周りののんびりした気配がいきなり緊張感に包まれていく。

ここが公然の秘密状態って事はそれなりの組織がこの場所で何か作業をしていてもおかしくはない訳で…。


「やっぱりあそこにいるの?」


「うん…」


僕は具体的には聞かなかったけど…もう既にヤバい雰囲気がプンプンしていた。

それでも進まないといけない…どうか見えないちゃんのステルスで無事事なきを得ますように…。


そうして僕らは海底神殿の本殿にずんずんと近付いて行く。

心の中で発せられれる危険信号もどんどんと大きくなって行く。

実際にはまだ周りに人の気配を全然感じないのに…。

って言う事はきっとあの建物の内部にだけ人がいるんだろうな…。

僕は根拠もなくそう確信していた。


そうして警戒しながら僕らはその目的の神殿へと足を踏み入れて行く。

さあ、鬼が出るか、蛇が出るか…。

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