第2話 晩餐

「——結局、ご飯を作るのは俺なのか」


 テキパキと包丁を扱いながら呟く。


「なにか言ったかしら?」


 いえ何も。

 月島の言葉に心の中で返事をする。

 月島も作れないことはないのだが、雑把な味加減で食事としては何か物足りない感じなのだ。


 先程までいた応接室を離れて別の部屋(といっても俺がここで暮らしているので俺の部屋になる)に場所を移し夕食の準備をしていた。


「私、男の人が料理しているの初めてみました」


 両手を合わせて胸に置く白雪さん。

 俺には漫画やアニメ以外でそうやって喜ぶ人を初めて見ましたよ。


 俺が料理を作るのには理由があった。

 月島と事務所を設立してから外食が多くなり、さすがに栄養が偏るのでたまには俺が作ってやろうと言って、一回もてなしたことがあった。

 その時に、普段あまり俺のことを褒めない月島が、珍しく俺が作った料理を絶賛してくれた。

 今思えば、外食に行くのも面倒だから手頃な料理人が欲しかったのかもしれないが、その時の俺は内心飛び上がるほど嬉しかった。

 つい調子づいて「じゃあ今度から俺がご飯作ってやるよ」なんて言ったことが全ての始まりだ。


 別に後悔などはしていないし、これも月島への恩返しということで自分を納得させている。

 おかげでレパートリーも増え、腕前もだいぶ上がった。

 最近では、月島の「おいしい」という一言を聞くために新婚ホヤホヤの若妻みたいな気持ちで料理をしている姿に自嘲する。


「なにか手伝いましょうか?」


 ニヤニヤしていた自分を戒め振り返ると、白雪さんが台所まで来ていた。


「あとは煮込むだけなんで大丈夫ですよ」

「でも、さすがに悪いですし」

「それなら、月島の話相手をしてやってください。駄々をこね始めると面倒なので」


 お客さんに手伝ってもらうわけにはいかない。

 今日初めて会った人の家にもてなされ落ち着かない様子の白雪さんに、気が紛れるようにと促してみる。

 すると、白雪さんはクスリと微笑み言った。


「仲いいんですね」

「え?」

「羨ましいです……。私にはお友達と呼べる人がいないので——」

「——ずっと人気のない場所に住んでいたので、あまりこういうことに慣れてなくて。今日もここへ来るときに駅へ着いたのは良かったのですが、そこからが大変で……」


 微笑みが苦笑に変わる。

 魔女の娘として産まれ、樹海という閉鎖的な環境で育てられた。

 普通なら同年代くらいの友達と遊んでいただろう。


「でも今の生活で満足しています、こうして月島さん達にも出会えましたから」


 なんていい子なんだ。

 昨日今日会ったばかりの俺たちをこんなに信頼してくれるなんて。

 テレビを見ながら笑っている月島を眺める。

 言いようのない不安感が襲ってくるが、俺だけは白雪さんのためにこの仕事をやり遂げると心に決めたのだった。


「依頼とはあまり関係ないのですが、魔女のことについて少し聞いていいですか?」


 暗い雰囲気を少しでも緩和しようと話をふってみる。


「なんでしょうか?」

「薬学に長けているんですよね? 不死の薬の他にどういったものがあるんですか?」

「えーっと、そうですね。有名な物だと惚れ薬とかですかね」

「なんと!?」


 思わず調理中の手を止め顔を上げた。

 正直、不死の薬の存在より驚いた。


「ひょっとして欲しいんですか?」


 ほ、欲しい……。

 俺の中の善と悪がせめぎ合った。

 しかし、己の欲望をむき出しにした悪の軍団に対し、善の心は苦戦しかけたが、世間体という大きな防御壁の前に悪の軍団は撤退するしかなかった。


「ひ、人の心を弄ぶようなことは……。で、できませんよ」


 説得力が全くないくらいに動揺しながら格好つけて髪をかき上げる。


「私も同感です。薬の力を使って得た気持ちなんて偽物だと思います」


 ——セェェフ!!!

 危うく白雪さんの好感度を下げてしまうところだった。

 クスクスと悪戯っぽく笑いながら白雪さんは続ける。


「それに、日下部さんには必要ないと思いますよ」

「どういう意味でしょうか?」

「月島さんがいるじゃないですか」

「俺と月島はそんな関係じゃないですよ」

「隠さなくてもいいですよ。仮に恋人同士じゃないにしても、お互い一緒にいるのが当たり前になっていて切っ掛けがないだけなんですよね?」


 言い返せない。

 月島の事は好きだが、それが女性として好きなのか自分でも良くわからない。

 下手に動くより今の状態でいたいというのが正直な気持ちだ。


「では月島さんの心を念写してみましょうか? それで日下部さんに対する気持ちを確認するというのはどうでしょう」


 そんなことをしたら勘のいい月島のことだから気づかれてしまう。


「いえ、せっかくですが遠慮しておきます」


 薄れていた魔女が怖いものという認識を改めて実感した。

 別の意味でだが。


「そうですかぁ。残念です」


 両手の人差し指を向かい合わせつんつんとつつく。

 逐一動作がかわいいな——古いけど。


「ご飯まだぁ?」


 だらしない声が部屋に響く。


「お姫様が急かしているので俺は準備に集中しますね」

「はい、お料理楽しみにしています」


 白雪さんが居間へ戻り月島と会話を始める。

 そんな姿を横目にしながら、せっせと食器に料理を盛り始めた。



****



「今日はシチューなのね」

「嫌なら食べなくてもいいんだぞ」

「そんなこと言ってないじゃない、あんたはいつもそうやって捻くれてるからモテないのよ」


 余計なお世話だよ。

 クスクスと微笑む白雪さん。

 こんないつものやりとりも、食卓に一人増えたというだけで少し華やかに見える。


「あーそうそう、白雪ちゃんを今日ここに泊まらせることにしたから」


 シチューを頬張りながら月島が大胆な発言をした。

 食べていたものを喉に詰まらせ水を飲み落ち着かせる。


「おい! 聞いてないぞ」

「さっき決めたのよ、白雪ちゃんも了承してくれたし。いいじゃない泊まるくらい」


 白雪さんは今日会ったばかりだぞ?

 どうせ月島が無理やり誘ったに決まっている。


「泊まるのは構わないが、俺だって男だぞ? 年頃の男女が一夜を共にするなんて」

「それは大丈夫、アンタが何かしようものならわかっているわよね」


 睨みつけるように俺を見る。

 ううっ、痛いところを。

 人が宿無しということをわかった上で脅迫するなんて。


「白雪さんも何とか言ってやってください、見ず知らずの男の部屋に泊まるなんて嫌ですよね?」

「私は今日泊まるところがなくてどうしようかと思っていたので、そしたら月島さんがここに泊まっていけばいいとおっしゃってくれて。でも・・・・・・。迷惑なら自分で泊まるところを探しますから」


 白雪さんが眉を八の字にしながら続ける。

 まるで俺だけ悪者みたいじゃないか。

 これで泊まるなとは言える訳が無い。


「わかったよ。では白雪さん、布団は俺の物を使ってください、俺は床で寝ますので」

「アンタなに勘違いしているの?」


 ——へ?


「同じ部屋に泊まるなんて誰が言ったのよ」

「え?」


 ビシッと俺を指さしてから。

「アンタは、あっち!」

 と、応接室へと親指を後ろへ向けた。


 そういうことね、少しでも期待した俺が馬鹿だったよ。



****



 食事も終わり俺と月島はすることもなくテレビを眺めていた。

 白雪さんはというと「洗い物くらいはやらせてください」とたっての希望をされて甘えさせてもらった。


「ねぇ、あの子の事どう思う?」


 月島が唐突に聞いてきた。


「うーん。いい子だと思うよ、正直に言うと魔女というのが未だに信じられないけど、そういうのを抜きにしてあの子の探している物を見つけてあげたいっていうのが本心かな」


 変な誤解をされないためにも素直な意見を言ったつもりだ。

 うんうんと頷いて何かに納得する月島。


「お前はどう思ったんだ?」

「私? 私も同じ意見よ。ただ、あの子とは初めて会った気がしないのよ。気が合うからとかそういった比喩じゃなく、言葉どおりの意味で」


 記憶を探っているのだろう、目を瞑り額を指先で叩く。


「月島の家は大手の会社だろ? ひょっとしたらパーティか何かで会ったんじゃないのか?」

「それは無いと思うわ。自分でいうのもあれだけど、人の顔覚えるのは得意なの。ひょっとしたらどこかでばったり会ったときとかに思わぬ取引があるかもしれないからって、パパに癖をつけとけって子供の頃から言われていたから」


 頭を掻きむしりながら月島が唸りをあげ諦めたように続ける。


「——まぁ思い出せないならしょうがないわ、深く考えても進まないし。あの子がいい子って事は変わらないもの」

「そうだな」


 月島の言ったことが気にならないことは無いが、深くは聞かない。

 ちょうど洗い物が終わった白雪さんがやってきた。


「すいません、勝手がわからなくて遅くなっちゃいました」

「いいのよ、ホントはコイツがやるべきことなんだし」


 俺をあごで指して月島が言った。

 お前が言うなよ! それに、人をあごで指すな。


「それと、悪いかなと思ったのですが。お風呂も沸かしておきましたので」

「いえ、ありがとうございます。なにから何まで甘えてしまって」

「これくらいしかできなくて心苦しいですが」


 どうぞ、と座布団を差し出し白雪さんが座る。 


「ところで、白雪ちゃん、さっきコイツがあなたの事を好きって言ってたわよ」

「え?」

「急にお前はなにを言い出すんだ」


 誤解が無いように言ったのに、どう取ったらそういう答えに行き着くんだ。

 顔を赤らめもじもじし始める白雪さん。


「今夜は大変なことになりそうね」

「親父っぽいことを言うな!」


 俺の声など耳に届いてない様子で、うっしっしと悪戯に笑う月島。


「あら、否定はしないのね。白雪さん、気をつけたほうがいいわよ。優しい男には下心があるのよ。頭の中でなにをされているかわからないわ」


 半ば呆れながら、もう何も言うまいとため息をつく。

 俺に構わず月島は続けた。


「コイツと初めて会ったときなんて、そりゃもうすごかったんだから。まるで、性欲と色欲と肉欲と愛欲を全部足してムッツリで包んだ感じね」


 とんだ妄想ボーイだな。ツッコミも面倒くさくなってきたのでこのまま放っておこう。

 俺が腰を上げお茶を取りに冷蔵庫へと足を運ぼうとすると、白雪さんが反応し体を守ろうとする。

 そこまで怖がらなくても……。


「それじゃあ、私はそろそろ帰ろうかしら」


 月島が自分の荷物を取り玄関へ向かう。

 すれ違いざまに月島に尋ねた。


「お前は泊まっていかないのか?」

「狼に襲われるのは一人で充分よ」


 俺が持っていた三人分のお茶の一つを飲み干し。


「——なんてね、調べ物があるから今日は帰ることにするわ。白雪さんに手を出したらただじゃおかないから」


 そう言ってドアを閉めた。

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