第11話 決行

 目を覚ますと、迷路のように入り組むダクトが見えた。

 敷布団から上体を起こして、辺りを見回すと、三人はぐっすりと眠っていた。

 湊人は起き上がり、何気なく窓際に向かい、外を眺めた。

 夜が明けようとしていた。

 向かいのビルでは戦いが起きたのだろう。内部が剥き出しになっていた。他の場所も、どこかに大きな破損個所があった。

 辺りを見回すことができるのも、ダータラが案内してくれた場所が、七階のフロアだった。

 フロアというのは、部屋が無かったわけではなく、もともと部屋が存在していない。部屋を成すための壁がすべて取り払われているのだ。それだけの広さがありながら、湊人たちは、フロアの真ん中に集まって寝た。慣れない場所ということもあったが、部屋の端には、機関銃、散弾銃、手榴弾など、様々な武器が並んでいたのだ。

 もしも、今日だけ寝相が悪く、手榴弾を手に取ってしまったら、などと考え始めたら、自ずと真ん中に集まっていた。

 その他に、個人的に気になっているものがあった。

 フロアの左端に目を向けると、一階で見た段差のない螺旋が、ここ七階まで伸びていた。それどころか、さらに上まで続いている。避難するための通路なのだろうか。それとも、上から物資を流すためだろうか。

 そんなことを考えたりもしながら、じっと辺りを眺めていたが、次第に退屈となり、湊人は部屋を出て階段へ向かった。

 この階から移動しようという気はなかった。うろついていると、ダータラに殴られるような気がしたのだ。

 湊人は階段に腰を下ろして、正面にある窓ガラスの外に目を向けた。濃い青色の大きな星が見えている。

 茫然と見つめながら、これまでのことを思い出した。

 そして、この世界に来てわかったことといえば、自分の力は役に立たず、ただのお荷物でしかないということだった。とくに、ロネと対峙したときのことを思い出すと、情けなさがぶり返してきた。相まって、虚しさや悔しさがこみあげてくる。

星が揺らめいて見えた。

 身体は震え、歯がカチカチと鳴り、湊人は拳をにぎり締めていた。


「湊人」


 名を呼ばれて、湊人は慌てて涙を拭った。顔を向けると、そこに立っていたのはダータラだった。


「隣、いいかい?」

「あ、はい」


 ダータラは湊人の横に腰を下ろすと、膝に手を乗せた。


「綺麗な星だな。湊人の世界にも、星があるのか?」

「え、まあ。こんなに大きくは見えないですけど。唯一、月と呼んでいるのがあるんですけど、それは割と見えます」

「どんな色をしてるんだ?」

「黄色ですね。太陽っていうのがあって、それに反射して輝いているんです」

「ふーん。そうなのか。面白そうな世界だな。湊人の世界では、こういった争いはあるのか?」

「僕が住んでいるところ以外にも、国というのが多くあって、意見や主張が通らなくなったり、思想が違うと争いに発展したりしますね」

「どこの世界も、似たり寄ったりということか」


 ダータラは、口端を吊り上げた。


「どうだ、他の話をしたら気が休んだか? この世界では、泣いている人には、星の話をするんだ」

「ダータラさん」

「なんだい?」

「こんなときに、嘘をつかないでください」

「なぜ、嘘だとわかった?」


 ダータラは驚いた顔をした。

 湊人は自分の世界に能力者と呼ばれる者がいること、そして自分の武器と個性について話すと、ダータラは腕組みした。


「そうか。言葉でそれだけのことがわかるのか。ということは、湊人の前では、誰もが真実を晒すことになるのか。頼むから、私の言葉は覗かないでくれよ」


 そういって、ダータラは自嘲した。


「それなら、遠回しに訊くことはやめるとするか。湊人、どうして泣いていたんだ?」

「実は……」


 湊人は、これまで自分が役に立たなかったことを打ち明けた。話している合間、何度か惨めさや悔しさが募り、言葉が詰まってしまった。隣でダータラは何も言わずに、湊人の言葉を噛みしめるようにして、うなずいていた。

 湊人が話を終えると、ダータラがしみじみといった。


「そうか。湊人は自分で役に立っていないと思うのか」

「はい。これまで、何もできませんでしたから」

「それじゃあ、もしも、あたしが知り合いで、お前と同じ悩みを抱えていたら、なんて声をかける?」


 湊人は戸惑いながら答えた。


「そんなことない、みたいないい方をします」

「だろ。湊人もそんなことないんだ。お前がいなかったら、きっとこの旅は苦難だったと思う。人の言葉から、真偽や感情を読み取るやつなんて、数多くの世界に行けば、いるかもしれないが、実際には、そうはいないだろう。湊人には、湊人にしかできないことを成しているんだ。何もできなかったわけじゃない」


 湊人は、小さくうなずいた。


「湊人、自分に自信を持て。お前は強いんだ」

「でも、僕は……」

「どうした?」

「僕の世界には、学校というものがあるんですけど、そこでは自分の強さを測ることができるんです。その結果は」

「悪かった、と」

「はい。それも底辺だったんです。だから強いなんていわれても」


 そう口にすると、心の底から黒いモノが噴き出てくるのを感じた。いつも抱いている、どうしようもない事実。湊人は強引に押し留めようとした。こんなところで愚痴を零しても、何にもならない。

 湊人は拳を握りしめ、唇を噛んだ。自分は感じてはいない。感じていないんだ。劣等感なんて。誰にも、誰にも。

 とめどなく涙が零れ落ちた。否定すれば、否定するほど、劣等感が強くなってくる。

 苦しんでいる湊人の肩に、ダータラは手を置き、自分の胸元に引き寄せた。


「いってしまえ。押さえ込む必要はない。我慢する必要はないんだ」


 湊人は嗚咽を漏らしながらいった。


「僕は、僕は……零のように強くありたかった。なんで僕のランクはこんなに低いんだ。最初から強ければ、こんなにも困ることなんてなかった。弱い自分が悔しい。弱い自分が惨めで、情けない」

「湊人は、なぜそんなに零にこだわるんだ?」


 湊人は涙ぐみながら答えた。


「強いからです」

「零が強いと思うのは何でなんだ?」

「ダータラさん、わかりきったことを訊かないでください。力があるからですよ」


 湊人は涙を流すのを堪えながら、顔を上げてダータラの顔を見た。


「湊人、そこがお前の間違っているところだ」

「え?」

「強いと呼ばれるやつっていうのは、自分の持ち味を活かしてるやつなんだ。残念なことに、持ち味を活かせば、必ず勝てる保証があるわけではないがな。だが、湊人は正しく力を出し切っていないんじゃないのか? 能力者に備わっているのは、武器と個性だったな」


 湊人はうなずく。


「だったら、両方を戦いの中で一緒に使うんだ。おそらく零は、戦闘に両方を使用しているのだろう? 湊人もそうするんだ。それこそが、お前の戦い方のはずだ」

「でも、相性というか、僕の個性は戦闘向きじゃないんですよ」

「その考えがすでに間違っている。戦闘に関係ない力でも、なにかしらの応用は利くはずだ。戦いは力だけでは勝敗はつかない。表面上、そう見えているだけだ」


 自分の武器と個性が、同じ方向を向くことができれば、強くなることができる。それは、湊人にとって、水を得た魚のような気分だった。


「これを踏まえたうえで、自分自身に問いかけて欲しいことがある」

「なんですか?」

「どうして強くなりたいのか、ということだ」


 それは今まで、答えることができないでいた問題だった。


「単に強くなりたいでは、駄目なんですか?」

「駄目というわけではない。ただ、自分の中に核がなければ、目標がなければ、人は迷走する。それを防ぐためだ」

「わかりました。考えておきます」

「それともう一つ。零のようになりたいなんて、思わない方がいい。なぜなら、湊人は湊人だからだ。零とは違う。強さも異なる。だから、零を追うのではなく、自分を極めろ」


 湊人にとって、その言葉は強い衝撃を与えた。自分を極める、零の強さを追っていた湊人には考えつかない発想だった。

 ふいに、これまでの弱さに対する迷いが、消えたような気がした。これまでの話は、湊人にとって新たな息吹をもたらすものだった。

 ダータラは、おもむろに立ち上がった。


「さてと、そろそろ部屋に戻れ。みんな起きる頃だ」


 階段を下りて行くダータラに、湊人は呼びかけた。


「あの、ダータラさん」

「ん?」

「どうして僕に、ここまで」

「湊人は、反乱軍と共闘する仲間だ。リーダーである私が、悩んでいる仲間を放っておくわけにはいかないだろ。ただそれだけだ」


 そういってダータラは階段を、さらに一段降りたところで、こちらに振り返った。


「湊人、あとは自分次第だ。頑張れ」

「ダータラさん、ありがとうございます」


 湊人はその場に立ち上がり、階段を下りて行くダータラに頭を下げた。



                 ★ ★ ★



「こんなにいるのかよ」


 零が辺りを見回していった。ビルの外に出ると、多くの人が集まっていた。

 声が飛び交い、集まった人たちは、各々に雑談をしていた。体調について話し合っている人もいれば、ビトリアルを叩き潰してやる、とモチベーションを上げている人もいた。

 事の流れとしては、ダータラの決起宣言のあとに、攻撃を開始するらしい。


「雰囲気だけでも、ここにいる人たちが、やり手なのがわかりますね。これだけの人たちが、どうして今まで攻めなかったか不思議です」


 首を傾げるレミに、侑里がいった。


「そうね。もしかしたら、ビトリアルの方がもっと人が多いのかも。だから、人員を割いて戦うのではなくて、一気に勝負を仕掛けるのかも。結局はフーリエと同じく、背水の陣なのかもしれない」


 四人は、ビルの出入り口から少し歩いたところに設けられた即席の檀上へ向かった。なんでも、決起宣言のあとで話したいことがあるらしい。

 察しはついていた。昨日の夜にいっていた作戦のことだろう。

 ふいに、ビルの出入り口から歓声が沸いた。

 ダータラが、姿を現したのだった。

 まっすぐ檀上に歩いてくる。四人の姿を見ると、ダータラは小さくうなずき、檀上に立った。騒がしかった場は、一気に静まり返り、誰もが姿勢を正していた。


「今日、全総力を持ってビトリアルを潰す。勝利を手にしたければ、戦場から逃げるな。自分の弱い気持ちと向き合え、戦いは他人と勝負する前に、自分と勝負するところから始まる。臆するな、怯むな、手段を選ぶな! 自分が勝てる分野で勝機をつかめ! 次に語り継がれるのは、私たちの戦いだ! 行くぞ!」


 ダータラが拳を高らかに上げると、呼応するように、集まっていた人たちも拳を天に掲げ、雄叫びを上げた。

 決起宣言が終わると、集まっていた者たちは、慌ただしく動き始め、近くに置いていたスエーに乗り込んでいく。

 そして、ダータラは壇上から降りて来ると、四人に向き合った。


「作戦を伝える。お前たちには、ペナートの奪還を頼みたい。あいつは、ビトリアルの本拠地にいる」

「おいおい、最重要任務じゃねーか」


 零が不敵な笑みを浮かべた。


「作戦はこうだ」


 ビトリアルの本拠地に行くための道は、全部で十二本あるという。そのうち六本の道を、中央寄りの道から、反乱軍が攻撃を仕掛け、敵を誘い出す手立てになっている。

 敵は強襲に対応できず、たまらずロネが戦場に出て来るだろう。

 となれば、ここで問題になってくるのは、ペナートの護衛は誰が任せるか。

 ビトリアルをまとめているオリガがやるわけがない。部下に任せるだろう。

 ダータラたちが、ロネを窮地に立たせればなおさらのこと。以前にロネを助けに来たことを考えれば、ありえない話ではない。

 そこを、がら空きになった湊人たち四人が突くという作戦だった。


「どうだ、できるか?」


 四人は、力強くうなずいた。


「攻撃を仕掛ける上で、こちらの主要な者たちの動向は、見張られている可能性が高い。それゆえに、反乱軍ではないお前たちでしかできないことだ」


 ダータラは胸ポケットから地図を出して、湊人に手渡した。


「お前たちの出動する時は、こちらで合図する。空に六つの赤い筋が描かれたときだ。一本でも欠けていたら、本拠地に向かわなくていい」

「わかりました」


 湊人の返事に、ダータラは穏やかな表情を見せ、ビルの脇に目を向けた。


「あそこにあるスエー二台を使ってくれ。それから、一つだけ、お前たちにいっておきたいことがある。ひとり一人、実力は違うだろう。だが、自分の得意なことで貢献することで大きな力なる。それを忘れないでくれ。それじゃあ、頼んだぞ」


 ダータラは、スエーに乗り込み、部下を引き連れて行ってしまった。

 湊人は、受け取った地図を開いて地面に置いた。


「レミ、頼んでもいいかな?」


 レミは、地図に視線を五秒ほど落として、うなずいた。


「もう大丈夫です」

「それじゃあ、あとは、スエーの組み合わせだね。レミが先頭のスエーを運転するとして、僕たちは、どうする?」

「レミちゃんは運転しないよ」

「先頭のスエーを運転するのは湊人、その後ろにレミちゃん。後方のスエーの運転手は零、その後ろに私」

「待って、どうして僕が先頭の運転なの?」

「先頭の運転手を湊人にしたのは、弾丸を受けることができないから。後方のスエーの運転手というのも考えたけど、後方に求められるのは反射神経。いかに、前方について来れるか。それを考えたら、後方の運転手は、この中で一番機敏な零がいい。だから、湊人には前方の運転をしてもらいたいの」

「なるほど」


 湊人がうなずいたそのとき、遠くから乾いた音が響いた。そのあとは、不規則なリズムを刻んでゆく。

 ついに、戦いが始まった。


「スエーに乗って、待機しておくか」


 零がスエーの方へ歩き出した。

 敵に備えて、レミと侑里は、武器を具現化してスエーに乗り込んだ。

 四人は、静かに合図を待った。

 しだいに、空に赤い筋が一本、二本と描かれていく。

 そして、そのときが来た。空に六本の赤い線が描かれたのを見て、湊人と零はスエーを走らせた。湊人は、レミの指示に従いながらスエーを走らせていく。敵に遭遇することなく、順調に進んでいった。


「もう少しで、道筋の半分です」

「ここまでは何事もなかったね」

「湊人さん、そのいい方は、フラグですよ」


 レミがそういった矢先、隣の道から敵のスエーが飛び出してきた。集中していたこともあり、軽々と躱すも、湊人は、心底いわなければよかったと思った。

 後方から、銃声が聞こえてきた。


「さすがに、全員を誘導させることはできなかったようですね」

「でも、ダータラさんが手を打っていなかったら、ここまで楽々と来ることはできなかったと思う。ダータラさんも、敵すべてをとは考えてないだろうし」

「湊人さんって、ダータラさんをかなり信用してるんですね」

「僕たちは、いってみれば反乱軍の一員だからね。リーダーを信じないと」

「そうですね」


 湊人たちの行く手には、スエーに乗った敵が、銃を手に待ち構えていた。


「湊人さん。次を右に曲がってください。ここからは、後方にいる敵も処理していきます」

「わかった。誰もが苦戦するようなコースにしてあげて」

「いいんですか?」

「大丈夫。僕はやりきってみせるし、零も絶対についてくる」

「わかりました」


 強気なことをいったものの、ハンドルを握る湊人の手は、汗で濡れていた。一つのミスが命取りになりかねない。ミスしてはいけない、という緊張感が湊人に襲いかかってきていた。

 湊人は思い切ってスピードを上げ、レミの指示に従った。幅に余裕がある大通り、両腕を広げられないほどの裏道、連続ヘアピン、そして、相手の意表を突くUターン。

 敵の銃弾を掻い潜る一方で、後ろに乗っているレミと侑里が、敵に反撃を仕掛けていく。何度か繰り返していると、徐々に後ろからの銃撃音が聞こえなくなっていった。


「どうやら、零さん以外はついて来れなかったようですね」

「これだけのスピードを出してるからね」

「コースにも戻りましたし、道なりに行って、あと一回右に曲がれば本拠地です。湊人さん、運転よかったですよ」

「ありがとう。これで、最初の関門は突破だ」

「次は、ペナートさんの奪還ですね」


 レミの指示で、最後の曲がり角を行くと、その通りには、頭一つ分抜けたビルが建っていた。あのビルにペナートがいる。この流れなら、うまくいくのではないか、そんな気がしてきた。

 すると、ビトリアルの本拠地前で、一人佇む者の姿があった。

 目を凝らして見ると、そこに立っていたのは、両手に銃を手にしているロネだった。

 ロネがここにいるということは、ダータラの作戦がうまくいっていないことを、反乱軍の勢いが思った以上に伸びていないことを示していた。


「湊人さん、どうします?」


 事をレミも理解していた。言葉から動揺が伝わってきた。

 しかし、ここまで来て引き返すというのも、無理な話だった。敵に背を向けて逃げることは悪いことではないが、相手はあのロネだ。逃がしてくれるとは思えなかった。

 戦うしかない。

 湊人はそう思った。

 先制攻撃として、スエーのスピードを上げて、ロネに突っ込むべきか。もしくは、スエーから降りて正面から戦うべきか。

 湊人が判断を決めかねているうちに、距離はどんどん縮まっていく。

 湊人は、後者を取ることにした。奇襲でない正面からの突撃など、躱さられるのがオチだと判断したからだった。

 覚悟をしつつ、スピードを下げて近づいて行くと、思わぬことに、ロネは銃をローブの中にしまうと、くるりと背を向けて歩き出した。

 後方にいた零と侑里、二人が乗ったスエーが隣で止まった。

 ロネの背を見つめながら零がいった。


「なんだ、あいつ。俺たちを殺そうと待ってたわけじゃねーのか?」

「不気味だけど、行ってみよう。たとえ罠でも、ここまで来たんだから」

「湊人のいう通りだな。ここまで来て、逃げ帰ることはありえない。よし、行こう」


 ロネは、扉を開けた状態で、本拠地のビルに入って行った。

 四人は、敵の兵士が中で待ち構えていることを想定した上で、ビルの中に入った。

 しかし、そこには誰もいなかった。物は何も置いておらず、隠れる場所もない。先にビルに入ったロネだけが佇んでいた。

 四人は、スエーから下りて臨戦態勢に入った。


「俺たちを中に入れてもよかったのか?」


 零が語気を強めていった。


「オリガが呼んでいる。あそこから、スエーで最上階へ行け」


 ロネは、部屋の隅に指さした。そこには、反乱軍の本拠地にもあった段差のない螺旋が、上まで伸びていた。


「俺たちはペナートを探しにきたんだ。オリガに用はない。ペナートを出せ」

「ペナートは、ここにはいない。居場所はオリガだけが知ってる」


 零が視線を湊人に向けた。真偽を訊いてきた。

 湊人は、間違いない、とうなずいた。

 四人は臨戦態勢を解き、スエーに乗り込むと、螺旋を上った。

 この先に待っている者は、ダータラが鬼神と表現するほどの者。否が応に緊張が走り、自然と四人の顔は険しくなっていった。

 最上階に着くと、扉が一つだけあった。

 四人は、扉のそばにスエーを停めた。

 扉を開けたのは、零だった。

 中へ入ると、三方向ガラス張りの部屋だった。床にはカーペットが敷いてあった。そして、正面には、紅と金をあしらった椅子に腰をかけ、横幅の広い大理石の机に両肘を突いて指組みしいている男がいた。短い銀髪が逆立ち、腕、首は丸太のように太く、筋肉が隆起していた。男は真っ直ぐこちらを見つめていた。その目は、百獣の王といわれるライオンでさえ、逃げ帰ってしまうほどの威圧感があった。

 その威圧を振り払うように、零が一歩前に踏み出した。


「てめえが、オリガか?」

「――ああ」


 オリガの声は重く低く、そして儚さが混じっているような声だった。


「お前たちのことは、部下から聞いている。報告通り、見知らぬ姿だな」


 そういって、指組みから腕組みに変えて、椅子に寄りかかった。


「おまえたちは何者だ、どこから来た?」

「答える気はねえ。それより、ペナートはどこだ?」

「私が訊いているんだ」


 そのたった一言だけで、零は一歩後ろに退いた。無理もなかった。尋常ではない殺意が込められていた。後ろで聞いていただけの湊人でさえ、全身に鳥肌が立っていた。


「まあ、いいだろう。ペナートは、ここにはいない。お前たちの作戦は、最初から知っていた」

「知っていたうえで、俺たちをここに呼び寄せたっていうのか? 何が目的だ」

「シーゼを倒した見知らぬ者たちがいる、そう報告を受けたときから一度、お前たちの姿を目にしたかった。どんな顔をしているのか、興味が沸いた。ただそれだけのことだ」


 そういって、オリガは不敵な笑みを浮かべた。


「あなたがこの国を消滅させようと思っている理由は、いったい何なの?」


 侑里が訊ねた。


「理由か。オブリヴィオンの人間を見ていると、虫唾が走るからだ。だから始末する」


 オリガは、吐き捨てるようにいった。


「そんなにもオブリヴィオンの人たちが嫌いということは、あなたはディフィートの人間なの?」

「ほう。ディフィートのことまで知っているのか」


 オリガは驚いた顔をしていった。


「私はオブリヴィオンの人間だ。このダンダルシアで育った」

「じゃあ、あなたはいったい何が不満なの? もしも理由がそれだけだとしたら、あなたの理由は自分勝手すぎる」

「勝手ではない。私は知っているんだ。この国の人間性というものを!」


 オリガは憤怒を顕にしたが、すぐに冷めていった。椅子からおもむろに立ち上がると机の脇に立った。前を開けた黒いロングコートから、身体が筋肉の鎧で覆われているのが見て取れた。


「お前たちの目的がペナートということは、何を求めているのかは察しがつく。だが、辿り着くことはできない」


 四人は、武器を具現化して構えた。


「ほう。そんな力を持っているのか。つくづく不思議なやつらだ。だが、もうお前たちの相手をしている時間は終わりだ。ここまで来たことを賞賛し、手土産をあげよう。死という手見上げを。だが、もしも掻い潜ることができたのなら、そのときは、私が相手をしてやる」

「どういう意味だ!」


 零の訴えに耳を貸す間もなく、オリガは踵を返してガラス張りの前に立った。何をする気なのかと様子を窺っていると、オリガはガラスに手を伸ばし、触れた瞬間、その一面が粉々に砕け散った。

 そして、オリガは何の躊躇もなく、宙へ足を踏み出して落下した。


「なに!」


 四人は慌てて駆け寄り、下を覗き込んだ。

 ロネが乗ったスエーが、オリガの元へやってくるところだった。そして、オリガはスエーに乗り込み、走り出してしまった。


「あいつら、まさか」


 零が苦虫を潰した顔をした。行き先は、ディフィートに違いなかった。


「くっそ、逃がすかよ!」


 零に続くように、三人も扉に駆けだしたとき、突きあげるような地響きが起きた。


「なに、何が起きたの?」


 侑里が顔をしかめた。

 湊人は、オリガが脱した面から、下を覗き込むように見えると、下の階から爆破が起きていた。


「まずい、早くこっから脱出しないと。下から順に爆発を起こしてる」

「私たちも飛び降りてみるのはどうでしょう?」


 レミの意見に零は首を横に振った。


「無理だ。あいつは、なんらかの能力を持っているからこそ、ここから飛び降りて大丈夫だったんだ。真似をしたら、死にかねない」

「それじゃあ、どうすれば」


 あたふたしている中で、侑里はオリガが飛び降りた窓に近寄り、辺りを見回していた。


「レミちゃんの意見を採用しましょう」

「おいおい、無茶なことをいうなよ。さすがに、俺たちの身体じゃ、落下の衝撃に耐えきれないぞ」

「違うわ。私たちは、反対側のビルに飛ぶ」

「でも、かなりの距離があるんじゃ」


 レミが眉をひそめていった。


「大丈夫、私たちには、それをカバーできるだけの物を持ってる」

「そうか。スエーだ」


 湊人がいうと、侑里は力強くうなずいた。


「だけど、そんなことできるのかよ」


 珍しく零が困惑した顔をしていった。


「おそらくだけど、ぎりぎり足りない。でも、それはスエーを残そうとするからで、スエーを空中で乗り捨てれば、あとは私たちの足で届く」

「すげえ賭けだな。失敗したら、あの世行きだな」

「でも、このまま手を拱いていても、爆発であの世行よ? だったら挑戦してみない?」


 侑里は、自信気な顔をしていった。


「よっしゃ、やろうぜ」


 ここへ来たときと同じ組み合わせで、スエーに乗り込んだ。下からの地響きがすぐそばまで来ていた。


「湊人、零、スエーを出して!」


 二人は、同時にスエーを出した。

 宙に飛び出すと、タイミングを見計らったかのように、さっきまでいた部屋が爆発を起こした。爆風によって、スエーの飛距離が伸びていくが、それでも、対面のビルに届きそうになかった。

 飛距離が失速し始めたところで、侑里が叫んだ。


「飛び降りて!」


 それぞれ、スエーから飛び降りていく。

 湊人はビルの縁に、足を着いた。ふっと胸を撫で下ろしたところに、強い風が吹いた。体勢を崩し、背から地上へと傾いていく。


「あああ」


 その場になにも掴むところが無いのにもかかわらず、両手は宙で何かを掴もうと必死にもがいていた。

 もう駄目だ、と思ったそのとき、誰かが湊人の足首を掴んだ。


「あぶねえ。引き上げるから、絶対に動くなよ」


 宙ぶらりんの状態だった湊人は、あまりの高さに恐怖し、零に返事することさえもできなかった。

 引き上げられたときには、対面のビルは白い煙を上げながら、上から押しつぶされるようにして、倒壊してしまった。


「零、ありがとう。死ぬかと思ったよ」

「気にするな。それよりも感謝するなら侑里の作戦に、だろ」

「そうだね。侑里、ありがとう」

「ううん。それより、早く地上に下りましょ。オリガを追わないと」

「こっから階段かよ」


 零が面倒臭そうにいうと、侑里は呆れた顔をしていった。


「そんなわけないでしょ。螺旋を使って下りるわよ」

「ああ、そうだった。その手があったな」


 螺旋を見つけると、四人はさっそく、滑り台の要領で降りていった。しかし、手すりがないことや、摩擦力が少ないためか、ぐんぐん加速していく。序盤は、上体を起こしていたが、一階に着いたときには、身体を寝かせ、頭をだけを浮かせた体勢になっていた。

 四人が、ビルを出ると、倒壊したビルの近くに見知った者がいた。


「ダータラさん」


 湊人が声をかけると、目を見開き、すぐさまこちらに近づいてきた。


「よかった。お前たち、生きていたんだな。ビルが倒壊したのを見たときは、ぞっとしたぞ。だけど、お前たち、どうやってこっちのビルに移動したんだ?」

「僕たち、最上階から飛び移ったんです」

「それじゃあ、オリガに会ったのか」

「はい。ロネに指示されて」

「そうだったのか。すまないな。お前たちを危険な目に遭わせて。びっくりしただろう? ロネが現れたことに」

「ええ、まあ」

「一度は、戦場に現れたんだが、逃がしてしまったんだ」

「それは、こちらの作戦がバレていたからなんです。オリガは、反乱軍が攻めることを最初から知っていたようで」

「なんだって。ちくしょう。誰が情報を漏らしやがったんだ」


 ダータラは悔しさを滲ませていたが、はっとした顔をした。


「ってことは、ペナートは」


 湊人は首を縦に振った。


「それで、さっき、オリガはディフィートに向かいました。すぐに追いかけないと」

「わかった。おい」


 ダータラが声をかけると、部下がこちらにやってきた。


「こいつらを後ろに乗せてやれ」


 湊人はダータラのスエーに乗り、三人は他のスエーに乗り込んだ。


「いいか、これから港へ向かい、そこからディフィートに向かう。そこでオリガの首を獲る。予定とは違ってしまったが、ここが踏ん張りどころだ。行くぞ」


 ダータラは、生き残った者たちに向けて声を張っていった。その数は、決起集会で集まった人数の四分の一以下だった。それでも士気は下がってはいなかった。それぞれが決意を固めた顔をしていた。

 ダータラは、スエーを港に向けて走らせた。

 さすがというべきか、湊人がビトリアルの本拠地に向かったとき以上のスピードで、道を駆け抜けていく。横から妨害を仕掛けようと敵が現れるも、ダータラは手に持った回転式銃で、流鏑馬のように敵を撃ち抜いていった。

 正面に現れようが、関係なく突っ込んでいきながら、銃を的確に打ち込み、仕留めていった。


「ダータラさんの能力って何ですか?」

「いってなかったっけ。空間把握だよ。人がどこに立っているのか、物がどこにあるのかを、俯瞰してみることができるんだ。おまけに自分の武器を相手に向けると、どこに当たるのかがわかる。だから、よほどの動きでない限り、外すことはない」


 なるほど、と思う。周りの人が弾数の多い機関銃や、威力のある散弾銃を使うなかで、どうしてダータラだけが回転式銃なのかと思っていたが、納得がいった。


「湊人、そろそろ着くぞ。下りる準備をしてろ。あたしは丁寧に停める気はないからな」


 街を抜けると、目の前に、ぱっと青い海が広がった。

 港に船が泊まっているか確かめると、一隻だけ止まっていた。


「ダータラさん」

「ああ」


 船に乗っていた兵士たちは気づいたのか、こちらに向けて発砲してきた。


「馬鹿な奴らだ。さっさと逃げればいいものを」


 そのことに気づいたのか、徐々に船が動き出した。

 ダータラは、スエーを地面に滑らせるように斜めに倒しながら、速度を落とした。

 湊人とダータラは、急いで船に飛び乗った。


「占拠しろ! 二手に分かれるぞ」

「はい」


 力強く返事したものの、銃撃の前には歯が立たない湊人は、防戦一方を強いられた。チャンスを窺っていると、銃声が鳴りやんだ。

 覗き込むように顔を出すと、ダータラが、頭から血を拭き出している男の後ろに立っていた。どうやら、後ろから回り込んだようだった。


「ダータラさん、船内に行きましょう」

「もう終わったよ」

「えっ」


 まだ、二、三分も経っていない。

 湊人が驚いて言葉を詰まらせていると、ダータラが焦った顔をしていった。


「そんなことより、湊人は船を操縦できるか?」

「いえ、できません」

「まずいな。私もわからないんだよな。湊人は、船に飛び移るようにいってこい。


 私は、船をなんとか操作してみる」


「わかりました」


 湊人は慌てて船尾に行き、追ってきた敵と応戦している三人と生き残った反乱軍に声をかけた。


「急いで乗って!」


 その場にいた者は、少しずつ戦闘から抜けて、船に飛び乗ってきた。零、レミもこちらにきた。残るは侑里だけだった。


「侑里、飛んで!」


 すでに、三メートルほどの距離が開いている。もはや届くかどうかわからない。侑里の脚力にかかっていた。

 侑里は助走をつけて飛んだが、一メートルほど足りない。湊人は必死になって手を伸ばすが、それでも届かない。

 もうダメか、と思ったとき、侑里の身体が宙で浮いた。

 後ろを振り返ると、一人の男が両手を侑里に向けて、両手を掲げていた。

 そして、ゆっくりと手を引いていくと、侑里の身体もそれに従うように宙を浮遊していく。そして、船の縁に無事たどり着いた。

 侑里は、ほっと息を吐くと助けてくれた男に礼をいった。


「侑里、間一髪だったね」


 湊人がいうと、侑里はいった。


「ほんと、危なかった。だけど、できれば湊人に助けてもらいたかったな」

「えっ」

「冗談よ」


 そういって、レミの下に駈け寄っていった。

 最後の一文は赤文字だった。

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