第9話 反乱軍

 五人は外に出ると、各自スエーに乗り込み、ダンダルシアに向けて走り出した。


「僕たち、ツイてるよね」


 湊人は、後ろにいる侑里に話しかけた。


「なにが?」

「偶然あの街を見つけて、偶然あの家を選んだら、ペナートさんがいて。二回も偶然なんて普通は続かないよ」

「意外と偶然じゃないかもしれないわよ」

「どうして?」

「能力者は惹かれ合う。私たちの世界にいたとき、そういっていたことでしょ」

「それだけだと、説明が付かないと思う」

「ううん。まだあるわよ。街を見つけたのも、家を見つけたのも、レミちゃんだったでしょ」

「そうだったね。それがどうかしたの?」

「ほら、出発前にレミちゃんがいっていたことを思い出してみて」


 なにか特別なことをいっていただろうか。

 湊人が首を傾げていると、侑里がいった。


「私は賢者だって」

「ああ、そうか。いってたね。でも、家を選んだのはレミだけど、家の条件をつけたのは、侑里じゃなかったっけ。これはどうやって説明するの」

「家の条件は、これまでビトリアルの網から逃げ続けたペナートさんなら経験則から、想像するのは容易だと思う」

「なるほど」

「私は、湊人のいった偶然よりも、ペナートさんが、あの家を選んでいたことが偶然と思ったのだけど。湊人は、そういわなかったよね。なんで?」

「リビングの奥の部屋に書斎があったんだ。その部屋で家族写真を見つけたのだけど、そこにシャルルさんの姿があったんだ」

「そういうこと。シャルルさんの家ということは、ペナートさんの家でもあるってことね。てっきり、ダンダルシアに近いところにいるのは、灯台下暗しを狙っているのかと思ったのに」

「それでさ、条件に合った理由は」

「ビトリアルが、ペナートさんの家を特定し、襲撃したから。でしょ?」

「さすがだね。何もいうことがないよ」

「もっと褒めて。褒められると伸びるタイプだから……」


 遠くから何かがこちらに近づいてきていた。


「ねえ、なんで無視するの」

「侑里、しっかり掴まっていて。前から何かが来る」


 豆粒だったものが、次第に輪郭がはっきりとし、湊人は向かってくる者たちの姿をとらえた。三台のスエーに、武装した兵士が一人ずつ乗っていた。その真ん中に立っている長身の者はローブを被り、顔を隠していた。


「迎え撃つぞ。逃げ切るのは不可能だ。全員降りるぞ」


 ペナートを挟んで対面にいる零がいった。すぐに、スエーを停めて地面に下りた。

 四人は武器を具現化して構えに入る。ペナートは見てわかるほど、足が震えていた。

 左と右のスエーを操作している兵士が、銃を構えて撃ってきた。

 前方で、零とレミが弾丸を叩き落としていく。

 その後ろから侑里が弓を引き、矢を放った。

 誘導ミサイルのごとく、矢が左と右のスエーに突き刺さった。操縦が利かなくなったのか、宙でスリップすると、遠心力に耐え切れずに地面へと放り出された。

 湊人とレミは、兵士二人が立ち上がる前に、間合いを詰めた。

湊人は敵の胸に剣を刺し、レミは顎やこめかみなど、急所と呼ばれる箇所に拳を振り下ろして仕留めた。

 ローブを被っていた者は、自分のスエーのスピードを上げてから、その場から脱出した。スエーが、無人のままスピードをつけて、向かってきた。


「ぶっ壊してやる!」


 零は接触する瞬間、力強く足を踏み出して、槍で突いた。

 スエーは花火のように、散り散りになっていった。

 零は、ローブを着た者に向き合った。


「てめえは、誰だ?」


 長身の者は、ローブを外して顔を見せた。女だった。見据えたような緑の目、顔に斜めの切り傷があった。ペナートの情報からロネであることは間違いなかった。

 Sランクである可能性がある以上、油断ならない敵だった。


「まさか、ビトリアルの実力者の片方が、わざわざ出向いてくれるなんてな。どうして、ペナートがここにいるってわかったんだ?」


 ロネは答えず、ペナートに顔を向けた。目が合った途端に、ペナートは尻餅をついた。名もなき街を出たときの元気のよかった表情は消え失せ、顔面蒼白状態だった。

 そんなペナートの姿を見て、零は湊人に顔を向けた。


「湊人、ペナートを頼む」

「任せておいて」

「侑里、俺が危なくなっても牢銃は使うなよ? ペナートを守るために使え」

「わかってるわよ。零」

「なんだよ」

「勝って」

「ああ」


 零が喋り出す前に、レミが声をかけた。


「零さん。頑張ってください」


 零はうなずき、一歩、二歩と歩き出した。ロネも呼応するように歩き出す。

 この戦いは、今後を左右する戦いだった。ロネを倒せれば、どれほどの力の持ち主かわからないが、ビトリアルのボスであるオリガまで、手が届く可能性がある。

 もしも、負けるようなことがあれば、宝石集めは座礁してしまう。

 そのことを充分に自覚しているのだろう、零の気迫が漲っているのを感じた。

 対するロネは、不気味という他なかった。無表情まま、零を見据えている。

 あのローブの下には、おそらく武器を隠しているのだろう。剣か、銃か、それともシーゼのように自身の能力を発揮するための道具か。

 二人の距離が縮まっていくほど、緊張が高まっていく。


「仕掛けると思う?」


 侑里が湊人に訊ねた。


「いうまでもないよ」

「だよね」


 侑里は心配そうな顔をしていた。それもそのはず、相手であるロネはSランクの可能性があり、能力の有無もわからない。普通なら見に回るだろう。

 だが、零は待つような戦闘スタイルではない。

 二人が予想した通り、零が先手を打て出た。

 零が突き出した槍は、ロネの胸を貫くことはできず、紙一重で避けられてしまった。

 ロネの反撃かと思われたが、零はその隙を与えず、上下左右に突きを放っていく。次第に突きの速度が上がっていった。

 ロネは躱すだけで攻撃はしてこない。防御するだけで精一杯なのだろうか。それとも様子見なのだろうか。

 零もまだAランクからSランクに引き上げることはしていなかった。

 まだ湊人は、目で零の動きを追うことができたからだった。いいかえるなら、いつも強引に突き進む零のスタイルにしては、慎重であることを意味していた。

 何度でも能力値を引き上げるとはいっていたが、やはり身体への負担が大きいのだろう。それに加えて、短い時間でしかSランクを保っていられない。

 だからこそ、ある程度、相手の動きを見てからでないと、Sに引き上げることはできないのだろう。

 このまま、何事もなく終わって欲しい、湊人は願った。

 その隣で、侑里は真剣な顔をしたまま、感心したようにいった。


「正直、ロネって人は凄いわね」


 湊人は何もいわず、どこが凄いのか、と目で訊ねた。


「零があれだけの手数で攻撃を仕掛けてるのに、ロネは様子見してる。躱し方に無駄がない。完全に見切ってる」

「だけど、様子見しているのは、攻撃してる零も同じことだよ。まだ本気じゃないんだから。突きの回転率を上げれば、そのスピードにロネもついていけなくなるはず」

「それが理想形ね。このまま押し切って欲しいけど」

「けど?」

「相手の底も知れてない。ロネの本気が、零を上回っていないことを祈るしか……あっ」


 侑里の声に、湊人は視線を二人に戻した。

 すると、ロネは躱すのをやめて、突き出された槍を払いのけ、拳を握りしめた。

 槍を払いのけられた零は、両手を空に掲げている格好だった。

 確実に一発をもらう。

 そう、湊人は予感した。

 ロネが拳をアッパー気味に振りかぶった。その瞬間、零は後方へ飛んだ。

 間一髪で、ロネの打撃を躱すことができたが、零の制服が破けていた。

 ちょうど、ロネの拳が描いた軌道上だった。


「化け物だわ」


 侑里が青ざめた顔でいった。わけがわからない湊人は、侑里と同じように凍りついているレミを交互に見ることしかできなかった。


「ロネの拳は、かまいたちを発するほどのキレ味を持ってる」

「それじゃあ、ロネの能力は、かまいたちなの?」

「わからない、今いえることは、あの一打をくらったら、零とはいえ無事でいられるか」

「えっ」


 ロネに対峙している零に顔を向けると、驚愕した顔をしていた。零にとっても想像以上だったようだった。

 その一瞬の硬直が、ロネに攻撃を与える隙となってしまう。

 ロネは、さっきまでのお返しだといわんばかりに、打拳を繰り返す。見るからにキレのある拳を上下に打ち分けていく。零の比ではない速さだった。

 湊人の目には、ロネの拳が見えなくなりつつあった。徐々に実力を発揮しているように思えた。

 それは、対峙している零も同じことを感じているようだった。しかし、力を引き上げるまえに、一撃をくらってしまった。

 体勢を崩した零に、ロネは容赦なく打拳と蹴りを一発ずつ的確に当て、零がひるんだところで拳を叩き込んだ。零の膝が折れる。


「零!」


 湊人は叫んだ。

 砂地に倒れ込む零に向かって、ロネは蹴りを入れた。

 零は勢いよく転がり、岩場にぶつかってようやく止まった。その場にうずくまり、呻き声を上げていた。

 このままでは危険だ、そう思った湊人は零に駈け寄ろうとしたが、侑里に肩をつかまれた。振り返ると、侑里が首を横に振った。


「冗談じゃない。零が殺される」

「待って」

「何を待つっていうんだよ!」


 侑里の判断に苛立ち、湊人は語気を強めていったが、侑里の顔を見て、頭に昇っていた血が失せた。

 涙を目に浮かべ、肩をつかむ手が震えていた。


「侑里」

「私たちには何もできない。私たちの力を合わせても、足しにもならない。だから、零に任せたし、零もそれをわかって戦ってくれてる。それを裏切ったら、いま行ったら、零が傷つく」


 違うと思う、零は助けを求めてる、とはいえるわけがなかった。

 青文字で綴られ、侑里は心の底からそう思っていた。

 だが、このままでは零が死んでしまうのも事実だった。

 どうすればいい。どうすれば。

 よろめきながら、槍を支えにして立ち上がる零を見つめた。ジレンマの中で頭を回転させるが、何一つ、いい案が浮かんでこない。

 ふと、口から血を流している零と目が合った。


「湊人!」


 零に名を呼ばれて、湊人はどきっとした。零は、後に続く言葉をいわなかった。

 ただ、笑みを浮かべていた。苦痛なのにもかかわらず、自分たちのことを心配してくれていた。

 湊人は思った。新堂零という男を信じて待つことこそ、今、自分がすべきことだと。

 湊人は力強くうなずくと、零はロネに視線を戻して槍を構えた。

 零がAランクからSランクに引き上げたことを、湊人はすぐに察知した。ロネに向けられた気迫が、シーゼのときと同じ質のものだった。

 零の方へと、歩み寄って来ていたロネは、足を止めた。ひりつく気迫に危機感を覚えているのだろうか。自分と実力が同じ、もしくはランクが上であると、感じ取ったのかもしれない。

 零は、前傾姿勢を取り、一歩踏み出した。

 湊人の目が零の姿を捉えたときには、ロネの懐に入り込んでいた。

 槍の矛先がロネの胸元に伸びていく。

 仕留めたか、誰もがそう思ったが、ロネは寸でのところで攻撃を躱した。

 予想以上の反射神経に湊人は度肝を抜かされたが、零は慌ててはいなかった。槍の矛先と柄を巧みに操り、手を休めることなく攻撃を仕掛けていく。先ほどよりも早い零の攻撃に、ロネの右腕に矛先が突き刺さった。

 槍を引き抜かれると、ロネの顔がゆがんだ。いったん、距離を取ろうとするロネに、零はしつこく攻撃をし続けた。

 だが、攻撃は一切当たらない。ことごとく、空を切り続ける。

 その光景に、空気が重くなっていくのを感じた。息苦しくなっていく。まだロネは、本領を発揮していないのではないか、そう思わざるを得ない。

 その予感が、ハズレていることを、二人の戦いに目を見張りながら、湊人は祈っていた。

 しかし、祈りは通じなかった。

 ロネが、攻撃に転じたのだった。槍を躱すと、零の身体に打拳を何発か叩き込む。零の身体が一瞬浮いたように見えた。

 吹き飛んでいく零を、ロネは先回りして蹴り飛ばそうとした。

 零は見抜いていたのか、途中で起き上がり、ロネの背後に回り込み、槍をロネに向かって伸ばした。


「やった」


 隣で侑里が叫んだ。湊人にも、完全に不意を突いた状態に見えた。矛先は、ロネの心臓を捉えていた。にもかかわらず、ロネは振り返りもせずに、零が突き出した槍を避けたのだった。

 湊人の全身に鳥肌が立った。

 今のは、いったい……。

 ロネは振り返り、零の顎を掌底で跳ね上げた。零の身体はエビ反りになり、顔が天を仰ぐ。

 その光景に、湊人は、時間が停まったような感覚に襲われた。このあとに何が待っているのか、脳が拒否していた。

 ロネは、無防備となった零に、ロネは拳と蹴りを湊人には見えぬ速さで撃ち込んだ。

 湊人の目に映るのは、ゆっくりと砂地に倒れるこむ零の姿だった。同時にロネは、こちらに身体を向けて歩きだした 。


「零!」


 湊人は声をあげた。零はピクリとも動かない。気絶したのか、それとも……。血が熱く滾るのを感じた。気づいたのときには、剣を具現化させてロネに飛びかかっていた。


「うわああああああああああ」


 振り下ろした剣を、ロネに軽々と躱されて腕をつかまれた。

 湊人は、ロネを睨み付けた。

 ロネは無表情の顔を向けたまま、動かなかった。互いの視線がぶつかる。

 そこに会話はなかった。

 ロネは湊人に攻撃することなく、つかんでいた腕から手を離した。


「待て。どういうつもりだ?」


 湊人が問うと、ロネは背を向けたまま足を止めた。


「向かってきた彼が一番強いのだろう? だから、キミたちは私に攻撃を仕掛けなかった。なら、勝負はついているはずだ。大人しくペナートを渡せ。私の目的は、それだけだ。キミたちが目的ではない」

「それは無理な相談だ。僕たちには、僕たちの目的がある。それを達成するためにはペナートの協力が必要なんだ」

「そうか。私の案は受け入れられないか。ならお前も、あそこで寝ている彼のようになるか?」


 そういって、ロネはゆっくりと振り向いた。文字は青文字、冷たい感情が伝わってくるかと思いきや、なぜか悲しみに満ちていた。

 それでも、湊人に向けられた視線は、胸を圧迫するほどの威圧感があった。零は、こんな相手と向き合って戦っていたのか。改めて零の凄さを思い知ると同時に、恐怖心が噴き出てきた。

 心臓の鼓動が耳にまで聞こえてくる。相手は、零のSランクを凌駕した者。一撃を与えられる可能性は、万に一つの可能性でしかない。ここで撤退することはありえない選択肢。零が倒れたいま、残った自分たちがペナートを守らなければならない。

 恐怖心を押し殺し、湊人は剣を握りしめて、飛びかかった。実力差がある以上、小細工は通用しない。正面から向かい合うしかなかった。

 全身全霊、湊人が出せる限りのスピードで、剣を振り下ろした。


「湊人!」


 侑里の叫ぶ声が聞こえた。あと少しで自分も死ぬ、そう思った。

 剣は空を切っていた。

 湊人の視界の端から、何かが猛烈な勢いで迫ってくることだけは感じることができた。

 湊人はロネに蹴り飛ばされ、一回転していた。実力差があるために、湊人が感知できたのは、一瞬、空が見えたことだけだった。

 数秒、数十分、数時間、感覚が途切れたことで、自分の状況を把握することができずにいた。

 視界が定まらない湊人の目には、靄がかかっていた。ここはどこだ、僕は何をしていたんだ。耳鳴りだけが鮮明に聞こえてくる。

 次第に、視界から靄が取り払われていく。目に映ったのは、三人の姿だった。

 あれは……。

 途絶えていた意識が、舞い戻ってきた。

 レミがペナートの盾となり、ロネの前に立っていた。耳鳴りが消え、二人の会話が耳に飛び込んできた。


「なんで、あなたたちは、この国を消滅させようとしているのですか?」

「私はオリガに尽くすだけの存在、私の口から話すようなことではない。さあ、そこを退け」

「退きません」


 ロネがレミに一歩近寄った。


「そこまでいうのなら、キミも、あの三人のように砂地に寝てもらうしかないな」


 ロネの言葉は青文字だった。自分が気絶していたうちに、侑里がやられたようだった。

 侑里の無事を祈る一方で、湊人は危機に立たされているレミを助けようと、身体を起こそうとしたが、身体がまったくいうことを聞かない。指一本も動かせない状態だった。

 ちくしょう、動いてくれ。

 湊人は、自身の脳に呼びかけるが、うんともすんとも反応しなかった。


「待ってくれ!」


 ロネの手がレミに伸びかけたところで、レミの後ろで腰を抜かしていたペナートが叫んだ。


「これ以上、彼らを傷つけるのはやめてくれ。お前たちのところに行く。だから、彼女に手を出すのはやめてくれ」

「ペナートさん」


 動揺するレミに、ペナートはいった。


「だいじょうぶ、僕は大丈夫だから。この先は、僕がなんとかするよ」

「で、でも」

「心配しないで」


 ペナートは笑みを浮かべていた。そして、ゆっくりと立ち上がった。ペナートの足は目に見えるほど、震えていた。この先で何が待っているのか、わかっているからだろう。


「ペナート、こちらに背を向けて手を後ろで組め」

「わかった。そのあとは、もちろん彼女に手を出すことはしないだろうな」

「約束しよう」


 ペナートは、いわれた通りにするとロネに手首をつかまれて、スエーの方へ歩いて行くのが見えた。

 湊人は口を開けていった。行っちゃダメだ、と。

 喉は震えず、声にはならなかった。

 ロネは、ペナートをスエーに乗せると、部下たちが持ってきていた銃を手にして、残りのスエーを破壊した。



                 ★ ★ ★



 ペナートが連れて行かれていかれてから、随分と時間が経ったころ、湊人はようやく起き上がることができた。スエーが壊されたことで、街に戻ることもできず、その場にいるしかなかった。


「レミ、二人は?」

「侑里さんは、目を覚ましてますが、まだ動けないようで。零さんは、まだ目を覚ましていません。でも、思ったよりは損傷はないようでした」

「よかった」


 湊人は胸を撫で下ろした。戦いを見ている限り、骨を折られてる可能性も視野に入れていたが、零の身体は予想以上に頑丈だったようだ。

 湊人は仰向けに寝ている侑里の下へ行くと、こちらに顔を向け、悲しげな笑みを浮かべた。


「負けちゃった。何も、できなかった」

「僕も何もできなかった」


 マロウがいた街で口にした言葉が、湊人の心に甦った。


『戦える力があるのだから、この国を救うための手伝いをしたい。レミが僕たちのところに来てくれたように』


 これから先、自分に何ができるというのだろうか。疑心が際限なく、自分の心を蝕んでいくのを感じた。


「ねえ、湊人」

「なに?」

「あのさ、出直した方がいいんじゃないかな。どう考えても、太刀打ちできない。それかメンバーを変えた方がいいと思う。予言とはいえ、それくらいの変更は誤差だと思うの。もうね、嫌なんだ。なんでこんな惨めな思いをしなくちゃいけないの? 帰りたい」


 侑里は涙ぐんでいた。優しい一言でもかけてあげたかったが、何もいえずにいると、零の方から声が聞こえた。気になるが、侑里を放っておくわけにもいかなかった。

 そこへ、レミがやってきた。


「湊人さん、零さんの方へ」

「ごめん」


 そういって、湊人は立ち上がり、零のところへ駆け寄った。瞼を半分開けていたが、まだ焦点が定まっていないのか、左右に目がぎこちなく動いていた。


「零、だいしょうぶ?」

「みんなは?」

「無事だよ」


 零は、何度かうなずいてからいった。


「み、湊人……あいつは?」

「ペナートさんを連れて行ったよ」

「そうか」


 零の頬には涙が伝っていた。


「ああ、勝ちたかった。くや、しい」


 零から自分自身に対する、怒りと悔しさが伝わってきた。奥歯を噛みしめるも、震えて歯がカチカチと音を立てていた。


「みんな、ごめん。俺のせいだ、俺の」

「零、そんなことない。僕なんて、僕なんて……」


 今になって涙が出てきた。自分の非力さが恥ずかしくなった。

 ふいに零が目を閉じた。


「零?」


 慌てふためく湊人の後ろから、レミの肩を借りて侑里がやってきた。おもむろに、首に手を当てた。


「だいじょうぶ、気を失っただけ。よっぽど身体がまいっているのね」


 侑里が湊人に顔を向けると、涙で腫れた目に、また涙を溜めていた。


「湊人、さっきはごめんね」


 そういい切った途端に、また涙を流し始めた。恐れ、恥じ、悔しさが渦となって湊人に伝わってきた。

 代わりなど利かないことは、侑里もわかっていた。

 ただ、自分たちが思っている以上に、現実が厳しかった。

 それでも、自分たちが進まなければいないこともわかっていた。



                 ★ ★ ★


 

 ロネと戦った場から歩き出したのは、空の赤みが増した頃だった。

 誰も何もいわずに、足をダンダルシアに向けた。ひとり一人思うことがあるのか、無言のまま歩き続けていた。

 そこへ、湊人の下に侑里がやってきた。


「どうしたの?」


 ロネに負けたあとよりは、顔色も表情も明るくなっていたが、気分は晴れていないようだった。


「わかっていたことだけど、誰も、帰りたいなんていわなかったね」

「これが、僕だけの旅だったら、逃げ帰っていたよ」


 湊人の言葉に、侑里は苦笑いした。


「僕がいうことじゃないけど、ここからどうやって戦っていけばいいんだろう」

「一番の問題は、そこよね」


 そういって、侑里は後ろにいる零を一瞥した。

 目覚めてから今まで、明るく振る舞ってはいるが、目に輝きがなかった。ロネに負けたことが相当利いているのだろう。


「能力を使わずに、零を気絶させるなんて、想定外だった」

「ほんとに、ロネは能力を持っていないのかな」


 侑里の言葉に、湊人は眉をひそめた。


「持っていないと思うよ。ほら、戦っていたとき、素手だったから」

「そうね、たしかに素手だった。だけど、シーゼのように道具を必要としない能力なのかもしれない。シャルルさんだって道具を使わずに、手元に物を引き寄せたでしょ? それに何かひっかかるの。なにかを見落としてる気がするのだけど、今はこの敗戦のことで、頭が働かない」


 侑里はぎこちない笑みを浮かべ、肩をすくめた。

 二人の会話は途切れ、沈黙の時間が続いた。

 仕方がないことだった。問題ばかり出てきて、解決策が何一つ出てこない。雲間から光が射し込む気配がなかった。

 だが、落ち込んでいる暇は、そうなかった。


「そろそろ、ダンダルシアね。早急に反乱軍の本拠地に行って、事の次第を話さないと」

「できれば、敵に見つからないように行きたいね」

「それは無理だと思う。反乱軍がビトリアルと衝突して敗戦したって、ガブリさんがいっていたでしょ。おそらく、ビトリアルの侵略はかなり進んでる。それでも、よく持ち堪えている方だとは思うけどね……あっ!」


 声をあげ、侑里が立ち止まった。

 何事かと思い、湊人が侑里に顔を向けると、額を手で押さえていた。


「どうかしたの?」

「このままダンダルシアにいっても、無駄だわ」

「なんで? さっき反乱軍に会うって」

「湊人、反乱軍の本拠地の場所、憶えてる?」

「あっ……いや、憶えてない。ペナートさんが書いていた紙を誰か持っていれば」

「誰も持っていないと思う」


 立ち止まっていた二人に零とレミが追いついた。


「どうしたんだよ。こんなところで突っ立って。早くダンダルシアに行こうぜ。反乱軍のやつらに会う必要があるし」

「それの話で困ってたの」

「なにを?」

「反乱軍の本拠地がどこにあるのか、忘れちゃって」

「大丈夫だよ」

「もしかして、ペナートさんが書いた地図を持ってきたの?」

「そんなの持ってきてねえよ」

「それじゃあ」

「侑里、落ち着け。ここには、その手のことを得意としている人がいるじゃねーか」


 零にいわれて、侑里はレミに顔を向けた。

 レミは小さくうなずいた。


「さすが、レミちゃん。ありがとう」


 侑里はレミに抱きついた。


「ああ、もうダメかと思った。レミちゃんがいて、ほんとよかった」


 その侑里の様子を見て、零が湊人の隣に来ていった。


「侑里は思ったより元気だな」

「なんだかんだいって、心が強いからね。零はどう?」

「そうやって、人の心を確かめるんじゃねーよ」


 図星だったので湊人が黙っていると、零はふっと笑った。


「馬鹿、冗談だよ。こんな言葉を間に受けるな。どん底にいる気分だよ。死にたいぐらいだ。どうだ、本心からいったから真っ青だろ」

「うん」


 ただ、何かしらの迷いがあるのを感じた。湊人が訊ねようとすると、零は手を制した。


「湊人が何を訊きたいのかは、わかってる。ロネについて気に食わないっていうか、よくわからないことがあるんだ」


 零の言葉に、侑里とレミも耳を傾けた。


「ロネと戦って、たしかに俺は負けたけど、どう見積もっても、俺より少し上ぐらい。それは攻撃を受けて思った。たとえ手加減していたとしても、もっと深手を負っていたはずだ。だけど、問題は俺の攻撃が当たらないこと」

「それは、相手が上だったからじゃないの?」

「いや、少し上ぐらいなら、七割ぐらいは攻撃が当たるはずなんだ。いや、ロネとの実力差を考えるなら、押されながらもいい勝負ができたと思う。だけど、ロネに当てた攻撃は手で数えるほどだった。それが、これまで戦ってきた経験の外っていうのが気に食わねえんだ。もう一つ、変だと思うことがある」

「もしかして、不意を突いた一撃のこと?」


 レミのいったことに、零はうなずき返した。


「まあ、それに関してだ。あれが当たらないのに、どうして正面から仕掛けた攻撃で、あいつの右腕に、槍を突き刺せたのかってことが不思議なんだ」


 いわれてみれば、変な話だった。零のいっていることが正しければ、不意の一撃で仕留めることができたはずだ。事実、自分もロネを倒したと思った。

 二つのパターンの違いを考えながらも、四人は再び歩き出した。今は、反乱軍と合流することが最重要課題だった。

 夜へと移り変わった頃、ついにダンダルシアに辿りついた。

 フーリエと変わらないビル群だったが、規模と高さが比較にならない。ペナートがいっていたように、オブリヴィオンの心臓であることが、外観からも感じられた。

 ダンダルシアの土地に足を踏み入れると、不気味な雰囲気だった。背の高いビルが建ち並ぶため、夜空からの光が射し込まずに薄暗い。街灯があるものの、役目を果たさず、ただの飾りと化していた。

 ビルとビルの隙間や、分かれ道の角に、敵がいるのではないかという恐怖と緊張感が、四人の胸を締めつけた。

 すると、前方から眩い光を照らした何かが、近づいてきた。

 四人は素早く裏路地に身を隠して、壁から覗き込むようにして表を見た。

 光の正体は、スエーのヘッドライトだった。

 二人の兵士が、それぞれスエーに乗って、こちらに近づいてきていた。服装からして、これまで戦ってきたビトリアルのものに間違いなかった。巡回しているのだろう。ゆったりとしたスピードで走行している。


「奪おうぜ」


 零の案に侑里が賛成した。


「そうね。その方がいいかも。通り過ぎたところを狙いにいくわよ」

「わかった」


 二台のスエーが横切ると、零は素早く表に飛び出し、具現化した槍を持って、前を向く二人に駈け寄った。

 二人は、零の姿に気づいたものの、反撃することもできずに、槍の柄で殴り飛ばされた。 壁にぶつかり、起き上がろうとしたところを、零は顔面に拳を入れて気絶させた。


「もうちょっと優しくできないの?」

「敵に手加減なんていらないだろ」


 湊人と零が、倒れたスエーを起こしていると、遠くから、スエーに乗り込んだビトリアルの兵士がやってきた。


「なんでバレたの」


 侑里が怪訝な顔をした。

 湊人は、倒れた二人に目をやると、一方の男が、腰につけている機械に手を置いていた。


「きっとあの機械で、異変があったことを知らせたんだ」

「くっそ、心臓を貫くべきだったか」


 零が愚痴を零していると、侑里は湊人のスエーに乗り込み声を荒げた。


「そんなこといってないで、早く出して」


 侑里は声を荒げて、湊人の後ろに着いた。

 運転席に乗っている二人は、慌ててスエーを走らせた。乾いた銃声が後ろから鳴り響いてきた。


「とにかく相手を振り切るわよ」


 侑里が並走している零とレミに向かっていった。


「零は、湊人の運転についてきて。レミちゃんは、零を守ってあげて。私は湊人を守る」

「わかった。それじゃあ、いくよ」

「零を振り切るぐらいの気持ちで、逃げて」


 湊人はうなずき、土地勘のない街をスエーで駆け抜けていく。左に右にハンドルを切った。スピードを上げていくものの、零も、敵もぴったりついてくる。

 気づくと、後ろから眩いほどの光が射していた。銃声の音も徐々に多くなっているような気がした。どれだけの敵が自分たちを追ってきているのだろうか。

 そんな湊人の動揺が運転に出ていたのか、侑里が呼びかけた。


「湊人」

「なに?」

「集中!」

「わかった」


 湊人はスピードを上げるものの、それでも銃声は鳴りやまない。


「侑里、数は減ってるの?」

「減ってるけど、これはまずいパターンかもしれない」

「どういうこと?」

「先回りされてる可能性があるわ」

「ええっ、どうする?」


 少しの間のあと、侑里は強い語気でいった。


「わからないわ」

「ここでいったんスエーを停めて戦う?」

「ダメ。絶対に停まらないで。ここはビトリアルの本拠地でもあるんだから、戦っているうちに、もしもロネが来たら、逃げようにも周りを囲まれていたら、逃げられなくなるから」


 すると、横からビトリアルの兵士が乗ったスエーが突っ込んできた。

 湊人は、間一髪で躱した。冷たい血が、心臓に流れた。


「侑里のいう通りになってる」

「こうなったら、仕方がないわ。一度ダンダルシアを抜けて」

「抜けたりしたら、僕たちの姿が丸見えになるよ?」

「その考えを逆手に取るわ。丸見えになるのは、戦う上では非合理的。反乱軍が自分たちを誘導しているのではないかと錯覚させる」

「もしも、そのままついて来たら?」

「ダンダルシアから離れた場所で戦う。それならロネが来ても逃げられる」

「わかった。それじゃあ」


 十字路に差し掛かった。そこへ、横からビトリアルの兵士が乗ったスエーが、前方部分に突っ込んできた。躱すことができずに、衝突してしまった。

 湊人は、ハンドルを強く握り、吹き飛ばされずに済んだが、後ろにいた侑里は、投げ出されてしまった。


「侑里!」


 宙を舞っていた侑里は、自身の身体を捻り、体勢を整えて地面に着地すると同時に、武器を具現化して矢を放った。

 まさか攻撃されるとは思っていなかったのだろう、突撃してきた兵士は避けることなく、胸を矢に貫かれて地面に倒れた。

 侑里は、すぐさまこちらに駈け寄って来た。


「早く、スエーを出して」

「ダメだ。さっきの衝突で、どこか壊れたらしいんだ」

「そんな」


 すでに三方向から、ビトリアルの兵士たちが、銃を構えて詰め寄って来ていた。

 零もレミもスエーから下りて、戦闘態勢に入っていた。

 最悪の結果だ。

 湊人は頭を抱えたくなった。

 そこへ、残り一方の道から一発の銃声が鳴り響いた。誰もが、その方向へ顔を向けた。夜空の光が射す中で、手に回転式拳銃を持ち、赤く長い髪をなびかせ、一歩、二歩と近づいて来る。立ち止まると、八重歯を見せて笑った。その目は狼のように鋭く、威圧感のあるものだった。


「さあ、狩りの時間だ!」


 女性が高らかに叫び、手を挙げたと同時に、ビトリアルの兵士たちがいる場へ、銃弾の雨ではなく、手榴弾の雨が降り注いだ。

 四人は、赤髪の女性の方へ走った。ビトリアルの兵士たちも、自分たちを追うためではなく、逃げるために走ってきたが、赤髪の女性が全員を一人残さず、銃で撃ち抜いていった。

 危機は風のように過ぎ去り、爆音がしていた一帯には、痛みに苦しむビトリアルの兵士たちの呻き声だけが聞こえていた。


「ったく、耳障りな声だな。おい、お前たち。ついて来い」


 そういって赤髪の女性は、回転式拳銃を腰につけていた拳銃嚢にしまうと、歩き出した。

 四人は、いわれるがままついて行くと、ほどなくして十階ほどある廃ビルに入っていた。続くように中に入ると、一階は何も置いておらず、滑り台のような螺旋が上に伸びていた。


「全員、ここに並べ」


 何が始まるのかと思いつつも、四人は横一列に並んだ。


「この馬鹿野郎どもが!」


 零と湊人は、反応することもできずに、頬に拳を入れられて床に倒れ込んだ。

 起き上がろうとする零に、容赦なく蹴りを入れ、湊人は胸ぐらをつかまれて強制的に立たされると、同じ箇所を再度殴られた。


「犬死に死にしたいのか!」


 あまりの迫力に、硬直していた侑里とレミのところへ、赤髪の女性は歩み寄ると、二人の顔を思いっきり平手打ちした。

 そして、赤髪の女性は、四人の顔を一人ずつ見やった。


「勝手な行動を取るな。お前たちが、死んだ者たちへの仇を取りたいのはわかる。だが、ここは反乱軍に任せておけ。今、護衛を呼んでやるから、そいつらと一緒に避難所に帰れ」


 赤髪の女性が背を向けたとき、湊人は殴られた頬を押さえながらいった。


「待ってください。僕たちは反乱軍のリーダーに会いに来たんです」


 赤髪の女性は振り返り、眉をひそめた。


「ペナートさんのことで、早急に話をしておきたいことがあるんです」

「ちょっと待て。もしかしてお前ら、私が誰なのかわからないのか?」

「は、はい」


 湊人の返事に、赤髪は驚愕した。


「お前たちは何者だ? もしかして、こんな時に他の街からやってきたのか?」

「それについては、話すと長くなるので、できれば反乱軍のリーダーに会わせて欲しいのですが」

「だったら、話せ」

「それじゃあ、あなたが」

「ああ、そうだ。あたしが反乱軍のリーダーだ」


 赤髪の女性がいった言葉は、青文字で綴られていた。


「そうだったんですか。実は」


 そういって、湊人は異世界から来たこと、その目的やシーゼを倒したこと、そしてペナートから聞いたことをすべて話した。


「あの馬鹿野郎が。そんな大切なことを、あたしらに話してなかったのか」


 赤髪の女性は、苛立った顔をしていたが、四人の方へ向き直ると、苛立ちは消えていた。


「私には扉とか、その辺のことはよくわからんが、とにかくきみたちは、反乱軍側ということだけはわかった。さっきは殴って悪かったな」

「いえ」

「反乱軍は、きみたちを歓迎する。あたしの名はダータラ、よろしく」


 赤髪の女性、ダータラがひとり一人に手を差し出した。握手を終えると、侑里が訊ねた。


「あの、この街は、今どうなっているんですか?」

「避難所にいる人たちによる暴動が、起こりかねない状況だ。お前たちが一番気にしているであろう戦況は、残念ながら死に体に近い。幾度の敗戦で、戦力を削られてしまったからな」

「反乱軍の勝ち目は薄い、ということですか?」


 侑里の問いにダータラは、唇をぎゅっと結び、間を置いてから口を開いた。


「そうだな。だが、諦めたわけではない。後がないことがわかっているだけに、不安や恐怖が一周回って、ビトリアルと戦う気概は整っている」

「それなら、早急にビトリアルに攻撃を仕掛けて欲しいのです。ペナートさんをいち早く救出しないと」

「それについては問題ない。明日、天命が下るだろう」

「どういうことですか?」

「実は明日、あたしたちは、ビトリアルに総攻撃をかけるつもりでいたんだ。そこへ、お前たちがやってきた。これはもう偶然ではない。見えざる力が、私たちにビトリアルを討てといっている。お前たちにも、力を貸してもらいたい。シーゼを倒し、ロネと戦い、生きてここまで来たことは評価するに値する。反乱軍の戦力になって欲しい」

「もちろんです」

「ありがとう。それじゃあ、今晩はもう寝た方がいい。空き部屋があったはずだから、そこへ案内しよう」


 ダータラは、階段に向かって歩き出し、上がっていった。後に続いて階段を上がっていく途中で、零が訊ねた。


「あのさ、ダータラはどうしてシーゼを放置していたんだ? 殴られてわかったけど、あんたも相当な実力の持ち主じゃねーのか。俺が思うに、シーゼを仕留めることはできたはずだ」

「動けなかったというのが、正直な意見だ。ここにいる反乱軍のメンバーなら、シーゼを倒すことは、わけなかったと思うが、それ以上にロネ、オリガの存在が脅威だった。シーゼに人為を割いていたら、おそらく反乱軍が死に体どころか、降伏していただろう」

「あんたでも、ロネは倒せないのか?」

「当初、あたしの方がロネより強かった。あの頃のロネは、飴を食べていなかったからね。仕留めるチャンスはあった。だが、オリガに阻まれてしまったんだ」

「それ以降は、ロネも飴を食べて力をつけた、と」

「その通りだ。常に引き分け、敗戦を強いられるようになった。序盤は作戦通りにいっても、戦況はあっという間に変わっていく。むしろ変わっていくのは、人の心だな。戦況に応じて、心が揺れ動かされて自滅していく。そうなると作戦も意味を成さない。いつも、部下には気持ちをしっかり持てといっているのだが、死が歩み寄っていくなかで、落ち着けというのも、無理はないがな」

「ロネの能力は、わかっていないのか?」

「わからない。残念ながらね。しかし、問題はやはり、ロネではない。オリガだ。あいつは化け物だ。強者、猛者の類を逸脱している。鬼神といっても過言じゃない」

「鬼神……」

「オリガが戦場に出てきたのは、あたしがロネを仕留め損ねたときの一度きり。あいつは、赤子の手を捻るようにして、仲間を軽々と殺していった。能力を使っていないオリガに、あたしたちは、逃げるので精一杯だった。あのとき、人の姿をして死ねた者たちが幸せだと思うくらいだったよ」


 四人は話を聞き、困惑していた。ロネ以上の実力を持っているであろうと、想像はしていたが、遥かに想像を凌駕していた。シーゼを倒すことにわけない反乱軍のメンバーが、人の姿を成すことができずに死ぬという現実。それを受け入れることができなかった。

 四人から重苦しい雰囲気を感じたのか、前を歩いていたダータラが足を止めて、振り返った。


「おいおい、暗い顔をするな」

「それは無理な話ですよ」


 湊人がいい返すと、ダータラは声を殺しながら笑った。


「それもそうだな。だが、そんな化け物に勝たなければ、未来はない。恐れ、慄く時間は終わった。あたしは、必ずオリガの首を獲る」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る