第3話 素性
月島が去った後、机へと戻り白雪さんにお茶を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
よほど二人きりになるのが苦手なのか、それとも先程の話を鵜呑みにしているのか、白雪さんはガチガチに緊張したまま何も話そうとしなくなってしまった。
手なんか出せる雰囲気かよ。
せめて誤解だけは解いていって欲しかった。
なんだこの投げっぱなしな状況は。
「…………」
「…………」
無言のままお茶を飲む音だけが聞こえる。
何を話せばいいんだ。
「——あの、さっきの話なのですが。本当ですか?」
口をあけたのは白雪さんだった。
抽象的な質問だが、ある程度話題として出てきそうな予想はしていた。
「冗談に決まっているじゃないですか。俺はそんなにがっついたりしていませんよ」
「いえ、その話じゃなくて。その……」
顔を赤らめ困惑する白雪さん。
白雪さんのことを好きかという話の方か。
「嫌いじゃないですけど、さすがに今日出会った人を口説いたりなんてしませんよ」
「……なんで……かしら」
ん?
スッと彼女の背後が暗くなった気がした。
「————」
白雪さんは俯き、ブツブツと何か呪文を唱えるように呟く。
すると、下半身に何かが絡みつく感覚が襲ってくる。
「っ!」
慌てて自分の下半身を確認するが、特に異常は見られない。
白雪さんの呪文に合わせて動いているようだ。
耳鳴りと鼓動が激しくなっていく。
どうにかしようと必死に体を動かそうとする。
しかし、抵抗むなしく踏ん張りの効かない足を上半身で支えようとするが、重さは下半身から徐々に上半身へと浸食を始める。
「やっぱり……。でも……」
呪文が終わったようだが、今だ俺の身体を蝕む異様な感覚は治まらなかった。
「し、白雪さん! 何を!?」
「うるさいなぁ、今考えてるんだから、ちょっと黙ってなさい」
さっきまでのおとなしかった彼女からは想像もつかないほど、乱暴な口調の彼女に息を呑んだ。
「おかしいなぁ、何で中途半端にしか効いてないのよ」
効くって何のことを言っているんだ?
俺が何とか足を動かそうとじたばたしていると。
「あー、もう。うるさいわねぇ。集中できないじゃない」
白雪さんは立ち上がり俺のほうへ向かってきた。
「何をしたって? あなたに薬を盛ったのよ」
薬?
何の?
俺の顔の前でしゃがみこむように座る。
「惚れ薬に決まってるじゃない。それなのに、何で中途半端にしか効いてないのよ。わけわかんないんだけど」
「わけがわかんないのはこっちの台詞だ。なんで白雪さんが俺に惚れ薬を盛る必要がある?」
必死に体を動かそうともがきながら俺は言った。
惚れ薬?
惚れ薬ってあの惚れ薬か?
「それはナ・イ・ショ。」
そう言うと、人差し指を立てて口元にもって行きウインクする。
「でも悪気はないから、殺そうとか思ってないし」
これで殺されたらたまったものではない。
「詳しくはまだ話せないけど、あなたとは月島さん抜きで話したかったのよ」
だからって体を動かせなくする必要はないんじゃないか?
どこまでが嘘かわからないが、こんな状態で彼女の機嫌を損ねるようなことはできない。
「わかった、わかったから動かせるようにしてくれ」
「————」
彼女がまた呪文を唱えると、先ほどの異様な感覚が無くなり、なんとか体を起こす。
先ほどの余韻が未だ残っているため、下半身が熱いような痺れるような感じだ。
「まず、何から聞こうかしら。素の状態で話すなんて久しぶりだからワクワクしちゃうわ」
「その前に一言いいか?」
ちょっと仕返しをしてやろう。
「なによ」
「おとなしい顔して黒い下着なんて履いているんだな」
グーで殴られた。
女の子が拳を使うなよ。
「あなた、自分の立場わかってるの? いくら私でも怒るわよ」
「……すいませんでした」
「まだ何か言いたそうね」
髪を邪魔そうに後ろに縛りながら白雪さんが言う。
一番大事なことをまだ聞いていない。
「なんで猫被っていたんだ?」
「なんでって、言われてもなぁ」
上を向いて考える素振りをする白雪さん。
「本当のことを言うと、占いで助けてくれるって出たのはあなただったの。その代わりあなた以外の人には自分の本当の性格をバレたらいけないって」
なるほど、今まで月島がいたから猫を被らなきゃいけなかったってことか。
「じゃあ次に、白雪さんはなんで俺に惚れ薬を?」
「そうねぇ、あなたに興味があったから。――なんて言ったらどうする?」
俺に近寄り鼻の頭に指先をつけ笑う。
「ど、どうするって、どうもしねぇよ」
動揺を悟られないように冷静に言葉を選んだつもりだったが全く意味がなかった。
「こんなかわいい子から好かれちゃったら、さぞかし嬉しいでしょうね。でも安心して、それはないから」
確かにかわいいが、自分で言うのはどうかと思う。
「……それに、私は……なれないから」
さっきまでの彼女のはっきりとした話し方ではなく、小さく囁く程度に彼女は言った。
「私は魔女だから。一人で生きていかなくてはいけないの」
白雪さんは真顔になり俺に話す。
「だからお願い、私に力を貸して――」
意気込みだけなら「俺に任せとけ」と言いたいところだが、手がかりもない今の状態で探し物が見つかる保障もない。
ここで不用意にそんなことを言えるほど完璧な人間ではないので、何も言えずにただ彼女の綺麗な瞳を見つめることしかできなかった。
「――とりあえず、それは白雪さんのお母さんに聞いてみてから考えよう。ひょっとしたら何かヒントがあるかもしれないからな」
彼女はコクリと頷く。
実は素直ないい子なのかもしれない。
「見つからなかったら野犬のお世話になると思いなさい」
先ほどの自分の考えを撤回しようとしたが、彼女の姿を見てやめることにした。
後ろを向きながら腕を組む彼女の肩は少し震えながら俺に聞こえるかどうかの声で。
「……ありがと」
そう呟いた。
ようやく体の自由を取り戻せたのはいいが、結局彼女が何故俺に惚れ薬を飲ませたのかの真意を知ることはなかった。
聞いたところではぐらかされるに決まっている。
どうせ惚れた弱みにつけこんで、動きやすくするためだろう。
「お風呂入ってくるわね」
「覗いてもいいか?」
バスルームへ向かう白雪さんに尋ねた。
白雪さんはニッコリとほほ笑み俺に言う。
「運命の輪っていう拷問器具を知っているかしら?」
あーなんだっけ、水責めの類だっけか。
魔女と拷問って何か因縁めいたものを感じる。
魔女にはあまり近づかないでおこうと俺は心から思った。
「冗談だ、月島にバレたら怖いからな」
「月島さん、ね——」
含みのある言い方をするが、俺もそれ以上は何も言わないでいた。
白雪さんをバスルームへと案内し使い方を軽く教える。
「一つ、良い事を教えてあげるわ」
ドア越しに彼女が言った。
「魔女は嘘をつくものよ」
白雪さんが言う嘘が何に対してなのかはわからない。
ただ俺は、自分の生活に支障がないように、依頼をこなすだけだ。
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