第3話 オブリヴィオン

 扉を出た先は、丘が見える草原だった。風が吹くと、葉と葉が擦れあって心地よい音が聞こえてくる。

 空を見上げると、昼間だというのに星が見えた。それも間近に見え、輪郭がはっきりとしていて迫力がある。星のなかには、地球に似たものもあった。


「んー、空気がおいしい」


 侑里は、伸びをしながら深呼吸をした。

 最後に扉を通ってきたレミに、湊人は訊ねた。


「宝石は、どうやって探すの?」

「七つの宝石には、それぞれ、赤、橙、黄、水、紺、紫の七種、手に納まるほどの大きさで、クリスタルの形状をしていることがわかってるので、これらを手がかりに探していくつもりです」

「だけど、似たような形が、山ほどあるんじゃないかな」

「大丈夫です。能力者が手に触れれば、淡く輝くらしいので」

「わかった」


 そういって、前を向くと、遠くを見つめている零の姿が目に入った。


「どうしたの?」

「空の迫力はあるとはいえ、地上は草原と丘だけか。こんなところに人がいるとは思えねーな」

「大丈夫だよ、ほら、扉の脇を見てよ」


 湊人が扉の脇に指さした。そこには、お供え物が置いてあった。食べ物や花ではなく、手のひらサイズの護摩のようなものが置いてあった。

 零は、一つを手に取り、顔をしかめた。


「そういえば、言語とか違う可能性があるのを忘れてた。どうやら、こっちの世界の文字ではないようだな。なんて書いてあるのかさっぱり読めな……あれ? 読めるぞ」

「ほんと零は冗談が好きだよね。そういうのいいから」


 侑里は零の言葉を信じていなかった。心身ともに呆れ返っていた。


「いや、マジで読めるぞ。じっと文字を見てみろよ。なんていうか、こう、すっと頭に入ってくるから」

「はいはい。そこまでいうのなら、見てあげるわよ」


 侑里は、零が手に持っていた護摩に視線を向けた。眉がぴくりと動き、驚いた顔をしながら、零の顔を見た。


「だろ? すっと頭に入ってきただろ」

「うん、不思議な感じ」


 侑里は、ふと顔をあげ、扉に目を向けた。


「これも扉の力なのかもしれないね。扉をくぐった者を行き先の世界に適応するだけの力を与えてくれるのかも」

「そうなのか?」


 零はレミに訊ねると、彼女は首を傾げた。


「さあ、そこまではわかりません。私の世界と零さんがいる世界は、似ていたので」

「ああ、そうだった」

「そこには、何て書いてあるの」


 湊人が訊ねると、侑里が応えた。


「どうか助けてくださいって書いてある。他の供えものも、だいたい似たような感じだね」

「なにか悪いことが起きてるのかな」

「んー、とにかく人を探しましょう」

「それじゃあ、あの丘までひとまず歩いてみようか。見渡す限り、あの丘以外は、ずっと地平線のようだから」

「そうね」


 四人は歩きだすと、侑里がレミに訊ねた。


「そういえば、レミちゃんって、いくつなの?」

「十六です」

「ああ、やっぱり私たちより年下だったんだ。なんか、話してるとき、ずっと丁寧だなあと思ってたから。だけど、よく私たちの方が年上だってわかったね」

「湊人さんのことを調べたので」

「湊人を?」

「はい、何度も扉の前にいるのを見たので、どういう人なのか知っておこうかと」

「それで、湊人と一緒にいる私たちも年上なんじゃないかと思ったわけね」


 レミは首を縦に振った。


「なあ、レミちゃんの世界にいる能力者は、だれも邪神とは戦わなかったのか?」


 零が前を向いたままいった。


「いえ、たくさんの能力者が戦ってくれましたが、あの力の前には、どうにも」


 レミの声が小さくなっていく。

 侑里がレミの肩に腕を回し、そっと抱きしめると、零に冷たい視線を送った。


「ほんと、零って気遣いないよね」

「俺はな、自分なりに分析しようと」

「はいはい、人の気持ちを考えた訊ね方を学んでからにしましょうね」

「なんだよ、ったく」


 丘だと思っていた場に近づくと、そこは丘ではなく、高台のようだった。差し掛かったところで、女性の悲鳴が聞こえた気がした。湊人だけでなく、他の三人も聞こえたのか、互いの顔を見て確かめ合っていた。


「今のは?」


 そう侑里がいい出すと、湊人と零は、高台の頂上へと駆け上がった。

目下には茶色の掘っ建て小屋が見えた。二十軒ほどしか家がなく、家々の間に血を流し、横たわっている人の姿があった。

 それもそのはず、武装した者たちが、剣を持って暴れ回っていたのだ。中には、不思議な乗り物に乗った者もいた。バイクのように小回りが利くのだろう、エンジン音を轟かせながら、家と家の合間を縫い、走行している。

 その状況下で、一人の女性の姿があった。三人に取り囲まれていた。


「零」


 湊人が声をかけると、零はこちらに顔を向けてうなずいた。


「行くぞ。侑里、援護を」

「任せて」


 零と湊人は、頂上から滑り降り、女性の元へ駆ける。


「なんだ、てめえら」


 武装した者たちは、二人に気づき、剣を振り上げたが、零の気迫に気圧され、振り下ろすことなく散っていった。

 湊人と零は、まっすぐ女性の元へ突き進んでいく。

 最短で女性の元へ辿り着くと、二人は、武装した三人の前に立った。


「その人から離れろ」


 湊人がいうと、一人の武装した男は、剣を向ける。


「なんだと」


 威勢はよかったものの、やはり零の気迫に圧迫されているのか、一歩退いた。

 すると、他の一人が女性の後ろに素早く周り込み、首元に剣の刃を添えた。


「動くな。一歩でも動けば、こいつの頭が吹っ飛ぶぞ。おい、この二人を縄で縛ってシーゼ様のところへ連れていけ」


 手が空いていた男に指示を出したその時だった。湊人の耳に、風を切る音が聞こえた。女性の首元に剣の刃を添えていた男の胸に矢が突き刺さり、その反動で後ろへ吹き飛んだ。


「今だ!」


 零の掛け声と共に、二人は武器を具現化して、残りの二人を一撃で倒す。

 その光景を目にしていた残りの武装した者たちは、慌てて逃げ出した。


「ひゅ~、相変わらず、侑里の精度はすごいな。ほんとにBランクなのか」


 零は、矢で射ぬかれた兵士を見ながら、侑里の技術に感心していた。


「怪我はありませんか」


 湊人が女性に駈け寄ると、ほっとした顔をみせた。


「ありがとうございます。助かりました」

「いや、礼をいってもらうのは、少し早いかもしれない」


 零の言葉に、湊人は視線を女性から外し、振り返る。

 そこには、武装した者たちとは違い、ラフな格好をしている男が立っていた。武器を手にしていなかったが、この街の人でないことは一目瞭然だった。服には、返り血がついていた。

 男は目をぎらつかせ、舌なめずりし、にたにたと笑っていた。


「すごい、すごいねえ。てめえら、なかなか強いじゃん。どうだ、俺の部下にならないか。ん? なに気難しい顔してるんだよ。迷うことねーだろ。俺についてこい」

「そんなことに興味はない」

 

 すっぱりと零が答える。


「あんたが、シーゼか」

「ああ、そうだが?」

「なぜこんなことする」

「なぜ? お前は頭が弱いのか」


 シーゼは鼻で笑った。


「楽しいからに決まってるだろ。とくに弱い者を嬲るときは最高だ。あの怯えた顔が堪らなく好きなんだよ」


 男は身体を揺らしながら、弧を描くようにして歩き出した。


「一つ、いいことを教えてやろう。今、俺の上にいる面倒臭いヤツらを出し抜く準備をしている。これが成功すれば、今後、この国を支配するのは俺だ。要するにだ、俺の軍門に入っておけば、うま味を得られることができるんだぞ?」


 湊人と零は警戒しながら、シーゼの出方を窺っていると、侑里が仕留めた男が横たわっている場で立ち止まった。


「もう一度、訊こう。俺の部下にならないか?」


 そういって、シーゼはすでに息のない男の頭を踏みつけた。


「そいつは、あんたの部下じゃねーのか」


 零が訊ねると、シーゼは高笑いした。


「部下だけど? それがどうした。俺は使えない者は嫌いなんだよ。だからこそ、できる部下だと見込んで、お前たちを誘ったんじゃないか」

「そんな血も涙もないヤツの下で働けるかよ」

「仕方がねえ。だったらここで死ね」


 シーゼは、近場にいた湊人に目を向けた。

 来い、受けて立ってやる。

 剣を握る湊人の手に力が入る。

 シーゼが一歩踏み出すと、警告だといわんばかりに、足下へ一本の矢が突き刺さる。顔を上げると、シーゼはゲスな笑み浮かべた。


「なんだ、あっちも仲間がいたのか。お、けっこう可愛いな。お前らを殺したあとに、ゆっくり頂くとするか」

「それは、俺に勝てたらな」


 零が正面から突進し、槍で突いた。

 シーゼは難なく躱し、背に手を回した。取り出したのは、機関銃だった。


「そんな武器で、俺に勝つなんて無理だぞ」


 零はシーゼの放った弾丸を弾き飛ばし、再度、シーゼに向かって槍で突く。

 矛先がシーゼの腹部に伸びていく。

 しかし、シーゼは死体と機関銃を重ねて盾にしたことで厚みを作り、直撃を避けた。


「危ない危ない。串刺しになるところだった」

 

 シーゼは盾にした死体と破損した機関銃を地面に捨てた。


「武器は破壊した。どうやら勝負あったようだな。これで終わりだ」

「ふん、大したことじゃない」


 口からのでまかせではなく、この劣勢を大したことがない、と判断しているようだった。どこからその自信がくるのか、湊人は不安を覚えた。


「さて、俺の力を見せてやるか」


 シーゼが懐に手を入れる。雰囲気が一変した。空気が重くなるのを感じた。

 シーゼは、どうしかけてくるのだろう。湊人が固唾を飲んで零を見守っていると、どこからか電子音がした。

 シーゼが耳に手を当てると、電子音が消えた。どうやら、誰かと通信しているようだった。何度か「わかった」といい、耳から手を離した。


「今回は、見逃してやる。運が良かったな」

「俺は見逃すつもりはないんだけど」

「ふん、次に遭ったときは、その減らず口を叩けなくしてやる。そのつもりでいろ」


 すると、武装した男が、バイクのように小回りの利く乗り物に乗ってやってきた。


「逃がすかよ」

「零!」


 湊人は首を横に振り、追おうとした零を止めた。あのシーゼの自信には、なにか裏がありそうな気がした。むやみに飛び込び、大怪我をするわけにはいかない。


「湊人、どうしてだよ」


 零が納得いかないといった顔をした。

 その間に、シーゼは乗り物に乗り込み、この街を去っていった。


「ここは、これで良しとしようよ。僕たちは、この世界について何も知らないんだから」

「ったく、しょうがねーな」

「湊人、零」


 高台にいたはずの侑里とレミが、駆けてきた。

 レミが心配そうに、二人に問いかける。


「大丈夫ですか」

「うん、僕はなんとも」

「俺も別に」


 零は逃がしたことがよほど悔しかったのか、シーゼが逃げた方をじっと見ていた。


「零さん、かっこよかったですよ」

「……そ、そう?」


 褒められて零は気をよくしたのか、しかめていた顔から笑みがこぼれる。


「あの程度なら楽勝だ。とはいっても、実力の半分ぐらいしか力をださなかったけど」


 零は高笑いした。まるで、さっきのシーゼを見ているような笑い方だった。

 湊人は、襲われていた女性に手を差し出した。


「あの、大丈夫ですか」

「おかげさまで、ありがとう」


 女性は立ち上がり、服に着いた土をはらうと、改めて感謝の言葉をいった。


「ありがとう。もう駄目かと思った」


 外が静かになったことに気づいたのか、各家から人が出てきた。

 湊人たちの元へやってくると、感激していた。


「さすが反乱軍」

「兄ちゃんやるねえ」


 歓声が聞こえるなか、離れた場所から違う声が聞こえてくる。


「なぜとどめを刺さなかったんだ」

「いい加減にさっさと始末してくれよ」


 四人が茫然として、街の声を聞いていると、助けた女性がついてきて、と手招きした。


「ごめんね、せっかく助けてくれたのに。でも普段はいい人たちなのよ。許してあげて」

「あの、あなたは」


 レミが訊ねた。


「私はシャルル。この名もなき街の長を勤めているの」


 女性は四人を家に招きいれると、湊人たちを居間に通した。


「狭いところだけど、適当に座って。それにしても、こんなに早く反乱軍の人たち

が来てくれるなんて。ほんと助かったわ」


 四人は顔を合わせる。


「すみません、反乱軍って何のことですか?」


 湊人が訊ねると、シャルルが驚いた顔をした。


「えっ、あなたたち、反乱軍の人たちじゃないの?」


 うなずくと、シャルルは頬に手を当てた。


「変な戦闘服を着てるなあとは思ってたけど、てっきり、強いからそうなのかと思ってた。それじゃあ、あなたたちはいったい」


 四人は自己紹介をすると、湊人が核心を話した。


「僕たちは、高台の向こうにある扉から来たんです」


 その言葉に、シャルルはまったく反応を示さなかった。この人は、扉について知らないのだろうか。街の長が知らないとなると、あのお供え物は、個人的なものだったのだろうか。

 そう思っていると、ふいにシャルルが目を見開いた。


「うそ、あの扉から来たの」

「あ、なんだ、知ってたんですね。反応がなかったので、知らないのかと」

「ごめんね。最近は扉の方へ行ってなかったから、何のことかと思って。どこかに繋がってるのかな、とは思っていたことはあったけど、ほんとに繋がっていたなんて」

「なので、この国について教えてもらえませんか?」

「いいわよ」


 シャルルの話によると、この国は、オブリヴィオンといい、大都市ダンダルシア、都市フーリエ、それに加えて、名もなき街が十三か所あるという。そして、ここが十三番目にあたる街だった。


「でも、また大変なときにこっちに来たのね」

「いったい、何が起きてるんですか?」

「それが詳しいことはわからないの。私が知っていることといえば、ビトリアルっていう軍が、国を支配しようとしていること。それを阻止するために、反乱軍というのが結成されたということだけなの。さっきのことでわかったと思うけど、この国は危機に瀕してるから、帰った方がいいと思う」

「そういうわけにもいかないんです」


 湊人は、自分たちが置かれている状況を説明した。シャルルは茶化すことなく、耳を傾けてくれた。


「そうだったの。不思議な話だったけど、私はあなたの話を信じるわ。それで、何を探しているの?」

「僕たち、ある宝石を探しているんです」


 レミが教えてくれた宝石についての特徴をいい終えると、レミが身を乗り出して訊ねた。


「どうですか? なにか知ってることはありませんか」

「んー、赤色の宝石なら、たぶんブラッドクライのこと、かな。他の六色は知らないなあ」

「それはどこにあるんですか?」

「私は知らないの。兄に一度だけ写真で見せてもらっただけだから。兄に会えば、どこにあるのかわかると思う。おそらくフーリエにいるんじゃないのかな。ここ数か月連絡が取れないから、今もいるとは限らないけど」

「フーリエは、どんなところなんですか?」

「この場所とは比べ物にならないぐらい土地が広くて、大きな建物が並んでいて、とても活気のある都市よ。この街から東に歩いていけば、五時間ぐらいで着くわよ」


 それを聞き、零は溜め息をついた。


「かなり遠いな」

「いつもは、スエーっていう乗り物で移動してるんだけど、すべて敵に壊されちゃって」

「それって、武装していた人たちが乗っていたものですか」


 湊人が訊ねた。


「ええ、そうよ。スエーを使っていけば、二時間ちょっとでフーリエにたどり着けるんだけど」


 シャルルは、申し訳なさそうな顔をした。


「シャルルさんのお兄さんって、どういう人ですか」

「待ってて、写真を持ってくるから」


 そういって、シャルルは席を立った。


「なんだか、かなり面倒だな」


 零は腕組みしながら、辟易していた。


「あれれ? 誰かさんがこの国に来る前に、なんとかなる、とかいってなかったっけ」


 侑里の指摘に、零は机に伏せた。


「そんな大馬鹿野郎は、知らねえなあ。ああ、ちくしょう」


 そこへ、シャルルが写真立てを持って戻ってきた。


「これが私の兄のペナート」


 写真には、シャルルと兄であるペナートが肩を寄せ合って、笑っている姿があった。

 ペナートは、キツネのような顔つきだった。それでいて、無精ひげを蓄え、ぼさぼさの茶色い髪が肩までかかっていた。

 その写真を見ながら、侑里が訊ねた。


「シャルルさん、ペナートさんってどういう人なんですか?」

「発明家でもあり、歴史家でもあり、とにかくなんでも知りたがる人よ。だから、ときどき危険な目にも遭うといってた」

「もしかして、その発明って、スエーのことですか?」

「いいえ、あれは他の人よ。兄が作るのは、偏ってるというか、異質なものだから。たしか、最近作ったのは、人に能力を与える飴だったわ。ね、変なものを発明してるでしょ」


 その不思議な発明に、四人は眉をひそめた。湊人たちの世界では、能力のある、なしは生まれたときから決まっている。まさか、途中から能力者になることができるなんて、にわかに信じられなかったが、シャルルの言葉は青文字だった。


「シャルルさんは、その飴を食べたんですか?」


 湊人が訊ねると、シャルルは、ええ、と応える。


「その能力を見せてもらえませんか?」

「いいわよ。それじゃあ」


 シャルルは、窓の縁に置いてあった花瓶に視線を向け、手をかざす。花瓶が左右に振れ、シャルルの手の中に引き寄せられた。

 その光景を目にして、湊人は勘違いに気づく。てっきり、武器と個性を見せてもらえるのだと思っていた。無意識に自分たちの世界を基準に考えてしまっていた。

 周りも能力の質が違うことを感じ、驚いていた。

 その中で唯一、侑里だけが固い表情だった。


「侑里、どうしたの?」

「これって、すごくやばいんじゃない」


 そういわれて、湊人は、はっとした。たしかに、まずいことかもしれない。


「なにがやばいんだよ。これは金のなる木だろ。すげえ発明じゃん。何個か飴をもらって帰りたいなあ」


 零が目を輝かせていった。


「そんな悠長なことをいってる場合じゃない。もしも、飴が敵に渡りでもしたら、銃器で暴れ回っていた人たちより面倒なのよ? シャルルさん、その能力を開花させる飴は、今どうなってるんですか?」


 シャルルは首を傾げた。どうやら、飴についての事情はつかめていないようだった。


「侑里、おそらく、もう手遅れだと思う」


 湊人の言葉に、侑里は眉を寄せた。


「どういうこと?」

「零が戦っていた男、シーゼがいっていたんだ。俺の力を見せてやるって」

「えー、それって完全にアウトじゃん」


 侑里は頭を抱えて嘆いていた。

 いまにして思えば、シーゼを追わなくて正解だった。いずれ戦うかもしれないが、この飴の話を、能力の話を知らずに戦っていたら、どうなっていたか。

 結果はやってみなければわからないが、湊人はうそ寒い気がした。


「侑里、ちょっといいか」


 零は真面目な顔をしていた。


「なによ」

「ポジティブに考えろよ。とくに何も問題はないだろ」

「あのね、この状況がどれだけまずいかわかってるの? ただでさえ、厄介な敵に目をつけられたのに、質の違う能力を持ってるということは、出かたがわからないから、こっちが不利なのよ」

「だったら、侑里は戦闘訓練のときに、相手の武器は何か、個性は何かをいちいち探ってるのか? 違うだろ。自分の武器と個性を信じて、相手がどんな武器だろうが、どんな個性だろうが、相手より自分が上回ればいい、そう考えてるんじゃないのか?」


 侑里は言い返さなかった。


「勝負はいつだって出たとこなんだ。だから、質が違っても何も問題ない。そうだろ?」


 零の言葉は、自信に溢れていた。Aランクらしい、強気の姿勢だった。


「そうね、ごめん。不安を煽るようなことをいって」

「いいってことさ。それに俺は、今回の宝石探しは、想像しているよりも、楽なんじゃないかと思ってる」


 そういって、零は自信をみせた。意外な言葉に、全員が零に視線を向ける。シーゼと関わったことで、何かしらの影響が出てくるのは間違いない。それでも、なぜそういい切れるのだろうか。


「どうして?」


 湊人が訊ねた。


「ほら、シーゼってやつが、いっていただろ。自分の上にいるやつを出し抜いて、この国を支配するって」

「うん、そんなことをいってたね」

「ということは、シーゼの上にいるヤツも大した敵じゃない。あんなヤツが画策して倒せるんだからな。だから、必要以上に敵について考える必要はない」

「零さんは、シーゼという敵を下にみているようですけど、その根拠はあるんですか?」


 レミが訊ねると、零は首を縦に振った。


「戦って思ったんだ。動きがそんなによくないってな。俺が思うに、あいつはBランク程度だよ。本気を出したとしても俺を越えることはないだろう」

「さすがですね。少し戦っただけで、そこまでわかるなんて」

「まあね」


 そういって零は、立ち上がった。


「よし、シャルルさんの兄さんを探しに行くか」

「待って」


 シャルルが、今にも家を飛び出していこうとする零に声をかけた。


「少しだけだから」


 そういうと、シャルルは、また居間から出て行った。


「なんでしょうかね」


 レミが誰ともなく訊ねると、零がわくわくした顔をしていった。


「飴だったら嬉しいな。今の力に、さらに能力がついたら、最強になれるんじゃねーか?」


 そこへ、数枚の紙を手にしたシャルルが戻ってきた。


「これ、他の街に行ったときに使って。きっと、道中にある他の街もビトリアルのせいで、仲間か敵かと疑心暗鬼だと思うから」


 その紙には、この人たちは私の友達で、ペナートの情報を集めて貰っています、とシャルルのサインと共に書かれていた。


「街の長は、集まりがあるから。これでも顔が広いの」

「ありがとうございます」


 四人が礼をいうと、シャルルは指を組んだ手を胸に当てていった。


「あなたたちの目的が果たされることを祈ってるわ。くれぐれも、無理はしないようにね」

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