第8話 奪還計画
「今回は今までと違うから」
次の日に会った見えないちゃんは唐突に僕にそう告げた。
それでもその表情からそれがどのくらい重要な事かが全然読み取れない。
もっとハードになるのか少しは楽に旅になるのか…。
出来れば楽な方だといいなと思いつつ僕は行き先を聞いてみる。
「で、今日はどこに行くの?」
この時の僕はまだ楽観的な気持ちでいた。
多少危険な場所に行くとしても生命の危険とは無関係だろうと。
しかしその淡い期待は見えないちゃんの次の答えによって粉々に打ち砕かれる事になる。
「米軍基地」
「は?」
べべべ、米軍基地ですとーッ!
それはッ!部外者にとって世界で一番危険な場所ッ!
とんでもないよ!見つかったら100%死んじゃうよ!
…って行く内容にもよるか。別に軍事機密を盗みに行く訳じゃないだろうし…。
「基地に何しに行くの?」
「捕まっているある人物の救出をちょっとね」
は…はぁぁぁーッ!?
ちょ、ちょい待って!僕一般人!エージェントちゃいますから!
屈強な軍人相手に何か出来るほどの特殊技能とか何も持ちあわせていませんからっ!
「大丈夫よ」
「な、何がっ!」
僕は彼女のこの反応に焦ってついムキになって答えていた。
これはゲームじゃないんですよ見えないちゃん!
相手はガチで銃を持ってるんですよ!射殺されても文句言えないんですよ!
相手は百戦錬磨の世界最強のプロの軍人なんですよっ!
僕は何とか見えないちゃんを説得しようと考えていた。
流石にこんなミッションに付き合っていたら命がいくつあっても足りないからね。
じゃあまずは現実とゲームは違うところから攻めてみようか…。
と、僕が説得工作の準備を頭の中で進めていると
「私のステルス能力を使えば誰にも気付かれないから」
と、見えないちゃんは自信たっぷりに話すのだった。
そこで僕は基地のセキュリティに対しての事を聞いてみる事にした。
そう、人間の目は誤魔化せても機械の目は誤魔化せないだろう作戦だ。
これぞたったひとつの冴えた作戦だぜ…(汗)。
「機械の目も誤魔化せる?熱源探知とかも?」
「うん」
見えないちゃんは僕の質問にまるで自信たっぷりにうなずいた。
何この彼女の自信の現れっぷり…まさかと思って再度質問をぶつけてみた。
「もしかして前にも米軍基地に侵入した事が?」
「あるよ」
何とこの質問に即答ですよ。
マジですか…。見えないちゃん…恐ろしい子っ!
普通ならそんなの嘘だとまず疑うところだけれどこれまでの経緯からまずそれが嘘ではない事を僕は確信してしまっていた。
ああ…こうやってどんどん異常な状況に慣れていくのかなぁ…。
「それじゃあ行くよ、準備は出来た?」
「ちょ、ま!心の準備すらまだ出来てないよ!」
相変わらず見えないちゃんは僕に時間の余裕を与えてくれない。
大体米軍基地に進入するって一体何を持って行けばいいって言うんだ…。
当の見えないちゃん本人は相変わらずの軽装だし…。
ちょっとそこのコンビニに行くような感覚みたいな…でも行き先は米軍基地だよ?
「早くしないと先に行くよ!」
「分かったよ!すぐ準備するから!」
僕はとりあえずの準備をして見えないちゃんを追いかけて行く。
準備と言っても役に立つかどうか分からないガラクタをディバックに詰めただけ…。
まず普通に考えて米軍基地に侵入するのに必要な物なんて一般家庭にある訳ないって言うね…。
今回は無事に帰れるのかマジで不安になってきた…。
HDDの中身、消しておいた方が良かったのかも…(汗)。
それから見えないちゃんの空間跳躍によってあっと言う間に米軍基地の側へ…。
ここが数多くある米軍基地のどの基地かは分からない…けれどその厳重な警備が目に入ると否応なしに緊張が高まって来るって言うね…。
「あ、そうだ忘れてた!」
僕が緊張でガタガタ震えていると唐突に見えないちゃんが声を上げた。
そうして振り返って僕の顔をじっと見つめている。
「え?何?忘れ物?」
出来ればここで引き返したかった僕はちょっと期待しながら見えないちゃんに声をかける。
そこで望み通りの答えは返って来ないだろう事も予感しながら…。
「違う違う…あのね…今から私からは離れないでね」
「え…それは勿論そのつもりだけど…」
見えないちゃんは僕に手を差し伸ばしてきた。
僕も当たり前のように無意識に差し出されたその手を握る。
「え…?何?」
「ここからは常に私の身体に触れていてね…そうしないとステルス消えちゃうから…」
どうやら見えないちゃん自身は自由に姿を消せるけど相手もその状態にするには常に彼女と触れていないとダメらしい…。
そう言えばキャラがずっと手を握ってプレイするゲームが昔あったけどあんな感じかな?
もうすでに彼女の手を握る僕の手が緊張で手汗をだらだらとかいてしまっている…。
ああ…見えないちゃん、気持ち悪かったらごめん…。
「GO!」
見えないちゃんの号令で一気に僕らは基地に向かって走り出す!
僕はこの時もうどうにでもなれって気持ちで一杯になっていた。
神様、どうか僕達を見守っていてください…。
信仰心もないくせにこんな時に限って祈りを捧げる僕を神様が守ってくれる保証なんてどこにもないけど…。
こんな事になるなら初詣のお賽銭、ケチるんじゃなかった…(遠い目)。
僕は見えないちゃんと手を繋いで目的地の基地内部に向かってノンストップで走り出す。
まずは最初の関門、基地のゲートを誰にも止められる事なく通り抜けて行く。
なるほど、マジで誰にも気付かれない。
基地内には屈強な兵士たちで一杯だ。
どこを見渡してもゲームや映画で見たような緊張感溢れる風景。
けれど、うわ~すごい~!なんて興奮している余裕はこちらにはなかった。
何て言ったってこっちは無許可侵入、不法侵入なのだから。
誰かに見つかった時点で多分冷静に彼らによって処分されるだろう。
…あれ?何で自分こんな危ない橋を渡っちゃってるの?(混乱)
それはそうと見えないちゃんの手を離さない限りこの無敵モードは続く模様。
例えそうだとしてもこんなヤバイ場所には1秒だって長居したくない。
彼女が素早く目的を遂行してくれるのをただ僕は願うしかなかった。
見えないちゃんは慣れた手つきでパスワードを入力して基地内の閉鎖されたエリアのドアを開けて行く。
その仕草が場馴れしすぎていて怖い。見えないちゃん、恐ろしい子っ!
基地内にも勿論兵士が沢山歩いている。通路上部には監視カメラもある。
それでも誰も僕らの存在には気付かない。
僕は改めて見えないちゃんの能力の凄さを思い知らされていた。
握っている彼女の手はこんなに可愛くてちっちゃいのに。
見えないちゃんは基地内をひとつも迷う事なく走り抜けエレベーターへ。
ステルスアクションゲームならここまでに様々なミッションをこなさないといけないんだろう。
けれど最初から見えない存在の見えないちゃんはまっすぐに目的地に進んで行ける。
自分としても最短距離で最速でこのミッションを終えて欲しいと心から願っていた。
エレベーターの階数を押した後にしばらく沈黙の時間が流れる。
ここにもカメラが付いているから握った手はまだ離せない。
だからここで緊張感を切らす訳にはいかなかった。
「ふぅ…」
「怖いんでしょw」
緊張している僕の方を見て見えないちゃんがにやっと笑う。
この状況でこの余裕…見えないちゃんってちょっと修羅場くぐり過ぎでしょ…。
エレベーター内って言う事で少し安心した僕は彼女に話しかける。
「捉えられてる人ってやっぱり村の関係者?」
「うん」
…まぁ、そりゃそうなんだろうな…。
しかし米軍に捉えられるってタダ事じゃないって言うね…。
改めて自分がとんでもない世界に足を踏み入れている事を実感していた。
その救出に見えないちゃんが選ばれたって事はもしかしてその人物は見えないちゃんの知り合い…?
僕はちょっと気になって改めてその辺の事も聞いてみた。
「捕まってるのって見えないちゃんの知っている人?」
「まぁね」
見えないちゃんはこの質問に何一つ動じることなくケロッと答える。
彼女ってもしや過去にかなりやばい仕事も引き受けていた?
確かにこのステルス能力があれば隠密行動もラクラクだけど…。
(こう言うのは子供がする仕事じゃないよな…)
こんな状況でもまるで当たり前のような顔をしている見えないちゃん。
こう言う精神状態になるまでにどれだけの場数を踏んだんだろう…。
あの温厚そうな両親が我が子にこんな事をさせているだなんて…。
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