第3話 見えない村

その村は見えない村。

普通の人は入れない村。


さっきまで信じていなかった。

今でもまだ半信半疑のまま。


「別に逃げないからさ、手を離してくれない?」


「恥ずかしいんだ?いいじゃん別にv」


「そ、そう言うんじゃないから」


僕は引っ張る見えないちゃんの手を振りほどいた。

そしてしっかりその後をついていった。

どうせだからしっかり見極めてやろうじゃないの!

この大掛かりで悪趣味な冗談に!

その時はそんな気持ちで一杯だった。


見えない村は人気はあまりなく寂れた感じだった。

限界集落ってこんな感じなのかな…。

村の建物は現代風で違和感を感じないところが逆に違和感バリバリだった。


誰がこの建物を建てているんだろう?普通の人は入れないのに。

みんな見えないちゃんみたいにこの村の人が結界を解いて職人さんを村に入れているのかな?

それともこの見えない村の職人さんたちの腕が外の世界と同じレベル?


見えない村はそう言う違和感を感じさせない風景と共存するように今までに一度も見た事もない不思議な建物も一緒に存在していた。

それは簡単に表現するなら夢の中の風景のようだった。


僕が珍しそうにキョロキョロ村を物色していると見えないちゃんはある建物に入っていく。

僕も流れで一緒にその建物に入ってしまった…何の躊躇もせずに…。

きっとこの不思議な経験の中で感覚が麻痺していたんだろうな…。


「おお、おかえり!」


「ただいま!」


その建物に入った瞬間、見えないちゃんとその建物の主が会話をしていた。

仲が良さそうだしこの人が見えないちゃんの家族の方かな?

僕はその見えないちゃんと会話をしている恰幅のいいおじいさんに挨拶をした。


「あ、はじめまして…僕は…」


「おお客人!今回はどうも有難う!」


僕が話をし終わる前におじいさんはそう言うとニコニコしながら僕の肩を叩いてくれた。

何だろうこの感じ…あったかいんだからぁ…じゃなくて暖かくて懐かし感じ…。

思わず僕は幼い頃おじいちゃんに優しくしてもらったあの感じを思い出していた。

そんな暖かい気持ちで満たされていると見えないちゃんが話しかけてきた。


「紹介するね、村長さんだよ!」


「そ、村長さん!見えないちゃんのおじいちゃんってそんなに偉いの?」


「えっ?違うよ?」


うわっ!何だか恥ずかしぃー!

ちょっと勝手に勘違いしちゃってたわー!


僕は恥ずかしさで一気に顔が真っ赤になってしまった。

そのせいでしばらく誰の声も耳に入らなくなっていた。


「いい相手を見つけたな」


「うん!ちょうど良かったよv」


村長と見えないちゃんのこの会話も当然僕の耳には届いていない。

村長と見えないちゃんはその後も何か話していたみたいだけど、どれひとつ把握出来ないままだった。


僕が落ち着いたのは村長が出してくれたお茶を飲んで一息ついた後だった。


「じゃあ行こっか!」


お茶を飲み終えた僕に見えないちゃんが急かすように話しかける。

不意をつかれたようなこの行動に僕は少し焦ってしまった。


「えっと、次はどこに?」


「私の家に決まってるじゃん!」


あ、そりゃそーですよね…。

いつの間にか僕はここに来た目的を忘れかけていた。いかんいかん。


しかし何故最初に来たのが村長の家だったんだろう?

この村には何かそんなしきたりでもあるのだろうか?


そんな疑問を抱きつつも見えないちゃんの気持ち優先で村長の家を後にする事に。

僕が村長の家から出ようとした時、村長がニコニコ笑いながら僕に話しかけてくれた。


「またいつでも遊びに来なさい」


この時はそれはただの社交辞令だとばかり思っていたんだ。



村長の家を後にして今度こそ僕らは見えないちゃんの家を目指す。

よく考えて見ればさっき行ったあそこは村役場?だったのかな?それとも村長の自宅?

この村はよっぽど住人たちの結束が強いのかな?

などと、僕はこの村についての考えを色々と巡らせていた。


「ちょっと質問していい?」


「ふんふふんふふーん♪」


僕は見えないちゃんに声を掛けたけどさっぱり無視されてしまった。

まぁ見えないちゃんが楽しそうにしているならそれでいっか。


しかし本当にたまに見えるあの見た事もない建物は何なんだろう?

見えないちゃんを送り届けた後にでも覗いてみるかな。

もしかしたらそこにこの村の秘密が隠されているのかも。

何だかそんな事を考えるとオラワクワクして来たぞ!


そんな妄想で心を踊らせていると目の前に有り触れた一般的な一軒家が見えてきた。

今度こそ見えないちゃんの家なのかな?かな?


「あそこ?」


「うん♪」


この見えないちゃんの返事からしてどうやら間違いではなさそう。

あかん、そうだと分かったら何だか急に緊張して来た。

見えないちゃんのご両親、やっぱりすぐに連絡しなかったから怒ってるかな?

昨日の内に電話した時は穏やかな感じだったけど…。

ドキドキドキドキ…これが本当のドキドキパニックやー!



見えないちゃんは僕のこの緊張を全く気にかける事もなく手慣れた感じでそのドアを開けて中に入っていった。

おおおーい!まだここ心の準備ガガガ…!


「ただいまー!」


…。


お、お留守なのかな?

見えないちゃんは勝手知ったる自分の家でそそくさと家の中に入っていったけれど家の中からは何の反応もなかった。

でもドアには鍵がかかってなかったし…それだけ治安がいいのかしら?

部外者が入れない見えない村だから治安がいいのは当然っちゃ当然なのかもだけど…。

昔の日本も鍵をかけないのが普通だったみたいだけどそんな古き良き日本文化が生き残ってるっぽい?


(しかし一体これからどうしたら…)


僕は見えないちゃんの家の玄関先で固まっていた。

そりゃそうだろう…礼儀的に言って知らない他人様の家で家の人の招きもなく上がり込めるはずがない。

とりあえず見えないちゃんを家に送り届けるミッションはこれで完了した訳だしもう帰っちゃおうかな?


「み、見えないちゃーん?それゃじゃあ帰るね…」


僕は思わず小声でそう言うと見えないちゃんの家の玄関を後にする。

しかし何でこう言う時、人は小声になっちゃうんだろうね…不思議だわぁ。

この声に対する見えないちゃんの返事はなかった。

…小声だったから聞こえなかったのかもだけど(汗)。


しかしここで見えないちゃんのご両親に合わないのは逆にラッキーだったかな。

会ったら会ったで何を言われるか分からんもんね。


と、思いながら顔を上げるとニコニコした一組の御夫婦が目の前に立っていた。

おやおや、これはどちらさまでしょうか?


…じゃなーい!

間違いなくこれ見えないちゃんのご両親だよ!

やばいやばい!何か喋らないと!

英語でしゃべらナイト!(違)


「あ…」


あ、じゃないよ、これじゃ不審者だよ!違いますよ僕不審者じゃないですよー!

僕は言葉にならない言い訳を心の中で叫んでいた。


「あら、あらあらあら…」


「まあまあまあ…まずは入って、ね♪」


「あ、はい」


温厚そうな見えないちゃんのご両親に押し切られて僕はおもてなしを受ける羽目になってしまった。

ま、まぁ…ご好意はね…ちゃんと受けないと悪いしね…うん。


「本当、あの子を見つけてくれてありがとうね♪」


そう話すのは温厚そうな見えないちゃんのお母さん。笑顔が優しい。

どこからどう見ても普通のお母さんに見える。

どっちかって言うと若いのかな?あんまりジロジロ見るのも失礼だけど。


「い、いえ…彼女の方から…でしたし…」


僕は何と答えていいのか分からずに誤魔化しながらそう返事をしていた。

この村の事に対しても色々聞きたかったものの村の住人を前にすると咄嗟に言葉に出なかった。

何かそう言うのを興味本位で聞くのも何だか悪い気がしたし…。


「良さそうな青年で何よりだったよ」


こう話しかけてきたのが見えないちゃんのお父さん。

体育会系?インテリ?見た目からはちょっと判断出来ないかな?

でも中年のだらしない体型ではなくしっかり鍛えている感じ。

言葉に力強さがあってこの人に説得されたら何でも納得しちゃいそう。


「は、はぁ…」


しかし何だろうこの三者面談。

特に居心地が悪いと言う訳でもなかったけど慣れない空間はひどく僕の精神を疲弊させていた。

ぼっちにコミニュケーション能力を期待されても困るんだぜ?


「あの子、ご迷惑かけませんした?」


「あ、それは大丈夫でした…」


出されたコーヒーを飲みながら僕は無難な返事をしていた。

やっぱりここは少し変な所はあるけれどそれ以外は外の世界と一緒だ。

出されたお菓子もよく見るタイプのものだし、それがたまたま僕が好きなやつだったのでついつい欲望のままにお菓子をほいほいと口に入れてしまっていた。


…でもこれ本当にたまたまだったのかな?

いやいや、そこを深く考えると考えが怖くなるからやめておこう。

ご好意、ご好意っと。


「えっと、あの…それゃじゃあ帰ります」


「え、まだ早いのに」


「コーヒーとお菓子ありがとうございました、美味しかったです」


慣れない雰囲気に押し潰されそうになったので早々に僕はこの家を後にする事にした。

ご両親共々まだおもてなしし足りなさそうな雰囲気ではあったけれどこっちが精神的にもう限界。

あの勢いだとお土産まで持たされそうだったのでそそくさと出る準備をする。

半ば逃げるような感じで僕は見えないちゃんの家を後にした。


「ふぅーっ!」


ミッションを終えた開放感で僕は思いっきり背伸びしていた。

その後の予定は何も決めていなかったけれどとりあえず折角だから村の探索をする事にした。

まずはあの珍しい建物の正体でも探りに行こうか。


僕はこの見えない村の道をテクテクと歩く。

村長さんの話ではここは全国に5つある隠れ里のひとつなんだと。

こんなところが後4つもあるのかよ…この国にはまだまだ隠された謎が多いな…。

などと中二的な妄想を膨らませて行く。

妄想っつったって現実にこんな体験したら世の中に漂う噂がみんな真実のような気がしてくる。

昔話題になった時空のおっさんとか小人さんとか裏で暗躍する秘密組織とか…(汗)。


村は人通りが少ないとは言え、全然人がいない訳でもなく…僕が道を歩いていると

何人かの村人たちとすれ違った。

会う人がみんな漏れ無く会釈してくるのでこっちも合わせて会釈し返していた。

何故か笑顔で握手されたりもした。歓迎はされている…のかな?

驚いた事に普通に自販機が置いてあってちゃんとこっちの通貨が使える…当然と言えば当然なんだろうけど。

コンビニこそ見当たらなかったけどお店もちゃんとあって食料も本も不便なく手に入る。

まぁ…深く考えたら負けなんだろうな…。


謎の建物の前までやってくるとその大きさにちょっと圧倒されてしまった。

造形的には新興宗教とかでよく見る尖ったデザインそのものでまさに怪しさ満点。

特に出入口もなく、これは芸術家の作ったオブジェだと言われたら素直に納得出来るクオリティだった。


「おおう…おおう…」


こう言うのを見ると無意味に感動しちゃうんだなぁ…。

こう言った謎の建物がこの村にここから見えるだけで5つ存在している。


(全部見て回ろうかなぁ…)


湧き上がる好奇心に促されて僕の足は勝手に動いていた。

どの謎の建物も素晴らしかったけどやっぱりその存在理由は謎のままで、かと言って周辺の住人にこの建物の事を聞く事も出来ずにいつの間にか結構な時間が経ってしまっていた。

西の空が紅く染まり始めたのを感じて僕はそろそろこの有意義な冒険を終わらせる事にした。


来た道を真っ直ぐ辿ってやがて村の出口へ…。

ここから見ると道はどこかに繋がっているっぽいのにな。

この村が見えない仕組みって一体何なんだろう?

そう思いながら一歩踏み出そうとしたら


バチン!


「うわああっ!」


僕は謎の力に弾き返されてしまった。

え?何?見えない壁みたいなのがあるの?

どうやら僕はこの村に閉じ込められてしまったようだ。

な、何だってー!


「あーもう!やっぱりだ!」


僕がショックを受けて割とマジに途方に暮れていると背後から聞き慣れた声がした。

振り向くとまるで待ち合わせの約束をしていたかのように見えないちゃんがそこにいた。

何で僕が今ここにいる事が分かったんだろう?


僕は助けを乞うような顔を無意識にしていたんだろうな。

彼女は少し呆れたような、けれどかなりのドヤ顔で僕を見ていた。


(な、何か情けない…トホホ…)


「さ、行くよ!」


見えないちゃんは最初にこの村に入った時のように僕の手を強引に掴んで歩き出した。

僕は何の心の準備も出来ないまま、まるで引っ張られるように歩き出した。

村の出口の見えない壁をまるで何もなかったかのように通り抜けていく見えないちゃん。

見えないちゃんに引っ張られながら僕も今度こそはその壁を突破する事が出来た。


村を出る瞬間、村に入った時と同じような目眩に襲われる。

この目眩、この村に出入りする時の通過儀礼みたいなものなのかな。

もう一度目を開けたらまた村に入る前にいたあの場所に戻っているんだろう。


「うぇ…?」


目を開けた僕の視界に飛び込んできたのはすごく見覚えのある景色だった。

見覚えがあるどころか僕の家のすぐ目の前じゃないか…一体何がどうして?


「出口ここに繋げておいたから」


僕が混乱していると見えないちゃんがさらっとそう言い放った。

な、何だってー!(二回目)

見えないちゃん、ただ見えないだけじゃなくてやっぱり恐ろしい子っ!(二回目)

原理はよく分からないけど空間を歪める技を持っていらっしゃるのね…。


(そんなすごい能力があってみんなとはぐれて帰れないって一体…)


僕はその疑問が喉から出そうになった。

けれどそれを言うタイミングを何となく逃していた。

今は混乱して言葉がうまく出なかったって言うのもあった。

僕が混乱して何も口に出せないのを見えないちゃんは面白そうに眺めていた。

やがてその観察の時間も終了したのだろう。


「じゃ、また明日!」


見えないちゃんはそう言うニコニコ笑いながらと僕の目の前からすうっと消えていった。

きっとまた見えない村に帰っていただけなのだろうけど…。

彼女が消えた後に辺りをどれだけ探してみても当然のように見えない村への入口には辿り着けなかった。


(狐に化かされるってこんな感じなのかな…)


見えない村への入口を探し疲れた僕はそう思いながら仕方なく自分の家へと戻った。

住み慣れた自分の部屋は今朝出た時のままで一気に現実に引き戻されたように感じた。

何だか不思議で奇妙で長い一日はこうして終わったのだった。


これでもうあの子とも合う事はないのだろうしまた平穏で退屈な日々が続くんだろう。

僕は自分の部屋で背伸びをしながらぼんやりと明日以降の事を考えながら眠りについた。

色々あったせいで見えないちゃんが別れ際に言った「また明日」と言う言葉をすっかり忘れてしまっていた。

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