第18話 扉へ

「すごい」


 湊人は、自分の右腕を見ていった。綺麗な皮膚に戻らないかと思っていたが、焼け痕が残る程度だった。

 あの激闘の日から、今日で、ダンダルシアに滞在して一週間目になる。

 その理由は、自分にあった。船に乗り込んだあと、意識不明になったらしい。

 次に目覚めたのは、三日後のことだった。身体中を包帯でぐるぐる巻きにされていた。

 そして、今日、湊人は包帯を取ることができたのだった。


「この世界の治療は、進んでいるんですね」


 湊人は、自分の右腕を色々な角度から見ながら、お見舞いに来てくれていたペナートにいった。


「だけど、痕が残ってしまったね」


 ペナートは申し訳なさそうな顔をしていた。


「別にいいですよ。これぐらい」

「そ、そうかい。よかったよ」


 ペナートはほっとした顔をしていった。


「ところで、帰りの支度は済んでるかい? あと少ししたら、ここを予定通り出るからね」


 自分たちの世界に邪神が現れるまで、三年はあるというものの、ゆっくりはしていられなかった。


「何も持ってきてないので、大丈夫ですよ。それにしても、ペナートさんもよかったですね。久しぶりにシャルルさんに会えますよ」

「そうだね。たぶん、相当怒られるよ。長いこと心配かけたらね。それを思うだけで、胃が痛いよ」


 湊人が吹き出すと、ペナートもつられて笑っていた。

 湊人とペナートは病院を出ると、三人を乗せた大型のスエーが止まっていた。円形のコーヒーカップのような形をしていた。


「これ、どうしたの?」

「ダータラさんが手配してくれたの」


 侑里はそういって、運転席をペナートに譲った。


「そうだったんだ」

「それじゃあ、みんな、名もなき街へ向かうけど、準備はいいかい?」


 全員がうなずき返すと、ペナートは大型スエーを走らせた。

 ダンダルシアの街並みを見ながら、湊人は、これまでのことを思い返していた。

 なんだか、遠い昔のことのような気がした。

 すると、そこへ、スエーに乗ったダータラがやってきた。


「おい、お前たち!」

「ダータラさん」

「この国を救ってくれて、ありがとう。あたしは、あたしたちは、お前らのことを絶対に忘れないからな。また、オブリヴィオンに来てくれ。お前たちを歓迎する」

「ありがとうございます。ダータラさんもお元気で!」


 ダータラは、力強くうなずくと、その場から去っていった。

 ダータラらしい、さっぱりとした別れ方だった。

 そして、大型スエーは、ダンダルシア、フーリエを抜けていく。四人の目の前に、懐かしい茶色の掘っ建て小屋が見えてきた。

 ペナートは、シャルルの家の前でスエーを停めた。

 四人がスエーを降りるが、ペナートは運転席から動こうとしない。


「ペナートさん、早く降りてきてください」


 侑里がうながすが、ペナートは躊躇っていた。


「やっぱり、僕はいいよ。ほら、会わせる顔がないし」

「ここまで来て、何をいってるんですか? 早く」


 侑里は強引にペナートの手を引くが、なかなか降りようとしない。

 すると、小屋の扉が開いた。


「シャルルさん」

「あっ、あなたたち」


 シャルルは四人の顔を見ると、息を呑んだ。それ以上に、ペナートの顔を見た途端、両手を口元に当てた。


「た、ただいま」


 ペナートがぎこちない笑みを浮かべると、シャルルはその場で泣き出し、ペナートの下へ駆け寄り、抱きしめた。


「お、おいおい」

「よかった。ほんとによかった。無事だったんだね」


 その言葉を聞き、ペナートも胸にきたのか、目に涙があふれていた。


「ああ。ここにいる彼らのおかげでね」


 シャルルは、四人に顔を向けると、深々と頭を下げた。


「ありがとう」

「いえ、私たちもシャルルさんに感謝しています。ペナートさんが、もしも、私たちの話を聞きいれてくれなかったら、ブラッドクライには辿りつけませんでしたから」

「それじゃあ」

「はい」


 侑里がレミに顔を向けると、レミはポケットからブラッドクライを取り出してみせた。


「これがブラッドクライ。写真よりも本物はやっぱり綺麗ね。そうだ、今日はせっかく帰って来たのだから、泊まっていくといいわ」

「それが、僕たち、もう帰らないといけないんです」

「どうして?」


 シャルルの問いに、ペナートが答えた。


「彼らにはまだ、やるべきことが残っているんだ。だから帰らなくちゃいけない」

「そう……」

「シャルルも一緒に見送りに行かないかい?」

「もちろん、行くわ」


 全員で丘を上り、扉の前まで歩いた。

 侑里やレミは、シャルルにこれまでのことを話していた。

 そして、別れの時がやってきた。


「ここから来たのか……」


 ペナートは、まじまじと扉を見ていた。

 レミが扉を開けると、来たときと同じように、銀の膜が張られていた。


「ほんとにキミたちには、感謝しきれないほど、感謝してる。ありがとう」

「ペナートさん、一つだけお願いしたいことがあるんですけど」


 湊人がそういうと、ペナートは胸を叩いた。


「なんでもいってくれ」

「裏切りの祭壇について、改変をお願いしたいです」

「任せておけくれ」

「ありがとうございます。それじゃあ、また」


 四人は扉に入り、オブリヴィオンを後にした。


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