第4話 道中
日が暮れ始めていた。
そろそろ二時間が経とうとしていた。
街は見えず草原が続き、たまに、ぽつりと佇む木があるぐらいだった。
視界が開けていることは、いまの湊人たちにとってもろ刃の剣だった。すぐに敵を察知することができても、逃げ隠れる場所がない。戦ってしまえばいいと、割り切ってしまえば、それまでだが。
そう思えるのも、零が自信を持って、シーゼを倒せるといったことが大きかった。零の考えが正しければ、ビトリアルと名乗る組織を気にすることはない。ほんとに、楽な宝石探しになると思えてきた。
その前に、シャルルの兄であるペナートを探さなければならないが、零のいう通り、なんとかなるだろう。
「あっ、家が見えてきましたよ」
レミの明るい声が聞こえた。心に伝わってくるのは、安心と希望。自分たちを狙う敵に勝つことができ、宝石を楽に手に入れられることへの気持ちだった。
街にたどり着くと、シャルルがいた街とは違い、廃墟化していた。煉瓦造りの家には、拳一つほどの大きさの穴が、所々空いている。
ほとんどの家は、窓や扉は半開きの状態だった。
悲惨な現状を目の当たりにした四人は、喋る気にもなれず、黙って辺りを見回していた。静まり返る街に不気味さを感じる。敵が待ち構えているのか、それとも、見た通りの廃墟なのか。
四人が警戒していると、どこからか声がした。
「いまだ!」
家の中から数人の男たちが、銃を持って素早く出てきた。
「待て、俺たちは」
「問答無用」
一人の男が引き金を引いた。乾いた音が鳴り響く。
零は、武器を具現化し、弾丸を弾き落とそうとするが、途中で放射線状に広がり、網の形を成した。
避けることを考えていなかった零は、あっさり捕まった。三人も同様に捕まってしまう。
「こんな網、役には立たないぞ」
零は槍で網を千切ろうとするが、抜け出すことはできなかった。どうにか抜け出そうとあれこれしているうちに、銃を持った男たちの間から、高らかに笑う老人がやってきた。
「いくらあがいても無駄だ。それは、能力を封じ込める網じゃからの。さすがペナートが作った武器だ。これまで、お前たちにやられた借りを、ここで返させてもらう」
「待ってください」
湊人は、シャルルからもらった紙を取りだし、地面に置いた。
「僕たちは、そのペナートさんを探しにフーリエに向かっていただけなんです。これを、この街の長に見せてください」
老人はその紙を拾い上げると、胸元まで伸びている髭を撫でながらいった。
「たしかにこれはシャルルの文字だ」
「あなたが、この街の長なんですか」
「そうだが」
嘘はついていない。たしかにこの人のようだ。
「なら、信じてください。僕たちは、ほんとうに、ペナートさんを探しに来ただけなんです」
「だめだ。シャルルを脅して書かせた可能性もある。この手紙だけで、お前たちを解放するわけにはいかない。いくつか質問に答えてもらう」
「おい、爺さんよ。いい加減にしろ。さっさとこの網をから出せ」
「黙れ! お前たちの命はわしらが握っているのだ。こちらのいうことを聞けないというのなら殺す」
「なんだと!」
「やめろ、零」
湊人は首を横に振る。長から伝わってきたは、憎悪と殺意。殺すという最後の一言まで青文字だった。これ以上刺激したら、ほんとに殺されかねない。
「利口な者もいるようじゃの。では、おまえに質問しよう。なぜ、ペナートを探している」
「数か月、ペナートさんから連絡がないとシャルルさんが心配していたので、僕たちは、シャルルさんにお世話になったので、危険は承知のうえで、ペナートさんの居場所を突き止めよと、ここまでやってきたんです」
「なるほど。では、お前らの出身は、どこの街だ?」
湊人は言葉に詰まる。まったく考えていなかったことだった。今、扉の話をしても信じてはもらえないだろう。かといって沈黙すれば怪しまれると思い、でたらめに答えた。
「八番目の街です」
それを聞いた街の人たちは、顔を見合わせ、耳打ちしだす。剣幕だった長の表情も、悲痛に見えた。
「では、最後の質問じゃ。この手紙には、お前たちは、シャルルの友達と書いてあるが、それならシャルルの能力について答えろ」
「物を手元に引きつけることができる能力です」
湊人は、はっきりとした口調でいった。
街の長は、何度かうなずき、網を外すようにと男たちに指示を出した。
それを聞き、湊人はほっと溜息をついた。網から出ると、長が話しかけてきた。
「すまなかった。シーゼと名乗る悪童が、街を荒らしておってな。その対策だったんじゃよ。反乱軍の助けを待っていたんだが、いつまで経ってもこない。それなら自分たちでなんとかしようと思っての。それにしても、八番目の街は、ここよりも大変だったのに、よくぞ生き延びた」
事情が呑み込めず、何があったのかを聞きたかったが、自分で八番目の出身を名乗っているため、それはできなかった。
湊人は、曖昧な返事しかできなかったが、八番目の街は、悲惨な状況であることは、長の悲痛な表情と感情から読み取れた。
「そういえば、ペナートを探しているといっていたな。あいつなら、お前さんがいった通り、フーリエに向いるぞ」
「どうしてわかるんですか?」
「数日前にここにやってきたんじゃよ。ボロボロの姿じゃった。何があったのかはいわなかったが、相当ひどい目に遭ってたようじゃった。その頃ぐらいからシーゼというやつがやってきたんじゃが。まあ、いい。きみたちには関係のないこと。どうじゃ? もうすぐ夜がやってくる。ここで休んでいくというのは。ここからフーリエまで、しばらくかかるからの」
みんなの意見を求めるように湊人は、三人に顔を向けた。それぞれ、うなずき返してきた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
★ ★ ★
「まだ片付いていないが、ゆっくりしてくれ。それじゃあ、ここで待っていてくれ」
この十番目の名もなき街の長、マロウはゆったりとした足取りで部屋を出て行った。四人は長の後ろ姿を見送ると、辺りを見回した。
「すげえなここ」
無数の穴が空いているテーブルを触りながら、零がいった。
あのあと、四人はマロウの家に招待された。二階建ての煉瓦造りの家だった。
ここは、二階の突き当りにある部屋。広々とした空間だったが、二階であるにもかかわらず、戦いの跡が残っていた。窓がなく、テーブルには無数の穴が空き、部屋の脇には、破損した家具が置いてあった。それでも、自分たちを通したということは、まだ被害が少ない場所なのかもしれない。
「今にして思えば、私たちに料理を振る舞う余裕なんてないよね」
侑里は頬杖をつき、溜め息をついた。自身に対する軽蔑が伝わってきた。みんなで決めたことだし、自分を責める必要はないと湊人がいう前に、隣にいた零がいった。
「そんなことをいっても仕方がないだろ。人の好意はありがたくもらっておくもんだ」
「そうだけど」
「お前は、いつもそうだよな。なにかあればネガティブに考えて。そもそも余裕がなかったら、俺たちに泊まってもいいなんていわねーよ」
「それって自分勝手な考えじゃない? 疑ったことに対する後ろめたさからかもしれないじゃん。余裕があるなしなんて、わからないんじゃない?」
侑里の語気が強まる。やばい、喧嘩になると湊人は思った。二人から怒りを感じた。話題を変えようと話しだそうとするが、何も浮かばず声にならない。
そのとき、部屋の扉が開いた。それを機に、侑里と零は口を閉ざした。
二、三人の男が、料理を手に持っていた。
「お待たせしました」
出された料理に、四人は目を疑った。異界ということもあり、いわゆるゲテモノ系が出てきてもおかしくないと思っていた。
しかし、四人の前に置かれた料理は、炒飯、酢豚といったこちら寄りの品だった。ここで自分たちの世界と同じ食べ物を食べられることは、これ以上のない嬉しさがこみあげてくる。出された品の中で、唯一変わったものといえば、透明なグラスに入ったジュースだった。青と白の二層になっている。
すべての料理が、用意したタイミングで、マロウが部屋に戻ってきた。
「料理は出揃ったか?」
料理を運んできた男たちがうなずき返すと、マロウはテーブルに着いた。
「たいしたものではないが、どうぞ。まずは食事を楽しんでくれ」
「いただきます」
そういって四人は、木の枝を削ったような箸を手に取った。
湊人は、湯気が立っている炒飯を一口入れた。その瞬間、自分が何を口に入れたのかわからなくなった。なんだこれ。もう一度、食べてみる。
炒飯の味がしない。ご飯特有の弾力もない。その代りに、杏仁豆腐の味がした。
次に、湊人は恐る恐る酢豚に箸を伸ばした。酢など利いておらず、これもまた別の味、回鍋肉の味がした。
見た目と味が違うのは構わなかったが、杏仁豆腐と回鍋肉の味がかみ合うはずもなく、回鍋肉味の酢豚から、ばっかり食いをするしかなかった。
湊人は、マロウに視線を向けると、酢豚と炒飯を交互に口に入れていた。他の三人は湊人と同じようにばっかり食いをしていた。
「好評のようだね。一緒に食べると、もっとおいしいぞ」
四人は苦笑いを返し、マロウの話が聞こえなかったとでもいうように、酢豚だけを食べ続けた。失礼だとわかっていても、この二つを混ぜて食べることはできなかった。
胸焼けを起こしつつ、炒飯も食べ終えると、唯一、見た目に関していえば、こちら側の食べ物でない二層のジュースを手に取った。どうせこれも、何かしらの知っている味がするだろう。すでに炒飯が杏仁豆腐、酢豚が回鍋肉という変則的な味を経験した後だったので、躊躇することなく口の中に流し込んだ。
「うわっ」
湊人は、思わず声をあげてしまった。あまりの驚きようだったのか、三人は口元に運んでいたグラスを止める。
「どうしたのかね?」
長が心配した顔をした。
湊人はグラスを置き、思ったこと口にした。
「これ、すごく美味しいです」
それを聞き、三人も止めていたグラスを口に運んだ。
「これはイケるな」
「あ、爽やかで飲みやすい」
「フルーティーって感じだよね」
口々に感想を述べると、マロウは満足げな顔をした。優しさに溢れ、とても最初に対面したときの鬼の形相が嘘のように思えた。今は、子どもを見守るような優しげな目をしている。
あのときのマロウには、怒り、憎悪、疑心が渦巻いていた。敵か味方かを判断しているのだから仕方がないとは思っていたが、いったい、あのときの感情はどこからきているのだろうか。
そう思うのも、何か心の中で引っかかるものがあったからだった。
そこへ、男が一人部屋に入ってきた。
「失礼します。長、そろそろ時間です」
「わかったいこう」
マロウは椅子から立ち上がり、くつろいでいるようにといい、部屋から出て行った。扉が閉まると、零は胸のあたりを擦りながら、椅子にもたれかかるように座り直した。
「いやあ、何ともいえない料理だったな。まっ、食べさせてもらえただけでも、ありがたいけど」
「さすがに、交互に食べるのは無理ね。見た目は一緒だけど、食文化というか、味覚の違いがあることはわかった」
「侑里さん、大丈夫ですか。少し顔色悪いですよ」
レミが訊ねると、侑里はつらそうな顔をして笑うだけで、返事はしなかった。
「こりゃあ、完全にやられてるな」
侑里の様子に、零は可哀想にという顔をした。
「それにしても、何しにいったんだろうな。気になって仕方がない」
「もしかしたら、シーゼに対する策かもしれませんね」
レミがそういうと、零はしまったという顔をした。
「爺さんに、あの銃をもらえないかって訊くのを忘れてた」
「あの銃って、牢銃というらしいですよ」
「なんで知ってるんだ?」
「私も気になったので、街の人に聞いたんです。たしかにあれがあれば、今後便利ですよね」
「だな。シーゼとの戦いがもっと楽になる。体力温存もできて、この国にも貢献ができる。見事捕まえたら、もしかしたら、俺はこの国で英雄になれるかもしれないな」
「なに馬鹿なことをいってるの? 私たちは知らなかったから、網にかかったのであって、国を支配しようとしてるのに、その武器を知らないなんてことはないでしょ」
よほど気分が悪いのか、侑里は肘をつき、額を添えた。
「けどよ、戦いの中で、ふと使ってみたら以外とうまくいったりして」
「期待薄ね」
「ああそうですか。まったくあれほどポジティブに考えろってアドバイスしてやったのに。うまくいくかもね、とかいえばいいんだよ」
「なんかいった?」
俯いていた顔を侑里は少し上げた。気分の悪さと零の煽りに苛立ちからか、垂れた前髪の間から、今までみたこともない凄味のある目を見せた。
さすがの零も、これには危機を感じたのか、苦笑いを浮かべながら、こちらに目を向けた。
「なあ、湊人、ここでじっとしてるのも退屈だから、ちょっと散歩いこうぜ」
そのあとに、侑里には聞こえない声で、殺されるかもしれないから、と付け加えた。
「いいよ。でも、散歩するとしても、この家を見失わない距離にしよう。僕たちは、土地勘がないから。それじゃあ、侑里とレミはここで待ってて」
侑里は怪訝な顔をしていたが、首を縦に振った。
二人を残して部屋を出ると、零が薄気味悪い笑みを浮かべた。
「よし、爺さんのあとを追うぞ」
「やっぱりそうだったんだ」
散歩しようという言葉は青文字でも、心に伝わってきたのは、たくらみだった。
「あたり前だろ。そのために、わざわざあんな芝居をしたんだ。銃が気になっているのはほんとだけど、俺が戦ったほうが、時間がかからない。それよりも、湊人も何か気になってることがあったから、何も侑里に口添えせずに、ついてきてくれたんだろ?」
「まあ、そうだけど」
「何が気になってるんだよ。爺さんと関係があるのか?」
湊人は、マロウの感情について話をすると、零は顎に手を当てた。
「なるほどね。感情の落差か。だけど、考え過ぎじゃねえのか。街を壊されて怒りを感じないヤツなんていないぞ」
二人が階段にさしかかったとき、レミが走ってやってきた。
「どうした? もしかして、侑里がゲロったか?」
零が冗談半分にいうと、レミは首を横に振った。
「違います。侑里さんが、二人の行動をしっかり監視していて欲しいと」
「なんでだ? 単に散歩だぜ」
「侑里さんが、零が銃のことについて、話し出したのはおかしい。零なら、自分で倒した方が早いと考える。銃について興味がないわけじゃないけど、私と喧嘩して雰囲気を悪くするための芝居。それに湊人が、零の散歩について何もいわなかったこともおかしい。きっと湊人のことだから、何かしら思うところがあって零に乗っかった、といってました」
湊人と零は顔を見合わせると、思わず笑ってしまった。ここまで的確に人の行動を読み切ることができるだろうか。個性が観察力だけあり、流石の一言だった。
「相変わらず、鋭いことで。そこまでバレてちゃ仕方がないな。レミちゃん、俺たちから離れたら駄目だからな」
「わかりました」
「だけど、侑里を一人にして大丈夫かな」
湊人は侑里のいる部屋に目を向けた。
「大丈夫だろ。そう判断したから、レミちゃんをよこしたわけだし」
「そう、だね」
三人は、階段を下りて一階に着くと、零は階段に近い場所から扉を開けていった。
「すみません、マロウさん……いないか。よし次だ」
一階の扉をすべて開けてマロウを探したが、どこにも姿がなかった。
「外に出たのかもしれないな」
家を出ると、外は思いのほか明るかった。空を見上げると、星々が淡い青色に輝いていた。自分たちの世界よりも数百倍、数千倍も大きく見える星々だからこそ、なせることだった。
「きれい」
レミが見上げた先には、星が数珠のように連なっているように見えた。これこそ、異世界の醍醐味かもしれない。散歩をするつもりはなかったが、これはいいものが見えれたと思った。
立ち止まって星を眺めている二人に、零が声をかけた。
「おい、夜空なんて眺めてないで、さっさと爺さんを探せよ」
「零も、これは目に焼き付けておいたほうがいいよ。もしかしたら、この先、ゆっくり空を眺める時間もないかもしれないから」
「そんなことないだろ。宝石を見つけたあとででもゆっくり……ん?」
零は夜空に顔を向けたまま、眉間にしわを寄せた。
「おい、あそこを見てみろ」
零が指さす空に煙が上がっていた。
「行ってみよう」
三人は、煙が上がる場に駆けていく。
すでにマロウの家が見えないところまで来た。ふいに、侑里のことが気になった。気分は持ち直しただろうか、それとも、未だに机に突っ伏してるのか。侑里が一人でいることに、いまさらながら不安を思えた。
とはいえ、誰かがマウロの家に引き返すわけにもいかなかった。理想は三人で引き返すことだが、零が首を縦に振ってくれるとは思えなかった。二人で戻るにしても、それではマロウを探す者が一人になってしまう。
侑里のところへ戻るか、マロウを探すか、考えるまでもないことだった。
足早に進む零に湊人は声をかけた。
「零、侑里のところに、一度戻ろう」
足を止めて振り返った零の顔には、眉間にしわが寄っていた。
「大丈夫だって。戻ったところで侑里の気分が回復してなきゃ意味がねえし、伝言でいってただろ、湊人のことだから、何かしら思うことがあるって。わざわざレミちゃんをよこしたのは、そっちのことの方が重要だと踏んだからじゃないのか。だから心配するなって」
湊人は反論せず、黙ってうなずいた。零のいう通りだった。今、自分がすべきことは、侑里を信じ、そして、自分が抱えている疑問を解決することだ
「吹っ切れたようだな。それじゃあ、急ぐぞ」
再び、三人は揺らめいている場に向かって走り出した。
目的地にたどり着くと、そこには大勢の人が集まっていた。人だかりの隙間から高らかに燃え盛る炎が見えた。
集まっていた男の一人が、こちらに気づき、歩み寄ってきた。
「きみたちが、どうしてここに。長の家に戻りなさい」
「ここで何をしてるんですか?」
湊人が訊ねると、男は困った顔をしていった。
「子どもが見るものじゃない。長の家に帰りなさい」
男がいっていることは、本当だった。この先に何があるのだろうか。
三人が動かずにいると、男が湊人の腕を取った。
「帰り方がわからないというのなら、私が案内しよう」
「爺さん!」
零が大声を出すと、集まっていた男たちの何人かがこちらに振り返った。
すると、奥の方からマロウがやってきた。
「騒がしいぞ、何事じゃ」
三人の姿をみると、吊り上げた眉を降ろした。
「なんじゃ、おまえさんたちか。なにかあったのか?」
不意に零が、湊人の腕を肘で突いた。
えっ、と湊人は零に視線を送るが、零はこちらを見ようとはしなかった。
湊人は慌てて言葉を繋いだ。
「まあ、えーっと、その。マロウさんはここで何を」
「急に出て行ったから、気になったか」
「ええ、まあ、そんなところです」
「よかろう。お前たちも見送ってあげてくれ」
「ですが、子どもにはまだ」
男がいうと、マロウは首を横に振った。
「たしかに、子どもたちに見せるべきではないかもしれない。しかし、欲望のための争いがいかに愚かなことであるのかを知ってもらえるのなら、これまた学として見るべきだと、わしは思う。そうは思わぬか?」
マロウに問われ、男は何もいえずにうなずいた。
「こっちへ」
いわれたままついて行くと、見えてきたのは、木で高く組み上げられた四角錘だった。間近で見ると、炎は天まで届きそうな勢いで、猛々しく燃えていた。
集まっている男たちは、静かに炎を見つめ、右手を胸に当てていた。祈りを捧げているのだろうか。揺らめく炎を見つめていると、四角錘の中で何か燃えていることに気づいた。
目を見張ると、仰向けになって横たわっている二人の姿があった。
「マロウさん、これは」
「シーゼに殺された者たちを天へ見送っているのじゃよ」
マロウの目には涙が浮かんでいた。
「わしらはあいつに騙された。シーゼは、自らを反乱軍だと名乗り、女と子どもをこの近くにある家に集めた。戦闘の訓練を受けている自分たちなら、守りながらでも戦える、そういって。わしらは、騙されていることにも気づかず、自分の家で待機していた。集められた者たちが酷い目に遭っていることもしらずに」
湊人の心に、憤り、後悔、殺意が、決壊したダムのように、なだれ込んできた。最初に感じたとき以上の想いに、湊人の心は受け止めきれなくなりそうだった。
「情けない話だが、騙されていると気付いたのは、シーゼが暴れ始めてからだった。なんとかやつらを退け、生き残ったわしらは、女と子どもを集めた家に走った。あの光景は、死ぬまで忘れないだろう。死ぬまで」
マロウは目に浮かんだ涙を拭くと、拳を握りしめた。
「もしも、おまえたちがシャルルからの手紙を持たず、反乱軍の者だと名乗っていたら、わしらは、きっとおまえらを殺しただろう。どうしてもっと早くに来なかった、どうして早くあいつらを殺してくれない、と怒鳴りつけながらの。ビトリアルという集団が何を考えているのか、さっぱりわからん。この国を支配して、何になる。なにが不満なんだろうか、どうしてここまでできるのか」
ふと、マロウは拳をひらいた。
「欲望のための争いが愚かなことを伝えたかったのに、こうして炎を見ていると、感情が高ぶってしまった。愚痴を聞いてもらってすまない」
「いえ……僕たちも見送りたいんですけど、いいですか?」
「ありがとう。天にいく妻も娘も、きみたちのような人に送られて、喜んでいることじゃろう」
そういってマロウは涙を流しながら、炎のなかで眠る二人を見つめていた。
★ ★ ★
死者の見送りが終わり、マロウの家に戻ると、机に突っ伏したまま、硬直している侑里の姿があった。
「侑里さん」
レミが駆け寄ると、げっそりした顔を上げた。
「だいじょうぶ、ですか?」
「なんとかね、は、はは」
「マロウさんに、侑里さんの気分が悪いことを話したので、そろそろ薬を持って来てくれると思います」
「そっ、それは助かった」
か細い声が返ってくる。いつも元気のある侑里の声とは、かけ離れていた。
そこへ、マロウがお盆を手に持ち、部屋に入ってきた。
「気分が悪い、ということだったね。この薬を飲むといい。胸焼け、胃もたれ、腹痛に効く薬だ」
侑里は、マロウから受け取った粉薬を口に入れた。味が苦いのか、まずいのか、顔をしかめて、すぐさま飲み物を口に含んだ。
「これであとは寝れば、明日はすっきりするぞ。寝床は、隣の部屋に用意しておいた。きみたちは、ここをいつ出る予定じゃ?」
「明日の朝には」
湊人が応えると、マロウは、わかった、といいうなずき、部屋を出て行った。
侑里には零が手を貸して、隣の部屋に移動した。その部屋は、食事をした部屋と同じく、壊れた家具が部屋の隅に追いやり、中央に四つの敷布団だけが敷いてあった。
零は、ゆっくりと侑里を窓側の敷布団に寝かせると、一つ空けて隣の敷布団に大の字に寝ころがった。
レミは零と侑里の間に移動し、湊人は部屋の明かりを消して扉側の端で横になった。
部屋に寝息が聞こえてくるも、湊人は寝れずにいた。そっと部屋を抜け出して、外に出た。
淡く光る青の空を眺めていると、後ろから足音がした。
「なにしてるの?」
振り返ると、侑里の姿があった。テーブルに突っ伏していたときも表情が柔らかくなっていた。
「寝てなくて大丈夫なの?」
「うん、マロウさんからもらった薬が、かなり効いてるみたい」
「それはよかった」
「で、何を見てきたの?」
湊人は、この街で起きたこと、シーゼに殺された人たちを天に行けるように見送ったことを話した。その間、侑里は何もいわず、黙って夜空を眺めていた。
話し終えると、侑里はこちらに顔を向けた。
「そうだったんだ。マロウさんのいうように、ビトリアルは、この国を支配して何をしたいんだろうね」
「さあ、それはビトリアルを指揮している人と会って話してみないとわからないなあ。国を支配したいなんて、考えたことないから。侑里は、どう考えてるの」
「支配したいっていうのだから、なにか気に入らないことがあるのだと思う。それを壊して、自分が想う何かしらのことを正当化したいんじゃないかな。その何かってのは」
「何かってのは?」
言葉を待っていると、侑里はにこっと笑みを零していった。
「しーらないっ」
「え」
「当たり前でしょ。だって、ビトリアルについて何も情報を得てないから。いくら私でも、そこまではわからない。それに……それにこの話に、あまり興味がない。私たちはこの国の人じゃない。酷いことをいうけど、私たちは私たちの目的を達することができれば、それでいいと思ってる」
「だけど、それじゃあ」
そういうと、侑里は湊人の鼻先に人差し指を押し当てた。
「湊人、あなたの個性は相手の感情を受け止める、一番物事に干渉しやすい。だから割り切って欲しいの。目的を見失ったらダメ。それにこの世界にも能力者はいる。私たちとは質の違う能力者がね。きっと、この世界にいる誰かが、ビトリアルを壊滅させて平和にしてくれる」
「でも、僕は、戦える力があるのだから、この国を救うための手伝いをしたい。レミが僕たちのところに来てくれたように」
はっきりとした口調で、湊人はいった。
侑里は、肩をすくめて呆れた顔をした。
「レミちゃんは、別に私たちの世界を救いにきたわけじゃない。自分の目的を遂げる過程に、私たちの世界が絡んでいただけ」
「そうだとしても、レミが僕たちの世界に来たことも、僕たちがこの世界にきたことも、何かしらの意味があると思う」
「意味なんてないんじゃない? ただ、理由はあると思う。レミちゃんも私たちも宝石を見つけないと、自分の世界が滅びるってことがわかってる。だからここへきた。それだけのこと」
そういうと、侑里は息をふっと吐くと、湊人の手を引いた。
「湊人、もう寝ましょう。きっと、湊人はマロウさんの感情に当てられて、自分を見失ってる」
「侑里、僕は当てられてなんかいない。見失ってもいない。ただ、目的だけを成して、他を顧みないことが、いいことなのかと思って」
「それじゃあ、はっきりいうわ」
自分の腕をつかんでいる侑里の手に力が入った。
「あなたには、救うことができない。この国の状況下で、他人を救うだけの力はない」
一語たりとも偽りのない言葉だった。
「それは湊人自身が、一番わかってると思うんだけど。力が基準となっているこの世界で、湊人や私が、力で他人を救うのは無理があると思う。だからこそ、目的だけを成して帰ろう、と私は思ってる。それは今後の展開にもよるけど……それじゃあ、私は先に寝るね。おやすみ」
手を離し、侑里が家の方に向かっていく。
「ちょっと待って」
「なに?」
侑里は半身振り返っていった。
「はっきりいってくれて、ありがとう。厳しい言葉だったけど、温かった」
侑里は笑みをこぼした。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
侑里が家に入るのを見届けると、湊人は夜空を見上げた。
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