第14話 真実

 オリガは、戦いを経て、オブリヴィオンが勝利したことを伝えるために、海を渡り、ついにオブリヴィオンの港に着いた。

 やっとの思いで陸に上がると、自分に気づいた街の人が声を挙げた。


「おい、兵士が帰ってきたぞ」


 オリガの下に、たくさんの街の人が集まってきた。喉の渇きを潤したかったが、まずは人々を安心させることが先だと思い、声を大にしていった。


「みんな、聞いてくれ。オブリヴィオンは勝利した」


 オリガの宣言と共に、集まった者たちは、歓声を上げた。

 すると、一人の男が訊ねてきた。


「他の兵士は、どうしたんですか?」

「私以外は死んでしまったよ。けれど、彼らは国のために勇敢に戦った。勝因は、彼らの功績といってもいい」


 オリガは、国のために戦った自分の家族、兄弟を賞賛し、街の人々が泣き出してしまうのではないかと思った。

 だが、聞こえてきたのは、啜り泣く声ではなかった。


「は? 何をいってるんだよ。あんた以外、死んだってどういうことだよ」


 次々に質問が飛ぶ。


「嘘をつくな!」

「この戦いは圧勝で終わる戦いなんだろう? 一人だけっていうのはおかしいじゃないか」

「そんなわけがないだろう。正確な情報をよこせ」


 街の人の反応は、オリガにとって想定範囲内のことだった。圧勝で終わる戦いといわれていたのだから、自分以外が死んだと聞けば、声をあげたくなるだろう。

 だからこそ、オリガは真実を語ろうとした。

 まさにそのときだった。


「お前だけ、逃げて帰って来たんじゃないだろうな?」


 その言葉は、周りにいた人に疑念の種を植え付けた。それは急速に成長し、花を咲かせ、他の人に伝染していった。

 街の人たちは、オリガに軽蔑の目を向けた。

 しかし、オリガは、その視線に対して、何も口を出さなかった。

 街の人は現実を受け止められないだけだ。

 政治家の五人の方々なら、自分の話を信じてくれる。

 オリガは、その場を離れた。その姿は、街の人にとって、逃げ出すように見えていた。オリガ自身も、そう見えてしまうと予想はしていた。

 だが、一方的にいいたい事をいう人たちに、どれだけ話してもきりがない。話が通じる者に話した方が、効果があると判断した。

 そして、オリガは、ダンダルシアの最上階に向かった。

 部屋に入ると、五人の政治家たちは、背もたれにゆったりと腰をかけていたが、自分の姿を見て、前屈みになった。


「どうかしたのか?」

「報告に参りました」

「報告?」

「はい。今回の戦い、勝利して帰還しましたことを、伝えに参りました」

「そうか。それはよくやった。だが、報告はいつも大佐に任せている。なぜ、少佐のキミがここへ?」

「実は、私以外は、今回の戦いで命を落としました」

「なんだと!」


 五人の政治家たちは、互いの顔を見合わせていた。


「それは、ありえない話だよ。ディフィートに、我が国の軍隊が負けるはずがない」

「いえ、私が話したことは事実です」

「馬鹿な、そんな……」


 だが、オリガの表情を見て、五人の政治家たちは、察したようだった。


「少佐、キミが見てきた一部始終を話してくれ」


 オリガはすべてのことを話すと、政治家たちは神妙な面持ちでうなずいた。


「なるほど。大佐は、昔から血の気が多かったからな。まあ、そういう作戦を取るのも理解はできる……が、今回は失策だったな。少佐の案が良かったと私も思う。だが、今はそれが問題ではない。問題なのは、大佐を任命した私たちにも由々しき事態であるということだ。そこで、だ。今回の不手際は、少佐にあったとしたい」

「よく、話が見えてこないのですが」

「つまり、話しはこうだ。大佐の命令は的確だった。しかし、大佐の命令を伝達せず、少佐のキミが独断的判断を下した。だが、形勢は悪くなり、軍は崩壊。少佐は生き延びようとして、一人、ディフィートから脱した」

「待ってください。」

「少佐、キミ一人が折れてくれれば、事は収まるのだよ」

「私は戦いました」

「少佐、これは決定事項だ。この国の者たちには、今の内容で報告をする」

「私は、私はこの国のために」

「そうだろう。この国のために、すべてを背負ってくれるのだろう?」

「私は、そのためにディフィートから帰ってきたのではありません。仲間の勇士が、この国を救ったことを」

「もう、いいではないか。少佐、きみは、この国の歴史に名を残せたんだ」

「私は、戦いました!」

「では、証拠を見せよ! まさか、その服に付いた血が、証拠とでもいわないだろうな。血など、いくらでもつける手立てはある。戦場に行ったというのなら、それなりのものを見せてみろ」


 オリガは言葉に詰まった。あれだけの戦いの中で、掠り傷程度しかしなかったのだ。


「少佐、いや、オリガくん。ここから出て行け。貴様のような裏切り者は、ここにいてはならない。私たちを巻き込まないでくれ。そして、二度と、ダンダルシアには近づくな」

「待ってください」


 オリガが一歩踏み出すと、一人の政治家が手を挙げた。

 軍隊とは別の、五人の政治家たちを護衛する兵たちが数人、部屋に入ってきた。


「ダンダルシアの外へ追い出せ」

「待ってください。私は、戦ったんです。私は仲間と共に、国を守るために……」


 誰もが、ロネの話を聞き、絶句していた。


「結局、オリガの訴えを政治家たちも、信じてはくれなかった。挙句の果てに、汚名まで着せたんだ。この国の人々に希望を与えようと、ボロボロになりながらも、帰って来た彼の言葉をね」


 ロネは息を吐いて、言葉を繋いだ。


「オリガは、街のために、国のために戦った。それは街お、国を愛していたから……。でも街も国も、彼の声に耳を傾けようとはしなかった。軍の少佐にもかかわらず、戦わず、何もせず、自分だけを守った男と決めつけ、裏切った。裏切ったんだ」


 あまりにも理不尽な話に、反吐が出そうだった。


「私がオリガに出会ったは、その戦いから一年後のことだった。私は彼が帰って来た場にいたんだ。血まみれの軍服、そして、真っ直ぐな瞳。周りの人は、野次を飛ばしていたが、私は彼の言葉を信じた。そして、私は行方がわからなくなった彼を探した。救ってくれてありがとう、というために」


 ロネの気持ちは、本物だった。感謝の気持ちで心が満ちていた。


「だけど、見つけたときには、まったくの別人になっていたよ。すべてを憎み、すべてに憤怒していた。それでも、私は話かけた。自分の想いを伝えたかったから。それに彼のように、国を守るような人になりたかった。だけど、しばらくは口を開いてくれなかった。この世界へ目を当てることさえ嫌っていた。そんなあるとき、彼がいったんだ」


『私は、この街を、国を消そうと思っている。キミの手が借りたい。手伝ってはくれないか?』


「正直、最初は驚いた。だけど、これまで話してきたことを聞いて、私は彼の手助けをしようと思った。それほど、彼への裏切りは、大きかったから」


 なにか手立てはなかったのか。オリガを救う方法はなかったのか。湊人は、やり切れない思いで、いっぱいだった。


「ロネ」

「なんだい? 説教ならやめてくれよ」

「説教なんてしないよ。話してくれてありがとう」


 その言葉を最後に、湊人とロネの話は終わった。



                 ★ ★ ★



 ロネの下から離れたところで、ペナートが四人に話があるといってきた。


「さっさとしてくれよ。オリガがサクリファイスのところに行く着くだろ?」


 零が苛立った顔をしていった。


「その心配はない。施設の爆発もないし、行き着いたとしても、オリガはサクリファイスを起動させることはできない」

「だけど、ブラッドクライは、オリガの手に渡ったんじゃ」


 侑里が首を傾げた。


「みんな、僕の能力を忘れたのかい?」


 ペナートにいわれて、四人は「あっ」と声をあげた。


「そう、僕の能力は物体の瞬間移動。ブラッドクライは、ここにある」


 そういって、ペナートは懐からブラッドクライを取り出した。


「これは約束通り、キミたちにあげるよ」


 ペナートからブラッドクライをレミが受け取った。


「ありがとうございます」

「これで、あとはオリガを倒すだけだな……あっ、しまった」


 零が困った顔をした。


「どうしたの?」


 湊人が訊ねた。


「オリガの能力について、ロネから聞いておけばよかった」

「それは無駄だぞ」


 声がする方へ顔を向けると、脇に手を添えたダータラが歩いてきた。


「ロネも、これまで一度足りとも、オリガの能力を見たことはないようだ」

「前途多難か」


 侑里が不安気な顔をした。


「なに、気にすることはない。私たちは、といよりはお前ちは、ロネに勝ったんだ。オリガにも勝てる。足しにならないかもしれないが、私も連れて行け。もちろん、他のメンバーもだ」


 そういったのは、ダータラだった。


「でも、動けないじゃ」


 湊人が心配そうにいうと、ダータラはふと笑った。


「反乱軍のリーダーが、戦場で離脱してどうするんだ。まだまだ、あたしらも戦える。だから連れて行け」

「あの、僕は連れて行かなくていいからね」


 ペナートがしどろもどろにいうと、ダータラが顔をひっぱたいた。


「馬鹿野郎。てめえは、サクリファイスがあるところまで、案内しろ」

「ええ。でも、ほら。僕の足って、こんなだから。案内するのに時間かかるよ」

「そんなことは心配するな。うちの兵士が担いで行ってやる」

「いや、え、その。勘弁してよ」

「泣き言をいうじゃない」


 戦場だというのに、みんなから笑みがこぼれた。


「ロネは、どうしたんですか?」


 侑里が訊ねると、ダータラがいった。


「三人ほど兵士を残してあるから大丈夫だ」

「準備ができました」


 ダータラを担いだ男がいった。


「よし、お前ら、最終決戦だ。気合を入れて行け!」


 ダータラの言葉に感化されるように、四人も、反乱軍の人たちにも気合を滾らせていた。

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