第15話 決戦

 ペナートを担いだ男が、先頭を走り、サクリファイスがある場所へと先導していた。森の中を進んでいくにつれ、その必要がなくなった。

 遠くからでも、充分に殺気を感じたからだった。

 その発信源に辿り着くと、背の高い木に隠れるようにして、建物が建っていた。

 その前には、仁王立ちしたオリガが待ち構えていた。


「ほう。お前たちがここへ来たということは、ロネは負けたのか」


 低い声で、無感情のまま、オリガは言葉を発した。


「ブラッドクライが、無くなっていたのだが、ペナート、お前の仕業か?」

「そうだ。僕の足を痛みつけた仕返しさ」

「そんなにも私に殺されたいのか」


 オリガは呆れるような顔をしていた。


「命が惜しい者は、私のもとにブラッドクライを持って来い。その者だけは、救ってやろう。いいか、これが最後の警告だ」


 オリガの言葉に、偽りはなかった。そのことを湊人だけでなく、周りの者も感じているようだった。人から発せられているとは思えない殺気が肌を刺す。

 しかし、誰もオリガに耳を貸さなかった。


「そうか……愚かな者たちよ、ここで死ね」


 そういって、オリガが一歩前に踏み出したと同時に、銃を撃ちながら、反乱軍の兵士たちが突撃した。

 後に続くように湊人と零が走り出す。

 兵士たちの放つ銃弾は、確実に命中していたが、まったく効いていないようだった。

 オリガの足は、依然として止まらない。


「どうなっているんだ?」


 湊人の額から冷や汗が流れた。弾丸を弾くのならともかく、弾丸を受けて無傷というのは、さっぱり意味がわからなかった。

 いったい、どんな能力なのだろうか。

 前線にいる兵士たちは、効果のなかった銃を捨て、剣を抜いた。

 そして、先頭を走っていた兵士が、向かって来るオリガに剣を振り下ろした。

 オリガは剣を躱し、雄叫びをあげながら、その兵士の身体に拳を入れた。

 兵士は、何メートルか後ろへと吹っ飛んでいき、木の幹に激突した。地面に伏すが、剣を杖替わりにして立ち上がった。口から血を吐くものの、何とか剣を構える。

 オリガの一撃は、重症にはなるが、死ぬことはない。

 その情報は、戦う上では大きかった。重症と死では、意味合いが変わってくる。

 死なないということは、自分の繰り出す一撃に集中できるということだ。

 そう、誰もが思った直後だった。

 オリガから一撃をもらった兵士が爆発した。木端微塵となり、姿形も残らなかった。その光景を目にして、オリガに突撃をしかけていた者たちの足が止まる。

 湊人と零も例外ではなかった。

 オリガに触れられたら爆死する。その認識に、誰もが恐怖に身を貫かれてしまった。

 そこへ、オリガが猛然と迫ってくる。

 前線にいた兵士たちは、守りに入り、オリガの拳を剣の側面で受けようとした。

だが、拳が触れた途端、剣が爆発を起こし、腕が吹き飛んだ。

 悲鳴を上げる兵士に、オリガは拳を叩き込み、爆死させた。

 守りが意味を成さないことを感じ、今度は、なりふり構わず剣を振っていくも、オリガは躱すことなく、鬼神のごとく拳を突き出していく。

 圧倒的な力の前に、兵士たちの士気が下がっていった。

 反比例するかように、オリガの動きは、ますます機敏となり、兵士たちが次々と餌食になっていく。

 鬼のような顔を見せ、容赦なく殺していくオリガに慄き、突撃していった兵士の中から、逃げ出す者が出てきた。

 少しでも生き永らえたいと、自分の立場を顧みず、森の方へ走り出していく。

 だが、オリガは、見逃さなかった。地面に落ちている石を数個拾い上げると、逃げ出した者に向かって投げた。

 その石は、森に向かって逃走していた兵士の背に当たった瞬間に爆発し、外れた石も地面に触れた途端に、地面を抉るほどの爆発を起こした。


「私から、逃げられると思うな!」


 オリガが怒号を上げる。

 ふと、隣にいる零から気迫を感じた。ロネとの戦いで、体力を消耗しているのにもかかわらず、零はAランクからSランクへと引き上げた。額には大粒の汗が流れ、顔を苦痛で歪ませていた。


「零」

「一か八かだ」


 零は、間合いを一瞬にして潰し、オリガの正面に立つと槍を突ついた。

 一方のオリガも、零の速さに面食らうことなく、拳を握りしめて振りかぶった。

 互いに突き出した槍と拳が衝突する。

 槍が爆弾化し、零の腕が吹き飛び、そう湊人は思った。

 しかし、槍は壊れることなく、オリガの拳による爆発だけが起き、零は爆風に足を取られて地面を転がっていく。

 そこへオリガは、爆弾化させた石を投げ込んだ。


「零!」


 湊人は叫び、危険を知らせるが、零は身動き一つ取らない。連戦での疲労、ダメージの蓄積が頂点に達してしまったのだろう。

 しかし、自分の足では、零にたどり着く前に、石が直撃してしまう。


「逃げるんだ、零!」


 湊人の叫びも虚しく、石は爆発を起こした。土埃が舞い上がり、火薬の臭いが立ち込める。

 湊人は目の前で起きたことが信じられず、零の方へ目を見張ったまま、立ち止まった。

 零は、どうなったのだろうか。それのことだけが、頭の中を駆け廻る。

 次第に煙が晴れていくにつれて、湊人の動悸が激しくなっていく。

 目に飛び込んできたのは、右の拳を突き出したレミの姿だった。零をかばうようにして立っていた。


「レミ!」


 湊人が声をかけるが、反応がなかった。

 レミは、そのまま前のめりになって倒れた。


「爆発の衝撃には耐えられなかったようだな」


 そういって、オリガは腹部に視線を落した。そこには侑里の矢が、突き刺さっていた。

 煙が立ち込めた中で、的確に命中させる侑里の腕前に、普段なら驚愕していた。だが、今は、驚愕すべきはオリガに対してだった。これまで多くの敵を貫いてきた侑里の矢が、刺さる程度にしか至らなかったことに。

 オリガはおもむろに矢を抜き、人差し指を血が流れ出る傷口に押し当て、爆破させて止血した。


「これは、お返しだ」


 オリガは、地面に落ちていた剣を手に取り、真っ直ぐ侑里の方へ投げ飛ばした。


「侑里、逃げろ!」


 侑里と周りにいた兵士たちは、その場から急いで走り出すが、先にオリガの放った剣が地面に突き刺さり、爆発を起こした。

 爆風に巻き込まれ、侑里は地面に引きずられるようにして倒れた。

 誰もが、こんな化け物とどうやって戦えばいいのかと絶望する中で、湊人は剣を強く握りしめていた。

 この短い間でわかったことは、自分たちの武器は、反乱軍の兵士たちが持つ武器とは違い、爆弾化しないということ。

 つまり、この場でオリガに対抗できるのは、三人が倒れたいま、自分だけだった。

 ただ、問題があった。それは、オリガの拳から発せられる爆風の衝撃に耐えられるかどうかだった。それさえ持ち堪えれば、どこかでオリガの隙が生じるはずだ。

 そう考えていると、湊人は違和感を覚えた。

 ほんとにオリガを倒すことが、この国を救うことになるのだろうか。

 国を想い、戦った男の気持ちを無下にしたまま、このまま敵とみなしたままで、いいのだろうか。

 ここで倒すべきは、オリガではない。オリガの憤怒の気持ちだ。払拭できれば、オリガは思い出してくれるはずだ。国を想っていた気持ちを。

 相手の言葉から、感情を、気持ちを知ることができる自分なら、きっとできる。

 湊人は、迫ってくるオリガに向かって走り出す。繰り出される拳に目掛けて、剣を振り下ろした。

 剣と拳が衝突した際に起きる爆風は、予想していた以上の風圧だった。

 湊人は吹き飛ばされながら、爆風による熱に苦しんだ。皮膚を間近で炙られているような痛みが走る。

 それでも、湊人は再度、攻撃を仕掛けた。


「威勢のいいやつだ」


 また吹き飛ばされて地面に転がるも、湊人は立ち上がった。


「まだ立つのか。この国を救ったところで、何にもならない」

「僕は、そう思わない」

「それは知らないからだ。この国が、腐っているということを」


 そういって、オリガは拳を振り上げた。

 湊人は腰を落とし、足に力を込めて剣を構え、オリガの振り下ろした拳に対し、全力で剣を振って応えた。


「なん、だと……」


 湊人は、爆風に負けることなく、その場に踏みとどまった。


「僕はオリガに応えてみせる」


 湊人は自分の戦い方を見出していた。

 相手の気持ちの整理がつくまで、武器で撃ち合い、個性で応えること。

 それができる強さを、湊人は求めた。


「応えるだと?」

「そして、僕はこの国を救う」

「お前が国を救う? 笑わせるな」

「オリガ、本当にオブリヴィオンを消滅させていいのか?」

「もちろんだ! すべてを消し去ってやる」

「それは本心からなのか? 僕は本心だとは思えない」

「貴様に何がわかる!」


 オリガの拳と再び剣が衝突する。


「ロネから話を聞いた。だから」

「ならわかるはずだ。この国を滅ぼさなければならないことが」

「それは、裏切りじゃないのか?」

「裏切り? 最初に裏切ったのはお前たちの方だ!」


 突然、オリガの身体から煙が噴き出てきた。


「すべてを、すべてを消し去ってやる。国を、街を想ってきた私を裏切ったことを後悔させてやる。誰のおかげで、平和だったのかを教えてやる!」


 湊人は構わずに、オリガの拳を受け止めようとした。剣と拳が衝突した瞬間、これまでよりも威力のある爆発を起きた。

 これまで以上の爆風による風と熱に、湊人はよろめていしまう。

 オリガは、見逃さなかった。もう一打、拳を突き立てた。

 湊人は間一髪、拳を受け止めるが、よろめいてしまった一撃目よりも、さらに威力の上がった爆発が起きた。

 湊人は吹き飛ばされて、地面に倒れると、爆風の熱によって身体を焼かれたような痛みに襲われ、その場でもだえ苦しんだ。


「私が受けた裏切りの痛みは、そんなものではないぞ。私に応えてみせるというのなら、立ち上がってみろ!」


 オリガの挑発に湊人は応えたかったが、もう無理だと思った。

身体が悲鳴を上げていた。このまま何もしなければ、身体中を這いずり回るような痛みからも解放される。もういい。楽になろう。

 オリガとの実力の差は明白だった。ここまでよく戦ったと思う。

 もういいんだ。

 湊人は目を閉じようとするが、それができなかった。

 ここで応えなかったら、オリガは本物の裏切り者になってしまうからだった。

 こちらが意思を突き通さなければ、オリガは応えてはくれない。


「ふふふ、無理もないな。私の攻撃を受けて、立っていられた者など……」


 湊人は伏せていた顔をあげ、剣の支えも使わずに、立ち上がった。


「そんな馬鹿な」


 驚くオリガに、湊人ははっきりとした口調でいった。


「いったはずだ。僕は応えてみせると。僕は応えてみせるぞ!」

「ぐっ、こんなことが……こんなことがあってたまるか!」


 オリガは雄叫びを上げ、間を置くことなく、何度も拳を振り上げる。

 それに対して、湊人は、衝突による爆風と熱に耐えながら、真っ向から受け止めていく。


「この手で、終わらせるのだ。この手で! この手で!」


 オリガは渾身の一撃を、湊人にがっちりと受け止められ、唸り声を上げた。


「ぐっ。なぜ、なぜお前は、俺の邪魔をするんだ!」

「この国を消滅させたら、本物の裏切り者になる。それは、この国の人たちに対してだけじゃない。国を守ろうとした仲間に対してもだ」


 オリガは、はっとした顔をした。


「彼らの死を無駄にしないためにも、オリガは、この国を守っていかなきゃいけないんだ。僕は、オリガに応えたい。憤怒が収まるまで、この国を消滅させようという気が、収まるまで。僕は応えていく」


 オリガは、湊人の剣から拳を離し、頭を抱えながら後退していった。


「ああああああああああああああああああああああ」


 地面が揺れるような雄叫びを上げて、苦しみ始めた。オリガは両膝を着いて、頭を地面に擦りつけた。


「オ、オリガ」


 湊人が心配そうに手を伸ばしたとき、オリガは天に向かって叫んだ。


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああ」

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