第7話 ペナート

 早朝、地上に出ると修理された二台のスエーが用意されていた。

 四人は、男女一組に分かれ、スエーに乗り込んだ。

 ダブリから操作方法を聞き、多少の練習をすると、四人は礼をいってフーリエをあとにした。

 フーリエ以降は、草原ではなく、砂漠が続いていた。

 スエーの乗り心地は最高だった。備えつけられたフロントガラスのおかげで、風による目の渇きがなく視野を確保でき、辺りを見回すことができた。

 さらに、スエーにはタイヤが無ないため、地面からの振動もなくスムースだった。足下に視線を落すと、砂漠が勢いよく後ろに流れていく。


「ねえ、湊人」


 後ろにいる侑里に呼ばれ、湊人は耳だけを傾けた。


「なに?」

「この先、私たちにできることなんてあるのかな?」

「急にどうしたの。侑里らしくない」

「今後、Sランクの敵が出てくると思うと、先が見えなくて」

「僕たちにもできることはあるよ。零はSランクの敵と戦う気が満々だった。だから、零がSランクの相手だけに集中できるように、場を作ってあげたいと思ってる」

「一緒に戦うことは選択肢にないの、なんていわないわ。わかってる。私たちの力なんて、たかが知れてることなんて。だけど、事態は変わった。私たちも、戦わないと」

「だけど、僕は零に任せることにしたよ」


 心配する侑里に、湊人は零との大浴場での話をした。

 侑里は溜め息をついた。


「立ちはだかる敵は、なぎ倒して進んでいくなんて、自殺行為だわ。そういう人を戦闘バカっていうんでしょうね」

「そういう割には、零のことをわかっているくせに」

「なによ」

「零とシーゼが、戦っているときに牢銃を使わなかったでしょ。零のやり方をわかっていたからなんじゃないの?」


 あのとき、零が負けるかもしれないことに気が動転し、湊人は牢銃のことをすっかり忘れていた。


「別に、わかってたわけじゃない。零が立ち上がらなかったら、私は牢銃を撃ってた。ただ、零はプライド高いし、勝てるといい続けてたから、ぎりぎりまで戦わせてあげようと思っただけ」

「その気持ちが、わかってるってことじゃないのかな」

「うるさいわね。とにかく、湊人が零にいったように連戦になったら、いくら強気なことをいっても身体は保てない。私の見立てだと、Sランクに引き上げられることができるのは、一日二回まで。それも一回目より二回目は、能力値を引き上げていられる時間が、ぐっと短くなると思う」


 零の戦いを観察して、結果をはじき出したのだろう。


「そう遠くない日に間違いなく、零は負けるときがくる」


 湊人自身も、零が負ける日がくるかもしれないことはわかっていた。そう思ったのは、やはり、シーゼと戦ったあとの零の疲弊しきった姿を見たときだった。

 だからこそ、湊人は零に訴えた。

 しかし、零は自分のやり方を突き通すことを選んだ。となれば湊人は、自分の想いが杞憂であると信じるしかなかった。


「侑里、零を信じよう。零ならやってのけてくれるよ。僕たちは、やれることを確実にやっていこう」

「そうだね」


 そういって、侑里が背に寄りかかってきた。不安に押しつぶされそうになるのを必死で耐えていた。その気持ちが震えとなり、背中からも伝わってきた。

 そんな侑里に、湊人はかける言葉が見つからなかった。いや、かけることなどできなかった。自分も同じく戦力外であることには違いないのだ。

 ふと、背から侑里が離れた。なにか思うことでもあったのだろうか、と湊人が思っていると、そこへ、距離を空けて並走していた零の操作するスエーが近寄ってきた。


「湊人、ちょっと俺についてきてくれ」


 そういって、Uターンして、どこかへ向かっていく。

 湊人が零とレミの乗るスエーにつけると、侑里が訊ねた。


「なにか見つけたの?」

「さっき、レミちゃんが建物のような物が見えたっていうからさ、それなら休憩がてら行ってみてもいいんじゃねーかと思って」


 そう話している間に、目前に街が見えてきた。

 そこは、破壊尽くされた名もなき街だった。建物のほとんどが半壊もしくはそれ以上。中には、二階がずり落ちている建物まであった。

 街の端まで来ると、侑里がいった。


「ここから先は歩きましょ」

「別にこのままでいいんじゃねーのか?」


 零が面倒臭そうにいった。


「スエーに乗っていたら、ビトリアルと勘違いされかねない」


 万が一のときのために、スエーを押して歩くのは、湊人と侑里になった。

 理由は単純で、零は戦闘になったときのために両手を開けておく必要があった。レミは、この中で一番歳下ということで、却下となった。

 さっそく街の中を進んでいくと、入り口から見た光景よりも中心部は悲惨だった。家は左右吹き抜け状態、天井も吹き飛ばされているところが多かった。さらに、壁や地面には、銃痕や血飛沫、血だまりの痕が残っていた。その他にも、真っ二つに割れた散弾銃などが転がっていた。


「この街には、もう誰もいないのかもしれませんね」


 レミが悲痛な顔をしていった。


「どっかの家に身を隠しておこうぜ。外にいるのはあまり得策じゃねーだろうし」


 零が提案した。


「零のいう通りね。瓦礫とか隠れる場所があって、破損が多い場所に行きましょ」

「ちょっと待て。なんで損傷が多い家なんだよ。普通は少ない場所だろ」

「それだと、ビトリアルの連中がここへやってきたとき、真っ先に狙われるわ。ここに損傷が少ない家がある。きっとここに隠れてるだろうってね。だから最初からボロボロになった家に行く」

「あっちに侑里さんがいったような家がありましたよ」


 レミが指し示した。


「それじゃあ、そこにしましょう」


 レミの案内についていくと、大小の瓦礫が散乱している家の前に着いた。どうやら、道に散らばっている瓦礫は、吹き飛んだ二階部分のようだった。スエーを瓦礫の影に置いて、玄関に向かった。


「お邪魔します」


 玄関からリビングの中まで、破損した家具や壁やガラスの破片が床に散らばっていた。


「かなりめちゃくちゃだ」


 湊人はリビングを離れて奥の部屋に移動した。とくに理由はなかった。強いていえば、扉が開いていたからかもしれない。

 奥の部屋は薄暗かったが、銃痕によって外から光が射していた。どうやら書斎のようだった。倒れた本棚が机に支えられ、傾いたまま止まっていた。落ちていた本を一冊拾い上げて中を開いた。

 何かの用語ばかりで、まったくわからなかった。それでも、わかる言葉を抜き出していくと、どうやら遺伝子について書いてあるようだった。

 湊人は、この本が落ちていた場所に戻して、机のそばまでいくと、写真立てが倒れていた。

 この家には、どんな人が住んでいたのだろうか。

 失礼します、と心の中でいい、写真立てを手に取った。

 家族写真が収められていた。父親と母親は端に、二十代ほどの男女は真ん中に立ち、笑みを浮かべている姿があった。

 幸せな時が、この家には流れていたのだ。それが突如、他者の手によって崩れ去り、このありさま。

 ふいに怒りが込み上げてきた。ビトリアルは、なぜ国を支配しようとしているのだろう。他人の幸せを壊してまでも、その先に得るものがあるのだろうか。

 湊人は、写真立てを立てた状態で机に戻した。書斎から出て行こうとしたとき、背後から何かを感じた。はっと振り返るが、そこに誰かいるわけでもなかった。さっき自分が伏せずに置いた写真立てが目に留まる。

 何かに引き寄せられるように、再び、湊人は写真立ての前に立った。この写真がなんだというのだろう。

 じっと見つめていると、はっとした。

 この人は……。

 突然、どこからか乾いた音がした。銃声だと気付くまでに、そう時間はかからなかった。

 湊人は書斎からリビングへと駆け戻った。


「どうしたの?」


 しかし、リビングには誰もいなかった。

 すると隣の部屋から、物音がした。

 廊下を跨いだ隣の部屋から、零の後ろ姿が見えた。

 部屋に入ると、三人に囲まれるようにして、貧相な男が床に背をついていた。髪と髭が伸び切り、服がとこどころ破けていた。目には輝きがなく、顔は脅えきっていた。


「どうしたの?」

「この部屋に入ったときに、気配を感じたんです。それで、クローゼットを開けたら、この人が出てきて。ナイフを出して襲って来たので、一本背負いを」


 着くずれした制服をただしながら、レミがいった。


「で、その音に気づいてこの部屋に入ったら、男が懐から銃を取り出して、自殺しようとしやがったから、間一髪で止めたんだよ」


 ひやりとしたのだろう、零は額の汗を拭った。


「ほんと、俺が手を蹴っ飛ばしてなかったら、あの世行きだったぞ」


 湊人は、もう一度男に目を向けると、どこかで見たような顔だった。記憶を辿っていくと、ある人物に繋がった。


「もしかして、あなたはペナートさんですか?」


 湊人の言葉に、三人は驚いた顔をした。


「違う、俺はペナートなんかじゃない」


 男は首を横に振り、じりじりと壁際の方へ、這うようにして逃げていくが、目の前にいる男がペナートであるのは、今の言葉で確実となった。


「ペナートさん、話しを聞いてください。僕たちは、ビトリアルの手先の者ではないです」


 そういって、湊人はシャルルからもらった手紙をペナートの足下に置き、数歩後ろに下がった。


「シーゼを街から追い払ったことで、シャルルさんと知り合い、その手紙をもらいました」

「たしかに、これはシャルルの文字だ」

「あなたから数か月も連絡がないからと心配していましたよ」

「そうか、シャルルが。それじゃあ、きみたちは」

「僕たちは、シャルルさんが住む街の高台を越えた先にある扉から来ました」

「まさか、そんな」


 男は顔を上げると、目を見開き、信じられないというように首を横に振った。


「僕たちは、あの扉を使って七つの宝石を探しているんです。この世界には、赤い宝石、ブラッドクライと呼ばれている宝石があることをシャルルさんから聞き、それでペナートさんを探していたんです」


 男は、湊人の話を聞き入れたのか、何度かうなずいてからいった。


「わかった、きみたちの話を聞こう」

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